493:地下水道の祭壇(前編)(グレース視点)
※少し長くなったので前後編です。ユリエルが熊派の拠点に向かっている間に地上であった出来事のワンシーンですが、重複するような会話に関しては端折ったりしています。
崩落に巻き込まれてしまったユリエルさんと連絡がつかなくなってしまい、その後何度か地震が続いたかと思うと無数の棘がついた植物が溢れ出して襲い掛かって来て……振り回される巨大な植物の攻撃に地面が割れて次々と味方が飲み込まれていってしまったのですが、引き返して来たスコルさんと赤髪を編み上げた委員長タイプの人が走り回って生き残りの人を纏め上げていき、私はそんな状況についていけずにオロオロとする事しか出来ませんでした。
その後崩落に巻き込まれていたまふかさんが地上に出てきたりワイバーンに乗ったユリエルさんが脱出してきたりした時には安心しすぎて泣き出してしまったのですが、このままへたり込んでいる訳にも行かないとグシグシと涙をぬぐい……。
「それどころじゃなくなっているかもだけど…グレグレの方は大丈夫?」
「は、はい!私の方は元気百倍です!」
たぶん泣きながらへたり込んでいたのを心配したのだと思いますが、走り回っていたスコルさんが心配そうな顔で声をかけてきて……ユリエルさんの雄姿を見る事が出来た私は勇気百倍だと力瘤を作って見せると「元気ね~」みたいな微笑まし気な様子で目を細められてしまったのですが、本当にユリエルさんの姿を見てからは調子がいいのですよね。
「それで追いかけたそうにしているグレグレには悪いんだけど…ちょっといいかしら?」
「はい?どう…しました?」
出来たら飛び去ってしまったユリエルさんの後を追いかけたかったのですが、現実的な問題として走って追いかけられる速度では無かったですし……ユリエルさんが無意味な突撃をするとは思えませんし、私にはわからない何かしらの深い理由があったりするのでしょう。
そう思いながらスコルさんと話をしながらクラン経由でユリエルさんとお話をしていたのですが、あちらこちらに走り回ってPTを配っていたスコルさんがユリエルさんだけはPTを配っていなくて……何故なのでしょう?と思っていると「今配ったら大変な事になりそうだし?まあユリちーならそのうちひょっこりと戻って来るわよ」との事でした。
その辺りの根拠や自信がよくわからなかったのですが、ユリエルさんが別行動をすると決めてスコルさんがそれを認めているのならきっとその行動が最善なのだと思いますし、ユリエルさんの言っていた『突入の準備をお願いします』という言葉に応える為にも私なりの準備を整えておいた方がいいのかもしれません。
「ごめんね~…巨乳のお薬屋さんが落下しちゃって回復の手が足りないのよ、だから負傷者の治療をお願いしたいんだけど」
「っ!?…はい、わかりました」
ポーションを配っていた胸の大きな人が地割れ攻撃に巻き込まれてしまったようで……あの人はユリエルさんがクランに誘うほどの人でしたからね、ヨーコさんの離脱のせいで回復が間に合わなくなってきてしまったのでしょう。
その事をわざわざ伝える為に戻って来てくれたスコルさんにお礼を言ってから、私は私の出来る事を頑張ろうと屈伸運動やアキレスけんを伸ばしていると何故か周りの人からは不思議がられてしまったのですが……そんなタイミングでユリエルさんとの情報交換を終えたまふかさんからの全体連絡が入りました。
『ねえ…地下水道にも祭壇みたいなのってあったわよね?誰か…今どうなっているかを確認しに行って欲しいのだけど?』
その言葉に対して『今エルフェリアにいるからすぐに!』とか『それなら俺の方が近い!』だとか喧嘩をしながらもそれなりの数が立候補して来て……その剣幕にやや押されてしまったのですが、ユリエルさんが言うには祭壇の確保が重要なようですし、“突入準備”を頼まれている私としても頑張って皆に協力しようと思います!
