484:吸魂の間とキリアちゃん
ヒュドラゾンビと我謝さんを無力化してから魔力の流れを辿って地下空洞の奥深くに進んでいると、途中で植物の根っこや壁に埋まっている熊派らしい人達が呻いていたのですが……今のところは助ける義理が無いので無視して進んでいると、植物の根とサングデュールが犇めいている部屋に到着しました。
(どうやらここが魔力の収束点のようですね)
部屋の大きさは直径100メートル前後の空間で、犇めく植物と媚毒の霧によって全容がよくわからないのですが……戦闘用に作られた部屋というよりただ単に触手が犇めいているだけの部屋といった感じですね。
そして中央からやや奥寄りの場所に石造りの祭壇が備え付けられているのですが、その上には『歪黒樹の棘』が絡みついて胎動している巨大な球根が鎮座していて……どうやらあちらこちらに根を張り巡らせた球根が魔力を吸収し、絡みついている『歪黒樹の棘』を通してデファルセントに魔力が送られているといった感じなのでしょう。
(あれを何とかすれば地下空洞の植物を停止させられるのかもしれませんが)
少なからず『ルミエーヌ』のエネルギー源を断つ事が出来ると思うのですが、祭壇としては『ギャザニー地下水道』にあったエネルギーの吸収装置と同じような物であり、状態としては『蜘蛛糸の森』にあった『精霊の幼樹』といった感じですね。
とにかく魔力タンクとなっている球根を何とかすればこれ以上の吸収がおこなえなくなりそうで……勿論同じ物が別の場所にもあった場合はそれほど意味がないのですが、一部でも遮断する事が出来たら木の根っこ達が機能不全を起こして落下して来た人達が助かるのかもしれません。
なので出来たらあの球根を破壊しておきたいのですが、張り巡らされた根っこや敷き詰められた茨のせいで足の踏み場も無くて……距離としては私達がやって来た通路の出入り口から60メートルと、流石に無策で突っ込むには距離があるような気がするのですよね。
(【弱点看破】は…意味がありませんね、牡丹も後退を…流石に棘の範囲内で戦うのは厳しいと思います)
【弱点看破】の結果、球根の名前は『ディルフォレスの球根』という事が分かったのですが、レベルは周囲に張り巡らされているディルフォレスと同じ55で……つまり別のモンスターというよりディルフォレスの一部を魔力タンク用に肥大化させているといった感じなのでしょう。
そして【弱点看破】を打った事で敵対判定を受けたのか、部屋中に張り巡らされていたディルフォレスが私達を絡め取ろうと伸びて来てしまい……。
(ぷっ!)
「了解!」と元気よく答えた牡丹が『ロストギアメイル(巨人用)の破片』を構えながら後退して来るのですが、スキルレベルがMAXになっている【意思疎通】ですら何とか短距離通話が出来るという状態ですし、これ以上『歪黒樹の棘』のある部屋の中に踏み込むのは色々とリスクが伴ってくると思います。そう思って通路側に後退しようと思ったのですが、犇めくディルフォレスが奇妙な金属を取り出して来てしまい……。
(ぷぅ~…いっ!?)
その金属の正体に気が付いた牡丹が警告を発するのですが……ディルフォレスが取り出したのはギガントさんから剥ぎ取ったと思わしきロストギアメイルのパーツで、左手部分は魔力を込めて打撃用に、胴体部分は盾に、頭や足などの各種パーツは簡易な打撃道具として振り回されていて、ジュルリジュルリと媚毒を吐き出しながら地面を這い回る薔薇の茨も厄介ですし、何処からやって来たのかわからないエレオスアイもいたりと2人だけで対処できるモンスターの数ではないですね。
(この為に回収を?いえとにかく…魔力タンクとなっている球根にあの鎧を持たれると少々厄介な事になりますね!)
使える魔力はほぼ無尽蔵、その力を込められたロストギアメイルの魔力は距離が離れていても圧迫感を感じる程で……。
(『歪黒樹の棘』に動きが無いので助かっていますが、これは…どうしましょう?)
『歪黒樹の棘』は球根から魔力を吸収しているだけなのですが、そこに居られるだけでなかなか厄介な事になっていますし、球根を攻撃しようにもサングデュールの絨毯とギガントさんの鎧を持ち出したディルフォレスが立ち塞がり踏み入る隙間すら見つからないのですよね。
「ぷっ!?」
「ッ!?」
そして念のためと苦し紛れに投げつけた投げナイフもギガントさんの鎧で防がれてしまいますし、逃げ帰るように通路に戻った私達を追いかけるように叩きつけられたアームパーツの一撃を牡丹が受け止め弾き飛ばされてしまい……通路に張り巡らされている植物の根っこがよろめいた私に狙いを定めて蠢きました。
(ここ…で!?)
それでも【魔翼】でバランスを取ってからスカート翼を羽ばたかせようとしたのですが、その瞬間を狙っていたかのように『歪黒樹の棘』が黒い魔力を発してしまい……カクンと抜けていった魔力にバランスを崩してしまった私は伸びて来たディルフォレスに捕らえられてしまいます。
「ぷ!?ぷー…いっ!?」
弾かれ飛ばされて行った牡丹もすぐに戦線復帰をしてくるのですが、まるで「貴方は必要ないわ」というように、伸びて来ていたディルフォレスにデコピンでもされるように弾かれてしまい……。
(急に触手の動きが良くなったような気がするのですが…?っと、今はそれより…脱出を!)
