488:『ディフォーテイクの悪意』と『色欲の巫女』
エレオスアイを倒した時にギリギリ上がりそうだったレベルがスーリアさんが作り出した小さなトレントを貫いたタイミングで上がり……レベルが45に達したのと同時に出て来たウィンドウに書かれていたのは『『色欲の巫女』への進化条件を満たしました、進化しますか?<YES><NO>』というものでした。
そうして押し寄せる触手の濁流から逃れる為に<YES>のボタンを押すと、何かが罅割れるような感覚と同時に爆発するように広がってきた『翠皇竜のドレス』がドラゴンの姿を形作り……。
『まったくお前は、いつもいつもよくわからん状況になりおって…本当に世話の焼ける奴だ』
進化による急激な変化と浮遊感に意識がブラックアウトしていたのですが、頭の中に響くような懐かしい声に意識を取り戻した私は全裸のまま空に向かって落ちて行くような奇妙な体験をする事になりました。
「淫、さ…?牡っ!?」
奇妙な浮遊感とドラゴンとなった淫さんが……というよりやや戦闘機的なフォルムを持つのっぺりとした翼竜と言った方がいいのでしょうか?何処か無機物を思わせる造形をしながらゴツゴツとした黒寄りの深緑色の皮膚を持つ細身のワイバーンの上に乗っていた私は空を見上げる事になっていたのですが、今にも日の光が地平線に沈んでいくような夕日と宵闇のような媚毒の靄に染まる大森林を見下ろしてみると、今まさに私達が脱出して来た崩落現場から大量の根っこや触手がウゾウゾと地上に這い出して来ているところが見えて……。
『大丈夫だ、そっちについては問題ない』
「ぷっ!」
そんな場所に牡丹を置いて来てしまったのかと思って慌てたのですが、どうやら私達目掛けて押し寄せて来た触手に巻き込まれる形で流されて来た牡丹を回収していたのだそうです。
(そうですか…って!?)
そして足元に擦り寄って来ていた牡丹を抱え上げようとしたところで、自分が全裸になっている事に気が付いて胸と股間を隠しながらしゃがみ込む事となり……。
「何で全裸になっているんですか!?」
『我に言われても困る…が、だからといって布面積を増やすのもあまりお勧めは出来んぞ』
こぼしてしまった言葉に肩を竦めてみせる淫さんなのですが、どうやらワイバーン形態か装備形態のどちらかしか選べないようで……下手にワイバーン形態を解除したらデファルセントの媚毒や『歪黒樹の棘』が犇めいている地上に降りなくてはいけないのだそうです。
(だからと…言って!?)
樹木が過ぎ去っていく事がハッキリとわかる中途半端な高度に眩暈がしそうなのですが、火照った身体をヒンヤリとした空気が撫でていき……魔力的な飛行のおかげで風圧や揺れに関してはそれ程でもないのですが、流れ落ちる汗の感触やら奇妙な解放感と羞恥心にのぼせ上がるように頬が熱くなってしまいますし、まるで身体中の感覚が引き延ばされたように風を切る音と自分の心臓の音だけがやけに大きく聞こえてしまって……緊張で何も考えられなくなるのですが、地上に居る人達に見られたらと考えただけでドキドキしてしまいました。
とはいえこのまま全裸という訳にはいかないので【イリュージョン】用に持ち歩いている『エナジーストリング』をサラシのように巻こうかと考えていると……どうやら私が身に着けた物は淫さんに統合されてしまうようで、身につけすぎるとワイバーンが肥大化して暴走する危険性があるのだそうです。
(何かもう、何かもう…ですね!)
仕様だと諦めるにしては色々と問題があるのですが、とにかく腰の後ろ辺りについている【魔翼】や【尻尾】で大事な所を隠しつつ……これはこれで手ぶらで飛び回っているような恥ずかしさがありますし、戦う時には外さないといけないのですよね。
その時の事を考えると今からドキドキしてしまい、口元が弛んでしまいそうで……淫さんには『相変わらずだな』みたいな生暖かい視線を向けられてしまいました。
『それより…どうするのだ?』
そして久しぶりの会話の割にはドライな対応で……少し寂しかったのですが、どうやら喋る事が出来ないだけで意識はあったようで、『色々とあり過ぎて何も言えん』といった感じで諦めの境地に達した結果のドライな対応なのだそうです。
(どうすると言われましても…どうにかするしかありませんが)
因みにワイバーン形態の淫さんは翼開長で言うと8メートル程度で、『翠皇竜のドレス』に『翠皇竜ゴルオダスの魔核』と淫さんという存在が混じった不思議な存在なのですが、魔核の影響なのか私が進化した影響なのかそれともずっと私の体を苛んでいた【淫装】のスキルレベルがMAXになっていたのが関係しているのかはわかりませんが、とにかく色々な条件が重なり合った上でのチート状態という奴なのでしょう。
そしてこの機動力があればこのまま第三エリアに飛んで行く事ができるのかもしれないと考えたのですが、淫さんが言うには何かしらの干渉を受けているので全力飛行が出来るのはせいぜい10分か20分というところで……流石にゲームバランスを壊すレベルの飛行能力ですからね、メタ的な事を言うと運営の人達が急いで修正パッチを作っている最中なのかもしれません。
とにかく色々なものに引っかかりはあるのですが、今は『ディフォーテイクの悪意』なんていう大規模レイドバトルの真っ最中ですし、連れ去られたキリアちゃんの安否も確認しなければいけないので色々な考察をしている場合ではないのかもしれません。
