485:清算(キリア視点)
長耳の女王から奪った『ルミエーヌ』を張ってひと段落……そう思っていたのだけど、ユリエルの上陸に備えて色々と準備をしていたブタさん達から作戦が失敗したという報告が入って……。
(何で所定の位置でスイッチを押すだけの事が出来ないのよ!?ブタさん達の頭はお猿さんよりもお馬鹿なのかしら!!)
そんな簡単な事すら出来ないブタさん達に腹を立てすぎて涙が出て来たのだけど、巨人さんは巨人さんすぎるからスイッチを押せないし、骸骨さんはノリが軽すぎていまいち信用が出来なくて……だからやる気だけはあるブタさんに任せる事にしたんだけど、怯えたブタさんがビックリしすぎて罠を発動させてしまったみたいなのよね。
(なん、で…)
ズキズキと痛む右腕のせいで考えが纏まらないのだけど、数が多くなるほど不確定要素が増えていくという事もあって、上陸して来たお馬鹿さん達を引き込み数を減らしてからユリエルとその周りだけを罠に引っ掛けるという計画だったのに……何もかも上手くいかない状況に感情的になってしまったし、状況は悪くなっていく一方なのに周りはお馬鹿さんばかりで……誰にも頼れない状況というのはキリアが思っていたよりも精神に来てしまうみたい。
(よくわからない地下通路の調査もしないといけないのに…これじゃあ全然人手が足りないわ!)
ただでさえ殺しても殺してもリポップして来るプレイヤー達を倒し続けないといけないのに、理不尽の代名詞みたいなユリエルの相手もしなくてはいけなくて……それだけで泣きたくなるというのに「攻略しなければいけないエリアに向かう為の道がないのはちょっと」みたいな軽いノリで生えて来た“後付け”の地下空洞の対処もしなくてはいけなくて……誰も頼れないという心細さと確実にユリエルが来るという予感に押し潰されそうになってしまう。
「…疲れた」
ポツリとこぼした言葉は誰にも届かないのだけど、意味も無く込み上げてきた涙を拭ってからお馬鹿さん達のしでかした尻拭いに取り掛かる事にしたの。
(相変わらずウネウネしているみたい…だけど?)
そうして何とか気持ちを持ち上げてからやって来たのは地下空洞の最深部の……魔力を一時的にため込む為の球根がある部屋なんだけど、キリアの方に変なガスを吹きかけないように命令を出したのに従わない子がいて……疲れていた事もあってキレそうになってしまったのだけど、それ以前に疑問に思ってしまったのよね。
(キリア以外の誰かが…いるのかしら?)
ユリエルはこんな事をしないし、不気味な第三者の影がチラついているのだけど……とにかく今は祭壇にある『ディルフォレスの球根』の様子を見るほうが先だと魔導路を確認してみると、こっちはこっちで大変な事になっていたみたい。
(本当に、お馬鹿さんばかりね…こんなに吸収させたら破裂しちゃうのに)
歪黒樹に魔力を送る祭壇を改造した『ルミエーヌ』の維持装置は上手く稼働しているのだけど、無理やり繋いでいるせいで一時的な供給過多に魔力が暴走しそうになっていて……。
(でもお馬鹿さんなのはキリアも同じね…どうせすべてが徒労に終わるのに)
ここが破裂したら『ルミエーヌ』にも影響が出て来るし、余剰分のエネルギーで魔導路の強化を試みてみるのだけど……こんな事をしても何の意味もないのよね。
(だってキリアが何をしても…神様が許さないもの)
まるでこの世界からキリアを排除したがっているように物事が進んでいて……。
「こんな所までやって来るなんて…どうしてもキリアの邪魔をしたいようね」
そんな神様からの罰なのかしら、落下していったユリエルがキリアの所にやってくる事なんてわかっていたのに……何の対策も取っていなかったキリアも人の事を言えないお馬鹿さんなのかもしれないわ。
(でも…)
むしろ心のどこかでやって来てくれないかと思っていた節まであるのだけど、さも当然のようにユリエルがこの部屋までやって来てしまうと溜め息しか出なくて……永遠に続くような苦行がこれで終わるかもしれないなんて思ってしまって……そんなユリエルを逃がさないように捕まえると、部屋の中に招き入れてしまった事にキリア自身が驚いてしまった。
「邪魔を、しているつもりはありませんし…そもそも私がやって来る事はわかっていましたよね?」
そして木の根っこに掴まっているユリエルは何食わぬ顔でそんな事を言うのだけど、それがどれだけ馬鹿な事かなんていうのは指摘されなくてもわかっていて、祭壇の調整は終わっているから魔力が流れ出すまでもう少しだけ時間が必要なのよね。
(それくらいなら…大丈夫、よね?)
