495:迎撃からの一撃
身に着けている衣類が溶けだしワイバーン化する際の緊張感に頬が熱くなってしまうのですが、身体の熱を吐き出すように大きく息を吐き出しながらやや小柄になってしまった淫さんに飛び乗り……犇めくディルフォレスを掻い潜りながら『ディフォーテイク大森林』全体に広がる黒い靄の中から飛び出すと「待っていました」と言わんばかりにデファルセントの巨大な鉤爪のついた触腕が振り下ろされました。
(流石に反応が…速いですね!?)
キリアちゃんの拠点からデファルセントのいる場所の距離は大体1キロ程度で……地上から近づく場合は蠢くディルフォレスや犇めくモンスター達を乗り越えて行く必要があるのですが、移動系のスキルがあれば目と鼻の先と言っても良いような場所なので橋頭堡を築く事が出来たら一気に王手をかけられるのかもしれません。
なので奪取した拠点を奪い返される事は防ぎたいのですが、拠点を制圧した影響が出ているのか攻撃を開始したデファルセントの巨大な触腕が横を通り抜けていく風圧にゾクリと肌が泡立ち……祭壇が無事かと横目で確認をしたのですが、どうやら攻撃が祭壇に当たらないように調整されているようですね。
(そういう仕様なのかもしれませんが…淫さん!)
祭壇が壊れてしまうとエネルギーの吸収口の一つが潰れてしまう事になりますからね、当たらないようにプログラミングがされているのだと思いますが……石畳や周囲の遺構は容赦なく破壊されていっているようですし、過信しすぎるというのも危険なのかもしれません。
『了解した…が!離れる事になるぞ!?』
(問題ありません、この位置関係をキープしながら離脱をしてください!)
色々な不運が重なり第二エリアのボスがパワーアップをしているので近づくのは危険ですし、邪魔者が祭壇の近くに居座っている場合は威力の調整がしやすいディルフォレスやモンスターをぶつけて排除しようとするようで……見下ろした樹海の中には犇めくモンスター達の姿が見えますし、さっさとこの場所から離れる方が良いのでしょう。
『無念だが…って、おい、あれは!』
なのでプレイヤーやデファルセントが生み出したモンスターが押し寄せて来る前に飛び立つ必要がありましたし、これ以上この場所に居座っていたら移動して来る攻略チームの邪魔にもなりかねないと離れる事にしたのですが、私達が空中に飛び上がって様子を見ていると黒系統のプロテクターを付けた男性が溶けるように祭壇から現れて……迫り来るデファルセントの攻撃やらモンスターの群れに驚いたように身構えました。
続いて現れた魔法使いのようなつばの広い帽子を被っている女性が慌てて戦闘態勢に入り、続けて上半身裸の筋肉質な男性が出て来て……かなり個性豊かな人達がやって来たのですが、チラホラと知り合いらしき姿も見えるのですよね。
『どうやら運の悪い子達が来たようね~…はてさてどうしたものかしら~?』
なんて呑気な発言をしているラディなのですが、攻略チームの第一陣と押し寄せて来ているモンスター達との戦いが始まり……本来なら私達が殴り込みをかけた時に襲い掛かって来る筈のモンスターだったといいますか、私達の移動速度が速すぎたせいで後続の攻略チームにぶつかってしまったのかもしれません。
(色々と気になるところではあるのですが)
攻略チームがこのまま撤退するのか拠点の構築に尽力するのかが気になったのですが、着ている衣類がワイバーン化している状態で人前に出ていくのも何ですし、『色欲の巫女』である私が合流するのも問題しかないので大人しく別行動を取る事にしましょう。
(突入メンバーがもちこたえられるのかもわかりませんし、今の内に調べられなかった場所を調べておきましょうか?)
猛攻に曝されて即時撤退という可能性もありますからね、私達に向けられているヘイトが減っている間にデファルセントの周辺を調べておこうかと思ったのですが……。
『ね~え~…突撃する前にナ~ちゃんの回収をお願いしてもいいかしら~?』
(ナーちゃん?)
すると何やらラディがおかしな事を言い出したのですが、どうやらナーちゃんというのは大森林に潜り込ませている幼女スライムの個体識別名のようですね。
『切ったら増えるような奴を回収している暇はないぞ!?』
『あ~もう…酷いわね~こう見えても斬られたら痛いのよ~?それに繋がっているといっても詳しい情報を知りたい場合は直接顔を合わせた方が早いんだから~…きっとナーちゃんならキリアちゃんの行方も知っていると思うわ~』
なんて言い争っている2人なのですが……どうやら【分裂】で増やすだけ増やした幼女スライムの考えが流れ込んで来たらパンクしてしまうとの事で、伝わってくるのは大体のイメージなのだそうです。なので詳しい情報を聞き出す時は直接顔を合わせて話し合う必要があるのだそうで……。
(2人とも、それくらいで…回収できるのなら回収しておこうと思いますが、安全第一ですよ?)
