460:不得要領
(予想通り…でしたね)
減少を続けている熊派の戦力で場所を確保する事は不可能ですからね、唯一制圧できそうな毀棄都市跡地もミューカストレントがいなければ瓦礫が散らばっているだけの広場ですし、そもそも『精霊の幼樹』の影響圏に入っている場所をわざわざ確保する意味がありません。
意味がないどころかプレイヤーの勢力圏である『隠者の塔』や『イースト港』……戦況次第では制圧された『エルフェリア』に囲まれた突出部となりますからね、熊派の戦力では制圧する事が出来ても維持をする事は出来ないと思います。
なのでこの状況で打つ手があるとすれば何かしらのイベントを起こすか特定の人物を狙うかなのですが……流石にビークリストゥレベルのイベントを起こせるのなら最初からやっていると思いますし、本格的な持久戦を狙って魔導船を襲うという可能性は……プレイヤー陣営の奥深くにある『イースト港』まで攻め込むか少人数の潜入部隊で常時満載されているプレイヤー達を蹴散らさなければいけませんからね、危険性の割にはリターンが少ないと言いますか、割に合っていないような気がしました。
そういう訳でキリアちゃん達の狙いが特定の人物だと思ったのですが、『精霊の幼樹』に守られているレナギリー達を狙うのは分が悪いと思いますし、消去法的にも戦況的にも影響を与えてきそうな人物という事で、アルディード女王を狙うのではないかと考えました。
彼女が死んでしまえば後方兵站基地として稼働し始めた『隠者の塔』も混乱してしまいますし、最悪の場合はエルフ達が離反してしまうという可能性もあって……女王の居場所は士気高揚の為なのか公表されていますからね、少し調べれば簡単にその動きを突き止める事が出来るというのも判断材料になったのだと思います。
(賭けではあったのですが…キリアちゃんがアルディード女王と接触する前に割り込めたのは幸運でした)
後は熊派の本拠地に潜り込んでいたジョンさんが欺瞞系の装備を身に着けていましたからね、熊派もそういう装備を身に着けている可能性を考える事が出来たのが大きいと言いますか、キリアちゃんが『隠者の塔』に居るという事がわかっていれば発見は容易でした。
「やっぱり、最後に立ち塞がって来るのはユリエルなのね」
そうして賭けに勝った私は運良くキリアちゃんを発見する事が出来たのですが、捕獲のために伸ばした【淫気】は右手に持っている武器で防がれてしまい……というよりキリアちゃんの右手にくっついているのは武器で良いのですよね?
(何かしらのアーティファクトだという事は確定していますが)
見ため的には右手に寄生しているヌメリとした質感を持つ先の尖った黒い丸太……というよりも、紐状の触手が合わさった槍兼鈍器といった感じの武器ですね。
絡め捕るように伸ばしていた【淫気】に触れただけで軽く弾かれていましたし、耐久度があまり高くなかったと思われる欺瞞用のマントがその衝撃だけで弾け飛んでしまったのですが……本当にただの威力が高いだけの武器なのでしょうか?
『キリアちゃんを発見しました、中央の塔から見て10時の方向、2つ目の通りです』
『え、そっち!?わかった、すぐに向かうからちょっと待ってて!』
『ごめんなさいね~…私達は今南側に居るから~…もう、動きづらいわね…私の方は大丈夫だから…ナタリーはユリエルちゃんの援護に行ってあげて!』
情報収集のために『隠者の塔』に来ていたナタリアさんとヨーコさんにもキリアちゃんの捜索をお願いしていたので発見の報告を入れておくのですが……どうやら欺瞞用のマントを身に着けていたので見つける事が出来なかったようですね。後は熊派が『エルフェリア』側から攻めて来ているという事もあって5時の方向を捜していたので少しだけ到着が遅れるようで……。
『あんた、は…足が速すぎるのよ!もう、本当に…あたしが到着するまでの時間を稼いでおきなさい!』
『は、はひ…ゆ、ユリエルさんも、ま、まふまふまさんも足が速すぎ…です』
『誰がままふまふまさんよ!あんたはせめてちゃんと人の名前を呼ぶところから始めなさい!』
『は、はひぃっ!す、しゅみ…!?』
そうしてクラン会話で送っていたのでまふかさん達からも返事が返って来たのですが、グレースさんの言葉が途中で途切れたのは転倒でもしたのでしょうか?
