458:キリアちゃんの行方
【イリュージョン】で作り出した分身を囮にしてきたというのもあるのですが、どうやら追撃らしい追撃もなく安全圏まで逃げられたようで……。
(後は活力ゲージを戻して…と、言いたいのですが)
荒い呼吸を整えながら【グリモワール】を取り出すと、変更した数値が残ったまま自己強化が消えていたのですが……【グリモワール】が消えるか一定の距離まで離れたら効果が消えるという仕様なのでしょうか?
(今から通常値に戻す事は…出来ませんね)
この辺りは詳しく検証してみないとわからないのですが、活力のようなゲージを急激に上げたり下げたりしていたら身体への負担がとんでもない事になりそうですからね、変更自体にもある程度のクールタイムがあるのかもしれません。
(色々と制約や条件が多いのですが…切り札としては問題なく運用できるといった感じでしょうか?)
【イリュージョン】との併用なのでまともに動けない分身を守る必要がありますし、日常使いできる程の汎用性は無いのですが……ここぞという場面でのブーストスキルだと考えておく事にしましょう。
とはいえ一度使用すると頬が赤くなったままですし、体温が少しだけ上がっているような気がするのですが……これは後々の反動が大変そうですね。
(ぷぅ~…?)
そんな私を心配そうに見上げて来る牡丹なのですが、たぶんこれはこの後に訪れる筋肉痛に対する憐みの眼差しなのでしょう。
(大丈夫ですよ、この辺りにはモンスターがいませんから…)
私は大森林の外側は安全だからと牡丹の頭を撫でるのですが……ネットの情報でも『隠者の塔』と『エルフェリア』の間で熊派の……カイトさんとギガントさんと我謝さんという熊派の幹部達とプレイヤー達の間で小競り合いが始まっていたのですが、プレイヤー側が物量差で押し返しているので私達がその抗争に巻き込まれる確率は低いのだと思います。なのでこのまま『隠者の塔』に戻るだけなら安全ではあるのですが……。
(ラディはどうして『ディフォーテイク大森林』の方を見ていたのですか?というより…幼女スライムはどうしたのですか?)
そんな事を考えながら、撤退の途中で【招集】の異空間に入り込んでいたラディに不自然な動きの理由を聞いてみる事にしたのですが……『フフフ』と笑われて誤魔化されてしまいます。
しかも幼女スライムが【分裂】するところは見ていたのですが、途中からその姿を見ていなくて……茨に絡め捕られていた様子もなかったので何処に行ってしまったのでしょうか?
『さあ~?何の事かしら~?慌てていたから迷子かしら~?困ったものね~?』
そうして『よくわからない』ととぼけた顔をするラディなのですが、このまま問い詰めてもはぐらかされるだけだと思いますし、ため息を吐くだけに留めておく事にします。
(あまり悪さはしないようにしてくださいね?)
『ディフォーテイク大森林』に潜入するだけなら誰にも迷惑をかけないので釘を刺す程度にしておくのですが……そんな会話をしているとニュルさんに運ばれ仰向けになっていたグレースさんが私の顔色を見ながら慌てた様子で声をかけて来ました。
「あ、あの!物凄く真っ赤になっていますけど…だだ大丈夫ですか!?」
その言葉にまふかさんも視線を向けて来るのですが……【グリモワール】の後遺症で火照ったような感じになっていますからね、見ため的には息が上がっているようにも見えるのかもしれません。
「はい…見た目よりかは体力が溢れかえっている状態ですので」
むしろ戦闘後の疲労もなく絶好調を維持しているような感じですし、確実に何かを消費しているという奇妙な感覚があるのですが……とにかく今のところは大丈夫ですね。
「ったく、あんたには色々と言いたい事があるんだけど…相変わらず良いところを掻っ攫って行こうとするのよね」
そうしてグレースさんには心配されてしまい、まふかさんには【グリモワール】や【イリュージョン】の事を黙っていた事について呆れられてしまったのですが……敢えて話していない切り札の一つや二つくらいはまふかさんにもあると思いますし、その辺りはお互い様という事にしておいてもらいましょう。
「活躍については協力の結果か単独の成果かという違いだと思いますが?」