これ以上言い争っているのも時間の無駄ですし、情報についても気になるので無理やり会話を終了させておきましょう。
『了か~い、じゃあ拾いやすい場所まで出て来るように言っておくわね~』
そうしてラディの案内で跳びはねていた幼女スライムのナーちゃんを拾い上げて……淫さんの飛行能力が徐々に落ちているのが気になったのですが、それでも私が全速移動をしている時と同じくらいの機動力がありますし、最後まで飛行速度がもってくれる事を祈るばかりですね。
『ふむふむ、なるほど~…そう、ね~…何から話すべきかしら~?』
とにかく拾い上げたナーちゃんの情報提供によると、どうやらキリアちゃんが連れていかれたのはデファルセントの根元にある餌場のようで……。
(あそこに飛び込まないといけない…訳ですね)
デファルセントの大きさ600メートル程度、横幅は100メートルくらいの巨木に数十メートル単位の巨大な蕾と鉤爪のついた触腕が絡まり枝葉のように広がっているという巨大なイソギンチャクといった見た目なのですが、角度的な問題と言いますか、広がる樹海と蠢くディルフォレスと漂っている媚毒の靄によって見づらい根元には茨の柵に覆われた黒いクリスタルが密集している場所があるようで……その面積は平方キロメートル単位であり、その上に聳え立ったデファルセントが結晶化させたクリスタルに根を張りエネルギーを吸い上げているのだそうです。
『ユリエルでいうところの魔素をエネルギー源にしているっていう感じなのかしら~?とにかくキリアちゃんはあのクリスタルの中に囚われているようね~』
との事で、『ルミエーヌ』から流れ込んでいる魔力も結晶化しているので濃厚なエネルギー源が広がっているようで……。
(問題はどうやって近づくかという事と、キリアちゃんを見つけ出す方法ですが…場所は特定できそうですか?)
探す場所が大森林全域からデファルセントの根元まで絞れたのは良い事なのですが、平べったい小山のようなクリスタルだけでもなかなかの広さがありますし……デファルセントの攻撃を掻い潜りながらクリスタルの中を調べて回るというのはあまり現実的ではないのですよね。
『一番簡単なのがあのデカブツを倒してから掘り返す事だけど~…流石にそれは難しいのかもしれないわね~』
なのでもう少し範囲を絞りたかったのですが、渦巻く魔力が混ざり合っているのでナーちゃんにも場所の特定が難しいようで……魔力感知に長けたニュルさんの方を見てみるのですが、こちらはこちらで「もう少し近づいてみないとわからない」というように触手をウネウネと動かしていました。
(それは…そうですね)
こうなったらおっとり刀で駆けつけ始めている攻略チームと協力すればいいのかもしれませんが、その場合は熊派の首魁であるキリアちゃんの命がどうなってしまうのかがわからなくなってしまいます。
『どうする?』
(そうですね、一度アタックしてみて…その時の感触を確かめてから考えて…!?)
漫然と飛び回っていても仕方がないですし、まずはクリスタルが破壊できる物なのかを確かめてみようと思ったのですが……。
「OoOOXtxs!?」
そんなタイミングでデファルセントが吠えたかと思うと他人の意識が流れ込んで来たのですが、その大半は意味の分からない【助けて欲しい】や【苦しい】といった昏い感情だったのですが、その中にキリアちゃんの声が混じっていたような気がして……私はその残滓を探すように視線を走らせました。
(今のは?)
淫さんに緩やかな旋回をうってもらいながらデファルセントの根元に生えているクリスタルの林を見下ろすのですが……ぐつぐつと煮えたぎる思念の渦に頭の中がクラクラしてしまって、特定の誰かの意識を探すどころではありません。
『おい、無理をする…な!っと、来るぞ!?って、これは!?』
それでも皆でクリスタルの中に閉じ込められているキリアちゃんを探そうと目を皿のように開いて地上の観察を続けていたのですが、意識が下に向きすぎていた私達はデファルセントの攻撃に気付くのが遅れてしまい……。
「ぷっ…い!?」
距離を詰めた事で攻撃パターンが変化していたのでしょう、振り回されるディルフォレスと鉤爪の触腕を回避しようと回避行動をとる淫さんと『ロストギアメイルの破片』を構える牡丹がフォローに入ってくれるのですが……振り回されるディルフォレスには熊派から奪ったと思わしき無数のアーティファクトが握られていて、本当にこれをどうやって攻略しろっていうのでしょうね!
(しかも、これは…!?)
私はクリスタルに向かって投げるつもりだった投げナイフと『ベローズソード』と【淫気】を利用しながらデファルセントの触腕を弾きながら空域からの離脱を指示するのですが、上下左右の乱打の隙間を縫うように叩き込まれた見慣れた片手剣……デファルセントに奪われていた『魔嘯剣』の一撃に【ルドラの火】を込めた投げナイフが砕かれてしまいます。
(くっ…とうに!?)
「ぷっ!!」
速度が落ちていなければ回避する事も出来たのかもしれませんし、牡丹の防御が間に合ったので何とか致命傷を負う事は逃れられましたが、エリアボスが周囲一帯のエネルギーを吸い上げ叩きつけて来るという訳の分からない一撃を受けた私達は大きく弾かれてしまい……デファルセントの根元に広がるドロリとしたクリスタルが乱立している樹海の中に叩き落されてしまいました。
※ナーちゃんについてですが、一号がアーちゃんで二号がイーちゃんです。この命名方式だとナーちゃんは21号という事になるのですが、アーちゃん2号やらアーちゃんダッシュやら複数の名前を持つ子も居るので本当に21番目の個体なのかはラディしかわかりませんし、実は本人もよくわかっていません。
※誤字報告ありがとうございます(4/30)訂正しました。




