479:落とし穴
『ディフォーテイク大森林』はデファルセントが吐き出す黒い靄が漂い樹木が奇妙に捩じり曲がっているので視界が悪かったのですが、スカート翼を展開できる隙間を見つけた私は最高速度を維持したままカイトさんに飛び蹴りを入れようとして……。
「…おい、くそっ!?横からくるぞッ!?」」
ギリギリのタイミングでギガントさんに見つかったのですが、シグルドさんと対峙したまま横を向くというのはただの自殺行為ですからね、何とかフォローに回ろうとした隙を狙ってシグルドさんに斬りかかられると正面を向かざるを得ないのでしょう。
(まずは頭を潰し…て!?)
熊派がどういう作戦で来るのかはわからないのですが、能力的なものや性格的な役割分担は大きく変わっていないと思いますし、ギガントさんが前衛を務めながら我謝さんがそのフォローを、そしてキリアちゃんに忠実なカイトさんが何かしらのアイテムをといった布陣はいつも通りなのだと思います。
「GYUUAAAx!!」
なのでまずは切り札を持っているであろうカイトさんから潰そうと思ったのですが、私の飛び蹴りはカイトさんが乗っている三つ首のヒュドラに受け止められてしまい……何かしらの魔法が発動しているのか蹴りに使った右足がパキパキと凍り付いていってしまいました。
「はっ?え?何が!?お、おおお落ち着い…ヒィッ!?」
そうしていきなりヒュドラが吠えて動いた事に対してカイトさんが驚いていたのですが、この様子だとカイトさんの反応速度を補うためのヒュドラだという私の推理が正しかったようですね。
(そう簡単には…いかないようですね!だったらこれ…ッ!?ギィ!?)
これ以上足が凍らないように後方宙返りの要領で遠心力をつけながら『魔嘯剣』を振り上げヒュドラの頭を狙うのですが、防いだ頭とは別の頭が電撃を放って来て……空中放電のような空間攻撃に身体が硬直してしまった瞬間、真ん中の頭が炎を纏いながら噛みついてきました。
(っと…ひぃぅ!?」
その放電と噛みつきを魔力操作だけで受け流そうとしたのですが……流石に分が悪いですからね、これは被弾したかと『魔嘯剣』でガード体勢を取ると、スコルさんが広がっていたスカート翼に噛みつきおもいっきり引っ張ってくれて……ドレスが食い込み変な声が漏れてしまいます。
「ああもう、そんな声を出されたおっさんのおっさんが元気になりそうなんだけど…って、今はそれどころじゃないわね!」
「あ、あの…んんッ!?ちょっと、待って…アッ!?」
相変わらず物を咥えながら器用に喋っているスコルさんなのですが、スカート翼をおもいっきり引っ張られてしまうと繋がっている乳首の固定やら紐のような下着が食い込んだり引っ張られたりしてしまい……追撃として放たれたエレオスアイの快楽ビームの乱射を回避していると、色々な所を刺激されてしまって立っていられなくなってしまいました。
(本、当に…厄介ですね)
『魔嘯剣』の吸収効果も空間攻撃には弱いといいますか、多少吸い取ったくらいでは意味のない範囲攻撃の前には無力で……これなら【淫気】か何かでシールドを張った方が防御効率が良いのかもしれません。
(その場合は別の攻撃が来そうですが)
どうやら三つ首のヒュドラの頭にはそれぞれの属性と役割分担があるようで、私の蹴りを防いだ左の首は物理的な防御と氷属性で、中央の首は炎と直接的な攻撃を、そして右の首からは電気を使った空間攻撃などのサポートをといった感じなのでしょう。
(まるで私の事を封殺する為だけのモンスターなのですが…どうなのでしょうね)
妙に私の事を敵視しているキリアちゃんの事ですし、そういう対策をしてきてもおかしくはないのですが……ここまで対策されているとなると【ルドラの火】による攻撃も火か電気で迎撃されてしまいそうですし、その後の爆発も氷が封殺してと……相手の迎撃能力を超える飽和攻撃を仕掛ければ押し切る事が出来るのかもしれませんが、そんな事をしてしまうと私の魔力が辺りに拡散されてしまいますし、乱射は最後の手段として取っておいた方が良いのかもしれません。
『ちょっと、大丈夫なの!?』
とにかく安全な場所まで移動し息を整えていると、まふかさんからの安否確認が飛んで来たのですが……混線を避けるために出来るだけリーダーPTでは必要事項の連絡のみというルールではあったのですが、あちらこちらで戦闘音が鳴り響いている状態では叫んでも聞こえないと判断したのでしょう。
『だ、大丈夫です…と、言いたいのですが……あの、スコルさん?』
正直に言うと電撃によるダメージよりスコルさんに振り回された時のダメージの方が大きいような気がしますし、ジンジンと痛む乳首や股間の痛みが何とも言えない気持ち良さとなって広がって来てしまうのですが……。
「も…もう、しんぼうたまら~ん!おっほうッ!!?」
そうして力が抜けてへたり込んでいると、スコルさんが後ろからのし掛かって来たのですが……背中に当たっている熱くて硬い物は何なのでしょう?
