44:とりあえず一段落です
唐突に流れたワールドアナウンスに、採掘場にいたプレイヤー達は顔を上げました。いきなり「鉱山に平和が訪れました」と言われたわけですからね、戸惑ったように周囲の人達と顔を見合わせる人、首を傾げる人、坑道内がどうなっているのか確かめるために引き返す人と、反応は様々です。
こんな罠みたいなワールドクエストで炎上しても嫌ですし、とりあえず皆の反応が落ち着くまでは私がやりましたと名乗り出ない方がいいですね。
何かスコルさんは「楽しくなってきた!」みたいな顔をしていたのですが、普通にゲームをする人みたいですし、そのあたりの事は十分弁えているでしょう。なのでヒーラーさんの口止めをしておこうと振り返ると、物凄く青ざめた顔で見返してきていました。この様子なら言いふらしたりはしなさそうですね。念のため唇に人差し指を当てて「黙っておきましょう」と合図を送ると、上半身ごと揺するように同意されました。
「っておい、今の……」
鉄鉱石を掘っていた十兵衛さんは少し離れた場所にいたからか、私達の行動を把握していなかったようですね。ワールドアナウンスを聞いて顔を上げ、不思議そうに首をかしげていました。仲間外れという訳ではないのですが、改めて「何か黒い靄を調べようとしたら壊してしまいました」と説明するのも何なので、黙っておきましょう。
「結構集まりましたね」
なので別の話題を振ってみました。
「あ、ああ……これくらいあれば大丈夫か?」
十兵衛さんは腑に落ちないみたいな顔をしたのですが、とりあえず足元にうず高く積み上げられた鉱石を示すように、ツルハシで軽く叩きます。
掘ればある程度均一な石が出てくるのは流石ゲームと言ったところですね。幾つか色の違う物があるのですが、どれが『鉄鉱石』でしょう?
「これと、これと…あとこれか。やっぱ【採掘】スキルがないとショボいわ。この量だとおやっさんがなんて言うかだけど、おっさんも今の体だと【採掘】は厳しいしなー…」
「そこはドゥリンさんに【採掘】してもらうか、買取をかければいいのでは?」
流石に原石を1つ2つ渡すだけというのはどうかと思いますが、掘り続けるという約束をしたわけでもないですし、実は量も指定されていません。そもそも剣の修理に使うようだから持っていこうと思っただけなので、ある程度の量を渡した後はドゥリンさんに任せたいですね。
「その辺りが現実的かねぇ…ま、その辺りは追々考えるとして……」
スコルさんはそこで会話を止めて、顔を上げます。視線の先には駆けてくる桜花ちゃんと、アヴェンタさんと手合わせが終わったシグルドさんが歩いてくるようですね。
「ユリエルー!!何今の!?敵が出なくなっちゃうの?」
「…どうでしょう?今皆さん調べに行っているようですが」
「ほんとほんと、どうなるのかなー」
桜花ちゃんは私の言葉を疑う事なく受け止めて、鼻息荒く肩を怒らせているのですが、シグルドさんはどこか疑うように私達の様子を見てきていますね。まあロックゴーレムの周辺に魔法陣らしきものはありませんでしたし、採掘場の端で何かやっていた私達が疑われるというのは仕方がない事かもしれません。
「そんでお二人さん、あの大剣使いの兄ちゃんとの対決は勝ったのかい?」
横から会話に入ってきたのは、スコルさんでした。ナイスアシストと言いたいところなのですが、こちらを見てウィンクするのは口裏を合わせているみたいだから止めてください。私が軽く目を細めると、スコルさんは「ワフワフ」言って誤魔化します。何かもう自白しているような状態になってしまったのですが、シグルドさんは一瞬虚をつかれたというような表情をした後、諦めたように息を吐きました。
「そりゃ勿論シグ兄が勝ったよ!あんな奴に負けるわけないじゃない!」
「…と言っても、現実で戦えばどうなるかわからない相手だったけどね」
勝って当然と言うような桜花ちゃんとは対照的に、シグルドさんは謙遜するようにそんな事を言いました。
「へーお前がそう言うなんて珍しいな。そんなに強かったのか?」
「そうだね、粗削りだけど身体能力は申し分ないし、度胸もいい、あれは相当場数を踏んでいる感じだね」
かなり高評価を与えているシグルドさんなのですが、ニッコリと笑って付け加えます。
「痛めつけるだけじゃ止まらなさそうだし、流石に現実の方で手足の1本や2本斬り飛ばしたら問題だからね」
つまり本気を出せば瞬殺できるという事ですね。
「お、おう、そうだな。やめとけ。俺もお前がそんな理由でしょっ引かれるのはちょっと遠慮したい」
一瞬空気が凍ったというか、シグルドさんの殺気が満ちたような気がしたのですが、十兵衛さんが良い感じに混ぜっかえしてくれました。
「そうだ、勝負と言えば、ユリエル、勝負しよう勝負!」
スラッと剣を抜く桜花ちゃんなのですが、私はちょっと困ったように眉を寄せました。
「すみません、今武器が……」
ロッドは【ルドラの火】で燃え尽きてしまったので、、武器と言えるのは投げナイフだけです。流石にこれで桜花ちゃんの相手は厳しそうですし、服装自体も戦うのに向いていない状態ですからね、残念ですが今は遠慮してもらいましょう。
「武器ならそっちにお兄さん方に借りたらいいんじゃない?ユリちーよほど変な武器じゃなかったら使えるでしょ?」
「変なあだ名で呼ばないでください」
たぶん他の人が居るから「ボインちゃん」と呼ばなかったのでしょうけど、そういう気配りが出来るのなら、もっと別の事を気にして欲しいですね。スコルさんは絶対私がこの恰好で戦うところを見たいだけですよね?