「一応聞いてみるけど…どうしてキリアの居る場所がわかったの?」
裏ではそんな会話をしていたのですが、泣き笑いのような表情を浮かべたキリアちゃんが奇妙な武器を構えながらそんな事を聞いて来て……視線は私の後ろに居るアルディード女王の方をチラチラと見ていますからね、どう考えても隙を窺う為の時間稼ぎだと思います。
(せめてナタリアさん達が到着するまでの時間を稼ぎたいのですが)
流石にキリアちゃんだけが潜入して来ているなんていう博打は打っていないと思いますし、何かしらの罠が張られていると考えた私は周囲に魔力を放って潜んでいる熊派を探るのですが……よほどうまく隠れているのか何かしらの欺瞞用のアイテムを使用しているのか見つける事が出来ませんでした。
というよりサングデュール戦とその後の全力疾走で【グリモワール】の活力UPも切れていて、体の怠さに加えて少しでも動くと筋肉痛のような痛みに苛まれてしまい……正直に言うと色々と厳しいのですよね。
(この状態で【イリュージョン】と【グリモワール】を使う事は…出来ませんね)
筋肉痛を上書きする事が出来たらスキルを永続させる事が出来ますし、感覚的にもクールタイムに入っているような気がするのでデメリット効果が解除されるまでは再使用が不可能なのだと思います。
そもそもこんな所で分身と魔本を出していたら明確な戦闘準備と言う事でキリアちゃんも跳びかかって来ると思いますし、今は会話で時間を稼ぐべきなのかもしれません。
そんな事を考えていると、人前だという事で【招集】の異空間に潜んでもらっていたラディが口を開き……。
『この子がユリエルが言っていた子なのね~?可愛い子だから味見をしてみるのも悪くないのだけど~…悪い子だから倒しちゃうの~?』
なかなか過激な発言ではあったのですが、スキル使用後のデバフがあると言っても周囲のプレイヤーの協力を取り付けたら高確率で倒す事が出来そうで……本当にここでキリアちゃんを倒してしまってもいいのでしょうか?
(それは…)
逡巡している間に「おい、あれ…!」とか「え、熊派の…!?」とか「敵幹部ロリきたー!!」とか叫んでいる人達が集まって来てしまい……キリアちゃんの存在に気がついたプレイヤー達が各々の武器を構えながら包囲網を作っていますし、女王陛下が襲撃を受けたという事でエルフの兵士達も集まって来ていて……考え込んでいる時間が残っていませんでした。
「見つけたのはたまたまですが…キリアちゃんが身に着けているマントには見覚えがありまして」
とにかくこのまま無言で対峙していても仕方がないですし、人混みに紛れさせている牡丹に指示を出しながら会話を繋げてみるのですが……私がテイムしているモンスターという事で要注意人物となっている牡丹からキリアちゃんの意識が外れる事が無くて、人混みを利用しながら死角に回り込んでもらう事が出来ません。
「そう、たまたま…なのね、そんな理由でキリアが負ける訳にはいかないの!」
「っ!?」
私としては熊派の状況を探りながら膠着状態に持ち込もうとしていたのですが、周囲に居るプレイヤーが包囲の輪を縮めて来ると破れかぶれだというようにキリアちゃんが動いてしまい、奇妙な武器を腰だめに構えながら向かって来て……。
(剣を振り下ろせばキリアちゃんを殺せる…の、ですが!?)