なのでやや誤魔化すように話を逸らしたのですが、私の場合はジョンさんの牽制とグレースさんの補助があっての伐採ですからね、1人で枯れ木を斬り倒していたまふかさんの活躍もなかなかのものだったと思うのですが……まふかさん的にはボスの取り巻きを倒しただけといった感じなのかもしれませんね。
「何が゛違いだけだと思います”よ、どう考えてもあんたの方が目立っていたでしょ?っていうかあのスキルをあたしに使う事って出来るの?増加値はどれくらい?」
「出来るとは思いますが…」
流石にぶっつけ本番で【グリモワール】を付与するのは色々と不都合があるのですが……そうしてワチャワチャしていた私達から取り残されていたジョンさんは「やれやれ」と言いたげに息を吐きました。
「………」
そうして息を吐いただけで無言を貫き通していたのですが……私達の視線に気づいて少しだけ考え込むと、誤魔化すように口を開きます。
「感謝する…お前達が居なかったら依頼が達成できなかった」
そうして軽く頭を下げるジョンさんなのですが、どうやら別の場所からサングデュールを突破しようとしていたお仲間さん達は上手く逃げ切れたようで……。
「これだけやっても脱出できない無能なら何をやっても無駄だからな、結果については心配しなくても良い」
との事で、救助しに来たにしてはどうかと思う事を言っているのですが……人助けができた事よりも依頼が失敗しなくてよかったと言いたげなところがいかにもジョンさんらしいですね。
「約束通り把握できている範囲の情報を教えようとは思うのだが…口頭だと説明がしづらいな」
そうして紙のメモ帳と物理的なペンという今時珍しい物を取り出したジョンさんがMAPの記入を始めるのですが……。
「そういえばですけど、途中でダメージを受けていましたが…大丈夫なんですか?」
直撃はしていなかったのですが、結構な勢いで弾き飛ばされていましたからね、大丈夫なのだろうかと怪我の様子を見てみると……「嫌な事を聞かれた」みたいに眉を寄せていました。
「問題ない」
そう事務的に答えるジョンさんなのですが、いくら耐性装備で固めているといっても媚毒の靄の中で戦い赤黒い茨の一撃を受けている訳ですからね、いったいどういうカラクリがあるのかと見てみるとズボンの下が膨らんでいる事に気が付いてしまい……。
(無関心を装っていますけど、ジョンさんも結構…というより、単純に精神力で耐えていたという事でしょうか?)
何とも言えない気持ちになってしまったのですが、媚毒に耐える強靭な精神力に感嘆してしまいますね。
「はは~ん?すかした事を言っているけど、ただのむっつりなの?っていうかチラチラと見ていたし、もしかしてこの子に惚れたとか?」
そうして敢えて見なかった事にした私とは違い、媚毒の影響をしっかりと受けている事を揶揄う事にしたまふかさんはニヤニヤと笑いながら私との仲の良さをアピールするように肩を組んで来ると、グレースさんが「ピュイッ!?」とあまり人間が発しない音を出しながら反対側の腕を掴んで来たのですが……。
「違う…というより、そういう冗談を言う余裕があったらもう少し見た目を気にしてくれ」
やや気まずそうに視線を逸らすジョンさんなのですが……最後の突撃で着ていた服がはじけ飛んでいるまふかさんはニップレスを付けただけの巨乳をプルンプルンと揺らしていますし、戦闘時の興奮が残っている身体が『ヴィーヴルメタル』に責められ息が上がっていたりして……目のやり場に困るというのはジョンさんの言う通りなのかもしれません。
「は!?なっ、何言ってんのよ…っていうか勝手に見ないでよ!?」
「見せつけているのはお前達だが?」
慌てて私の体を盾にしながら胸元を隠そうとするまふかさんなのですが、赤くなりながら口元を隠したジョンさんと何故か2人の間でスクワットをしながら両手をブンブンと振っているグレースさんがいて……。
「ふ~…お前達と居るとペースが崩れそうだ」
言いながら書き殴った……にしては綺麗に整ったなかなかの達筆だったのですが、ジョンさん達の侵入経路やその途中にあった物などが細かく記入されたMAPのメモを受け取りました。
「ありがとうございます、参考にさせていただきますね」
その情報を見ている限りではやや地形がゴチャゴチャしているものの大森林側には大きなトラップが無いみたいで、サングデュールである程度の振るいをかけてからのデファルセントで受け止めるという布陣なのでしょうか?
