500:キリアちゃんとの戦い
取り込まれて化け物になってしまったキリアちゃんを助け出すと決めたのですが、デファルセントの触腕の先端についたワシャワシャと蠢く黒水晶の塊……甲殻類のような結晶からはみ出ているキリアちゃんの上半身がダラリと意識の無い瞳で私達の事を見下ろしていると、デファルセントが抱えている人類への憎しみといった感情がダイレクトに伝わって来てしまうのですよね。
「キリアちゃん!何とか自分で動く事は出来ますか!?」
そんなゴチャゴチャとした感情の中にか細く今にも消えてしまいそうな意識が眠っているような気がして、キリアちゃんの背中から伸びている複数の触手が振り回すアーティファクトを掻い潜りながら大声で話しかけてみたのですが……黒水晶の両脇から生えている多脚を神経質そうにガサガサと動かしながら迫って来るキリアちゃんの意識が目覚める事はありませんでした。
(それ、でも…ですね!)
デファルセントが触腕を振る力を推進力に変えたり先端に位置しているキリアちゃんが自走して来たりとなかなか厄介な動きをしているのですが、こんな姿になるまで足搔いていたキリアちゃんが心の奥底から死にたいなんて思っている訳がなくて……。
『どうする、距離を取るか!?』
デファルセントの巨大な触腕は全部で11個、媚毒を噴射する巨大な蕾が4つ、鉤爪型が6つ、そして黒水晶の塊となっているキリアちゃんが1人という構成で、それらと合わせてデファルセントに絡まりついている無数のディルフォレスやデファルセントの根っこが襲い掛かってきていますし、エネルギーを吸い上げ作り出しているデファルシュニーが押し寄せてきたりとなかなか付け入る隙がありません。
対してフリーズ中のナーちゃんを守っているニュルさんを戦力に加えない場合は戦えるメンバーが私と牡丹と淫さんの3人だけと圧倒的に手数が足りない状態で……近くで戦っている人達の力を借りようにも種族特性の影響で協力は絶望的となかなか厳しい状況ではあるのですよね。
(そう…ですね!このままキリアちゃんと攻略チームが鉢合わせをしても不味いので…一時撤退を!)
デファルセントが攻略チームに振り下ろしている触腕の地響きや砂煙は意外と近くから上がっていますし……化け物っぽい見た目になっているキリアちゃんと鉢合わせをしてしまうと同士討ちが始まってしまう可能性がありますからね、今は距離を取る事にしましょう。
なんて事を考えながらこの場から離れようとしたのですが、蕾型の触腕が勢いよく媚毒ガスを噴き出してみせると周囲数百メートルが媚毒の煙に沈み……ギリギリのところで退避が間に合ったというのに身体が熱を持ったように疼いてしまい、色々な物を垂れ流しながら必死に歯を食いしばりました。
(本…当に!?色々と…厄介、ですね!)
そうしてこれ以上吹きかけられた媚毒ガスに巻き込まれないように後退すると、視認性の悪い濁ったガスの中から黒水晶に埋まっているキリアちゃんが猛然とした勢いで迫って来て……そんなタイミングでいきなり3メートル近く地面を隆起させたデファルセントの根っこのせいでバランスを崩していた私達は【魔翼】とスカート翼の力で横倒しのまま体当たりを回避するのですが、数瞬前まで私達が居た場所を黒水晶の塊が通り過ぎていき……私はその根元の部分、デファルセントの触腕とキリアちゃんが接続されている場所目掛けて【ルドラの火】を込めた投げナイフを投げつけてみました。
(流石に…この程度の攻撃が通じる相手ではないですね!)
この程度の単純な投擲なら触腕を引き上げるような動きで躱されてしまうのですが、魔力制御による【マジックミサイル】で無理やりぶつけてみようとすると……ある程度の距離を詰めたところで黒水晶の塊が叫び声にも似た妙に甲高い音を発したかと思うと投げナイフが砕かれてしまって……たぶん魔力を含んだ音波による防御手段なのだと思いますが、遠距離攻撃に対する最低限の防御スキルを持っているようですね。
(これは、なかなか…)
せめてキリアちゃんの体がくっついている部分とデファルセントの触腕部分を斬り離す事が出来たら良かったのですが、投げナイフの耐久度だと込める事が出来る魔力にも限界があって……直径3メートル前後の触腕部分は黒水晶に覆われ血液のような魔力が流れていますし、実質的な防御力がどの程度のものになっているのかは見当がつきません。
(不幸中の幸いは、大規模レイドバトルのボスモンスターらしく攻撃が大雑把なところですが…これだけ手数が多いと誤差の範囲ですね!)
隙間を埋めるように押し寄せて来るディルフォレスやデファルシュニーに弱音を吐きたくなるのですが、黒水晶で覆われている場所を狙えないとなると自ずと狙えそうな場所が露出しているキリアちゃんの上半身などに限られてきてしまい……いくら何でもそんな場所を狙う訳にもいきませんし、今は逃げ回って隙を窺う事にしましょう。
『くそっ、このまま逃げ回っていたのでは埒が明かんぞ!?』
そんな状態で押し寄せて来るデファルセントの攻撃や勢いに任せて跳びかかって来るデファルシュニーに【淫気】をぶつけたりスカート翼で打ち据えたりして迎撃していくのですが……進化し強化された私の魔力だと1対1であれば楽に勝てる相手ではあるのですが、それが数十匹から数百匹という数になっていくと捌き切れる自信が無くなってきてしまいますね。
(わかっては…いますが!だからと言って、キリアちゃんを狙う訳にも!)
