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475:出港準備と船旅

 何故か参加メンバーに握手を求められたり抱きついて来ようとしたりする人が居て大変だったのですが、夕食後の集合時間までに魔導船の突貫工事が終わってチーム編成や作戦の共有が行われ……。


「諸君!我々人類は星さえ渡る力を得る事が出来た!だがその根源たる渇望の源は何だったのだろう?それは未知なるものへの探求心であり、追い求める為の道具の一つが船という乗り物である!え~っと…そ、その先人達に倣って我々も船を組み上げ、フロンティアスピリッツを…」

 熊派としては今日(休日)を乗り越え長期戦に持ち込もうとしているのか大きな動きは無く、攻め込もうとしているプレイヤー側もこれ以上の犠牲者を出さないようにと戦力を小出しにしているという事もあり、『ルミエーヌ(黒い幕)』の周辺で小競り合いが起きている程度で戦況は大きく動いていないのだそうです。


「思えばこうして船を作るのも大変だった、まずは同志達を募るところから始め、魔導船の第一号は大いなる苦難に直面する事になった!それをあれやこれやで…」


「はいはい、長ったらしい話はそれくらいにしてください、熊派とかいう訳の分からない連中に目にもの見せに行くんですから…皆さん手筈通りに、固定具を外して出港の準備をしてください!!」


「「「「「「おおおぉぉおおお!!!」」」」」


「え、ちょっと…マイドーター…ここからノっていくところなのに…」

 決起集会という事で原稿用紙の束を握りしめていたフィッチさんが演説を行っていたのですが、皆がダレ始めたところでカナエさんからの強制ストップが入ってしまい……バタバタと動き出した人達に取り残される形になってしまったフィッチさんの肩をカナエさんが叩きました。


「おと…さんは話が長いのよ、それに出発前にわざわざ苦労話を聞かせるもんじゃないでしょ?だから…ほら、これからが忙しいんだからキリキリと働いてください!」


「話が長いって…それじゃあ僕が頑張って考えたこの激励文は?」


「それはもういいから!HIBANA(船大工その1)さん、さっさとこの人を連れて出港準備を始めてください!」


「へい!おまかせください!」


「ちょ、ま…待ちたまえ、まだ話が!?」

 なんて無理やり船大工さん達の所に連れて行かれたフィッチさん達の手で魔導船の出港準備が始まるのですが……このまま『エルフェリア』に移動する(蜘蛛糸の橋を架ける)事になっているメンバーもいますからね、少しだけバタバタするのかもしれません。


『本当にわかっているのかしら…こいつら?』


『大丈夫じゃなくて?その為のワタクシ達(リーダー達)なのでしょう?』


『そうっスね~…なるようになるしーならない時はならないだけっすから』

 進水に合わせて飛び散る水しぶきに対して「ひゃっほー!」と騒いでいる人達を見ながらリーダーPT内で呟くまふかさんなのですが、その言葉に肩を竦めたローゼンプラムさんとニヤニヤと笑っているエルゼさんが相槌を打っていて……。


『そうだねー…まあ…何とかなるんじゃない?その為の退路の確保(糸の橋)な訳だし』

 一応大まかな流れ(作戦)は全員に伝えているのですが……これだけ居ると話を聞いていない人も一人や二人くらいは居るものですし、説明を聞いていたとしてもグダグダになっていくのがVRゲームのあるあるといいますか、その辺りは各チームを率いているリーダー達の統率力と頑張りにかかっているのかもしれません。


『はぁ~…もう、おっさんとしては若人達が無茶をしないかの方が心配なんだけど…どうなる事かねー?』


『とかくっちゃべっているけど、本当、あんた達は気楽でいいわね…配信をするんだから、あたしが格好良く活躍する為にも頑張りなさいよ?』

 ナタリアさんとスコルさんとまふかさんはこういうノリにも慣れているのか呆れながらも落ち着いていて、逆にゲーム慣れをしていないシグルドさんは少しだけ困ったように肩を竦めていました。


『お手柔らかに…ゲームのセオリーとなると不勉強なところがあるからね、何かあったらその都度指摘してくれると嬉しいかな?』


『………』

 そしてそもそもこういったノリが嫌いなシノさんはげんなりしたような顔をしながら集まっている人達を眺めていたのですが……色々と人が増えてくると大変な事も多いのですが、私も私で頑張る事にしましょう。


