489:歪黒樹デファルセント
『翠皇竜ゴルオダスの魔核』の影響で突然変異を起こした細身のワイバーンの上に乗っている私達はデファルセントに向かって突撃を開始したのですが……どこか生物的な樹皮を持っている黒い樹木は幹の部分だけでも直径100メートル程度、末広がりに広がる触手が根を張っているので見た目以上に大きく見えますし、その樹高は600メートルと黎明期の電波塔と同じくらいで……距離感や大きさの問題でわかりづらいのですが、その表面には無数のディルフォレスや『歪黒樹の棘』が蠢いており、枝葉のように広がりウネウネとしている姿はどこか巨大なイソギンチャクのようにも見える不気味な造形物なのですよね。
そんな化け物が硬質な輝きを持つ鉤爪のような巨大な枝を振り回しており、血が滴っているような巨大で真っ赤な蕾からはドロリとした媚毒の霧を吐き出し続けていたりと近づきがたい圧力を発しながら佇んでいました。
(だからといって…ですね!)
スーリアさんの槍で貫かれたキリアちゃんがデファルセントの元に送られているようですし、こうして私達が手をこまねている内に消えていく可能性があって……。
「Ooo&’#%&’&’$”O&%&”!!!!」
そんな焦燥感を掻き立てるような奇妙な大音響を発したデファルセントが巨大な蕾を膨らませたかと思うと、まるで対空射撃のよう高濃度の媚毒ガスを勢いよく吹き付けて来ました。
(淫さん、回避を!)
『やっては…みるが!』
数百メートルくらい直進した後にバラけて周囲一帯を侵す媚毒の霧のせいで迂回航路を取らざるを得なくて……回避運動を取る私達目掛けてデファルセントが振り回すディルフォレスの束が軽い捻り込みを入れながら突っ込んで来るのですが、ある程度の距離まで近づいて来たところで数百本の触手に分かれたかと思うと私達を押し包むように広がり迫って来ました。
(これはどうする事も…出来ませんっ、ね!?)
風切り音を響かせながら迫って来る触手の群れに対して上下の運動と左右の旋回を駆使して避けるのですが、下手に近づこうとすればするほど反撃密度が上がっていき……。
(もう少し、近づけませんか!?)
急激なGや浮遊感にもみくちゃにされながら降り注ぐように伸びて来る触手を躱していくのですが、【マジックミサイル】の攻撃範囲に入る前にデファルセントの強固な反撃にあって安全空域まで退避しなければいけなくて……死角から伸びて来た触手に対してロールを打つと上に乗っていた私と牡丹の体がフワリと浮かび上がってしまい、いくら自力で飛ぶ事が出来るといっても【魔翼】を身体に巻き付けている私や【ショートジャンプ】を駆使して無理やり背の上に戻って来ている牡丹には負担が多くてあまり無理な機動を取る事が出来ません。
『落ち着け、ここで無理をしてもミイラ取りがミイラになるだけだぞ!?』
無理な回避運動のせいで高度が下がっている私達は翼端から飛行機雲を発生させながらの大森林の上を掠め飛んで行くのですが、エレオスアイだけではなく『ディフォーテイク大森林』全体に根を張ったデファルセントの監視からは逃れる事が出来ないようで……絡みつくような奇妙な視線が気持ち悪いのですが、このまま安全な距離を飛び回っているだけだと埒が明きませんね!
(それは…わかっているのですが!?)
キリアちゃんのHPが無くなる前に助け出さなければいけませんし、ワイバーン形態に修正が入る前に何とかしないといけないという制限時間に焦ってしまうのですが、デファルセントの攻撃範囲だけでも数キロメートル、根っこの影響範囲まで含めると『ディフォーテイク大森林』の全域とキリアちゃんの捕らえられている場所を特定するだけでも難しくて……流石にこれだけ監視されている状態で突撃していても無駄ですし、触手の群れに迎撃されてしまうのがオチなのでしょう。
(早く、キリアちゃんを助け出さないと…)
延命処置を施した後に後送する事が出来たら助け出せるのかもしれませんが、『ルミエーヌ』の魔力を吸い上げているデファルセントが暴れ回っていて……というよりいくら大規模レイドバトルといっても限度があると思うのですが、もしかしたら順序が逆なのでしょうか?
つまりこのイベントはオリジナルのデファルセントを倒した後に発生するもので、弱体化したデファルセントが『ディフォーテイクの悪意』で強化されて往来の強さを取り戻すといった流れで……そのイベントを発生させる為のエネルギーが熊派の暗躍で集まってしまった結果、オリジナルがパワーアップされるという訳の分からない事になっているのかもしれません。
(だとしても…!)
