462:状況の整理をしましょう
『ディフォーテイク大森林』に突如として現れた『ルミエーヌ』によって熊派の企みが露わになったのですが、現地調査に向かった人達の話によると黒い幕の麓には巨大な薔薇の花が咲き誇っていて……どうやら巨大な地下水道に匹敵するような建造物を用意する時間が無かった熊派は地下茎で繋がっている『サングデュール』を利用する形で巨大な障壁を張り巡らしているようですね。
そのおかげでという訳ではないですが、比較的地表の浅い部分から50メートルくらいの高さまで黒い壁がそそり立っていて……突破する事が出来る場所がないかと調べ始めた調査隊目掛けて無限増殖する薔薇の壁が襲い掛かって来た訳ですからね、ルートを調べるどころかそこそこの被害を出して撤退する事になったのだそうです。
(しかも犠牲者が出る度に『ルミエーヌ』が広がっていったという話なのですが)
アルディード女王は『ルミエーヌ』を維持する為には膨大なエネルギーが必要だと言っていましたからね、不足分を補うために捕らえたプレイヤーからは精気を搾り取っているようで……『サングデュール』に捕まる犠牲者が増えれば増える程『ルミエーヌ』が広がっていくようですし、このまま広がり続けたら大森林が覆い隠されてしまうのはそう遠くない未来の話なのかもしれません。
(こうなって来ると…ジョンさんが人質を救出してくれていなかったらかなり不味い事になっていましたね)
ある程度のストックは蓄えていたのだと思いますが、『ルミエーヌ』を張った後に搾り取られ続けていたらとっくの昔に大森林が障壁で覆われていたのかもしれなくて……とにかくこれ以上の犠牲者を出す訳にもいかないのですが、本当にどうしましょう?
(このまま千日手になるだけならまだ良いのですが)
離反して来た元熊派の話では町と町の間を移動するポータルと似たような物が熊派にもあるようで……より正確に言うと私達が『アルバボッシュ』の流れに乗る形で別の場所に移動するのに対して熊派はデファルセントの根っこの届く範囲に転移する事が可能で……これがデファルセントの力なのかキリアちゃんの力なのかはよくわかっていないのですが、第一エリアではそういう力が働かなかったようなのでデファルセント特有の力なのかもしれません。
勿論元熊派の人達に第一エリアの移動方法を教えていなかっただけという可能性もありますし、離反者の言う事なので何処まで信用していいのかはわかりませんが……とにかく何が言いたいかと言うと、キリアちゃん達は襲撃し放題なのに私達は『ルミエーヌ』を越えなくてはいけなくて……なかなか面倒臭い事になってきましたね。
(まだ何とかなる…と、思いたいところですが)
現時点で完全に封鎖されているのは大森林から見て北側と東北方向……『隠者の塔』から『クヴェルクル山脈』を通る北側ルートと私達も辿った事がある森の中を抜けて行く東北ルートがあるのですが、この2つは『ルミエーヌ』によって完全に塞がれてしまっているので通行する事が出来ないのだそうです。
そこから更に西側に回り込もうとすると第二エリアの端に行きついてしまいますし……大陸中央部、『エルフェリア』や『セントラルキャンプ』からだと直線距離にして100メートル前後の深い亀裂によってエリアが区切られていました。
こうなって来ると『蜘蛛糸の森』のような南側から大回りするルートも検討されていたのですが、熊派に制圧される前に色々と調べていた人の話では『エルフェリア』から続く巨大な亀裂によって分断されているようで……光の龍が無ければ【魔翼】やスカート翼で飛び越える事が出来るのかもしれませんが、その場合は私がほぼ単騎で突撃する事になりますからね、流石にそんな戦力で攻略できる程『ディフォーテイク大森林』やキリアちゃん達は甘くないと思います。
『で、八方塞がりな訳なんだけど…どうすんのよ?』
とりあえず皆で情報収集をした結果を話し合っていたのですが、個人ではどうしようもない事にまふかさんがイライラとしていて……。
『え~っと、このタイミングで申し訳ないのだけどー…この後ちょっとだけ用事があってー…少しだけ離席してもいいかしら~?』
揃いも揃って「どうしよう」と悩んでいると、ヨーコさんが恐る恐るというように発言をしたのですが……すぐに動くのならこのままログインしていられる程度の用事なのだそうですが、特に何もないのなら細々とした用事を先に終わらせておきたいのだそうです。
『なっ、ちょ…このタイミングで!?』
『そうですね、少し煮詰まって来ていますし…一旦自由行動という事にしておきましょうか』
『賛成~このまま皆で悩んでいても仕方がないし…一旦休憩を入れた方が良いんじゃないかな?』
『は、はい!いってらっしゃいませ!』
そうしてまふかさんだけは何か言いたそうにしていたのですが……皆にもリアルの事情とかがありますからね、私も『サングデュール』戦からのキリアちゃんとの戦いと連戦の疲労が溜まってきているので休憩を挟む事にしましょう。
『あんたはそれでいいの!?ここはリーダーとしてびっしっと纏め上げるところじゃないの!!』
そうしてクラン会話からフレンド会話に切り替えたまふかさんがコッソリとそんな事を言ってきたのですが……。
『そう言われましても…まふかさんは何か良い案があるのですか?』
『そ、それは…とにかくやってみないとわからないでしょ!』
『ディフォーテイク大森林』への正規ルートは『ルミエーヌ』で封鎖中、『エルフェリア』側の攻防戦は佳境に入っているとはいえ今更参加しても旨味が無く……下手をすれば移動中に攻城戦が終わるような状態なので参加する意味があるとは思えません。
敢えて参加する理由を探すとすれば制圧後の行動になるのですが、キリアちゃん達が『ルミエーヌ』を動かした影響なのか『エルフェリア』の障壁が消えていて……『エルフェリア』にある資材を使って亀裂を越える橋を作れないか?と言う話が一部から出ているのですが、そんな場所に橋を架けるなり何かしらのルートを開拓するなりしているとかなりの手間と時間がかかると思います。
しかものんびりとルート開拓なんてしていたら確実に熊派の妨害が入りますし、先行偵察をして来た人の話では『ルミエーヌ』の無い場所には等間隔にトレント系のモンスターを立てて見張らせていたという徹底ぶりで……そんな場所に無理やり突撃をしても返り討ちにあって『サングデュール』の養分になるのがオチです。
なので他のプレイヤーと足並みを揃える意味合いも兼ねて休憩を入れようと思ったのですが、まふかさんは憤懣やるかたないといった様子で……まあイライラしているとはいえ勇み足なのはまふかさんも理解していますからね、無理強いをする事もなくただただ息を吐きました。
『わかったわよ、勝手にしなさい……ってかあんたは何か考えがあるの?』
そうして逆に聞き返されてしまったのですが……そうですね、何をしましょう?