「あ、あの…ユリエルさんも気をつけて!ください!!」

 そんな会話をリーダー内でしていると、別行動を取る事になっているグレースさんが話しかけて来て……グレースさんはスコルさんの橋を護衛するチームに組み込まれていますからね、魔導船に乗り込み遊撃を行う私達とは初手から別行動となるのでここで一旦お別れという事になります。


「はい、グレースさんも気を付けて…スコルさんはふざけているように見えてギリギリのところでフォローを入れてくれると思いますので、あまり離れないようにしてくださいね?」


「は、はい!も、もちろんです!」

 スコルさんの言動を考えると不安しかないのですが……能力的な問題はないですし、グレースさんとの相性も悪くないのでお任せしてしまう事にしましょう。


「ねーえー…おっさんはいつでも真面目なんだけど~?ユリちーとグレグレの中でのおっさんってどうなってんの?」

 そんな話をグレースさんとしていると、スコルさんが尻尾をブンブンと振りながら近づいて来たのですが……。


「胡散臭い人ですよね?」


「そ、その…気の回る気さくなおじさんです!い、いっつもお世話になっていて…本当に本当にいっつもありがとうございます!」


「えっと…直球の感想ありがとね?でも真逆の感想過ぎて風邪をひいてしまいそうなんだけど…くーん、夜は人肌恋しいおっさんを温めて…って、ほーぃう!?」


「ぷー!!」

 なんて事を言いながらすり寄って来ようとしていたスコルさんに牡丹が手痛い一撃(体当たり)を入れていたのですが……今日は私に絡んで来る人が多いですし、牡丹のツッコミも容赦が無くなっているのですよね。


 とにかくワチャワチャとしながら二手に分かれる事になったのですが、魔導船に乗り込み『ディフォーテイク大森林』の南岸に上陸しようとしている私達の船旅はなかなか前途多難なようでした。


「ねえ、もう少し寄せれないの!?めちゃくちゃ流されているんだけど!?」

 徐々に日が暮れ始めているといっても見事な快晴で、風も無風、絶好の船旅日和ともいえる状況ではあるのですが……私達が乗っている魔導船は物凄い勢いで沖合にある『海嘯蝕洞(かいしょうしょくどう)』に向かって流されていき……。


「ちょ、ちょっと待ちたまえ!潮の流れが…思ったより……離れれば離れる程強くなるのかな?ああもう、フルパワー!!もう少し!もう少しだけ出力を…!」

 舳先に立って様子を見ていたまふかさんの悲鳴に対してエンジンの調整をしていたフィッチさん達の叫び声が返されるのですが、その度に船が大きく揺れてあちらこちらからどよめきがあがりました。


 というのも当初の予定では30メートル級の木造船に100人弱のメンバーを集めるという話だったのですが、まふかさんとスコルさんとグレースさんの勧誘のおかげで定員数をオーバーしており……結構ギチギチに乗り込んでいるので船の動揺がそのまま乗っている私達の乗り心地にも直結しているのですよね。


(これは…傾いたら大変な事になりそうですね)

 どうせ蜘蛛糸の橋を架ける側にも人を配置するのだからという事で最終的な参加人数は143名で、40人近くを『エルフェリア』経由で懸架ポイントに向かわせているのですが……それでも魔導船にはフル装備の人間が103人くらい乗っていますし、その中には体高1メートル前後の巨大な蜘蛛(フォレストスパイダー)が5体混じっていて……流石に足の踏み場もないというレベルではないのですが、ポーション類や諸々の消耗品まで積載しているとなるとなかなかの混雑具合で、船が揺れる度に端に居る人達が船縁に掴まり悲鳴を上げていました。


 そうして慣れない船旅に悪戦苦闘しながら『ディフォーテイク大森林』の南岸に近づく事が出来たのですが、上陸地点は橋を架ける場所からそれほど離れていないという事が大前提で、『エルフェリア』から伸びた亀裂と海が交差している場所……河口に近づけば近づくほど亀裂が広がっていたので裂け目の直線距離は200メートル程度、切り立った崖の高さは40メートル弱でしょうか?波に削られネズミ返しのように聳え立つ崖は一見しただけでは登る事が出来ないようにも見えるのですが……どこも似たような高さがありますし、他に良い場所もないのでこの断崖絶壁から上陸しないといけないようですね。


(どうやら…一筋縄ではいかないようですね)