まるで誰かに操られているように動きの良くなった触手に戸惑ってしまうのですが、【ルドラの火】や【電撃】で脱出しようにもスキルが封印状態ですし、『魔嘯剣』を振るおうにも後ろ手に拘束されてしまって……しかも私が拘束を解こうと藻掻けば藻掻くほど力を強めた触手がヌルリと肌を撫でて来てしまい、息が詰まってしまいます。
「こんな所までやって来るなんて…どうしてもキリアの邪魔をしたいようね」
そうして軽く持ち上げるような高さで部屋の中央まで引きずり込まれてしまったのですが……私からの反撃を警戒するのなら近づける意味はないのですが、たぶん『歪黒樹の棘』の近くの方が安全だと判断したのでしょう、祭壇の陰で何かしら作業をしていた若紫色の髪に大きなリボンを付けている少女……部屋の中央に媚毒が無いのはそういう指示を出しているのでしょうか?入口からは死角になっている場所に居たキリアちゃんがどこか疲れたような顔をしながら立ち上がると、吊り上げられている私を見上げながら溜め息を吐きました。
「邪魔を、しているつもりはありませんし…そもそも私がやって来る事はわかっていましたよね?」
私が上陸して来るかも知れないからという理由で大規模な崩落の準備をしていましたし、色々なアーティファクトを熊派に持たせて迎撃してきましたし……。
(ばら撒きすぎたせいで奪い取られた訳ですが…今はそれより、ですね)
私達やキリアちゃんがしてきた事を話し合ってもしょうがないですし、それより気になるのが軽口を言っている割にはキリアちゃんの表情が優れなくて……まるで全部自分でしなければいけないという脅迫概念に押し潰されてしまっているようですし、疲れ切った顔をしながら薄く笑うキリアちゃんは別の意味で心配なのですが……敵同士だという事はわかっていながら「大丈夫ですか?」と言いかけたところで、私が口を開くよりも先にキリアちゃんが喋り始めました。
「だって、ユリエルっていっつも可笑しな妨害をしてくるから…本当に、嫌になるくらいキリアの邪魔をして…それと…今はお話し中なの、だからちょっとだけ静かにしていてくれないかしら?」
「ぷっ!?」
「牡丹!?」
キリアちゃんが軽く手を払うような動作をすると、捕らえられた私を救出しようとしていた牡丹が押し寄せる触手の群れに押し流されて行ったのですが……拘束中の私にはどうする事も出来ませんし、キリアちゃんも無意識なのかどうなのかはわからないのですが、私の身体を締め上げる時に胸をタプタプと揺らしてきていて……ただでさえ媚毒に侵されて続けている身体には厳しい刺激ですし、ジワリと湿り気を帯びた股間に食い込む紐のようなショーツの感触と、そんな場所を見上げる事が出来る位置にキリアちゃんが居るというのが物凄く恥ずかしいのですよね。
(そんな事を考えている場合では…ないのですが)
吊り上げられた状態での拘束中、上下左右全てが触手だらけで『歪黒樹の棘』もあるという絶望的な状況なのですが、キリアちゃんと会話が出来る距離までやって来ている事にドキドキしてしまって……。
「それより…キリアちゃんはこんな所で何をしているのですか?」
色々な対策を練ろうとしていたキリアちゃんですからね、本当に会いたくないと思っていたら通路を封鎖するなどの方法もあった筈ですし、操作をしている触手が私の事を撫で回してきているのは無意識にじゃれついて来ているのだと思いますが……呑気に会話を続けようとする私に対してキリアちゃんは肩を竦めてみせました。
「言うつもりは無かったのだけど…そう、ね…少しだけなら、お話をしてあげてもいいわ」
「仕方がないわね」なんて言いながら説明をしてくれるキリアちゃんなのですが、今にも泣きそうな笑顔に心臓がキュっとなってしまって……どうやらキリアちゃんは祭壇を弄って球根に流れて来ている魔力の量を調整していたようで……いくら私達の上陸を見越していたキリアちゃんでも上陸メンバーがどの程度の規模になるのかは不明だったようですね、そのせいで色々とパンクしそうになっていたのだそうです。
「地上の方は植物が生え放題で滅茶苦茶な事になっているようだし…本当に、何もかも上手くいかないわ」
キリアちゃんとしては私を拘束する事が出来たら良いと考えていたようなのですが……カイトさん達が早々に罠を発動させてしまっていましたからね、色々とタイミングがズレてしまったのかもしれません。
そんな手違いに対してどこか諦めたように遠い目をするキリアちゃんなのですが、どうやら取り込んだ物の中には魔導船も含まれているようで……流れて来た膨大な魔力を調整する為に危険を承知でこんな所までやって来たのだそうですね。
「ユリエルもこの子の餌にしてあげるべきなんだけど…今そんな事をしたら暴走してしまいそうなのよね」
なんて言っているのですが、どうやら私と会話をしていたのは球根が安定するまでの時間稼ぎだったようで……。
「それ、は…」
気分屋なキリアちゃんの事ですからね、このまま何時間も仲良くお喋り……何ていう事にはならないと思います。つまり会話をしている間に準備が整う程度の時間しか残されていないという事で……部屋いっぱいに広がっている触手の海の中に放り込まれるのはごめん被りたいのですが、牡丹は部屋の外に弾き出されてしまいましたし、ラディ達やまふかさん達とは音信不通で……このままだと大変な事になってしまうと思いながら、私はこの状況をどうにかする方法が無いかと辺りに視線を走らせてみました。




