486:救助と突撃
天井辺りから垂れ下がっていたディルフォレスから奇妙な水滴がしたたり落ちて来たかと思うと人の形になり……多分これが熊派なりのポータルと言いますか、何かしらの魔法的な通路で地上と地下が繋がっているのかもしれませんが……とにかくいきなり現れたスーリアさんが仲間である筈のキリアちゃんの体を媚毒の槍で突き刺しました。
「こんな所に隠れているとは思っていなかったのですが、これでワタクシのお役目も…なのでしょうか?どうにもその辺りがハッキリしないのですよね?」
なんて事を言っているスーリアさんなのですが、どうやら今まであちらこちらをフラフラしながら迷子になっていたようで……。
「貴女は少々自我を持ちすぎた…と、魔王様が言っていたような?う~ん、どうにもその辺りがあやふやで…」
そのままキリアちゃんに止めを刺そうとしていたスーリアさんなのですが、自分の行いがよくわかっていないのか手を止めて首を傾げて見せました。
(何を…言っているのでしょう?)
味方殺しなんていう事までしておきながら自分の行いがよくわかっていないスーリアさんこそよくわからないのですが、どうやら単純な内輪揉めという感じではないようですね。
「どちらにしても…ワタクシは眠っている人達を起こすのが役目のようですし、貴女にもその栄養となってもらう事にしますね」
どこか説明口調のまま、自分が出て来たディルフォレスを撫でながら魔力を弄っていたスーリアさんは……その動きに連動している根っこがあったり動いていない根っこがあったりと、どうやらディルフォレスの中にも派閥があるようなのですが……熊派を襲っていた根っこはスーリアさんが操っていたのでしょうか?
その辺りの事情はよくわからないのですが、とにかくスーリアさんはキリアちゃんをデファルセントのエネルギーにする事にしたようで、槍についたゴミを捨てるように蠢く球根に向けてキリアちゃんを投げ捨てて……もう少しでお話が出来ると思っていたキリアちゃんが痛みに顔を顰めながら血反吐を吐き、周囲の土地から無尽蔵に魔力を吸い上げている球根に取り込まれていってしまいます。
「キリアちゃん!?」
ただでさえ致命傷に近いダメージを負っている時に魔力まで吸い取られたら大変な事になってしまうのですが、救助に向かおうにも触手に拘束されたままではどうする事も出来ません。それでも何とかしようと藻掻いていると、キリアちゃんの魔力が吸収され始めたタイミングでワールドアナウンスが入りました。
『歪黒樹デファルセントに捧げられた生贄が規定値に達した為、大規模レイドバトルである『ディフォーテイクの悪意』が発令されました。これに伴い第二エリアで進行中のクエスト及びワールドクエストの一部が統合される事になり、『ディフォーテイク大森林』の情報の一部が解禁されました。イベントの詳細や情報については各ブレイカーズギルドにて確認をお願い致します』
そのアナウンスが終わるのと同時に地面が揺れて砂や欠片が堕ちて来たのですが、何が起きているのかがわからないままキリアちゃんの魔力を吸い上げた球根から膨大な魔力が噴き出してきて……大森林の探索が始まっている割には情報の開示がありませんでしたし、独占する為の情報規制にしてはどこかおかしかったのですが……。
(出来れば情報を集めたい、の…ですが!)
他の人達との連絡は繋がらず、のんびりとネットを確認している状況でもありません……と、言いますか、地震の大きさから考えるとかなり大規模なイベントが始まっているようなのですが、地下に居ると何が起きているのかがサッパリわかりません。
しかも大規模イベントが発生するにしては運営の言う『規定値』が少なかったような気がするのですが、どうやらキリアちゃん達が『エルフェリア』から引っ張って来ている膨大な魔力が関係しているようで……地上では何やら大変な事になっているような気がするのですが、今は瀕死のキリアちゃんをどうやって助け出すかの方が問題ですね。
「こっ…の!放して、くださ…ッ!?」
こうなって来ると、手放した『魔嘯剣』の事が悔やまれるのですが……ディルフォレスが持って行ったのか見つける事が出来なくて……因みに封印の強さは『歪黒樹の棘』の大きさと距離が関係しているのですが、球根に絡まりついている量と距離では装備系統のスキルや身体系のスキルが少しだけ使えるようですし、私は無理やり魔力を込めて引き千切りにかかりました。
すると、私を拘束していた触手が弛んだのですが……自力で解いたというよりキリアちゃんの使役から自立行動に切り替わる瞬間の機能不全が起きているようで……。
(今の…内に!)
とにかく宙づりの状態から逃れる事が出来たのですが、地上で蠢いているサングデュールまでの距離は大体2メートル程度で……【魔翼】は使えないのでスカート翼でバランスを取って『蒼色のサンダル』を操作し良い感じに着地をしようとしたのですが、地上付近に溜まっていた媚毒に全身が漬かってしまって、汗やら色々な液体が噴き出しフラついてしまいました。
(これ、は…結構…きつい、ですね!?)
甘いきにも似た感覚に息を止めて、下半身から力が抜けそうになるのを気合で耐えながら太腿のポーチから投げナイフを取り出すと、私は『蒼色のサンダル』の吸着力を活かして球根から伸びているサングデュールの上を駆け出すのですが……視界の端には触手の猛攻が無くなった事に気付いた牡丹が『ロストギアメイル(巨人用)の破片』を持って駆けつけて来てくれているようですし、さっさとキリアちゃんを助け出す事にしましょう。
(待っていて…くださいね!)