「貸すのは問題ないけど……」
シグルドさんと十兵衛さんは顔を見合わせると、私の服装に目をやり……逸らしました。
「ま、まー今度でいいんじゃないか?な?ボス戦で疲れているだろうし、また今度な?」
「えーー!!大丈夫ーアタシは全然疲れてないよー!?」
「いや、俺たちは疲れているんだが…というより、そろそろ帰らないと出社時間だからな。お前もそろそろ出ないと不味いんだろ?時間は大丈夫なのか?」
「ぷー分かった。ユリエル、絶対に次は勝負しようね!」
「はい、その時は是非」
私が笑うと、桜花ちゃんはしぶしぶと言うように頷きます。どうやら私とヒーラーさん以外はこの後用事があるようですね。とりあえず一旦安全にログアウト出来る場所まで行きましょうという話になりました。
というよりヒーラーさんが先ほどから全然喋っていませんね。何か辺りを窺うようにキョロキョロ見回したり固まったりと忙しい様子です。話しかけようとするとビクッと全身を振るわせるので、話しかけていいのかもわかりません。ちゃんと居る事がわかっていますよと言う意味で笑いかけておくと、パァァアと物凄い良い笑顔を浮かべられました。
「変なのに懐かれちゃったみたいねー」
とは、変なの筆頭であるスコルさんの一言です。
「それじゃあ戻ろうか…と言いたいところだけど、それはいいのかい?」
シグルドさんの言う「それ」と言うのは、十兵衛さんが掘り出した『鉄鉱石』ですね。
「そうですね……」
掘ったのはいいのですが、ナップサックは魔光石で大半を占めていますし、どうやって持ち帰りましょう?1つや2つくらいなら隙間に詰める事も出来るのですが、ある程度持ち帰るとなれば……と言うよりも、そもそも届け先のドゥリンさんがどこにいるのかがわかりませんね。
(えーっと……)
私が困っていると、目の前には呑気そうな顔をしているスコルさんが居ますね。とりあえずドゥリンさんに届けるのはスコルさんにお任せしましょう。お二人はフレンド登録していた筈ですから、連絡が取りあえますからね、後で届けてもらいましょう。
「え、何?おっさん嫌な予感がしたんだけど?」
「私だとドゥリンさんの居場所がわかりませんし、スコルさんに届けてもらおうかと」
「えー無理ーおっさんか弱いから箸より重い物なんてもてなーい。それにおやっさんに持って行ったら絶対にこき使われるじゃなーい、ユリちーのいけず!」
行きたくない理由の大半は絶対に後者ですよね?まあスコルさんが本気で嫌がっているのなら諦めますが、本人はノリノリでどうやったら運べるかを検討し始めていますからね、もう押し付けてしまいましょう。
「そうだね、一応こういう物ならあるけど…どうかな?」
そういってシグルドさんが取り出したのは、80センチほどの布ですね。風呂敷のように鉄鉱石を包めば結構な数が運べますし、それをスコルさんの体に括り付けると……大丈夫そうですね。
「ありがとうございます。えっと……」
「ああ、気にしなくていいよ。こういう時の為に持ち歩いている物だからね。どうしても気になるっていうのなら、今度手合わせする時に返してくれたらいいよ」
爽やかに笑うシグルドさんと、そんなシグルドさんを見て鼻高々の桜花ちゃん。
「いや、なんでお前が自慢げなんだよ」
「は?お兄うっさい!」
「痛ってぇーおい、本気で蹴るな!蹴るなって!!」
わちゃわちゃした兄妹喧嘩に、私とシグルドさんは笑います。
「いやー盛り上がっているところ悪いんだけどねー結構重いのよねーこれ。ねえ、もしもーし、皆聞いてるー?ねえってばー」
ヨロヨロしているスコルさんと、そんなスコルさんを見てアワアワしているヒーラーさん。まあ流石にスコルさんだけに持ってもらうのは何ですからね、途中まではちゃんと手伝いましょう。
そんなこんなで時間も時間ですし、全員フレンド登録をして、安全にログアウトできる場所まで戻る事になりました。
※これにてフィルフェ鉱山編が終了です。次回掲示板回をはさんで金策や諸々した後王都を目指そうと思います。
※誤字報告ありがとうございます(10/17)訂正しました。