なので私はどこか落ち着かない気持ちを心の奥に封じ込めてから周囲の状況を確認するのですが、目がいってしまうのは少し高度を上げて200メートル程度の高さを飛行している私達が見上げても先端が見えない大きさの……対比する物が少ないので正確な大きさがわかりづらいのですが、下の方に生えている40から50メートルくらいはありそうな樹木を基準とするのなら、だいたい600メートル程度の大きさでしょうか?どこか生物的な表皮を持つ巨大な樹木に数十メートル単位の巨大な蕾のついた触腕が無数に絡まりついた巨大な歪黒樹デファルセントが聳え立っていました。
(そう、ですね…)
そんなデファルセントから溢れ出したデファルシュニーや棘のついた黒い枯れ木が攻略に乗り出したプレイヤー達を轢き殺していっているのですが、キリアちゃん達が張った『ルミエーヌ』の魔力をデファルセント吸い上げているのでその巨体が成長しており……メキメキとデファルセントが身じろぎするように巨体を動かし根っこを広げるだけで地震が起きてあちらこちらで地割れが発生しているのですが、そういう末端部分をどうにかしたところでどうにかなるような敵ではないですね。
なので根本的な解決が求められるのですが、こちらの戦力としては『色欲の巫女』となった私とワイバーン形態の淫さんとロストギアメイルの盾を構える牡丹の3人だけで……まず『色欲の巫女』についての補足を入れると特別な職種や地位についている人物という扱いのようで、種族的には『搾精のリリム』の純粋な進化先ともいえるリリスになるのだそうです。
能力値としては諸々のバフを入れてHP:B、MP:Ex、空腹:F、STR:A、VIT:A、INT:A、DEX:S、AGI:C、LUK:Bと食事の効率が通常の10分の1になるデメリットと奇妙な特性がついている以外は順当な進化という感じなのでしょう。
そうして最も気になる『MP:Ex』についてなのですが、これはSPを消費せず取得する事が出来た【搾精】の上位スキルである【ラスト】というスキルの効果のようで、その内容は常時発動型のドレイン系の……かなり端的に言うと効果範囲内に居る人達に使用者の快感を転化させる事が出来るようで、対象を気持ちよくさせる程吸収効率が良くなるスキルなのだそうです。
因みに種族の説明欄には『『色欲』の名を冠する淫魔の1体、魔王の因子を持つサンマウンドにおけるイレギュラー、欲情を煽る堕天使はあらゆるモノを快楽の沼に堕としていく』とあり、視線や情念を受ければ受ける程感度が高まり気持ちよくなってしまう体質を持っているようで……つまり目立てば目立つだけ気持ちよくなってしまい、その快楽を【ラスト】を使って周囲にばら撒きながら魔力として回収するという訳の分からない存在になってしまったようですね。
(相変わらず碌でもない進化先ですが)
説明を見ただけで半眼になってしまうのですが、これがボッチのソロプレイヤーだった場合は魔力を集める事が出来ないという残念な結果になるのでしょうか?それとも最低値が保証されているのかが気になってくるのですが、こういう目立つ必要がある種族というのはソロプレイ寄りの私よりまふかさんなどの人気者の方が向いていて……。
『………』
(………)
かなり癖が強い進化先なのでどこまで扱いきれるのかが心配でしたし、淫さんと牡丹も何とも言えない顔をしながら私の顔を見ていたのですが……進化に伴い姿形も変わっており、黒い巻貝型の角にかなりシンプルで柔軟性の高い翼と尻尾という見た目になっていました。
そうしてINTやDEXの上昇や慣れの問題で翼や尻尾がスムーズに動かせるようになっており……薄くて柔軟性が高いピンク色と紫色が混じった平たい帯状の翼と第三の腕のように動かす事が出来るスラリとした1.5メートの尻尾と、この新しい体を使いこなす事が出来たら徒手空拳だけでもかなりの活躍が出来るのかもしれません。
『おい、ぼんやりするな!』
そういう仕様を確かめながらデファルセントの周囲を旋回していると、突然淫さんが警告を発しました。
「ッ!?」
私がその警告に視線を向けると、頭上から迫る数十本の糸のような何かが……なんて悠長に見上げていたのですが、遠近感の問題でゆっくり移動しているように見えた直径数メートル単位のディルフォレスが回避運動を取った私達の横を物凄い勢いで通り抜けていくと……地上の樹木をなぎ倒しながら爆発するように砂煙上げました。
(すみません、助かりました!)
(ぷぃ~…)
油断していた訳では無いのですが、相手が大きすぎるので遠近感が狂いがちで……少しだけデファルセントから離れるような飛行経路をとりながら様子を窺うのですが、どうやら『ルミエーヌ』が無くなり意気揚々と攻め込んで来ている人達は『ディフォーテイク大森林』を埋め尽くすように蠢いている『歪黒樹の棘』や数キロ先から振り下ろされるデファルセントの攻撃に対して苦戦しているようですね。
(では最低限のチェックも終わりましたし…アップデートが入る前にキリアちゃんを救出させてもらいましょう!)
細かな確認が出来ていませんし、地上で頑張っているまふかさんやグレースさんの安否も気になりますし、別の大陸で四神とかいう何かを復活させようとしているスーリアさんの事も考えなければいけないのですが、短時間とはいえ高速飛行能力を得たからにはデファルセントの元に転送されて行ってしまったキリアちゃんを助けに向かうべきで……私達は根本付近までへし折られてしまった『ベローズソード』を構えながら巨大なデファルセントに向かって突撃を開始しました。
※あけましておめでとうございます、今年もブレヒロをよろしくお願い致します。
※誤字報告ありがとうございます(4/24)訂正しました。