(こうして地図上で見ていると…ジョンさん達は結構奥の方まで行っていたのですね)
とりあえず一直線に奥まで進んでみるという侵入ルートだったのですが、進んだ距離を考えると『ディフォーテイク大森林』の奥地まで行っていたようで……熊派に連れ去られた人達はそんな所まで運ばれてしまうという事なのでしょう。
「まあ、あまり参考にはならないだろうが…」
とかいきなり気になる事を呟くジョンさんなのですが、いくら『エルフェリア』攻防戦がたけなわになっているとはいえ第二エリアの突破には『ディフォーテイク大森林』の攻略が必須ですからね、無駄になる情報ではないと思います。
「情報としては上手く纏められていますし、潜入する時の参考になると思うのですが?」
この期に及んで偽情報を流すとは思えませんし、ジョンさんの歯切れが悪い事に嫌な予感がするのですが……どういう事なのでしょう?
「そうだな、その辺りを説明しないと不味いな…」
なのでその辺りを詳しく聞いてみる事にしたのですが、なんでも『ディフォーテイク大森林』はデファルセントの力でローグライク系のダンジョンになっているようで、場所によっては大規模な隆起が起きていたりと地形が大きく変わっていくので今渡した情報がこの後も正しいのかはわからないのだそうです。
「何よそれ、じゃあ情報をくれるって言っていたのは最初っから嘘だったの!?」
つまりジョンさんからしたら同業者に教えても問題が無いような情報で私達の協力を取り付けたという事ですし、騙されたとまふかさんが怒鳴り声を上げていたのですが……。
「あくまで俺達が知りえた情報を教えるという話だったからな、嘘は言っていない」
「なっ!?そっ、詭弁じゃない詭弁!」
「まあまあ、変化する事が分かっただけでも収穫ですし…」
このままだと取っ組み合いの喧嘩が始まってしまいそうですからね、一旦間に入って仲裁をしておくのですが……あまりにもサラリとメモの事がどうでもよくなるレベルの情報がジョンさんからもたらされて驚く事になりました。
「気になるのならお前達の目で確かめろという事だ、今なら熊派の首魁…キリアとか言ったか?が不在だからな、お前達の腕なら行って帰って来る事が出来ると思う」
「…え?」
私はこの時までキリアちゃんは『ディフォーテイク大森林』の奥地で熊派に指示を出していると思っていたのですが、大森林に潜入したジョンさんはキリアちゃんが居なかったと言っていて……。
(そんな事が…ありえるのでしょうか?)
ジョンさんが見落としている可能性もありますし、ジョンさんの通った道に居なかったというだけなのかもしれませんが……言われてみると熊派の本拠地の割には防衛が緩いと言いますか、サングデュール頼りの不安定な守りだけしかありませんでした。
『そうね~…居るのは普通のモンスターばかりでつまらない場所みたいだけど~…そういうのが居るのなら少しくらいは予兆があると思うのよね~?』
そうして熊派の防備が薄い事を裏付けるように、現在大森林に向けて幼女スライムを送り出しているラディも頷いていて……。
(だったら、もし本当に不在だった場合…キリアちゃんの狙いは?)
ジョンさんの情報が正しいのかはわかりませんし、ラディの探索範囲もまだまだ狭いのですが……今私達がされると嫌な事、キリアちゃんの戦力で打てる起死回生の一手は……。
「もしかして…!」
プレイヤー側の進行を止める方法、命をベットするに等しいハイリスクハイリターンな狙い目!
「え、ちょっと、どうしたのよ!?」
「ゆ、ユリエルさん!?」
私はとある可能性に気付いてしまい、今度こそ出し抜かれる訳にはいかないと驚くまふかさんやグレースさんを振り切ってから【魔翼】とスカート翼を広げて全力で駆け出す事にしました。
※ブレイクヒーローズは偶数日更新の為、次回更新は11月2日となります。
※少しだけ修正しました(11/1)。




