450:状況の整理と新メンバー
ラディの登場で少しだけ騒がしくなってしまったのですが、私達が考えなければいけないのはナタリアさんとヨーコさんのクラン加入を認めるかという事と熊派の攻勢に対してどう動くかという事で……ただ熊派に関しては奇妙なバランスで戦線が安定している事もあってややこしい状況になっているみたいなのですよね。
というのも熊派は『ディフォーテイク大森林』に主要な物資を運び込んでいる真っ最中、待っていれば労なく『エルフェリア』が奪還できるかもしれないという状況で……他のゲームなら損害覚悟で突っ込む人達が出て来てもおかしくはないのですが、プレイヤーを殺してもリスポーンするだけという事を理解しているキリアちゃん達は殺す事よりも拘束する事を優先しており、熊派にやられるという事は死ぬよりも辛い目にあってしまう事と同義になっているのだそうです。
曰く救助されるまで延々とエッチなモンスターに襲われるだとかモンスターの苗床にされてしまうだとか……それらは攻勢を鈍らせる為の宣伝工作なのかもしれませんが、私達がプレイしているのはなかなか癖の強いブレイクヒーローズですからね「このゲームなら有り得るかもしれない」という心理的なブレーキのせいでプレイヤー側の動きが鈍くなっていました。
誰だって貧乏くじを引きたい訳では無いですからね、熊派から離反者が出ている事も「放っておけば自滅するのでは?」という根拠にもなっているのでプレイヤー側の足並みが揃っておらず……そうして時間稼ぎをしている間に着々と『エルフェリア』に秘蔵されていたアーティファクトが運び出されていたのですが、そういう動きに対して私達がどういう風に対応するべきかという問題があるのですよね。
(私達が参加する事によって戦列を乱してしまう可能性があるのですが…その辺りも要相談ですね)
『搾精のリリム』のまま集団に混じるのも危険ですし、魅了の力を何とかしたとしてもラディやニュルさんがどう動くかも不明で……そんな思考に耽ってしまっていたのですが、お飾りとはいえクランマスターを任されている訳ですからね、あまりこういう時に仕切るタイプではないのですが司会進行を務めさせてもらう事にしましょう。
「それではナタリアさんとヨーコさんのクラン加入の件ですが…ブレイクヒーローズの場合は色々と特殊ですからね、気軽に加入を認めていたらトラブルが絶えないと思うので話し合いをしたいと思うのですが……人数も少なく語る事も無いと思いますので多数決を取ってもいいですか?どうしても嫌だというのならその理由を述べて他のメンバーを説得するという形で反論をお願いします」
そうして私は何とか言葉を捻り出すのですが……ブレイクヒーローズは本当に癖の強いゲームですからね、仲良しこよしのメンバーで固めておかないとトラブルが絶えないと思いますし、出来たら満場一致の加入になってくれると助かるのですよね。
そんな事を考えながら加入予定のナタリアさんとヨーコさんの前で堂々と議論をするのはどうかと思ったのですが、まふかさんからは中立寄りの賛同を得ていますし、グレースさんも特に異論がなさそうというある意味出来レースですからね、わかりやすいデモンストレーションとしてオープン会話での進行をさせてもらう事にしましょう。
「の、前に…ナタリアさんとヨーコさんは確認したい事やアピールしたい事はありますか?」
すでに自己紹介を終えているので知らない間柄ではないのですが……折角こうして集まってくれた訳ですからね、何か言っておきたい事や聞いておきたい事があるのかもしれないので話を振ってみました。
「え、そんな急に…って、特には無いけど……えーっと…皆はもう知っていると思うけど狩人プレイをしているナタリアって言います……えっと、狩人プレイって言っても獲物を狩ったり素材を集めたりしているだけなんだけど、第二エリアに入ってからは流石にソロだと厳しくなってきたっていう感じで…ユリエルちゃんのところだったら実力のある女性クランだし丁度いいかなーって事で…これから一緒に頑張れたらいいなーって思います……じゃあ次はヨーコね!」
「あ、うん…そう、ね~…こういう自己紹介っていうのは苦手なんだけど…生産職をやっているヨーコよ~…スキル構成的には錬金術師っていう事になるのかしら?私もナタリー…ナタリアと一緒でソロだとアイテムが手に入らないからユリエルちゃんのクランに入れてもらおうかなーって思っています、入った場合はクラメン価格でのバックアップも出来ると思うから生産面ではドンドン頼ってくれても構わないわよ~?」
そうして軽く自己紹介をしてから頭を下げるナタリアさんとヨーコさんなのですが、すでに根回しはすんでいますからね「何の茶番よ」というようにまふかさんが息を吐き……。
「別にルックスや技量面はギリギリ及第点っていう感じだし、あたしの足を引っ張らなければ文句はないけど…その、まあ色々と言いたい事があるけど……まあいいわ」
との事なのですが、たぶん「変態カップル」とか「所かまわずイチャイチャしなければ」みたいな事を言いたかったのかもしれませんが、『ヴィーヴルメタル』に乳首を責められている状態でのそういう話題は藪蛇になりかねませんからね、赤くなった顔を誤魔化すようにそっぽを向いて話を打ち切ってしまいました。
「えっと、私はユリエルさんが良いのでしたら…?よろしくお願いします」
そうしてグレースさんは私に判断を任せるという感じですし……。
「では2人のクラン参加が正式に了承されたという事で申請を送りますね」
私も不服は無いですし、2人にクラン申請を出しておきましょう。
「じゃあ次はおっさんの番ね…」