私達が戦わなければいけないのは今目の前に居る強化デファルセントだという事に変わりがありませんし、地上に居る人達と協力する事が出来たら接近する事が出来るのかもしれませんが……協力体制を築き上げるにしても色々と懸念点があるのですよね。
(それこそ“だとしても”…ですね)
私は熱くなった息をゆっくりと吐きながら改めて周囲を見回すのですが、絡まりついて来ているネットリとした視線に身体が反応してしまい……ムズムズする感触を振り払うように首を振っていると、地上からの観測で私達の事を発見したらしきグレースさんからクラン経由の連絡が入りました。
『ゆ、ユリエルさん!?よかった、本当によかった…ユリエルさんが触手にネチャネチャにされているなんて事になっていたら…私、私は…グッジョブです!というよりそのドラゴンはいったい!?』
やや混乱しているのか支離滅裂な事を言っているグレースさんなのですが、こういう状況になったら情報統制も何もないですからね……なんて思っていたらリーダーPTが解体されていたのですが、どうやら大規模レイドバトルが開始されたタイミングでPTの人数制限が解除されていたようで、攻略メンバーを同一PTに集める為の再編成が行われているのだそうです。
『連絡がつくのならさっさと連絡をよこしなさいよ!こっちは再編で忙しいっていうのに…そもそもどうなっているのよ!?いきなり地割れに巻き込まれるわ巨大な根っこが出て来るわでおまけにワイバーン?どうせあんたの事だから何か知っているんでしょ!?』
『よかった~…ユリエルちゃんだけ別行動をしていたから、本当に心配したんだから!』
『そう、ぜー…ね~…は~…っと、ぜー…はー…』
そうして私との連絡が繋がる事を知ったクランメンバーが捲し立てるように喋り始めるのですが、ナタリアさんはともかくヨーコさんは激戦続きに疲労しているのか荒い息を繰り返していたりと、向こうは向こうで大変な事になっていたのかもしれません。
『すみません、こちらも色々な事があったのですが…』
因みに上陸チームに所属し崩落に巻き込まれていたまふかさんは近くに居たシグルドさん達と脱出する事になり、やっと出て来たかと思うとデファルセントの根っこが伸びて来て苦戦しているのだそうです。
そうしてナタリアさんは最初の崩落時に巻き込まれた魔導船の救助に向かい、ヨーコさんはその後の地震からの地割れのコンボで地下水道側に落下して……とにかくそういうバタバタを乗り越えながら大規模レイドバトルに向けての準備をしている段階で、地震と共に出て来たワイバーンが敵か味方かと混乱しているようですね。因みにその辺りの情報が入って来なかったのはまふかさん達の会話がPT経由で行われていたからで……。
『それより、その…大丈夫ですか?』
皆の安否確認をしなければとは思っていたのですが、話しかけてもいいものかという葛藤があって……言ってしまえば『色欲の巫女』や【ラスト】の影響が出ていないかだけが心配なのですが、どうなのでしょう?
『は、はい!何か身体がポカポカしていて絶好調です!』
『大丈夫…?って、やっぱりこれってあんたの仕業なの!?今度は何よ!?』
『えっと…あ、あはは…』
『ノーコメントとさせてもらいたいのだけど~…もしかしてこれもユリエルちゃんのスキルの影響なのかしら?』
どうやら敢えて言葉にしていなかっただけで皆も変な気持ちになっていたようで……その辺りの問題については戦闘後に改めて話し合う事にして、通話越しでも影響が出てしまうのなら個別に動いていた方が良いのかもしれませんね。
「ユリエルから甘~い気配が漂って来ているのだけど~…後で味見をしてもいいのかしら~?」
そんな事を考えていると、偵察に出ていたラディとニュルさんが【招集】を使ってワープして来て……。
「その…いきなり抱き着いて来るのはビックリするからやめてくだ…ひぃぅッ!?」
ヒンヤリとしたスライムボディーで抱きつかれて乳首を抓り上げられるとビックリしてしまうのですが、ウネウネしているニュルさんも下半身に絡まりついて来たかと思うと太腿を伝う愛液を撫で上げるようにクチュクチュして来たりと、ただでさえ敏感になっている身体を弄り回されると力が抜けそうになってしまうのですよね。
「ふざけるのはそれくらいにしておけ…わざわざ飛んで来たという事は何か用事があるのではないか?」
そうして全員に聞こえるように通常会話で窘めてくれる淫さんなのですが、そんな淫さんに向けて目を細めてみせたラディは拗ねたように唇を尖らせてみせました。
「あら~お寝坊さんがやっと起きたと思ったら~…せっかちさんはモテないわよ~?」
「雑談をするのなら時と場合を考えろ取っているだけだ」
「ぷー」
最終的には呆れ顔の牡丹にツッコミを入れられるというなかなか賑やかなPTになってしまったのですが、とにかく今は時間がないので話を進める事にしましょう……と、いうより、じゃれ合いながら私の身体を弄り回すのは気持ちよくなってしまうので止めて欲しいですね!
「確かにお喋りをするタイミングではないのかもしれないけど~…キリアちゃんっていう女の子を助け出す時間を稼ぐ為に地上に居る人達をあのデカブツにぶつければ良いのよね~?」
「何か…良い作戦があるのですか?」
「任せて~伊達にニュルニュルと一緒にウロウロしていた訳じゃないから~」
「話は聞いていたから~」なんて言いながら自信満々に自分の胸をポヨンと叩くラディなのですが、どうにも胡散臭すぎて私は目を細めながらその顔をまじまじと見返してしまいました。
※黎明期の電波塔という説明の仕方についての補足説明なのですが、一番最初の電波塔は1954年の『名古屋テレビ塔(180m)』で2012年の『スカイツリー(600m)』とは半世紀ほど世代が違うのですが、ユリエル達の世代だと衛星放送が主流で『電波塔』という単語が最初期の電波送信技術みたいな認識のされ方をされているという事です。




