477:上陸後の動向とささやかな疑念
(ここまでは順調ですが…順調すぎて逆に不安になってしまいますね)
沈んでいった人達を除いた56人が『ディフォーテイク大森林』の南岸に上陸したのですが、この数は103人からなる魔導船チームの半数近くとなり……残りのメンバーはフィッチさんやカナエさんなどの魔導船の運航に必要な10人とナタリアさんやヨーコさんなどの護衛チームの28人という内訳になり、護衛チームが多いのは適時ローゼンプラムさんのチームに振り分けられる予定というのと、作戦の要になっている魔導船を守り切りたいという理由で大目に配置されている感じですね。
とにかくそれだけの人数を率いて敵地に乗り込んだ訳なのですが、熊派の妨害や罠が無かったとはいえモンスターの襲撃はあって……。
「全員背中を預けて全周の警戒!敵は拘束狙いなので救助を優先、芋虫に対しては側面から攻撃を与えて…表皮の隙間に攻撃を入れるように抉るんだ!」
先陣を切るシグルドさんが指示を飛ばしているのですが、反応の遅れた人達に向かって巨大芋虫が飛びかかるとあちらこちらで悲鳴が上がり、隊列が乱れたところにトレント達の攻撃が続きました。
「ぐぅぁああ!芋虫が、芋虫が服だけを溶かす液体を!?」
「おい待て、お前の裸なんか見たくないんだから…って、くそ、こっちは根っこが絡まって!?」
「くそっ!?くそぉおお!?」
という風にデファルシュニーは数を頼みにピョンピョンと体当たりを仕掛けながらノックバックと装備の破壊を狙っていて、トレント達に紛れたブラディトレントが主力チームのメンバーを絡め捕っていくのですが……狙っているのは『ルミエーヌ』のエネルギー源にするための捕獲ですからね、必然的に殺されるよりも拘束しようとする敵が多く……搾り取られる前に助け出せばいいのでやや緊張感の欠ける戦いになりました。
「あんた達、ちゃんと戦いっ…ひっ、ぁ…待って!?だ、から…ッ!?」
だからと言って安全という訳でもないですし、遠巻きに眺めて来ているエレオスアイの存在も不気味なのですが……襲われている人達の救助に回っているシグルドさんは鉄の精神力を発揮し淡々と刀を振るっているのですが、本気を出せば出すほど『ヴィーヴルメタル』が反応してしまうまふかさんはやや抑えめにトレント達を伐採していて……時々漏れる火照った吐息や舌打ちのような甘い喘ぎ声、滴る汗や妙に色っぽい仕草に皆の集中力が下がっているような気がするのですよね。
「な、なあ…まふまふが色っぽいような気がするんだが…?」
「そ、そうだな…隙を見てカメラを…って、ギャーッ!!?」
何とも言えない半笑いの表情を浮かべたまま戦っているまふかさんのせいで被害が増えているような気がするのですが……そんな乱戦会場に居るとこっちまでムラムラしてきてしまいそうですからね、私達は少し離れた場所で遊撃の任務に専念する事にしましょう。
(ラディ…聞こえますか?)
『大丈夫よ~?って言いたいのだけど~…ついさっき分かれたところだけど~…どうしたの~?』
どうやら上陸後に分かれたラディ達は【意思疎通】が出来るギリギリの位置に居るようで……かなり離れた場所まで偵察に出てくれているようですね。
(大した用事では無いのですが、そろそろ移動しますので遅れないように……後は…薔薇の柵を越える時に放った幼女スライムから何か連絡はありましたか?)
偵察に出している幼女スライムはラディの管轄ですからね、そちら側の情報が入って来ないので直接聞いてみる事にしたのですが……。
『特には無いけど~…そうね~?奥の方を調べに行ってもらっているからこっちの事はわからないけど~ニュルニュルさんが言うには地下に空洞があるらしいわ~』
との事で、ラディと一緒に行動をしているニュルさんが言うには空気の流れや魔力の動きから地下に空洞があるような気がするとの事で、今はその調査をしているのだそうです。
(地下…ですか?)
『ギャザニー地下水道』には隠し通路があるという話に信憑性が出て来ましたし、そういう場所があるのであれば熊派も防備を固めているような気がするのですが……どういう事なのでしょう?
(誘い込まれている…のでしょうか?)
防備の薄さから薄々そんな気がしてきてしまったのですが……引き返すための魔導船はローゼンプラムさん達の支援に向かっていますからね、ここまで来てしまったからには罠ごと突き破るしかないのかもしれません。
(わかりました、ラディ達は地下について探ってみてください…最悪の場合はその通路を使って脱出をする可能性がありますので)
『ラジャ~…それじゃあ~ユリエルも頑張ってね~?』
(了解です)
私達はラディ達の状況を確認した後に周辺の調査と敵の数減らしを再開するのですが、大森林の奥地に向かおうとすると黒い茨のような無数の枯れ木が遮って来て……。
(ぷっ…い?)
盾を掲げながら『ベローズソード』を咥えた牡丹が「どうします?」と聞いて来るのですが……どうしましょう?
