435:【グリモワール】
レナギリー達の妨害を掻い潜って『蜘蛛糸の森』に潜入し、『精霊の幼樹』の力を取り込んだ事によって覚える【魔水晶】の上級スキルが【グリモワール】というスキルなのですが、今思うと【魔水晶】はその人の持つ才能を凝縮した卵か何かで、上級スキルというのはその人の持つ力が開花した姿なのかもしれません。それがレナギリーの場合は魔眼の力の強化であり、私の場合は魅了関連のバフ・デバフで……。
(さっそく試してみようと思うのですが…こういうのは様式美というのでしょうか?)
検証をするために【グリモワール】を発動させてみたのですが、出現したのはなかなか古めかしい装飾のついた分厚いハードカバーの本で……今だとホログラフィックディスプレイが主流ですからね、今どきなかなかお目にかかる事もなくなった骨董品が現れました。
まあこの手のファンタジー世界を舞台にしたゲームだと紙媒体を登場させる作品も多いですし、ブレイクヒーローズの世界観的にもこういう物が現役だという事なのでしょう。
そしてこの手の懐古趣味的な物は何時の時代になってもニッチなマニアがいますし、ゲーム内にもよく出て来るので知識としては知っているのですが……とにかくスキルを使った時に現れたのは【グリモワール】の名前にふさわしいB5サイズの分厚いハードカバーの本でした。
より正確に言うのなら薔薇が絡みつくドラゴンという意匠が描かれたピンクパープルの本なのですが、これを戦闘中に持ち歩かないといけないとなるとなかなか大変で……という事を考えていると、どうやら空中に浮かべて待機状態にしておく事が出来るようですね。
(この辺りは【魔水晶】と同じですね)
魔力を使って自分の周りをグルグルと飛び回らせる事も可能で……ただ指示を出しておいたら自動で動いてくれる【魔水晶】とは違い操作する必要があり、この辺りはオート防御も出来る【魔水晶】とは違うという事なのでしょう。
(後は盾として使えるかですが)
軽く叩いてみると革特有の弾力が返って来るので最低限の強度はありそうなのですが、試しに【淫気】のナイフを突き立ててみると数ミリ突き刺さったところで魔力の壁に遮られるような硬い感触があって刃が止まりました。
『何をしているのだ?』
いきなり本を傷つけ始めた私に対して淫さんが聞いて来るのですが、今まで盾代わりにしていた【魔水晶】の代わりとなるスキルですからね、強度面でのチェックは外せません。
(強度を試そうと思ったのですが…これだと盾としては使えなさそうですね)
突き刺してみた感覚では魔力が削られているような感じがしますし、たぶんボスクラスの攻撃を受けたら破壊されてしまうと思います。だからといって相手がザコ敵だった場合は下手に防ぐより回避してから攻撃を叩き込んだ方が手っ取り早いですし……。
(時間経過による修復はついているみたいです…が!?)
多少強度の高い本というだけなら下手に攻撃を受けるのも不味いですし、【魔水晶】のように魔力波による干渉が出来ないかと魔力を込めてみると本に絡みついていた薔薇がいきなり伸びてきたかと思うと獲物を求めるようにウネウネと動き始めてしまい……私は驚いて【グリモワール】を手放してしまいました。
(これは…【触手】の効果でしょうか?)
伸びている花枝の本数は5本で、操作の感覚が【触手】と似ているのですが……感覚としては一気に5本の腕が生えて来たような状態ですからね、脳が混乱してしまうので【グリモワール】の操作を一時的に放棄しておきます。
(本当に、感覚が急に増えると気持ち悪いですね)
手放したというのに生理的な反応であるようにウネウネと動いている【グリモワール】を見ながら息を吐くのですが、この本数になると私の処理能力を超えているのでまともに操作する事ができません。
とはいえ【グリモワール】もゲーム内のスキルではありますからね、多少の補助と言いますか、大雑把な動きを指定する事は出来るのですが……本領を発揮させるためには手動で操作する必要があるような気がします。
『我は手伝えんぞ?』
(まだ何も言っていませんが?)
