461:キリアちゃんの狙い
帰還用のスキルを使ったのかそういうアイテムを持っていたのかはわかりませんが、町の外に脱出したキリアちゃんは忽然と姿をくらましてしまったので追撃は不発に終わってしまったようですね。
その事に安堵するべきなのか捕まえられなくて残念だったというべきなのかはわかりませんが、残された人達は暴れ回っていた熊のぬいぐるみとの戦闘や後始末に追われる事となり……一番厄介だったのがキリアちゃんが振り回していた武器から飛散していた触手の欠片といいますか、簡易な『歪黒樹の棘』とでもいうような小さな黒い棘が散乱して蠢いている事でした。
近づこうとする人を突き刺そうとしてくるのはもちろん地味に強度があるので刈り取る事が出来ませんし、壁や地面に突き刺さっているので抉り出す必要があるので除去をするとなるとなかなか骨が折れるのかもしれません。
(その辺りの作業はエルフの兵士達にお任せするとして…)
結局筋肉痛などのデバフのせいで追撃にも後片付けにも参加していなかった私はその場で息を吐くのですが、なかなかの大立ち回りをしてしまいましたからね、周囲からの好奇の視線が凄い事になっていて……。
(ぷっ!)
そんなタイミングで何かの切れ端を咥えて戻って来た牡丹が【意思疎通】で声をかけて来たのですが、切れ端……なのですよね?
一瞬何を咥えているのでしょう?と首を傾げてしまいそうになったのですが、どうやらそれは半透明な布のようで……よくよく見てみるとキリアちゃんが身に着けていた欺瞞用のマントの切れ端でした。
(ありがとうございます、早速身に付けさせてもらいますね)
多分これを使えという事なのだと思いますが、手に取って調べてみると『プーカのマントの切れ端』と言う名前で、アイテムの名称に『切れ端』と書かれているような状態ですからね、身に着けてもあまり効果が無いのかもしれません。
そういう訳でもう少し布地が欲しいところなのですが、マント自体は絡みついた【淫気】やキリアちゃんが振るう武器によって引き裂かれてしまいましたし、その後の乱戦で多くの人達に踏みにじられてしまい……どうやら落ちていた半透明の布切れを気にしながら戦っている人がいなかった事もあってこの大きさしか残らなかったようですね。それでも物の足しにはなるだろうという事で左の手首に括りつけてみたのですが……。
「ねえユリエルちゃん、大丈夫だった!?」
人混みを抜けてやって来たナタリアさんにはあっさりと発見されてしまいましたし、効果のほどは気休め程度と考えておいた方がいいのかもしれません。
「はい、なんとか…出来たらキリアちゃんを捕まえたかったのですが」
切れ端の大きさ的にはラディあたりに身に付けさせたらいいのかもしれませんが、魔力を通しておけば効果を発揮する『エナジーストリング』とは違いスキルの調整が必要かもしれませんし、効果の検証をしてからでないと危険なので後回しにしておきましょう。
そんな事を考えながら、戦闘に参加していたナタリアさんや遅れて到着して来たヨーコさんと合流をしてからこれからの事を話し合おうと思っていたのですが……。
「『魔剣グーイ』まで持ち出されているなんて…どうやら嫌な予感が当たっていたようですね」
治療を終えていたアルディード女王が起き上がって来ていたのですが、キリアちゃんの攻撃を受けた人達は軒並み傷の度合いの割には青い顔をしていて……あれだけの乱戦を無傷で潜り抜けるというのは立ち回りの上手さだけでは説明がつかないですからね、キリアちゃんの振るう武器にはドレイン効果や自己回復機能でもついていて、斬りつけた人の精気を吸い取っていたのかもしれません。
「あの!「嫌な予感が当たっていた」ってどういう事ですか!」
そうしてアルディード女王の呟きに対して周囲に詰め掛けていたプレイヤー達から質問が上がり……というよりナタリアさんが物応じせずにおもいっきり挙手をしながら質問をぶつけていたのでヨーコさんがオロオロとしていたのですが、それにつられるようにあちらこちらから声が上がり……アルディード女王は大きく息を吐きました。
「そうですね、こうなったら皆様にもお話ししておくべきでしょう」
そうしてアルディード女王が『エルフェリア』攻めを強行していた理由を話してくれたのですが……熊派がアーティファクトを運び出しているのはわかっていましたからね、封印の解除をされてしまう前に『エルフェリア』の奪還をしておきたかったようなのですが、今回はその強い意志が裏目に出てしまった形のようですね。
「勿論『エルフェリア』の奪還という象徴的な意味合いもありますが、厳重に保管されていた『魔剣グーイ』まで持ち出されているとなると宝物庫の中身は敵の手に落ちたと考えた方がいいのでしょう…こうならない為にも損害を無視して強攻していたのですが」
因みにキリアちゃんが使っていた『魔剣グーイ』は別名ヤドリギの剣とも言われているようで、対象者のみならず使用者の生命力をも奪い取りながら振るわれる恐るべき魔剣という事で厳重に封印されていたのですが……そんな危険な物を振るっているキリアちゃんの事が心配になって来てしまうのですが、本当に大丈夫なのでしょうか?