「ぷいー!!」
そう私がツッコミを入れる前に追いついて来た牡丹の体当たりでスコルさんが吹き飛ばされていったのですが……多少は仕方がないところがあるとはいえ、戦闘中に盛るのは止めて欲しいですね。
「スコルさん…」
なので私は目を細めて睨みつけてしまったのですが……。
「い、いや~これは仕方がないというか…確かにおっさんの野生が爆発しちゃったせいなんだけど……って、そんな話をしている場合じゃないわね…というかこれって、かなり対策されてない?」
慌てて取り繕おうとしているスコルさんなのですが、熊派の編成的にはシグルドさんの刀をギガントさんの鎧で封殺し、まふかさんの一撃必殺を我謝さんのゾンビ戦法で封じ、そして火力の高さならPT随一のシノさんの対策……というよりも、グレースさんの障壁を破る為でしょうか?魔力を中和する為の枝を持っている熊派もいますし、スコルさんの足を封じる為のネット銃のような物を持った人もいたりと、こちらのPT編成をメタってきたとしか思えないような装備をしている人が多いような気がします。
「そう、ですね…」
「どうしましょう?」という言葉は飲み込んだのですが、ここまでメタられているとなるとなかなか厄介ですし、どうやら何かしらの奥の手も隠し持っているような感じなのですよね。
「ああもう、天使ちゃんを見つけたっていうのに逃げられてもーたやないか…どうすんねん、これ!?」
「だ、大丈夫です…まだそう遠くには…こ、このまま予定通り進めましょう」
「チッ、それは構わねーが…よ!おらぁあああ…くそ、もうちょっとゾンビを作れねーのか…押し切られるぞ!?」
「堪忍して~や、これで精一杯や!」
なんて騒いでいる熊派がシグルドさんやまふかさん達と戦っているのが見えたのですが、対岸からはシノさん達の魔法が、魔導船に乗っていたナタリアさん達も糸の梯子を上って戦闘に参加して来て……糸の橋を壊されない為にもこの場所から離れたいという気持ちはあるのですが、懸架ポイントから離れれば離れるほど援護射撃が減って熊派が有利になってしまいます。
だからといって進軍速度を落とすと我謝さんのゾンビ戦法が始まってしまい、それを阻止する為にジリジリと距離を詰めているという状況で……まんまと援護射撃の範囲外に誘い出されてしまっているような気がするのですよね。
(何かしらの罠を仕掛けているというのは確実なのですが)
これだけのアーティファクトを揃えている熊派の事ですし、意味深な言葉で私達を翻弄しているだけという可能性は低いと思うのですが……。
「ああもう、うだうだ考えずに蹴散らせばいいのよ!こいつらを叩きのめしてボスの所まで行くわよ!」
「はっ、面白れぇ…やれるのならやってみろやぁああ!!」
「ひっ、も…もう!?」
そうした熊派の動きに対して焦れたまふかさんが吠え、ギガントさんが応えるように両手を打ち合わせているのですが、その動きにシグルドさんが連動して歩を進めると……驚いたカイトさんが何かしらの魔力を爆発させました。
「って、おい!何してんねん、こんな所で使ったらアカンって!?」
ブンと空気を揺らすように広がった魔力の波動はカイトさんが何かしらのアーティファクトを起動させた結果なのだと思いますが、いきなり底が抜けたように地面が陥没したかと思うと大森林側に上陸していたプレイヤーの大半が崩落に巻き込まれてしまい……元から熊派の防衛線は大森林の奥の方に張られているという事はわかっていましたし、『ルミエーヌ』は地下を流れる魔力やら地下水道の魔方陣で維持をしているという情報があったのですが、まさか自分達の拠点の南側三分の一を切り捨てるような範囲の崩落を引き起こす事は考えていませんでした。
『何があり…って、すみません…これは少し離れ…キャー!?』
『ッ…あゆみ!?大丈夫か!?あゆみーっ!!?』
その影響は亀裂側にも伸びているのか、魔導船に乗っているカナエさんとフィッチさん達からも悲鳴が上がり……と言いますか、ゲーム内で本名?を叫ぶのはどうかと思いますね。
(本当に…思い切った事をしますね!)
飛行できる人は空に逃げ出しましたし、まふかさんやシグルドさんのように身体能力が優れている人達は崩れてゆく木の上の避難したのですが、私達の足元にある空洞は『ギャザニー地下水道』と繋がっているのかピンク色の媚毒が溢れて来て……。
(私達を嵌める為だけに…というには少々規模が大きすぎるような気がしますが!?)
カイトさんが先走ってくれたおかげで全員が引っかかったという訳でもありませんし、熊派の人達も巻き込まれているので痛み分けなのですが……地面の下から伸びて来た薔薇の棘と棘のついた黒い枯れ木が生き残りのメンバーを絡め捕っていくという執念深さですし、その中には『歪黒樹の棘』まであって……スキルの封印が発生すると【魔翼】による浮力が失われてしまい、重力に囚われた私達は崩落に巻き込まれるような形で土砂崩れの中に飲み込まれてしまいました。
※誤字報告ありがとうございます(4/24)訂正しました。




