454:大森林の門番
OOOOOoooOOOOxxx!!!
空洞の中を風が吹き抜けたようなおどろおどろしい音が響き渡ったかと思うと、目の前の灰色の樹皮を持った枯れた大木……周囲の木々よりやや低いくらいの樹高20メートルのサングデュールという赤黒い茨を纏ったトレント系のモンスター?が暴れ出したのですが、鞭のようにしなる数百本の茨が私達を取り囲むように伸びて来たかと思うと柵のよう組み上がって退路を塞いでいくのですが、【弱点看破】の反応が悪いという事はモンスターではないという事でしょうか?
(弾かれているような感じもしませんし、それでいて名前と耐久度が出るという事は何かしらのアイテムである可能性が高いのですが…?)
熊派がアーティファクトを運び込んでいるという情報がありましたからね、設置していた防衛機構に引っかかってしまったのかもしれませんが……『ディフォーテイク大森林』の情報が極端に少なかったのはプレイヤーが秘匿していたというよりもこの化け物に襲われ未帰還が続いていたのでしょうか?
そう考えるとモンスターの配置が少なかったのも誘い込む目的があったのかもしれませんし、藤色の葉が樹冠のように広がっている姿は『エルフェリア』に設置されていた生きている柵と『ローズシュタム』をかけ合わせた物であるような気がしてくるのですが……今はのんびりと考察をしている余裕はないですね。
「どうすんのよ…これ!?」
そんな事を考えている間に『デストロイアックス』を構えていたまふかさんが叫び声をあげるのですが、踏み込もうにも本体と思われる幹の周りには十重二十重に茨が撒きつき蠢いていて……周りを覆っている茨がある種の空間装甲のような働きをしているので迂闊に踏み込めませんし、下手に踏み込めば赤黒い茨に襲われるのが目に見えているので近づく事すら出来ません。
「下がってください、たぶん毒持ちです!遠距離攻撃を叩き込みます!」
それにサングデュールが振り回している茨が『ローズシュタム』と同じような性質を持っているのなら媚毒を付与する効果がある筈ですし、触れたら触れたらで面倒臭い事になるのは請け合いです。
(というより…十中八九毒持ちですね!)
棘の大きさは小指の先ほどしかないという相手を殺傷する事を考えていない作りですし、対象の拘束や無力化に特化しているような気がします。
「牡丹は『ベローズソード』を持ってまふかさんを援護、ニュルさんはグレースさんに!ラディは…とりあえず生き残ってください!」
それがどういう種類の毒になるのかはわかりませんが、振り回されている茨から飛んで来る赤黒い水滴は碌でも無い物だと思いますし、全力でサングデュールの攻撃を回避しなければいけませんでした。
(掠り傷一つ負えないというのは厄介ですね)
弱い毒だったとしても集中力が削がれていきますからね、私は牡丹達に指示を出しながら振り回されている赤黒い茨を回避し、回避の間に合わない茨は【淫気】のナイフと『魔嘯剣』で斬り払っていくのですが……斬っても斬っても赤黒い茨は再生していきますし、切り飛ばされた茨は魔力が切れるまでビチビチとその辺りを跳ね回るので厄介極まりないですね!
「毒って…これをノーダメージでって流石に無茶苦茶すぎない!?」
泣き言をいうまふかさんのメイン武器は両手斧ですからね、空間を埋め尽くすような攻撃をして来るタイプとは相性が悪いですし、雷球による牽制も伝導率の低い植物相手だと意味がありませんでした。むしろ電撃を受けるとやや活性化しているような気がしますので、数発当てたところで防戦一方に持ち込まれてしまいます。
「わ、わわ…っと、と、わ…私はどすれば!?」
そうしてやっとの事で戦闘に慣れて来たというレベルのグレースさんの技量では茨の全包囲攻撃を捌き切る事が出来ませんし、盾を構えようにもどちらの方向に向けていいのかがわかっておらず……ニュルさんの援護を受けながらアワアワと逃げ惑ってくれているだけでも上出来だと言わなければいけません。
「グレースさんとニュルさんはこちらへ!」
『藤甲の盾』を急成長させての全周防御もサングデュール相手では分が悪いといいますか……丸まり固まったところを締め上げられてしまえば身動きが取れなくなってしまいますからね、援軍の期待できない籠城戦は最後の最後まで取っておいた方がいい手段なのでしょう。
「は、はひい!!っとぉお!?」
そうして駆け寄って来るグレースさんは後ろから振るわれた赤黒い茨を間一髪でしゃがみ込む様に避けていて……なかなかの進歩を見せているのですが、このままではただのジリ貧ですね。
(正攻法としては遠距離からの大火力で押し切る事です…が!)
この場にナタリアさんが居ない事が響いているのですが……嘆いていても仕方がないですからね、全員の退避が終わってから【ルドラの火】を赤黒い茨の塊に向かって投げつけて……。
OOOOoooxx!!
(あまり意味がない、というより…耐性持ちでしょうか?)
