478:懸架作業と攻めてきた熊派
私達は『ルミエーヌ』によって閉ざされた『ディフォーテイク大森林』に対して魔導船による上陸作戦を敢行したのですが、監視用のトレント達に発見された後も熊派の妨害を受ける事なく懸架ポイントに到着する事が出来て……。
『揃ったわね?それじゃあ…急いで橋を架けるわよ!』
代表してまふかさんが号令をかけるのですが、その掛け声に合わせて対岸に居る『エルフェリア』チームが動き出しました。
『了解です…では皆さん、手筈通りに!」
そうしてローゼンプラムさんが前半はPT会話で、後半は周囲に居る人達に言い聞かせるように叫ぶと連れて来ていた25匹の蜘蛛達が自前の糸を使ってアプザイルしながら私達が抜けて空いている魔導船の甲板に降り立ち、カナエさんの操船で対岸まで渡って崖を登って来ると……それだけで橋の基礎が完成ですね。
「僕達も行くっスよ!」
「心得た!」
「は…はい!」
後は変な所に引っかかった糸やらたるんでいる糸やらをエルゼさんやティータさんやHMさんなどの人外種族のプレイヤーさん達が調整して行けば橋の形は出来たようなもので……。
「後は敵の出方次第だけど…」
そうして全員に指示を出し終わるとやや紅潮した顔のまふかさんが防衛チームに声をかけていたのですが、にじり寄って来ようとしていたデファルシュニーに止めを刺していたシグルドさんは返す刀で襲って来ていたパラライズビーを斬り落としながら首を軽く傾げて見せました。
「そうだね、これくらいなら問題ないけど…本陣が控えているとなると油断しない方が良いのかな?」
そういう通常モンスターの撃退をシグルドさんとまふかさんを含めた55名がおこなっているのですが、対岸からはシノさん達の魔法攻撃が飛んできますし、魔導船からの援護射撃もあるのでよほどの事が無ければ崩される事も無いと思います。
「いやーなんていうかマンパワーの違い?色々と心配しちゃったけど…おっさんの杞憂だったみたいね」
そうしてヘラヘラとした胡散臭い笑みを浮かべたスコルさんが綱渡りの要領で未完成の橋の上を渡って来たのですが、同じように渡って来ようとした人達が揺れる糸の橋から「ア~!!?」とか言いながら滑り落ちていってしまい……。
「そうですね、順調すぎて不気味なくらいですが」
因みに糸の橋から落下していった人達なのですが、水面までの距離は大体40メートル前後……頭や足などの抵抗が少ない面から着水すれば勢いよく川底に激突してしまいますし、腹ばいに着水すると大ダメージを負って身動きが取れないまま着衣水泳を強要されるという……どちらにしても碌でもない事になりますし、魔導船に乗っているカナエさんやナタリアさん達の邪魔になってしまうので可笑しな人のマネをしないで欲しいですね。
「ふむ~、そうねー…気がついている人は気がついているっぽいし、たしかになんの抵抗もないって言うのは不気味よね?」
罠があるような気がするというのは私の考えすぎだという可能性もありますし、周囲の人達が私達の事をチラチラと見て来ている状態なので要らないフラグを立てる必要はないのですが……スコルさんは同意するように頷いてみせました。
「それに関して…という訳ではありませんが、向こう側に居る人は?」
まふかさん達の配信を行うのは糸の橋が完成してからという事になっているのですが、その割には結構な人が集まっていて……。
「ん?ああ…あれはー…そうね~?流石に魔導船の建設は隠す事ができないからね、察しのいい子達が沢山いたって事かな?」
なんて肩を竦めてみせるスコルさんなのですが、『ディフォーテイク大森』が閉鎖された時に魔導船の利用価値に気が付いたのは私達以外にも居たという事で、出発のタイミングが合わなかった人達がローゼンプラムさん達が南下するのを見つけて「南の方で何かあるのかも?」という感じに合流して来たのだそうです。
「元から味方に引き入れるつもりだったし、魔導船の事を思い出して先回りできるような連中なら問題ないでしょ?」
スコルさんとしても想定外の参加者であり、どうしようかと考えている内に私達が到着してしまったので話しそびれてしまったようで……。
「そう…ですか」
すでにバットジャークさんを受け入れているので気にするだけ無駄なのかもしれませんが、これだけ動きが速いと熊派のスパイが紛れ込んでいる可能性を考えてしまいますね。
「一応蝙蝠野郎や顔の広い奴に確認してみたけど、熊派は混じっていないようよ」
私を安心させる為なのでしょう、秘密の会話というように口元を寄せて来たスコルさんに合わせて屈みこむのですが……こうして耳元で喋られると毛先が触れて擽ったいですし、フレンド経由の会話をすれば良いだけなのでコソコソと話し合う必要は無かったのかもしれません。
「流石に作り直していたらわかんないけどね」と言うスコルさんなのですが、そんな会話をしながら向こう側で橋の完成を待っていたバットジャークさんを見てみると、向こうも私達の視線に気が付いて軽く手を上げていて……最低限の確認や防諜はしていたようですし、ノリの良い人達が多かったという事なのでしょう。
(気にしすぎ…でしょうか?)
