46:南に向かい仲間が1人
アルバボッシュの南に広がる枯れた草原と、荒れた大地。戦闘の跡を色濃く残した草原には通常種より凶暴に設定されたウルフがあちこち徘徊していたり、空には小さな黒い影が舞っていたりと、なかなか魔王軍の支配している土地に近づいているという感じがしますね。
それでは王都に行きましょうと言いたい所なのですが、流石にいきなりこのまま王都直行という訳にはいきません。私がまず目指さないといけないのは、アルバボッシュの南に進んだ所にあるウミル砦ですね。
この砦はもともとムドエスベル山脈の切れ目に堰をするように建てられた石造りの関所だったのですが、魔王軍の襲撃により王都周辺が制圧されてしまったため、急遽前線基地に改造されたという経緯があるそうです。今は人類の反攻の拠点となっており、モンスターの討伐や防衛クエストをクリアし、資材を集めていけば人類の勢力圏が伸びて王都攻略の足掛かりにする事ができるそうです。そして最終的にそのエリアを支配しているボスを倒して開放していくというのが、ブレイクヒーローズの大まかな流れですね。
もちろんそういう細かなクエストを飛ばして王都攻略に乗り出したプレイヤーもいたらしいのですが、所謂チュートリアルステージは砦までで、その先は特殊な個体が出てきたり、徒党を組んでいたりと、なかなか一筋縄ではいかないマップが続いているそうで、大半は返り討ちにあって戻って来たそうです。まあ普通のゲームならエリアを“開放する”か“開放できない”かの2択で適当にやっていてもクリアできるのかもしれませんが、開発元がHCP社ですからね、普通に反撃を受けて人類側のエリアが魔王軍に占拠される事もあるそうで、気は抜けないようです。事実β時代は手痛い反撃を受けてウミル砦が陥落、アルバボッシュの南側まで魔王軍の勢力圏が広がってとなかなか大変な状況だったそうですね。正式版の稼働でその辺りもリセットされたのですが、幾つかの痕跡は正式版にも引き継がれたようで、アルバボッシュの南側が荒れているのはその名残だと言われています。
βテストがそんな状況でしたので、ブレイカーの戦力や人数に合わせて運営が細かな調整はしているのでしょうけど、油断はできません。その辺りの事を知っているβ組が中心となり、そういう跳ね返り達を纏めて、黙々とクエストを攻略しているというのが現状のようですね。
とはいえ難易度が跳ね上がるのは砦から向こう側の話であり、こちら側に出てくるモンスターは多少強化されたウルフがメインと、そう代わり映えはありません。遮蔽物の無い枯れた草原で数匹のウルフに囲まれてとなるとなかなか大変ですし、ウミル砦に近づけば飛行系のモンスターも出てくるそうなので油断していると空から啄まれてしまうそうですが、そこまで気を張る必要はないでしょう。
初日であれば砦を目指す他のプレイヤーも沢山いたのですが、今は疎らですね。ポータルさえ開放すればアルバボッシュからウミル砦までは一瞬ですからね、この時期に南に行くような人はすでに開放し終わっているという事なのでしょう。
(さて)
ナップサックを肩にかけ、砦を目指して歩き始めます。片方の紐が焼けてしまったので口が開いたままと、ちょっと使いづらい状態ですね。出来れば早く修理したいのですが、お金が貯まるまでは我慢です。それまでは少し出し入れが不便になりますが、斜め掛けをして紐を調整し、体に固定させておきましょう。これはこれでちょっと胸が強調されてしまうのですが、普通に肩にかけた状態で戦闘なんて出来ませんからね、仕方がないと割り切ります。
アルバボッシュを出てすぐは特に平和な道のりで、周囲を見てもモンスターの影はありません。ただどうやら、何人かのプレイヤー達が後をつけてきていますね。実害はありませんし、無視をすればいいだけなのですが、その中に知った顔を見かけて、私は足を止めました。
カメラをかまえている猫目の男性の方はまあいいとして、金髪ローブ姿の……グレースさんですね。
名前はフレンド登録した時に初めて知ったのですが、ロックゴーレム戦の時に出会ったヒーラーさんです。彼女は私と目が合うと慌てたように視線を逸らし、木か何かに擬態するようなポーズをとったのですが、この辺りは遮蔽物がありませんからね、おもいっきりその姿が見えています。
何をしているのでしょうと見ていると、グレースさんはギギギという擬音が聞こえてきそうな動きで向き直ると、ニチャリとした笑顔を浮かべました。
「…どうしました?」
正直話しかけるのに勇気がいりましたが、ここで無視するのも何ですし、近づいて話しかけてみましょう。
「ひゃいっ!!?きききうぐうです、ふぇ!」
「奇遇ですね」でいいのですよね?思いっきり後をつけられていたような気がするのですが、何か忘れ物でもあったのでしょうか?
「そうですね」
とりあえず同意して相手の顔色を窺ってみたのですが、思いっきり目を逸らされました。埒があきませんね。後ろからついてきておこぼれを狙うタイプの人ではないと思うのですが、スコルさんとは別の意味で何を考えているのかよくわからない人ですね。
「あ、あのっ!!!」
「はい?」
「一緒に、行って、いい、ですか!!?」
まるで一世一代の告白というような勢いで、そんな提案をされました。握った手は微かに震えていますし、目が潤んで顔が赤くなっていて鼻息が荒いですが、言っている事自体はいたって普通の内容なのですよね。
グレースさんはこの見た目や回復魔法を取っている事から回復魔法専門のようですし、前衛職が欲しいという事ですよね?