茨の再生能力からしてわかっていた事なのですが、飛び散る青白い炎が埃でも払うように振り払われていくとすぐさま回復していき……爆発の威力がいつもより低いような気もしますし、何かしらの方法でダメージを軽減しているのだと思います。
因みにその爆発に紛れて遊撃のラディが近づこうとしていたのですが……ある程度のスキルで補っているとはいえ牡丹程の俊敏性はないですし、振り回されている赤黒い茨に弾かれて接近する事が出来ていませんでした。
「ッ!?っとうにもう!一撃を入れるからフォローして!!」
「待ってください!無意味な特攻は…!」
「ぷっ!」
そうしてじり貧の状況を何とかしようとまふかさんが【狂嵐】の出力を上げて踏み込もうとするのですが、進行方向を遮るように地面から何十本という赤黒い茨の壁が生えて来て……。
「ああもう、鬱陶しいわね!」
【狂嵐】と『ヴィーヴルメタル』のフィールドで無理やり茨を弾いて進む事が出来るのかもしれませんが……流石に博打が過ぎますからね、茨に触れてはいけないという状況では直線的な動きをするまふかさんの動きが著しく制限されてしまいます。
結局たたらを踏むように立ち止まる事になり、まふかさんを絡め捕ろうと伸びて来た赤黒い茨は牡丹が『ベローズソード』を振るって斬り払っていたのですが……ウネウネと蠢いている赤黒い茨が飛び散っていたりと本当に厄介極まりない相手ですね!
「どうすんのよ…これ、このままだったらジリ貧よ?」
文句を言いながらも後退して来るまふかさんと牡丹なのですが、サングデュールが『ローズシュタム』を取り込んだ防衛用のアーティファクトか何かだった場合は攻撃しても無駄と言いますか、柵の一部を壊しても仕方がないですからね、実はあまり戦う意味が無い相手なのかもしれません。
「そうですね…ここで決着をつけなければいけない相手でもありませんし、当初の予定通り大人しく引き上げませんか?」
壁と戦っていても仕方がないですし、三十六計逃げるに如かずという事で離脱させてもらいましょう。
(それに…長期戦に持ち込み徐々に弱らせようとしているだけなのかもしれませんし)
サングデュールの防御力は高いものの攻撃力は毒頼りの牽制程度で……たぶん獲物を拘束して捕らえる事に特化しているのだと思いますが、斬り落とされた茨が消える時や辺りに振り撒かれている水滴が蒸発する度に怪しげな赤黒い霧が発生していて……肌がピリピリするのでこの場で戦い続けるのは不味いのかもしれません。
(ラディ、クールタイムは?)
その辺りの事はまふかさんも気づいているようですし、グレースさんはワタワタとしながらも潤んだ瞳をこちらに向けていました。
『そろそろ大丈夫だけどー…本当にやるのかしら~?』
(お願いします)
それに今この瞬間にも『ディフォーテイク大森林』の奥からモンスターが押し寄せて来る可能性がありますし、サングデュールも何かしらの切り札を持っているという可能性がありますからね、このまま漫然と戦っているのは不味いと思ってPT会話で撤退の指示を……。
『今からラディが隙を作りますので、タイミングを合わせて後…っ!?』
サングデュールは『ディフォーテイク大森林』を守るように配置されていますからね、包囲されているとはいえやや後方が薄く……【ルドラの火】の乱打を入れれば赤黒い茨を一時的に焼き払う事も出来ると思います。
ただそんな事をすれば魔力が枯渇してしまいますし、魅了持ちの分体を囮にしている間に最低限の茨を焼き切る事にしたのですが……ラディが幼女スライムを作り出した瞬間、横合いから中級魔法に匹敵する円柱形の風の渦が叩き込まれてしまい……。
「ッ…!?」
微かな魔力の揺らぎで何とか気づく事が出来たのですが、辺りに漂い始めていた赤黒い霧や茨を引き千切りながら現れたのは円柱形の金属の固まりを握りしめたパーマのかかったアッシュブラウンの髪をした背の高い男性で……いきなり乱入してきた割には「なぜこんな所にいるんだ?」という顔をしたジョン・ドゥさんがつまらなさそうにボソリと呟きました。
「何故…こんな所に?」
何か物凄くお互い様な事を言われたのですが、あまりにも堂々とした乱入行為にまふかさんがご立腹ですね。
「うっさいわね!っていうか乱入して来てその言い草はないんじゃないの!?」
「…コイツと先に戦っていたのは俺達の方だ」
なんでもジョンさんのPTはここから少し離れた場所でサングデュールと戦っていたようで……急に動きが変わったのでどうしたのだろうと様子を見に来た結果、私達を発見したのだそうです。それが本当の話なら、サングデュールはかなりの広範囲をカバーしている事になるのですが……。
(いえ、そんな事より…わざわざそんな難癖をつける為だけにやって来るような人でもないと思うのですが…?)
別の場所で戦っていたというのも確認しようがないですし、そんな理由でわざわざ喧嘩を売るような事をする人でも無いような気がするのですが……その根底には人に煩わされるのが嫌だからという自分本位な考えがあったとしても、そこまで傍若無人に振る舞うような人でも無いような気がします。
(もしかして…単純に知っている人達が撤退しようとしているから助けに入ったのでしょうか?)
そんな事も考えたのですが、その事を口に出したらへそを曲げてしまいそうですし……そういう理由があったとしても警告無しの乱入についてはノーマナーだとは思います。
「それで…用件は何でしょう?」
とにかく今は戦闘中ですからね、のんびりと会話をしている時間も無いので手短に聞いてみると……怒鳴り散らしていたまふかさんに眉を寄せていたジョンさんが表情を緩めるように笑うと、こんな事を言ってきました。
「要救助者が逃げ出す時間を稼いでもらいたい」
※ジョンさんとの会話周りを少しだけ書き直しましたが、あくまでユリエル主観の感想です(10/25)。
※誤字報告ありがとうございます(4/1)訂正しました。