何かしらの防御手段を講じている可能性が……というより常識的に考えて防御手段を用意しているとは思うのですが、ここで本当にキリアちゃんに致命傷を与えていいのかがわからなくて反応が遅れてしまいました。
結局殺傷力を限りなく落とした【淫気】の鞭で絡め捕る事にしたのですが、魔力を練り上げようとすると痛みで体が強張ってしまい……そのタイミングでキリアちゃんと目が合います。
「なんで…?」
実は無策のまま突っ込んで来ていたキリアちゃんは動きの鈍い私を見ながら大きく目を見開くと、そんな事を呟きながら横をすり抜けて行ったのですが……そんな表情を見てしまうとどうしたらいいのかがよくわからなくなってしまい……。
「陛下!!くっ、なんだこれは!?」
そうしてキリアちゃんは護衛についていたエルフの兵士達に対して手に持っていた武器……どうやら私の【淫気】のように自分の意思でウネウネと動かす事が出来るようなのですが、枝分かれした黒っぽい蔦で兵士達を薙ぎ払い、防御魔法を使って攻撃を防ごうとしていたアルディード女王の障壁をも突き破って迫ったところで、【淫気】の鞭が間に合いました。
「キリアちゃん!!」
ギリギリのタイミングでキリアちゃんの華奢な身体を【淫気】で絡め捕る事に成功したのですが、障壁を破られながらも身を翻していたアルディード女王は致命傷を免れようと両腕で頭と体を守っていて……多少の出血はしているもののノーマルポーションでも直せる程度の傷のようですね。
「おぉぉおおおお!!ここで幼女をやったら俺が英雄だぁあああ!!ぬぅぁあああ!!?」
そうしてキリアちゃんが絡め捕られたのを見計らって周囲のプレイヤーが襲い掛かって行くのですが、奇妙な武器の一振りで【淫気】を振り払った後に3メートルくらいの巨大な熊のぬいぐるみが現れてしまい、キリアちゃんを捕らえようと殺到していたプレイヤー達が吹き飛ばされていました。
(もう…無茶苦茶ですね)
デバフが無ければ乱痴気騒ぎに参加する事が出来たのかもしれませんが……流石に体が痛いので距離を取る事にしましょう。
そうして私が距離を取っている間にキリアちゃんはもう一度アルディード女王に攻撃を加えようとしていたのですが、殺到するプレイヤー達と肉壁となるべく武器や盾を構えたエルフの兵士達を見ながらため息を吐きました。
『ユリエルちゃんお待たせ!到着した…けど、凄い事になっているみたいね!』
その頃には遠距離攻撃組もポジションについて攻撃を開始していますし、最短距離で走って来たナタリアさんが「当たったらごめんね!」とかなんとか物騒な事を言いながらも近くの小屋の上から弓を構えていたりと……こうなってしまったらいくらキリアちゃんでもどうしようもないですし、攻撃よりも防御と言う臆病すぎる動きに嫌な予感が膨らんでいくのですが……。
「仕方がないわね、最低限の仕事はしたという事かしら…本当に、ユリエルがいたら調子が狂うわ」
言っている言葉の割には嬉しそうに声を弾ませたキリアちゃんは2体目3体目と人形を取り出して暴れさせると、嬉々とした様子で群がって来る人達を蹴散らしながら離脱にかかります。
「待ちなさい!貴女は…いえ、貴女達は何をしようとしているのですか!?」
あっさりと撤退を決断したキリアちゃんに対してアルディード女王が問いかけていたのですが、キリアちゃんの顔には根本的な事を何もわかっていない人間に対する憐みの表情が見え隠れしていて……。
「教えてあげても良いけど、キリアはお人形さんとお喋りをする趣味はないの…安心して、もう二度と会う事は無いと思うわ」
そうして主力が熊派との戦いに出払っていた事もあり、キリアちゃんはまんまと逃げおおせる事に成功していたのですが……結局アルディード女王の首を落とす事が出来ていませんし、乾坤一擲の作戦の割には意外とあっさりと引いていて……いったいキリアちゃんは何の為に『隠者の塔』までやって来ていたのでしょう?