いっその事淫さんに操作をお願いしようと思ったのですが、先手を打たれてしまいました。
まあ淫さんが操作できる範囲は防具寄りの装備やらそれらに付随するスキルの類ですからね、身に着ける物でもない【グリモワール】は管轄外なのでしょう。
(ここまで来ると並列思考や高速思考のようなスキルが欲しいのですが、そういうスキルの取得条件がわかっていないのですよね)
というよりHCP社の方針なのか技術介入の余地を残す事によってプレイヤースキルが顕著に表れる仕様になっており、今のところ発見されている高速化のスキルは【精密動作】などの多少雑に動いても自動補正がかかって正しい動きが出来るスキルや、魔法使いの人が覚える【高速詠唱】などの何かしらの動作を補助するだけで、根本的な思考を加速させるようなスキルはありません。
つまり【グリモワール】についても自力で頑張るしかないという事なのですが、ただでさえ尻尾を動かしているだけでも難易度が高くて……こちらもスキルによる補助はあるのですが、まるで手足をバラバラのタイミングで振り回しながら全力疾走をしているようなバランスの悪さがあるのですよね。
あと意図的に尻尾を動かそうとすると別の場所が疎かになる感じで、尻尾と右手を動かしていると左手を動かし忘れるといった感じの抜けが頻発し、結局動かしていなくても支障が無い尻尾をプラプラさせているのが一番楽だという本末転倒な事態に陥ってしまいます。そんな状態で操作する部位が増えていくと脳が混乱して気分が悪くなってしまい……。
(まあ、良しとしておきましょう)
その辺りは徐々に慣れていくしかないですし、最悪自分の近くに浮かべておけばいいと結論付ける事にして……まずウネウネしている棘付きの花枝に関しては何かしらの力場を発生させているようですね。
そうでも無ければこの大きさの本が宙に浮く事はないのですが、使い方によっては威力の弱い魔法攻撃くらいなら防げる可能性があったので早速【ルドラの火】で魔法防御を試そうと思ったのですが……。
「っと」
私が魔力を込めると【グリモワール】も呼応するように出力を上げてしまい……どうやら【グリモワール】の力場は可変式のようで、私が魔力を込めたら込めただけ薔薇の動きが激しくなってしまいます。
(魔法防御力は…よくわかりませんね)
爆発に巻き込まれるのも嫌なのでその辺りに落ちていた小石に【ルドラの火】を込めて投げつけてみたのですが、ウネウネしていた花枝が逸らしてしまい……私達でもいきなり石を投げつけられたら反射的に防御姿勢を取ってしまいますからね、そういう自動防御によって受け流された小石が耐えきれなくなって爆発してしまいました。
そして直撃でもない威力だと表面が少し焼け焦げただけなのですが、魔力の注入を続けていると自動回復していき……【水魔法】や【電撃】も試してみたのですが、こちらはそれほど威力が高くないですからね、よくわからなかったので防御力に関しては後々検証していこうと思います。
(次は本の中身ですが…)
折り癖がついているという訳ではないのですが、自然と開く事になるページには牡丹達の名前やその辺りに生えている草やら土の中に埋まっている鉱石やらの名前が載っていて……これは【グリモワール】が観測可能な範囲にある人物やアイテムの名前なのでしょうか?
(【探知】や【走査】も関係しているのでしょうか?)
その辺りにある草まで載っているのが謎ですが……とにかく記載されている牡丹達に離れてもらって調べてみた感じでは効果範囲は10メートル程度……ああいえ、違いますね、魔力を込めたら込めただけ効果範囲が伸びていくといった感じなので効果範囲には可変性があるのかもしれません。
因みに牡丹の名前をなぞってみると色々なパラメーターが出てきたのですが、その項目はエッチな内容ばかりで……主なものを上げるとしたら性癖の付与や剥奪、感度の上下などが載っていたりと、正直これをどう活用すればいいのかがわからないですね。
『お前は…相変わらず意味の分からない加護を授かるのだな』
(ぷ~…)
今のところ何かウネウネしていて性癖を弄る事が出来る能力ですからね、流石に私に甘い牡丹でもどことなく呆れたように息を吐いていて……。
(それは、私のせいでは……ああでも、この数字は弄れそうですね)
それでもどういう効果があるのかは試してみないとわからないですし、一番無難な活力ゲージを上げてみる事にしましょう。
「ぷっ!?ぅぅぅううういっ!!?」
するといきなり魔力を流し込まれた牡丹がオーラを纏ってステータスが上昇していき……これは一時的な強化バフでしょうか?
「ぷっ!ぷっ!」
そして力があり余っている牡丹がポヨンポヨンと見上げる高さまで跳び上がっているのですが……まあ、牡丹が楽しそうなので良しとしておきましょう。
(つまり草の強化も……あれ?硬…く、ないですね?)
続いてその辺りの草、『グリーンゼンマイ』という肉厚で先端が丸まっているアロエっぽい草なのですが、活力を上げようとすると一瞬だけ抵抗を受けて……パキンと何かが壊れたような感触がしたかと思うと、パラメーターを弄る事が出来るようになりました。
(抵抗値か何かが設定されているのかもしれませんね)
牡丹の抵抗が無かったのは私の眷属だったからなのかもしれませんが、【グリモワール】から活力を受けた10センチ程度の『グリーンゼンマイ』がグングンと成長していき……2メートル近くまで成長したかと思うとウネウネと動き始めてしまいます。
(本当に…どういうスキルなのでしょう?)
ある程度の生命力を持っている物に干渉するスキルではあると思うのですが、同じスキルから派生したレナギリーの力と比べると勝手が違いすぎて……元気よく絡みついてきた『グリーンゼンマイ』を【淫気】で斬り裂きながら私は目を細めてしまいました。
(何で強化した物がエッチな動きをするのでしょう?)
斬られてもなお元気にウネウネと蠢いている『グリーンゼンマイ』がドレスの中に入ってこようとしていたので【ルドラの火】で焼き切っておくのですが、なぜそのような動きをとるようになったのかがわかりません。
『それは…お前が淫魔だからじゃないのか?』
(そんな事は…)
淫さんのあまりにも直球な言葉に言葉を失ってしまったのですが、ギリギリ盾として使う事も出来そうですし、牡丹達の強化も出来ますし……あまり深く考えないようにしておきましょう。
※ホログラフィックディスプレイ = SFお決まりの空中投影式のディスプレイで、タッチパネルでの操作や規格が合っていればデバイス経由の脳波操作をする事が出来る装置です。猫達の感覚で言うとゲーム内の世界では石碑と木簡が使われていると言われたくらいの価値観のズレがある感じで、スマホの代わりに石板とチョークを渡されてビックリしたくらいの感覚です。
※ナイフ関係を少しだけ変更しました(9/18)。
※誤字報告ありがとうございます(4/1)訂正しました。