だから時間稼ぎとしてお話をしてあげる事にしたのだけど、すまし顔のユリエルを撫でてあげたらモゾモゾとしているのが面白くて、キリアが時間稼ぎをしている事を知ったユリエルの慌てっぷりは滑稽で……。
「その…右腕は?」
いつものすまし顔でお姉さんぶっているユリエルがキョロキョロしている姿が面白すぎて笑ってしまったのがいけなかったのね、出来るだけ隠していたキリアの右手を見て……目を真ん丸に見開いてしまったユリエルの事を驚かせてしまったみたい。
「これは、こういう物だから…」
まるで悪戯がバレてしまったような気まずさなのだけど、キリアの右腕は耳長の女王を倒すために使った呪いの武器に浸食されていて……自分でも馬鹿な事をしたと思うのだけど、植物の束のようになっている右手はチリチリとした痛みが続いていて、うまく動かせなくなっているのよね。
「それに、散々キリア達の邪魔をしてくれたユリエルがそんな事を言うの?キリアはただ…」
「死にたくないだけ」という言葉を飲み込み、宙吊りのままキリアの事を心配していますという顔で見下ろしてきているユリエルの事を睨みつけてしまったのだけど……まるで痛ましいモノを見るような目をされるとキリアが悪い事をしているみたいになってくるし、こんな物を使った襲撃も完ぺきには成功しなくて……。
「それに…もう手遅れよ、キリアがどれだけの事をしでかしたかはキリアが一番理解しているから…キリアの考えはプレイヤー達にとっては受け入れがたいものだという事もわかっているから…今更ユリエルと仲良しこよしなんて出来ないの!」
もしかしたらユリエルと一緒に魔王を討伐するという未来もあったのかもしれないけど、その未来を潰したのはキリア自身の選択で……キリアは自分の役割を捨てる事が出来なかった。
そんな都合の良い夢物語を考えてしまうくらいユリエルの事が気に入っているのは自覚しているし、ユリエルなら無条件に愛してくれるとわかっているのだけど……今更敵対関係以外の何者にもなれない事はキリアが一番わかっているし、今更どの面下げてユリエルの軍門に下れと言うのかしら?
「そんな事は…ないと思いますよ?というより、たぶんキリアちゃんが考えているより皆は何も考えていないと思いますし…好き勝手に振る舞っても良いのでは?」
だというのに、どこか呑気そうな顔で言い切るユリエルが小憎らしくて……少しくらい意地悪をしてきたくなってしまったわ。
「何で…そんな事が言えるの?キリアはキリアの為だけにユリエル達の邪魔をして、無駄にプレイヤーを殺している、そんなキリアの事を受け入れてくれる証拠なんてどこにあるのかしら?」
キリアの選択は……大好きなユリエル達を殺してでも生き延びる事、そんな決意が鈍る夢物語を聞かせないで欲しいのに、だというのに……ユリエルはキリアの好きなようにと言ってくる。
「証拠と言われても困ってしまいますが、バッ…レイブンさんもシレっとした顔で上陸チームに紛れ込んでいますし…たぶんキリアちゃんがこちらの陣営に鞍替えしても皆は気にしないと言いますか、たぶん面白がられると思いますよ?」
「……は?」
「レアイベントだと騒ぎそうですが」なんて言うユリエルなのだけど、キリア達を裏切り好き勝手に動いていたトカゲさんが寝返ったのはいいとして、あっさりとユリエルのお仲間になっているという厚顔無恥ぶりに驚いてしまって……勿論他の元仲間達も何食わぬ顔で……って、どうなっているのよ!?
「なのでキリアちゃんも…その、流石に何もないと言うのは確約できませんが、そんな悲しそうな顔をしながら嫌々私達の妨害をしなくても大丈夫なのではないかと?」
「でも、今更!?そんな、事!!」
自分でも何に怒っているのかはわからなかったのだけど、ユリエルの提案に乗れば死ぬまでの苦行を1人でこなさなくてよくなって……1人じゃないというだけで涙が出そうになるくらい嬉しくて、でもここまで来たら引くに引けないの!
「そんな事を言っておいて…キリアを油断させて殺す気なんでしょ?お生憎様、そんな嘘には騙されないわっ!」
ずっと1人で頑張ってきた!神様や世界すらキリアが邪魔だって言って来たのに……何で、何でユリエルはキリアの事を殺そうとしないのよ!
「そう、ですね…武器を持って話し合いというのも変な話ですし…これで信じてくれますか?」
だから最後通告を突きつけるつもりで「キリアと敵対する気が無いという事を証明して欲しい」なんていう無理難題を押し付けたつもりなのに、ユリエルはさも当然と言うように持っていた剣を手放して……ユリエルの愛剣がディルフォレスとサングデュールの中に飲み込まれて行くのを見ながら、キリアは茫然としてしまった。
勿論マジックバッグには色々と別の武器を持っているのかもしれないのだけど、ユリエルのメイン武器ともいえる剣をあっさりと手放した事に動揺してしまって、訳が分からなくなってしまって……。
「キリアちゃんがどんな思いを抱えているのかはわかりませんが、私にできる事なら手伝いますので…一度しっかりと話し合いませんか?」
そんな優しい言葉をかけてくれる人は誰も居なくて、当たり前のように笑うユリエルに対して視界がぼやけて……。
「なん、で…何でそんなにキリアに優しくしてくれるのよ!」
「何故、でしょう…ね?そうですね、たぶん私は自分が思っているより可愛いモノが好きだからでしょうか?」
余りにも理不尽な愛情に泣きたくなってしまうのだけど、そんなキリアの疑問にもどこかとぼけた答えを返すユリエルに腹が立って来て、どちらにしてもキリアはこのゲームが終わったら死ぬのだからそれまでユリエルと一緒に居るのも悪くないなんて思ってしまったのだけど……。
「それは困りますね~そちら側に行かれると少々困った事になってしまうのですよ…だってアナタは、魔王様からの抹殺命令が出ているのですから」
そんな声が聞こえて来たかと思うと、キリアの知らない魔導路から染み出すように現れた2メートルを超えるシスター服を着た女性が……魔王の腹心の1人であるスーリアが、仲間である筈のキリアの体を媚毒の槍で貫いた。
※誤字報告ありがとうございます(4/24)訂正しました。




