503:急転直下!
膨大な魔力と強固な黒水晶がぶつかり『魔嘯剣』が砕け散ってしまったのですが、直径3メートルにもなるデファルセントの触腕は煌めく破片とホログラムを撒き散らせながら叩き斬る事が出来て……。
(くっ、と…後、は!)
溢れ出す奔流にバランスを崩しながら着地した私は切断面からホログラムを迸らせている触腕を見上げるのですが、黒水晶に覆われているキリアちゃんを縛る鎖のように絡まりついていたデファルセントは自分の獲物を奪い返そうというように膨大な魔力に支えられている再生能力を発揮しながらうねっていて、そんなデファルセントの触腕目掛けて【ルドラの火】を込めた【淫気】のナイフを連続で叩き込んで黙らせていきます。
そうして着実にダメージを与えていくとデファルセント本来の思考に立ち返ったようで……現状では不自然なくらい本体部分から離れて活動している訳ですからね、強い執着をみせていたキリアちゃんが切り離された後は黒水晶の欠片をパラパラと零しながらも引っ込んでいく事となり……とにかくこのまま変形して第二ラウンドという事態は避けられたようですね。
『まったく、無茶をする…アレが攻撃を躊躇わなかったら串刺しだったぞ?』
そういう訳で周囲を警戒しながら息を吐いていると、潜んでいたニュルさん達が【イリュージョン】から剥ぎ取った淫さんを……ドレスモードでも動かせる部分を蠢かせながら移動する事が出来る淫さんなのですが、その場合は這うような速度しか出ませんからね、ナーちゃんを守ってくれていたニュルさんが拾い上げて牡丹と共に合流して来ました。
(その時はその時ですが…あと“アレ”ではなくてキリアちゃんですよ?)
淫さんの補助が無ければキリアちゃんが振るうアーティファクトの連打を回避しきる事が難しいのですが、キリアちゃんなら止めてくれると思ったから突っ込んだだけですし、キリアちゃんになら殺されても良いと思っていたからなのですが……心配性な淫さんからしたら『人情頼りの戦い方をするな』という事になるのでしょう。
『はぐらかすな、そんな甘い考えだと…』
「ぷー」
今回は渡らなくてもいい危険な橋をいくつも渡った上での戦闘だった事もあってお説教モードに入りそうだった淫さんなのですが、牡丹が「まあまあ」というように間に入ってくれて……確かに今はそんな話よりキリアちゃんを何とかする方が先ですね。
(そうですね、デファルセントは引いてくれましたが…他のモンスターが戻って来る前に終わらせてしまいましょう)
『気をつけろよ、やられたフリという可能性もあるからな』
(ぷー!)
淫さんが憎まれ口を言ったりワチャワチャしたりしていたのですが、そんな言葉を聞き流しながらキリアちゃんの様子を……因みにニュルさん達が今までどこに潜んでいたのかはよくわからないのですが、ローパー系のモンスターとスライム系のモンスターなので敵対関係にならなければ比較的モンスター達とも友好関係が築けるようで……その辺りの事情はどうでも良い事ですし、考えていても仕方がないので一旦横に置いておきましょう。
とにかく私達には攻略チームに誘引されているモンスターがリポップして来るまでの時間しかありませんし、改めて淫さんを身に着けた私はキリアちゃんに向き直り……巨大な黒水晶に覆われて上半身だけがはみ出しているキリアちゃんは私達に向かって這い寄って来ようと藻掻いているのですが、右手が『魔剣グーイ』に侵されている状態なので動かせるのは左腕だけという状態ではまともに動く事が出来ずにもがき苦しみながら黒水晶の外殻をパラパラと辺りに撒き散らしていました。
そうしてデファルセントからのエネルギー供給が途絶えた影響で背中から伸びていた触手も萎れてグズグズと溶け始めており、無理やり魔力を流して利用していたアーティファクトはその負荷に耐えきれずに自壊し使用できる物を探す方が苦労する有様なのですよね。
「キリア…ちゃん」
そんな痛々しい姿のキリアちゃんを見ると胸が痛むのですが、そんなタイミングでデファルセントの方から圧縮された空気のような魔力が広がり……どうやら魔力の中継器の役割をしていたキリアちゃんが居なくなったせいで祭壇から送られて来る魔力の調整が上手くいかなくなったのかもしれません。
その影響を受けて弱体化したのか余剰分を本体に回せるようになったのかはわかりませんが、黒々としたオーラを放っているデファルセントと攻略チームとの戦いが佳境を迎えているようで……こちらも早く終わらせた方が良いのかもしれないとキリアちゃんに向き直りました。
(これでテイミングが入らなかったら大変な事になりますが…たぶん、大丈夫ですね)
テイミングの条件は色々なものがあるのですが、キリアちゃんなら受け入れてくれるだろうという確信があって……そんな事を考えながら助けを求めるように手を伸ばして来たキリアちゃんの手を掴もうと近づくのですが、そんなタイミングで私達とキリアちゃんの中間地点で魔力のうねりが発生しました。
『これは…転移!?来るぞ!』
「ッ!?」
最初はスーリアさんがキリアちゃんに止めを刺しに来たのかと思って身構えたのですが、空間が歪んで出てきたのは私と同じくらい……よりやや大きいくらいの女性だったのですが、黒い特殊ポリカーボネート製のフルフェイスヘルメットとボディースーツというアーマードという1人乗り用の外骨格型ロボット兵器に乗り込む為の戦闘服のような物を着ているので場違い感が半端ないですね。
しかもそれだけだったら戦闘服のレプリカや近代戦をコンセプトにしたコスプレと言い張れない事もないのですが、ヘルメットについているセンサー類……別名猫耳と呼ばれている三角形の板がピコピコと動きながら電子的な光を発していますし、やたらメカメカしい『H』の先端を細くしたような60センチ級のドローンを従えた姿は現代戦の装備をそのままブレイクヒーローズの中に持ち込んで来たという格好なのですが、それらがちゃんとした兵器として機能している事に私の警戒度が上がっていきます。
(そんな装備を持ち込めるような人物となると…かなり条件が絞られるのですが!?)