「…私はこのままウミル砦に行ってみようと思っているのですが、それでもいいですか?」
まあ知らない人に話しかけるのが苦手な人もいますし、知っている人を見つけて追いかけて来たといった感じなのでしょう。回復ポーションを買うお金がありませんでしたし、グレースさんが居てくれると助かります。そう判断して同行を提案すると、グレースさんはパアアァアと表情を輝かせました。
「勿論、それで!!」
嬉しいという感情を全身から溢れさせながら不器用なステップを踏むと、グレースさんはいきなり地面に膝を付けて、手を組んだまま空に向かって祈りを捧げ始めます。
「お婆ちゃん、この素敵な出会いに心からの感謝を!」
大丈夫でしょうか、この人?それとも何かしらのRPでしょうか?それにしては祈りを捧げる先がお婆ちゃんというのが気になりますが、まあこれも気にしたら負けというものでしょう。
一通り祈りを捧げ終わったグレースさんが立ち上がるのに手を貸しながら、改めてPT申請を送っておきます。グレースさんの動きを見ている限り戦闘が出来るとは思えませんし、PTを組んでおかないと経験値を吸ってしまうと思ったのですが……なかなか許可されませんね。グレースさんは目の前に出てきた画面が理解できないというように目を瞠っています。
「すみません、PT申請を送ったのですが、間違えていましたか?」
それとも操作方法がわからないのでしょうか?
「い、いえ、その……」
グレースさんは手をバタバタとさせてから、目元を拭って、辺りを見回します。
「ふー…すぅー…はぁー……」
おもいっきり深呼吸を繰り返した後に、グレースさんは恐る恐るという様子でボタンを押しました。それでやっとこちらのPT欄に名前が表示されました。
「では、よろしくお願いします」
「はひぃ!よろひく、お願いします」
90度を超えるお辞儀をするグレースさんの後頭部を見ていると、本当に大丈夫なのかという気持ちになってきますね。
「そういえば、グレースさんは戦闘は大丈夫ですか?」
ロックゴーレム戦の時は後方でずっと負傷者の回復にあたっていたようですし、戦っている姿を見ていないのですよね。一応護身用と思われる木製のロッドは持っているのですが、よほど筋力系のスキルに振っていなければウルフを撲殺するほどの威力は無いでしょう。
「………」
集団に囲まれるようならウルフの1匹や2匹持ってもらいたかったのですが、グレースさんには青ざめた顔で横を向かれてしまいました。手が震えていますし、目の焦点が合っていませんね。これは全然ダメそうです。ただ何か縋るようにこちらを見て、何か言いかけて、一度口を閉じてから、悩んだ末に口を開きます。
「…、の…いざと、なったら盾にしても、いいので、一緒に、行って、いいですか?」
肉盾希望は初めて聞きましたね。それ程の決意でついてくる理由が想像できませんが、とにかく、戦闘能力は無いと考えておきましょう。
「わかりました、では前衛は私が持ちますので、えっと……言いたくなければいいのですが、どんなスキルを取っていますか?」
こういうゲームでスキル構成を知ろうとするのはあまり褒められた行為ではないのですが、もうスキル構成を聞いて役割分担は私が考えましょう。勿論グレースさんが言いたくないようなら止めておきますが、どうでしょう?
「え……?」
グレースさんは言われた事が理解できないという顔で首を傾げます。
「言いたくなければいいですよ。こういうゲームでスキルを明かすのはよほど気心知れた仲くらいですし、何か提案出来たらと思っただけですので」
「…知れた……」
私の言葉の何かが琴線に触れたのか、グレースさんは噛みしめるように繰り返すと、握りこぶしを作ってダンダンと地面を踏み鳴らします。本当に大丈夫ですか?グレースさんの肩を叩こうとしたら、思いっきり晴れ晴れしい笑顔を浮かべられました。
「教えます、教えます!えっと、私のスキルは【聖魔法】【光魔法】【杖】です!」
種族が人間なら初期スキルだけですね。まさかグレースさんレベル1ですか?
「……すみません、スキルレベルも聞いていいですか?」
「えっと、【聖魔法】がレベル2で、【光魔法】が1で【杖】が1です!」
頭を抱えたくなるほど、本当に全然育っていませんね。とはいえ私が悩んでいるとグレースさんの顔色が加速度的に悪くなっていきますし、とりあえず誤魔化すように頷いておきましょう。
「では、そうですね……後ろから石でも投げて援護してください」
【聖魔法】は回復魔法で、レベル2だと確か回復量がちょっと上がって毒の治療が出来るようになったくらいだった筈です。【光魔法】レベル1は灯りをともす事が出来るくらいですし、そもそもブレイクヒーローズの魔法はよほどの熟練者でないと戦闘では使えません。【杖】レベル1はグレースさんの体捌きでは望み薄ですね、諦めましょう。
「わかりました、任せてください!」
元気よく手ごろな石を拾い始めたグレースさんを見ながら、グレースさんを連れて南の砦まで行けるかちょっとだけ不安になってきました。
※誤字報告ありがとうございます(10/17)訂正しました。