 しかも魔導船の情報が漏れ始めている影響なのか、監視用のトレント達が少数ながらも配置されていて……正規ルート(『隠者の塔』側)からの断続的な攻撃のおかげで多くは配置されていないのですが、こちらの情報が筒抜けになっている(待ち伏せを受ける)という事は覚悟をしておいた方が良いのかもしれません。


「何で舵って…こんなに重い…の!一度アタックをしてみますので…皆さん何かに捕まっていてください!」

 そうして何とか寄せようとしているカナエさんが慣れない操舵輪と格闘しているのですが……因みに船長の第一候補者はフィッチさんだったのですが、何かあった時にヘマをしそうだからという理由でカナエさんが舵を取る事になり……正直に言うとこの辺りで揉めるかと思っていたのですが、候補者であったフィッチさんが「マイドーターがやりたいというのなら…仕方がありませんね」みたいな感じでヘヘヘと笑いながら鼻の下を擦っていて、他の船員達も「フィッチの旦那の娘さんがやりたいって言うのなら」みたいなノリで……何て言いますか、まるでいつもは素っ気ない娘が自分の趣味に興味を持ってくれたのが嬉しかったという感じで……まあその通り(リアル親子)ではあるのですが、とにかくそういう感じに魔導船の船長が決定していました。


 それに言ってしまえばここに居る人達は本職の船乗りという訳でもなくて……もし本職だったとしても各種センサーとAIを完備している現代船舶とは操舵感が違いすぎますからね、操縦するのは誰でも良かったのかもしれません。


「もう…ちょっと……なんです…がっ!」

 とにかくそんな新米船長が操縦する船が潮の流れに逆らいフラフラと岸壁に寄せられていくのですが、波のうねりに合わせて大きく浮き沈みする度にあちらこちらから悲鳴が上がって重心()が移動し、エンジンの出力を全開にしても沖合(『海嘯蝕洞』)に引き寄せられるように横滑りをしていて……。


「来たぞー!左舷後方!!くそ、なかなか速いぞ!」

 しかも当たり前のように海中からモンスターが襲い掛かって来るのですが、出てきたのはアンギーフロッグという魚人達とソードフィッシュという……1メートルサイズの丸々と太ったダツという魚に似たモンスターが数十匹纏めて襲い掛かってきました。


「はいはい、どいてー!って、っとぉおお……いっきに寄らないでー…!?近接職の人は反対側に!それじゃあ皆~海に落ちないように攻撃を開始してー!」

 そして海中から攻められると近接攻撃を主軸とした人達は手も足も出ないですからね、遠距離攻撃を担当しているナタリアさん達が人混みを掻き分け左舷側に陣取ったのですが、一気に人が動いたせいで船が傾いてしまい……落ちかけた人達も何とか周囲の人に掴まれたり救助されたりしながらパラパラと攻撃が開始されます。


「ああくそ、海の中に…顔を出していれば一撃で仕留めてやるのに!」


「左舷弾幕薄いよ!何やってんの!」


「うるせぇ!文句を言うのならお前も攻撃に参加しやがれ!!」

 なんていう言い争いが始まっていたのですが、船の動揺が落ち着いて来るとヨーコさんお手製の爆弾が投下され始めて……ドーン!ドーン!と水柱が上がるとその度にあちらこちらから歓声が上がり……。


「あぁああ、僕の船がぁあああ!!」

 爆発が起きる度にミシミシと軋む船にフィッチさんが頭を掻きむしっていたのですが、今は船のダメージを心配している場合では無いですからね、攻撃を続けている人達を止める訳にもいかないので諦める事にしましょう。


「って、おいおいおい!ちょ、待てっ!?ぶ、ぶつかるぞぉおおお!!?」


「くっ…っと、すみません!皆さんどこかに掴まって…ッ!?」

 そして誰かが叫び声を上げていたのですが、回避行動をとるために大きく舵を切ってしまったカナエさんの操船と爆発の煽りで岸壁が急速に近づいて来ていて……私は聳え立つ崖(上陸ポイント)を見上げていたまふかさんとシグルドさんにアイコンタクトを送ってから、ぶつかるギリギリのタイミングで崖に向かって飛び移る事にしました。

※30メートル級の木造船にこれだけの人が乗れるのかという問題ですが、30メートル級の屋形船で120名乗れるようなので空間的なスペースはあると思います。ただ工作精度が素人であるので無駄が多く、手作り感満載だったり戦闘を考えて分厚く作られていたりするので窮屈な印象を受ける船になっているという設定です。


※誤字報告ありがとうございます(4/24)訂正しました。

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