身に着けている装備に欺瞞効果でもあるのか【弱点看破】でわかるのはクレーンという名前と女性であるという事だけですし、薄い胸板とこれはこれでと言う人が絶対にいるだろうという絶妙にたるんだ体はどこかで見た事があるような気がするのですが、私は最悪の想像を打ち消すために投げナイフを手に取りました。
『新手か?』
(いえ、違うと思います…たぶんこの人は…)
スーリアさんのお仲間にしては装備が科学的ですし、熊派などのPK勢力だとしてもピンポイントで私達と敵対する意味が分からないですし、私の予想では……一応A Wなどの現代戦をモチーフにしたゲームではこの手の装備を身に着けた相手とも戦った事があるのですが、その時はこちらも同様の装備に身を固めている事が前提条件となっており……相手の役職的なものもありますし、まともな装備や対策も無しに飛びかかる訳にもいきません。
「すみません、その子は私達が先に手を付けていますので…いくらイベント中とはいえ堂々と横取りをしていくのは褒められた行為ではないと思いますが?」
それでも「敵対するのなら相手になります」という意味を込めて投げナイフの切っ先を向けながら交渉に入ったのですが……よほど身元が割れるのが嫌なのか、クレーンさんからは妙に古めかしい機械音声での返答がありました。
「ジジョウハコウリョシマスガ、アブナイカラハナレテイナサイ…“コレ”ハショウキョシナイトイケナイカラ」
そうしてクレーンさんを中心に魔力の断裂が発生したかと思うと、何かしらの力場がキリアちゃんを包むのですが……デファルセント達が使うスキルの無効化に近いのでしょうか?そんなボスモンスターが使ってくるようなスキルを当然のように使って来る人の正体が何となく透けてしまっているような気がするのですが、今はそれどころでは無いのでそこを退いて欲しいですね!
「では…交渉は決裂ですね!」
私の推測通りなら絶対に勝てない相手ではありますし、どのような事情があって妨害をして来ているのかがわからないのですが……この人達がキリアちゃんの消滅を望んでいるというのなら私達の敵であるという事に変わりはありません!
そう思って投げた投げナイフはクレーンさんの周囲に浮いている戦闘用オービットに潰され、反撃が来る前に【淫気】を糸のように伸ばして搦め取ろうとしても魔力が中和されてしまい……。
(ファンタジー系のゲームでスキル無効とオービットによる迎撃は卑怯ですね!?)
「ぷっ…ぃッ!?」
因みにクレーンさんが使っているのは『Directed-Energy-Weapon-Orbit』という兵器なのですが、わかりやすく言うと浮遊している自立型のビーム兵器で、ビーム化した粒子をレールガンの要領で乱射して来る……略称だと『DEWO』とか呼ばれている個人携行用戦闘オービットが12個も展開しているのですが、圧倒的な火力の差に手の打ちようがないですね!
『文句を言っている場合では…くそ、このままだとどうしようもないぞ!?』
流石に世界観に合わせてデチューンを受けているようなのですが、まともにスキルが使えない状況では避ける事もままならなくて……。
(何とか隙をついてキリアちゃんを…って!?暴徒鎮圧用のネットガん…ひっ、きゅっう!?」
スキルが封印されていると言っても身体的なスキルは使えるようですし、木が生い茂っていたら無理やり立体起動をする事によって戦闘を継続できたのかもしれませんが……黒水晶に溶かされた後だと完璧な連携を見せる12個のオービットの連射を躱し切れるものではありませんでした。
そうして突如単発式からネット型に切り替えられた射撃に絡め取られてしまい、バチリとした電気的な痛みとスタンが入って身動きが取れなくなったところに別の戦闘用オービットの銃口が向き……。
「YUOOUUIEEIRU!!」
「キャッ!?」
きっと膝をついた私を助けようとしてくれたのでしょう、力場に囚われ身動きが取れなくなっていたキリアちゃんは最後の力を振り絞ってクレーンさんに飛びかかるのですが……戦闘慣れしていないクレーンさんが驚いただけで自立行動をとる戦闘用オービットの即応に止められてしまい、無理やり動いたキリアちゃんの身体が耐えきれずにホロホロと崩れ落ちていくように崩壊していきます。
「ビックリ…シタ、ケド…ゴメンナサイ、コレモシゴトダカラ」
鏡面加工が施されているフルフェイスの下ではどういう表情をしているのかはわかりませんが、淡々と告げるクレーンさんの言葉と共に発射されたエネルギー弾に撃ち抜かれてしまった私の視界も暗転してしまい……強制的にゲームが終了しました。
※運営、動く。ユリエルからしたら状況がわからないまま答え合わせに続きます。