苦しんでいるキリアちゃんを助け出さなければいけない訳ですし、押し寄せて来るデファルセントの猛攻に後退を余儀なくされていき……。
(私なら殺せると言っていましたが、本当に…過大評価もいいところですね!)
たぶん「ユリエルならなんとかしてくれる」という思いから出た言葉なのだと思いますが、チートじみた飛行能力を持つワイバーン形態には修正が入ってしまい、今は無様に逃げ回るのが精一杯という有様です。
『まったく、あれだけ景気よく振り回しているのだ、一本か二本奪い取っても罰は当たらないと思うが…』
因みにキリアちゃんの背中から伸びた触手が様々なアーティファクトを振るっているのですが……炎や氷を出すといったわかりやすいものはいいのですが、叩きつけられた場所が毒沼になったり周囲にデバフを振り撒くような搦め手タイプの物が厄介なのですよね。
そういう物の中には使用者の魔力によって威力が変わる物があり、第二エリアのボスであるデファルセントが振り回すとなるとその影響範囲は馬鹿にする事が出来なくて、何度か足を取られる事になりました。
(そういう冗談を…言っている場合では無いようですよ!)
そんなデバフ塗れの中、淫さんや牡丹に助けてもらいながら何とか逃げ回っていたのですが……このままでは埒が明かないと思われたのでしょう、キリアちゃんの左手には『ルミエーヌ』から流れる魔力を集めた『魔嘯剣』が握られていました。
(ぷ…ぃッ!!)
ミシミシと空気が歪むレベルまで魔力の吸収をおこなっている魔剣に引き寄せられる感覚があったのですが、周辺の魔力を吸収して威力を上げる事の出来る『魔嘯剣』をボスが振るう事でとんでもない量のエネルギーが集まっていて……咄嗟に魔力を高めて防御行動を取ろうとする牡丹が『ロストギアメイル(巨人用)の破片』を構えるのですが、押し寄せて来るデファルシュニーが盾を構える牡丹のバランスを崩そうとしてきますし、正面以外に回り込んで来た触手付きの魔剣が私達を狙っていて……。
「…緑耀の刃となりて集え裂刃、サイクロン!!」
そんなタイミングで私を起点に渦を巻いたシノさんの中級の風魔法が触手を斬り飛ばし、跳びかかって来ていたデファルシュニー達を吹き飛ばすのですが……どうやら攻略チームが到着してしまったようですね!
(ややこしい状況になってきてしまいましたが!)
ここに到着するまでに精も根も尽き果てたのか戦場に到着するのと同時にエッチな事を考えながらしゃがみ込んでしまう人達が居たのですが、今は大規模レイドバトル中で先着順がどうのという状況でもありませんからね、攻撃できる人から攻撃に参加して来て……膨大な魔力を集めた『魔嘯剣』を構えているキリアちゃんの動きに合わせて放たれた『ペネストレイト』が命中していたりするのですが、圧倒的な魔力を内包した黒水晶の外殻は侵徹徹甲榴弾の一撃に耐え抜いていました。
「ユリエル!?あんた、何でこんな所に…って、そんな事を言っている場合じゃないわね!ああもう、どきなさいよ!!」
そうして攻略チームの先陣に加入していたまふかさんが『デストロイアックス』を振り回しながら助けに入ろうとしてくれていたのですが、犇めくデファルセントの根っこやデファルシュニーに邪魔をされてしまい……あれだけの攻撃を受けてもよろめいただけのキリアちゃんが私達目掛けて『魔嘯剣』を投げつける方が早くて……。
(え…?)
攻略チームの視線に気を取られていた私はヒュンと軽い調子で投げ渡された『魔嘯剣』を受け取るのですが、その意味がよく分からないままキリアちゃんの顔を見つめ返してしまい……相変わらず何の感情も浮かんでいない顔から流れ出て来る思いは【早く死にたい】というものや【この苦しみから解放して欲しい】という呪いの言葉で……その奥底にあるのは【もう引き返せない場所まで来ているのだから、いっその事ユリエルの手でやって欲しい】という到底了承する事の出来ないお願いでした。
「キリア…ちゃん、意識が?」
このまま都合よく人間に戻るなんていう事は夢物語なのかもしれませんが、たとえ見た目がどんなに変わっていたとしても……。
「何呆けてんのよ!?しっかりしなさい、来るわよ!!」
剣を受け取り茫然と立ち尽くす私に声を荒げるまふかさんが【狂嵐】を使って一気に距離を詰めようとしているのですが、このまま斬り殺して欲しいというように緩やかな速度でキリアちゃんが突っ込んでも来ていて……私の手の中には魔力の込められた『魔嘯剣』があって……私は……。