『そうですね、補給や休憩を終えた後でという事になりますが…一度『エルフェリア』に行ってみようかと思っていますが』
流石にこのまま乗り込むのは厳しいものがあるのですが、『エルフェリア』側の『ルミエーヌ』がどこまで伸びてきているのかが気になっているので様子を見に行ってみるのも悪くないと思っています。
『そう…じゃああたしもついて行くわ』
との事で、先程のイライラを引っ込めたまふかさんは何故か少しだけ照れながらそう呟くのですが……コロコロと表情を変えるまふかさんを見ていたグレースさんが不満げな様子で私の腕を取ろうとしたりその腕をまふかさんが押さえ込もうとしていたりで……そんな私達を見ながらナタリアさんとヨーコさんが苦笑いを浮かべていました。
『え~っと、じゃあここからは自由時間って事で良いのよね?』
そうしてナタリアさんが意味深な視線をヨーコさんに送りながら確認を取ってきたのですが……他のメンバーも特に異論はないので頷きます。
『はい、熊派が動き出すとしてもログイン率が上がる夕方以降だと思いますし……それまでは自由行動という事にしておきましょう』
最終的にはクランマスターとして会話を纏めておくのですが……ヨーコさんはリアルの用事を終わらせる為にログアウトするようですし、ナタリアさんも消耗品の補充をしたら一旦休憩を入れるのだそうです。
そうしてグレースさんも自然と私達について来る事になり……私の用事としては黙り込んでいる淫さんの様子を確かめたり使用していたポーションの補充をしたり『プーカのマントの切れ端』の検証をしたりとあまり面白い用事ではないのですが、グレースさんはそれでも良いのだそうです。
「も、もちろん!ユリエルさんの行くところなら火の中水の中…です!」
「はいはい、人前であんまりはしゃがないの…こっちまで恥ずかしくなってくるんだから」
とかいう熱意に絆されてグレースさんも一緒に行動をする事になりましたし、窘めているまふかさんと一緒に仲良くアイテムの補充をする事になったのですが……準備といえばセーブポイントがレナギリー達の『臨時キャンプ地』のままでしたね。
(移しておいた方が良いのでしょうか?)
悩む理由は『セントラルキャンプ』や『蜘蛛糸の森』などの南側ルートを開拓するのなら丁度良い位置にあるからなのですが、そんな事を考えていると速報か何かを見たスコルさんから連絡が入り……一緒に居るまふかさんとグレースさんには連絡が入った事を伝えて会話を切り替えます。
『やっほーユリちー、そっちは何か大変な事になっているみたいだけど…どうなってんの?』
なんでもスコルさんは今まで海上に居たので碌に情報収集が出来ていなかったようで、戻って来てからキリアちゃんの襲撃やら『ルミエーヌ』の事を知って驚いたのだそうです。
『あえて伝えておこうという情報はありませんが…それより処女航海の方はどうでした?』
ネットの情報についてはリアルタイムで追っていていますからね、大きな間違いも無いのでスコルさんに伝えておかなければいけない情報はありません。なので逆にスコルさんの様子を聞いてみる事にしたのですが……。
『もう、ユリちーのいけずー…ユリちーの口から直接聞きたいというおっさんの迸るパッションがあるんじゃない!』
『気持ち悪い事を言わないでください…一から十まで説明するのも時間の無駄ですし、大体の事は把握しているのですよね?』
情報の精度を上げる為にも色々な人に聞き込みをしているのだと思いますし、ここは時間の無駄という事でバッサリといかせてもらいましょう。
『そうだけどー…もう、しょうがないわね~……こっちの方は順調も順調よー、ただやっぱり『海嘯蝕洞』の影響なのか沖合の方に流されるみたいね~…無理やり蒸かせばギリギリ進めるかもっていうのがフィッチーやおやっさんの見解みたいだけど』
そして話を聞いている限りでは、どうやら大きなトラブルなくフィッチさんの魔導船は無事に沖合まで出る事が出来たようで……。
『そうですか、それは良か……それです!魔導船です!!』
『え、何?いきなり大声を出したりしてどうったの?』
東北方向に張られた『ルミエーヌ』が徐々に広がり大森林を覆い尽くそうとしていますし、侵攻ルートとして有力だったのは熊派の制圧下にある『セントラルキャンプ』か『蜘蛛糸の森』側から橋を架ける事だったのですが、フィッチさん達が作り上げた魔導船があればそれ以外の選択肢が取れる事に気がついて大きな声を出してしまいました。




