47:PT戦とウミル砦の異変
「伏せてください!」
私は右から飛び掛かって来たウルフを斬り伏せながら正面のウルフを蹴り倒し、振り向きざまにグレースさんを狙う鳥型の魔物にナイフを投げます。
この鳥型の魔物はホークと言い、イヌワシを不格好に太らせた後、足のかぎ爪を肥大化させたような魔物です。翼を広げた長さは2メートル前後と実物に近いのですが、体がごつくなっており、そんなモノが空を飛んでいるのにはちょっと違和感を覚えますね。それでいて意外とその飛行速度は速く、そういう不条理ともいえる飛び方がいかにも魔物魔物していて良いですね。
「PHYUUI!!」
「ひゃいっ!?」
ワンテンポ遅れてしゃがみ込むグレースさんの上空30センチ、襲撃態勢に入っていた鳥型の魔物に投げナイフが当たり、短い鳴き声をあげながら地面に落ちました。地上でまだもがいているので倒せていませんね、止めを刺さないと近くにいるグレースさんが危ないのですが、まずは蹴り倒しておいたウルフに止めを刺しておきましょう。
それにしても、本当に忙しいですね。ウルフは基本数体纏めて襲ってきますし、ウミル砦に近づいてからはそこにホークが加わって、まるでグレースさんを守るというタワーディフェンスをしているような気がしてきました。アルバボッシュからずっとそういう感じですからね、感覚がマヒして来たのか何か逆に楽しくなってきました。いかに自分が疲労せず最小の動作でグレースさんを守り切るかというゲームですね。
もちろん最初からこんな事になっていた訳ではなく、始めのうちはグレースさんにも戦闘に参加してもらっていたのですが、その方が大変だという事がわかったのでやめてもらいました。
普通なら文句の一つも言わないといけないのですが、本人のやる気がないとか、遊んでいるという訳ではないので怒りづらいのですよね。
「えいっえいっえ…ひぃぃぃああぁあっっ!!!?」
「KUPUIEEE!!」
今も落ちたホークに止めを刺そうと、涙目で木製の杖で叩いてくれていたりと、本人はいたって真面目に戦ってくれているのですよね。ただその努力が実っていないというか、結果が伴っていないだけなのですよね。
「そのまま動かないでください」
【腰翼】を使いステップ、ホークと距離を詰めてその首を刎ねておきます。飛び立とうと暴れるホークに驚いて尻もちをついていたグレースさんは、血の代わりに飛び散るホログラムを見て大きく目を見開いた後、口とお腹を押えて目を逸らします。
ホラーゲームと違って血が飛び散る事もないですし、断面から骨や筋線維が見えているわけでもありません。ゴア描写としてはそれほど酷いものではないのですが、あまりこういうのに耐性がないようですね。グレースさんは青い顔をしながら震えています。
「すびま、ぜん…あじ…」
「いえ…大丈夫ですか?」
ホークに刺さった投げナイフを回収しながら、へたり込みガタガタと震えるグレースさんの顔色を窺います。目の焦点が合っておらず、青ざめて呼吸も荒いとかなり悪いですね。空気を求めるように口を開いたり閉じたりしています。
私が思うに、グレースさんはもっと別の……何かほのぼのとしたゲームの方が向いているような気がするのですが、何故このゲームを選んだのでしょう?そう思わなくもないのですが、選択は人それぞれですからね。グラフィックが奇麗だからと言う理由で始めた人や、制作陣に好きな人が居るからという理由でゲームを始める人もいますし、個人の自由なのでしょう。
「どうします、少し休憩をとりますか?」
1時間近く戦闘を繰り返していますからね、ゲーム慣れしている私でもちょっと疲れてきましたし、慣れていないグレースさんの疲労はかなりのものでしょう。
「…いえ、もうす…こし…ですから」
どうやらこの辺りのモンスターは先ほど襲ってきたので最後だったようで、休憩しようと思えばできたのですが……私の顔と、もうほとんど目と鼻の先と言っていいウミル砦を見比べていたグレースさんは、休憩を挟むより安全な場所に進んだ方が良いと考えたのでしょう、弱々しく微笑みました。
「わかりました、では行きましょう」
手を貸して立ち上がらせようとすると、グレースさんは最初私の手を掴みかけたのですが、慌てたように払いのけられました。
「す、しゅみませっ…」
なんで自分でもそんな事をしたのかわからないというような様子でグレースさんはアワアワと立ち上がったのですが、まあこれだけ元気だというのならいいですね。
歩き出した後、私の横顔にグレースさんの視線が突き刺さってきているのですが、何でしょう?