何かしらの罠が張り巡らされているといった思い込みから疑り深くなっているだけなのかもしれませんが……熊派の諜報活動ではなかったとしても『ディフォーテイク大森林』に奇襲を仕掛けるという作戦を立てている事が一部の人達にはバレているという事ですからね、私達の動きはキリアちゃん達にもバレていると思っておいた方が良いのかもしれません。
「よし、こっちは制圧…って、あれは…おお~い!熊派だ!熊派が来…っ!?ぶっへ!?」
なんて会話をしている間に糸の橋が完成するかと思ったのですが、どうやらそう簡単にはいかないようですね。
「何ですって!?…全員迎撃準備!熊派が来たわよ!!』
比較的外側に居たシグルドさんのチームに所属していた人が急報を告げるのですが、私達がそちらに注目するのと同時に声を上げた人がゴーレムのような巨体を持ったモンスター?に殴り飛ばされて宙を舞い……。
「全員抜刀…このまま迎え撃つ!」
まふかさんが小さく罵りながら全員に指示を出すと、最も熊派に近くにいたシグルドさん達が懸架作業をしている人達を守るように前に出るのですが……熊派が攻めてくる事は覚悟していたのですが、来たら来たらでザワつき浮足立ってしまう人が多いようですね。
なので即応できた人の方が少ないのですが、それでもシグルドさん達が前に出ると熊派もそれに応じるように横に広がって行き……。
「瓢箪から駒ではないですが…のんびりとしている場合でもないようですね」
「みたいね~それで…ユリちーはどうすんの?」
スコルさんはヘラリと舌を出した後、私の出方を窺うように下から覗き込んで来ました。
「勿論…速攻を仕掛けます!」
「ぷっ!」
「わお…過激ぃ!おっさんゾクゾクしちゃう」
なんて気勢を上げる牡丹と【魔翼】を展開した私を茶化すスコルさんなのですが、ここで引いても仕方がないですからね……シグルドさん達と正面衝突の構えを見せている熊派の側面から手痛い一撃を入れる事にしましょう。
(そうと決まったからには、気づかれる前に移動をしなくてはいけないのですが…)
私達が周囲の樹木や茂みを利用して熊派の右側面に回り込むと、シグルドさん達と対峙している熊派の陣容が見えてきたのですが……どうやら攻め込んで来たのはギガントさんとカイトさんと我謝さんと、後は色々なアーティファクトを構えた熊派の人達ですね。
「本当に居やがった…が、船を使って海を渡ってくるたぁ…なかなか命知らずな連中だな」
熊派の総勢は10名程度なのですが、全員が何かしらのアーティファクトを装備していて……その先頭に立っているギガントさんは特殊な鉱石出来た全身鎧を着ていて、赤色の模様が動力パイプか何かのように光り輝いていました。
ただでさえレッドジャイアントという身長4メートルの巨人だという事もあり、やや丸みを帯びた鎧とメートル単位の巨大なガントレットを着けている姿の圧迫感はなかなかのものですね。
「え、ええ…確かにそう言うのを作っているという報告はありましたが…ははぁ…まさかまさかですな」
そうしてやや平べったい……といっても胴体部分の体高が3メートル程度、首の長さはその倍近くといった角ばった鱗を持つ3つ首のヒュドラに跨ったハイオークのカイトさんは何とも言えない顔で相槌を打っていたのですが、これはカイトさんの戦闘力を鑑みた結果なのでしょう。
何かしらのアーティファクトで操っているのか引き連れたエレオスアイも触手をウネウネとさせながらの臨戦態勢ですし、こちらはテイマー路線に振り切り本人が戦う事を諦めたのかもしれません。
「大将が言っていた通り、それくらいやる連中ってだけやろ?その為の準備を…ってかそんな事はどうでもいいねん、それよりこいつらをどうにかせえへんと…訳の分からん橋が出来上がってしまったら厄介な事になるで?」
そうして杖の先端に髑髏が付いた1メートル程度の杖を持っているアイアンスケルトンの我謝さんが2人の会話をぶった切るのですが……杖の先から溢れる黒い靄のような物が辺りに広がるとあちらこちらからうめき声が聞こえて来て、地面からポコポコと腐った死体が這い出してきました。
(我謝さんに関しては見た目の印象を優先したという感じですね)
「何かそれっぽいから」なんていう理由で選ばれたような杖を持っているのですが……とにかく他の熊派も何かしらのアーティファクトを装備しているようですし、人数差があるといっても油断できる相手ではないのかもしれません。
(スーリアさんが居ないのは僥倖なのですが…奇襲がバレていた理由については納得がいきません!)
色々と規格外な媚毒使いが居なければ押し切る事も出来るのかもしれませんが、どうやら熊派は「ユリエルなら確実に攻めて来る」なんていうキリアちゃんの直感によって色々と準備をしていたようで、色々と頭を悩ませていた私を馬鹿にするような理由で上陸作戦がバレていたようですね!
「そんで、相手はシグルドとまふまふと…その他が大勢のようやけど、どうする?天使ちゃんがいないみたいやけど…しかけた方がいいんやろか?」
「それは…ど、どうしましょう?」
我謝さんが周囲を見回しながら呟くと、カイトさんはオロオロとしながら周りに視線を向けていたのですが……ギガントさんが呆れたように息を吐きます。
「構わねよ…どの道全員ぶっ潰さねぇといかねーんだか…ら!?おい、くそっ!?横からくるぞッ!?」
そこに『魔嘯剣』を構えた私達とスコルさんが突っ込みました。