そうして2人のクラン入りが決定してから何故かエヘンと咳ばらいをしたスコルさんが自己アピールをする為に出て来るのですが……。
「却下よ却下、なんで犬っころまで入れないと駄目なのよ!」
スコルさんが何か言ったりする前に却下されていました。
「そん…な!?一家に一匹いたらお役立ちするおっさんよ~?ほ~ら人畜無害なワンちゃんよ~?お腹を撫でてくれちゃっても良いんだから!」
そうして「信じられない」といった顔をしながらお腹を見せてゴロンと寝そべってみせるスコルさんなのですが、私としては「そういうところですよね?」としか言えないのですよね。
「そう、ですね…私としては他のメンバーにセクハラをしないのなら良いと思いますが…無理ですよね?」
私に絡んでくるだけなら適当にあしらう事も出来るのですが、他のクランメンバーにちょっかいをかけられたら色々と面倒な事になりますし……セクハラをしてはいけないというのはスコルさん的にはかなり厳しい条件だと思うので加入は見合わせた方が良いと思います
「わ、私は良いと思います!」
ただスコルさんへの信頼度が妙に高いグレースさんは賛成のようで……。
「あ~…スコルさんの実力はわかっているんだけど…ごめんねー?クランに入ってそうそう言うのも何だけど、私は反対に一票かなー?」
「そう、ね~…女性だけのクランに男性が入るっていうのはトラブルの元なのよね~…」
そうして先にクランメンバー入りしたナタリアさんとヨーコさんが現実的な理由で反対票を入れていて……これで反対3票に中途半端な私を入れても賛成が2票とスコルさんのクラン入りは却下ですね。
「こんなにラブリーでプリティーなおっさんなのに!?ね~え~…おっさんも入れて~このとーり!このとーり…ユリちーの足だって舐めちゃうんだから~…!」
「ぷっ!」
「ぐっほぅおう!?」
そうして媚びを売るように擦り寄り私の太腿をペロペロと舐めようとしていたスコルさんなのですが、セクハラを働こうとしていたところで牡丹の体当たりを受けて吹っ飛んでいき……。
「それでは新メンバーが増えた事ですし、改めてこれからどうするか…ですが」
「え、おっさんの話はこれで終わり!?」
ヨロヨロと起き上がって来たスコルさんがショックを受けていたのですが、そもそも最初から入れるとは思っていなかったと言いますか……一時的なPT入りならともかくクランでの男女混合となると色々と問題が出てきますからね、加入する事が難しいという事は最初からわかっていたという顔をしているのでフォローする事も出来ないのですよね。
「あの、えっと…その…!?」
ただその辺りの機微がよくわかっていないグレースさんは私とスコルさんの顔を見比べながらオロオロしていて……スコルさんが本気で粘るつもりなら唯一ハッキリとした賛成票を入れているグレースさんに泣きつき援護射撃をお願いすればいい訳ですからね、誰か1人でも説得出来たら反対票2の賛成票3で押し切れますし、それをしなかったのはグレースさんがクラン内で浮いたりしないように配慮しているからで……そういう配慮が出来るくらいには「どうしても入りたい」という熱量が足りていないのだと思います。
そんな私の考えを裏付けるようにこれ以上話をややこしくしたくないスコルさんがさり気なく距離を取ると、その意図を汲み取り切れていないグレースさんが「上手くフォローできなさ過ぎて嫌われた!?」とショックを受けていて……面倒臭い事になる前に少しだけフォローを入れておく事にしましょう。
「大丈夫ですよ、スコルさんは口でのプロレスを楽しんでいるだけですから……って、なんでスコルさんは不敵に笑っているのですか?」
なのでグレースさんには「こうしてふざけ合っているだけですよ」と説明をしておいたのですが、何故かスコルさんには「流石ユリちーわかってる~」みたいな顔をされてしまい……とにかくそうしてヘラヘラと笑える程度の事ではあるのですよね。
「そうそう、こういうコミュニケーションよ、コミュニケーション…ほんっと、ユリちーはその辺りがわかってくれるからおっさん嬉しいわ~」
「私としては鬱陶しいだけなので止めて欲しいのですが」
そうして私が半眼で睨みつけると未だによくわかっていないグレースさんがキョトンとしたまま視線を彷徨わせていましたし、ナタリアさんとヨーコさんが苦笑いをしていたのですが……これは中年に差し掛かった男性特有のダル絡みといいますか、本気で相手をしていたら馬鹿をみるような類の絡み方なのでしょう。
「ほんっと、犬っころのそういうところが鬱陶しいのよ、今度変な事を言ったらよく回るその舌を引っこ抜くわよ!」
ただまふかさんだけはスコルさんのそういう態度にわかりやすい嫌悪感を示していて、軽く蹴り上げるそぶりを見せると大げさな回避行動をとったスコルさんが土下座をするように頭を地につけながら怯えるフリをしていて……。
「キャイン!?酷いワン!おっさんは心から思った事を口にしているだけなのに!?ああ、おっさんの迸るパッションを理解してくれるのはユリちーとグレグレだけなのね~…いいよーだ…おっさんは1人虚しく負け犬のごとく惨めな人生を歩んでいくワオーン!!」
「いきなり遠吠えをしないでください!」
妙にリアルな遠吠えにビックリしてしまったのですが……とにかくこれ以上スコルさんに関わっていたら話が進みませんからね、軽く咳ばらいをしてから話を進める事にしましょう。
「では改めて、熊派の動きに対して私達がどういう風に動いていくかですが…」
色々と脱線続きでなかなか話が進まないのですが……加入についての話し合いはひと段落しましたからね、次は『ユリエルユニオン』がどういう風に動いていくかの話し合いをする事にしました。
※誤字報告ありがとうございます(4/1)訂正しました。