「どうしました?」
「うっひぃぅ、ひゃんでも…」
どこかぼんやりした様子のグレースさんは何かよくわからない事をモゴモゴ言いながら、顔を真っ赤にしてブンブンと首と手を振ります。目が虚ろですし、何か半笑いですし、かなり疲労がたまっているのかもしれませんね、早く安全な場所で休憩した方がいいかもしれません。
「そうですか……」
そんな話をしているうちにウミル砦の様子が見えてきました。塀の上の兵士達の見分けがついてくると、何やら騒ぎが起きているようで、叫び声と喧騒が聞こえてきますね。何事かと見ていると……塀の上の兵士達が慌てたように武器を取り出し駆け出している姿が見えました。どうやら少し遅れてグレースさんもその事に気づいたようで、不思議そうな顔をしながら首を傾げ、ウミル砦を見上げていました。
「なん…」
「…でしょう?」そうグレースさんが続けようとしたところで、塀の上の兵士が轟音とともに吹き飛ばされました。
パラパラと降ってくる瓦礫と、まるでおもちゃのように宙を舞う兵士。
そんな光景に目を瞠っていると、急に日の光が翳り、私は反射的に剣を抜きました。ほぼ直感のみで頭部をガードすると、いきなり大岩でもぶつかってきたような強烈な衝撃を叩きつけられ、踏ん張り切れずに吹き飛ばされました。
「くっ…」
何とか【腰翼】でバランスを取って受け身を取り、何が起きたのか見てみると、砂煙の向こう側に……金色の鷲の翼と白いライオンの下半身を持つ、高さ5メートルくらいのグリフォンが現れていました。
「KUPUUUUUXUU!!!!!」
それは重い音をたてて地面に着地すると、威嚇するように翼を大きく広げます。魔力の塊に近いその咆哮に体がピリピリします。
「え……?」
ウミル砦に出たグリフォンは退治されたと聞いていたのですが、違ったのでしょうか?それとも2体目?いえ、ゲームなのでリポップしただけかもしれませんね。とにかく、どうして現れたのかはよくわかりませんが、状況はかなり最悪です。
前回グリフォンが現れた時はウミル砦にいた複数のPTが協力して撃退したらしいのですが、今周囲にいるのは私とグレースさん、そして……更に周囲まで見回してみたのですが、遠くの方で猫目の男性がカメラをホークに啄まれたらしく、orzみたいな恰好でへたり込んでいて、それ以外の人もいきなり出現したグリフォンに腰が引けていて参戦は望めません。
「ふ、ふぉぉおおおおっっ!!!!???」
むしろガタガタと震えながらも杖を構えるグレースさんの方が勇気がありますね。つまりほぼ単独でグリフォンと戦わないといけないという事です。
「KUPXUEEEEEEEEE!!!!!」
グリフォンがもう一声鳴くと、それだけで空気が震え、痛いです。そしてまるでその鳴き声に触発されたと言うように、ウルフが近づいてくる気配がありました。さしずめ『グリフォンは仲間を呼んだ』という事でしょう。こうなる前に付近のモンスターを倒していたのは幸運でしたね、駆けつけてくるまでにもう少し時間があるようです。
ただ、状況がかなり悪いという事に変わりはありません。これならグレースさんを連れてウミル砦まで走った方が生存率は高そうですが……それはあまり面白くありませんね。
私は一度深呼吸をすると、剣を構えてグリフォンに向き直ります。グリフォンの方も私がやる気になったのを察したのでしょう、翼を羽ばたかせて戦闘態勢に入りました。
※グリフォンの最初の奇襲は死角からの攻撃だったので【見切り】が発動していません。それ以外の正面からの攻撃には毎回ちゃんと発動していますが、それを毎回描写するとクドくなりそうなので描写はしていませんし、多分これからもあまり描写される事は無いと思います。