因みに牡丹が『ベローズソード』を投げ渡してきたのでそちらも装備しておき……お腹に拳大の穴をあけられているキリアちゃんの治療が間に合うのかは不明なのですが、ある程度の延命をした後にグレースさんやヨーコさんと合流する事が出来たら一命を取り留める事も不可能ではない筈です。
その為には立ち塞がる触手とキリアちゃんの殺害を目論むスーリアさんの横を通り抜けないといけないのですが、こちらの切り札である【グリモワール】は事前準備ともいえる【イリュージョン】が使えなくて……勝機があるとすればスーリアさんを狙う必要がないという事なのですが、流石にキリアちゃんの元に駆け寄ろうとするのを見逃すほど甘くはないようですね。
「お久しぶり~…というほどでもありませんが、何故こんな所にユリエルさんが居るのでしょう?」
部屋のやや奥側にある祭壇に向かって投げ捨てられたキリアちゃんとの距離は20メートル弱、いくら足場が悪くて走るのが苦手な私といっても全速力で走ればすぐに駆け寄る事が出来る距離ではあったのですが、私とキリアちゃんの間には媚毒の槍を持ったスーリアさんが立ち塞がり……。
(制御が…甘いですね!)
『歪黒樹の棘』の影響だと思うのですが、直線的な軌道しか描けない『ベローズソード』でスーリアさんを撃退するのは不可能ですね。
「問答無用、ですか~?というより、もしかしてこの子を助けに来た…というのでしょうか?なぜそこまでこの子の為に尽くそうとするのですか?貴女からしたらこの子は敵…ですよね~?」
私の攻撃を軽くいなしたスーリアさんはニコニコと笑いながらも「理解できない」と眉を顰めるのですが、何故キリアちゃんを助けるのかなんていう事はわかり切っていました。
「そうかも…しれませんが!私が助けたいと思ったから助けたいだけです!」
このまま勝ち逃げされるのは癪ですし、クリアできるイベントならクリアしたいですし、触手に飲み込まれていくキリアちゃんを助けると決めたからには助けないと気が済まないからです!
「そんな風に一生懸命に頑張るユリエルさんも素敵ではあるのですが…ワタクシにも色々と事情があるのですよね~」
軽い口調で「困りました」と言うスーリアさんはやる気なさげに槍を振るい、周囲に浮遊していたエレオスアイを呼び寄せると目玉のお化けの目が怪しく光り……。
(この、まま…では!?)
エレオスアイの快楽ビームが飛んでくる事がわかっているのですが、ダメージを出すためには連撃を入れる必要がある『ベローズソード』では攻撃が間に合いませんし、軽い牽制のような槍の一突きも避けなくてはいけないという二者択一を迫られてしまいます。
「ぷ~…ぅいッ!!ぷっ!?」
とにかくスーリアさんの攻撃を受けるわけにはいかないと媚毒の槍を『ベローズソード』で弾くのですが、それだけで蛇腹剣のパーツが欠けてしまい……エレオスアイの快楽ビームの方は直撃する事を覚悟したのですが、牡丹が停止しているディルフォレスを咥えて無理やり鞭の要領で振り回すと、私とエレオスアイの間にギガントさんの鎧を割り込ませました。
そうして発射された快楽ビームがロストギアメイルのパーツに弾かれ拡散すると、その隙をついて体勢を立て直した私が左手に持った投げナイフをエレオスアイに突き刺して……。
(魔力を体外に出す事は出来ませんが…これ、なら!)
エレオスアイを覆っている膜のような魔力にナイフが止められるのですが、【バースト】気味に【ルドラの火】を叩き込むと……「GIxU!?」とやや金属的な奇妙な音を上げながらエレオスアイが爆散しました。
「ッ!?」
瞬間的に圧縮された爆炎が辺りに広がりスーリアさんの姿が見えなくなるのですが、攻撃に使った私の左腕が犠牲になってしまい……腕自体は『HP回復ポーション』で治しておいたのですが、このままスーリアさんの横を通り抜けるというのは難しそうですね。
(で、も…強、引、に!キリアちゃんを掠め取ります!!)
余裕の表れなのか棒立ちのまま媚毒の槍を構えているスーリアさんなのですが、私はエレオスアイを撃破した時の爆炎を目くらましに使い……【魔翼】や【羽ばたき】による飛行が出来ないのですが、身体的な能力や装備品についてのデバフはそこまで強くかかっていないようですし、触手が生い茂っている狭い部屋という事を利用しスカート翼であちらこちらから伸びて来ている触手を掴んで無理やり引き寄せる事によって加速力を得て……。
「残念ですが…そう簡単に通す訳にはいかないのですよ~?」
「ッ!?」
スカート翼の羽ばたきは自力飛行が出来るレベルの強さがありますからね、そんな力で加速しながら死角に回り込んだというのに……こちらを見る事もないまま軽く振られた媚毒の槍によって『ベローズソード』が中程から砕かれてしまい、広げていたスカート翼を一突きするように壁に縫い留められて動きを封じられてしまいました。
※イレギュラーから連鎖する隠しイベントの数々、そして描写能力が不足しているのでよくわからないと思うので補足を入れておくと、イメージ的にはスカート翼を使った人力立体起動装置みたいなムーブをする予定でした。
※誤字報告ありがとうございます(4/24)訂正しました。