「はいは~い!奪われたアーティファクトにはどんな物があるんですかー?熊派の狙いはー?」
そうして誰もが気になっている事を誰かが聞いていたのですが、アルディード女王は少しだけ考えるそぶりをみせて……。
「彼女の狙いまではわかりませんが、厳重に封印されているアーティファクトのすべてが使用できるようになっているとは考えたくもありませんし…戦況に影響を与えるような大規模な物なら使えて一つか二つくらいでしょう」
アルディード女王の言葉はどうにも歯切れが悪いのですが、熊派が短期決戦を求めているのか持久戦を求めているのかで執りうる作戦が大きく変わってきますからね、アーティファクトを網羅しているアルディード女王でもどのアーティファクトの封印が解かれているのかはわからないのだそうです。
「ただ…アスモダイオスの使徒は王家の血を狙っていた節がありますからね、恐らくという物は幾つか考えられますが…これだけ用意周到に逃走経路を用意していた連中の事ですし、その答えは意外とすぐにわかるのかもしれません」
との事だったのですが、アルディード女王がプレイヤーの質問に答えていると追撃に出ていた人達が戻って来てゴチャゴチャしてきましたからね、妙に目立ってしまう私達はその場を離れる事にしました。
「はぁ~…ったく、なんであんたはいつもいつも厄介ごとを増やすのよ!」
「は、はひ…はーぜー…はー…しゅ、はーはー…」
そうして『ディフォーテイク大森林』から戻って来たまふかさんと息切れ中のグレースさんとも合流しておいたのですが、移動速度が違う2人が一緒に戻って来たという事はまふかさんがグレースさんを見捨てずに連れて来てくれたのでしょう。
「まあまあ2人とも…それよりこれからどうするかだけど…う~ん、どうしよう?」
「そう、ね~…皆の意見も割れているようだし…」
そうしてナタリアさんが仲裁をしてくれつつ腕組をしていて、ネットの情報を見ていたヨーコさんも頬に手を当てていたのですが……どうやら他のプレイヤーはキリアちゃん達が持ち出しているアーティファクトを奪還する為にも大森林を攻めようという派閥と万が一の可能に賭けて解決方法が残っているかもしれない『エルフェリア』に攻め入ろうという派閥に分かれているようですね。
(私の意見としては一刻も早くキリアちゃんの元に駆け付けたいのですが)
心情的には大森林の強襲に一票を投じたいくらいなのですが、多くのプレイヤーが『エルフェリア』の目前まで侵攻しているせいでなかなか引き返す決断が出来なくて……しかも『エルフェリア』の防衛についていた熊派が後退し始めている事も事態をややこしくしていました。
冷静に考えるとこの場面で引くという事は『エルフェリア』には何も残っていないという事になるのですが、立ち塞がっていた熊派が引いたという事は労せず『エルフェリア』の奪還が出来るようになったという事ですし……皆が皆ネットの情報をリアルタイムで把握している訳ではないですからね、情報に疎い味方が突出して行くと遅れてはならないと他の人もつられてしまって『エルフェリア』攻めがだらだらと続けられている状況のようです。
そういう訳で混沌としてきた戦場なのですが、アルディード女王が「すぐにわかる」と言っていた通りキリアちゃん達の狙いは意外と早く私達の前に現れる事になりました。
「え、ちょっと、な、なに!?地震!?」
いきなりゴゴゴゴと地面が揺れたかと思うとあちらこちらで小規模な地割れが発生し、建物の倒壊などが始まるのですが……石造りの塔を中心にテントや小屋を建てているだけの『隠者の塔』ですからね、中央の石の塔が少し崩れたくらいで倒壊による大きな被害はありません。
「ゆ、ユリエルさん!」
ただ叫び声や悲鳴が上がり終わった後にグレースさんが西南西の方向を指差していて、その先を見てみると巨大な黒い幕のような壁が生えて来ていて……。
「やはり、『ルミエーヌ』…ですか」
何かしらのイベント補正なのかアルディード女王の呟きが『隠者の塔』に居るプレイヤーの耳に届いたのですが、あれはもともと『エルフェリア』を守るために張られていた光る龍の結界なのだそうです。
起動する為には大規模な魔法陣を用意した上でエルフェリア王家に繋がる者の血が必要で、襲って来たキリアちゃんがアルディード女王に手傷を負わせるだけ負わせてあっさりと引いて行ったので「もしかしたら」と思っていたようなのですが……『ルミエーヌ』を維持する為には大地に溜まった膨大なマナが必要なので盗み出されている可能性は低いと考えていたようですね。
事実『エルフェリア』にあった『ルミエーヌ』は張り巡らされている地下水道と『クリスタラヴァリー』から流れて来る『サンハイト』の力、そして地下に埋まっている『リンニェール鉱』からエネルギーが供給されていたという事ですし、そういう物は一朝一夕に準備する事が出来ないと考えていたみたいなのですが……キリアちゃん達の執念はアルディード女王の予想を超えていたのかもしれません。
「『ディフォーテイク大森林』を囲むような結界を張るとなると大地のマナ以外にも何かしらの力が必要なのですが…ああやはり、流石に不完全な物のようですね」
いくら魔王の力によって捻じ曲げられて変質しているといっても消費する魔力には変わりがないようで、即席の結界では大森林を完全に覆う事が出来ないようですね。
とはいえ今まで使っていた『隠者の塔』から『ディフォーテイク大森林』に向かうルートは黒い幕によって完全に塞がれてしまいましたし、『ルミエーヌ』の範囲は徐々に広がっているようですし……本当にこれからどうしたらいいのでしょう?
※誤字報告ありがとうございます(4/1)訂正しました。