(通り道という訳でもありませんし、動かないのであれば迂回で…刺激をしないように下がりましょう)
私達の作戦は『エルフェリア』付近の魔力溜まりから離れた場所に橋を架ける計画なのですが、魔導船の運航に支障のない広さがある河口付近まで下ってしまうと『セントラルキャンプ』や『蜘蛛糸の森』に居るゴブリン達の影響を受けてしまい……座礁の危険性や諸々の事情を考慮した結果、懸架ポイントは『ディフォーテイク大森林』の南東方向のやや内陸側という事になっていました。
なので奇妙な存在感を放つ……周囲の魔力を吸い取り結晶化したような棘がついている黒い大木がウネウネと蠢いている方向には向かいませんし、一旦放置する事にしましょう。
(レベルは55…ですか)
まるで『ディフォーテイク大森林』を守るように生い茂っている黒い枯れ木はディルフォレスといい、幹の太さは2メートルから3メートル程度と周囲に茂っている樹木の半分以下なのですが、蛇が鎌首をもたげるように周囲の大木に絡みつきながらこちらの様子を窺ってきていて……ディルフォレスの表面についている棘が樹皮を削って抉り取っていくとまるで精気を吸い取られるように樹木がやせ細っていくのですが、そんなものに捕まえられたらただではすまないのかもしれません。
(耐性が高いのと吸収能力が厄介ですが…)
こちらの動向を確かめるように近づいて来たディルフォレスを軽く【淫気】でいなしてみたのですが、近づかなければそれ以上の動きもなくて……。
(エレオスアイがデファルセントの目だとしたら…名前の似ているディルフォレスはデファルセントの腕といった感じなのでしょうか?)
第二エリアの最終ダンジョンに挑んでいる訳ですからね、この程度の妨害は覚悟していたのですが……何もしてこないというのは少しだけ不気味ですね。
(サングデュールもこの辺りには植えられていないようですし、熊派の防衛線はもう少し踏み込んだ場所にあるのかもしれませんね)
今のところは襲ってくる気がないようですし、本格的な戦闘になっても不味いのでディルフォレスは無視する事にして……まずは『エルフェリア』チームと合流しようとモンスターの襲撃をいなしながら懸架ポイントを目指す事にしましょう。
「見えた!皆、周囲の魔物達を速やかに制圧するよ!」
「「「「「おおおぉおおおっ!!!」」」」」
そんな事を考えていると、シグルドさん達が懸架ポイントに到着し周囲の敵を倒していくのですが……南岸とは違ってこちら側にはオールドトレントが数多く植えられていますし、ビックホーンビートルやサーブルボアなどといった昆虫系やら獣系やらのモンスター達の襲撃を受けるのですが……先頭を走っていたシグルドさんが監視用に植えられているトレント達を切り刻んで道を作ると、それに付き従っていたプレイヤー達が一気に周囲のモンスター達を制圧をしていきました。
『こっ…ちは懸架ポイントに到着したけど…そっちはどう?』
そうして森の中に現れた巨大な亀裂に足を止めると、色々な理由で息が上がっていたまふかさんが汗を拭いながら『エルフェリア』側から向かってきている人達に声をかけていたのですが……。
『『エルフェリア』グループの中には遅れている人もいますが、先行させた先遣隊が居る筈ですわ…まずはそちらを探して下さらないかしら?』
『こちらリヴァイアサン、すみません…少し遅れていますが……予定地点はもう少しの筈です!あと下からだとよくわからないので船が見えたら声をかけてください!』
との事で、ローゼンプラムさん達は私達が巨大芋虫と戦っている間に先遣隊を送り込んで懸架準備を開始していたようで、カナエさん達の魔導船チームは河口に入った辺りでこれから遡上して来るのだそうです。
つまり現時点では上陸チームと『エルフェリア』チームが順調に進んでおり、魔導船チームが若干遅れているという事なのですが……魔導船チームが遅れているのは海中からの襲撃が続いていたからのようですね。
まあ慣れない航行と海中から襲ってくるモンスターを相手にしながら向かって来ている訳ですし、若干の遅れくらいは仕方がないのですが……亀裂の中に入り込むと水深や出現範囲の問題でもあるのかモンスターの襲撃がひと段落したので急いで合流するのだそうです
「おーい、こっちよこっちー…ワオ~ン!ね~え~…もう少し北側のようよ~?皆~移動~」
なんて会話をしていると亀裂を挟んだ向こう側、対岸の茂みの中から出て来たスコルさんが遠吠えを上げていたのですが……何か向こう側に居る人の数が多いような気がするのですが、気のせいでしょうか?
(落ちて行った人達が合流している…という訳でもないような気がするのですが?)
まふかさん達の配信や情報の拡散は糸の橋が完成してからという手筈でしたからね、集まって来るにしても早すぎるような気がするのですが……。
(というよりあれは、ジョンさんとリンネさん達…でしょうか?)
中には私も知っている人も居るのですが、ローゼンプラムさん側の茂みから出て来ている人達の数は私達と同じくらいで……つまりこの短時間で40人近く増えているという事になるのですが、その理由を聞く前に亀裂を遡上して来た魔導船が見えてきましたし、スコルさんが問題視しているようにも見えなかったので一旦その話は横に置いておきましょう。
(後は熊派の妨害があるかどうか…ですね)
作戦は順調に進んでいるようですし、これだけ居ればモンスターの襲撃くらいは跳ねのける事が出来て……後はどんな罠を準備しているのかがわからない熊派を撃退する事が出来たら『ディフォーテイク大森林』の攻略が出来るのかもしれません。
※誤字報告ありがとうございます(4/24)訂正しました。