『大丈夫です!』
何が大丈夫なのかはわからないのですが、とにかく元気よく返事を返すと目の前にいたスコルさんがニヤリと笑いながら肩を竦めていて……ついうっかり『大丈夫です!』なんて言ってしまったのですが、うっかり忘れていた負傷者の治療を終わらせなければいけないのですよね。
「これで目に付く人の治療は完了かしら?っと…たしかジョン・ドゥって言うのよね?おたくも祭壇確保に動くんでしょ?なんだったら一緒に行かない?」
そうして地割れに巻き込まれそうになっていた人達の治療をひと段落させると、スコルさんは準備を整えていた……えっと、プロテクターのついた全身スーツを着ている男性に声をかけていたのですが、話しかけられた方は顔に「?」を浮かべながら……どうやら彼もまふかさんの言葉を聞いて地下水道の調査に向かおうとしているようなのですが、ジョン・ドゥと呼ばれた人は私とスコルさんを見比べながら「こんな奴がついて来ても大丈夫なのか?」みたいな顔をしました。
「わ、私は足手まといになるのかもしれませんが…スコルさんはめちゃくちゃ強いですから!!」
「…自信満々に言う事でもないと思うが?」
私が自信満々に言い切ると、ジョン・ドゥさんは聞こえよがしに溜め息を吐いて呆れられたのですが……。
「まあまあ、ギンギンに滾っているおっさん達を連れて行ったら何か良い事があるかもね~って事よ」
なんて冗談めかしながらおやじギャグを言うスコルさんがフォローを入れてくれるのですが、こんなシリアスな場面でセクハラ発言をしたせいで空気が氷点下まで下がってしまって……私は睨みつけるようなジョン・ドゥさんの視線に震えあがってしまったのですが、そんな絶対零度の視線を受けながらもスコルさんはへらりと舌を出して笑ってみせました。
「いや~若い子は元気なのが当たり前みたいに思っているのかもしれないけど…案外馬鹿にしたものでもないわよ?元気でいられるのは若いうちだけなんだから、年々立たなくなるものよ…君もおっさんくらいの年齢になったらわかる…って、ちょっと~おいてかないでよ~…ね~え、シノシノもそう思うでしょ?」
そんなスコルさんの話を無視しながら歩き出したジョン・ドゥさんを追って私達も移動を開始するのですが、途中で出会った魔法使いのシノシノさんにも同意を求めるように話しかけていて……。
「いきなりセクハラをされたんだけど…ノーコメントって事でもいいかな?」
ニッコリと笑いながら青筋を立てるのは魔法部隊を率いていた人で、まふまふさんのようにカメラを飛ばしているのでこの人も配信者なのかもしれませんが……なんでも「ユリエルが地上にいるから」という謎の理由で地下に潜って祭壇を探してみようと思っているのだそうです。
何故ユリエルさんが飛び回っていたら退避しなければいけないのかはさっぱりわからないのですが、時々忌々し気に空を見上げているので理由を聞けるような空気でもなくて……いらない事を言って配信の邪魔をしてもいけないので口元を手で押さえて姿勢よく直立していると不審者を見るような目で見られてしまいました。
「それじゃあここからが本番だけど…皆~準備はい~い?」
とにかくスコルさんが近くの人に声をかけながら人を集めて、祭壇近くの亀裂と言う名の急斜面の前までやって来たのですが……あちらこちらから「おう!」とか「おっさんに言わるまでもねーよ!」とか「今から大森林突破は無理だからな、まふまふの為にもいいところをみせるぜ!」とか鼻息の荒い返事が返ってきました。
そうしてスコルさんやジョン・ドゥさんやシノシノさんと途中で合流して来た人達を含めて30人くらいの臨時PTが出来上がったのですが、この人数になると会話の早さについて行けない私はキョロキョロとしながら何となく頷くのが精一杯で……。
「グレグレは盾を構えなら呪文の詠唱、怪我をしそうな人にヒールを唱えてあげて…大丈夫よ、盾を構えて突っ立ってくれているだけでも助かるものだから」
「は、はい!」
そういう私を見かねたのかスコルさんが役割を振ってくれたのですが、とにかく任された事をひたむきに頑張る事にしましょう。
「お嬢ちゃんの事は俺達が守ってやるからな…そんなに気張らなくても大丈夫だよ」
「おいおい、そんな事を言っていいのか?大口を叩いた後にやられていたら格好悪いぞ~?」
「うるせー地下水道の敵くらいなら俺様がぶちのめしてくれるわ!」
なんて皆が声をかけてくれたりと……和気あいあいとした空気に少しだけ肩の力が抜けたのですが、ここからは媚毒とモンスターが犇めく地下ダンジョンですからね、気合を入れなければいけません。
(が、頑張りましょう!)
私はこっそりと握りこぶしを握り……そして潜り込む事になった『ギャザニー地下水道』なのですが、『エルフェリア』に向かう時に通った時は水路の上と水面近くという二層構造だったのですが、亀裂やら地割れやらで水漏れが起きているのか水位が下がっていて、長年水に漬かってぐちゃぐちゃになっている部分が増えた三層構造の立体的なダンジョンになっていました。
現れる敵は緑色のゴブリンとヒトデを大きくしたようなモンスターと、そしてなにより辺りに漂っている媚毒が私達を苦しめるのですが……ジョン・ドゥさんとシノシノさんは何かしらの道具や魔法を使っているのか意外と平気そうな顔をしていますし、スコルさんも媚毒の濃い場所を本能的に嗅ぎわけ回避をしているのか意外と平気そうなのですよね。
そもそもスコルさんが声をかけたのは十分実力がある人達だった事もあってヒーラーの出る幕がなくて、犇めくモンスターはスコルさんやジョンさんが危なげなく対処をしてくれましたし、シノシノさんも魔法使いでありながら接近戦を熟すなどの活躍をみせていたのですが……ユリエルさんを見てからポワポワしていた私はついて行くだけでも息が上がってしまいます。
(が、頑張れ私!えいえいお-!!)
それにこんな状況だというのに媚毒に侵された身体は衣類が擦れるだけで胸の先っちょの方が変な気持ちになってしまいますし、滲んだ汗が肌を伝うだけでお股がきゅぅんってなってへたり込んでしまいそうで……辺りを窺うようにキョロキョロすると何故か周囲の人達からは「大丈夫だろうか?」みたいな目で見られてしまったのですが、私はその纏わりつくような視線に圧迫されるように半笑いを浮かべるのが精一杯でした。
※誤字報告ありがとうございます(1/31)訂正しました。




