42:戦いを終えて
採掘場には鉱石を掘り出す音と共に、皆の元気な掛け声が響き渡っていました。どうやら配布アイテム以外にも剥ぎ取りが出来るようで、皆さん解体用ナイフやツルハシ片手にロックゴーレムに群がっているようですね。
私も参加したいところなのですが、手元にあるのは投げナイフだけですし、流石にこれでロックゴーレムの解体は難しいですね。まあその辺りに落ちている適当な道具を拾えば解体に参加出来たのかもしれませんが、その、まあ、止めておきましょう。
私は今、ポンチョを被っただけと言う状態で、その下左半分は裸に近いです。お金の問題と腰翼があるのでそれほど大きな物を選ばなかった事もあって、胸に引っ張られてお腹が見えるような恰好なのですよね。ただでさえ下から覗かれただけで見えてしまうような状態ですし、構造上腕を振り上げれば酷く捲れ上がってしまいますので、人前に出て採掘するのはちょっと止めておきましょう。
それより、ロックゴーレムは倒したのですが、これで本当に終わりなのでしょうか?クエスト欄の『北の鉱山を解放しよう』の達成率は半分くらいですし、ワールドアナウンスはアイテムの流通に関しては何も言いませんでした。「魔物が溢れてきて」みたいな事を言われていたような気がしますから、ピットの大量発生の方も解決しないといけないのかもしれません。ああ、そういえば、クエストばかりに気を取られていましたが、ドゥリンさんに渡す『鉄鉱石』も探さないといけませんね。あの様子では剣の修理の事は忘れていそうな感じでしたが、思い出したからには達成しておきましょう。スコルさんはβ時代に来ていたようですし、どこにあるか知っているのでしょうか?
そんな事を考えながらスコルさんを探してみると、何故か伏せの体勢でジリジリと私との距離を詰めて来ている最中でした。
「…それ以上近づかないでくれますか?」
「酷っ!?それはちょっと酷い言い方よ!おっさんっとボインちゃんの仲じゃない!?獣臭い?それとも加齢臭するの!?」
「いえ……」
スコルさん、ただ下から覗き見たいだけですよね?それ以上近づかれると角度的に見えてしまいますし、それに何というか、この布、妙にヒラヒラするというか、風にたなびいているような気がするのですよね。気を付けないとすぐに捲れそうな気がしてかなり気を使いますし、そんな中ジリジリと忍び寄るスコルさんとの距離まで気を配っていられません。
「とにかく、それ以上近づかないでください」
「ちぇーボインちゃんのケチーああもうおっさんと仲の良かった純粋なボインちゃんはいないのねー」
「そんな私は最初からいません」
「ああのっ!?」
スコルさんとそんなどうでもいい会話をしていると、甲高いというよりも、どこか裏返った声で呼び止められました。
「はい?」
返事を返しながらその声を発した人を見てみると、知らない女性が立っていました。肩で切り揃えられた金髪と、美しい碧眼を持つ綺麗な女性ですね。着ている服はローブで、なんというか、正統派のシスターと言った雰囲気をもった女性です。「誰でしょう?」と首を傾げかけ、清楚な雰囲気を裏切る胸の大きさに記憶が刺激されました。確か2人いるヒーラーのうちの一人ですね。スコルさんが怪我人を運んで行っていた人だった筈です。
「フヒ…」
彼女は清楚な雰囲気を台無しにするように、ニチャァという笑顔を浮かべると、言葉を詰まらせていました。なんというか、物凄く笑い慣れていない人の笑顔です。そして喋り慣れてもいないようですね。
「おろ?どうったの?何かあった?」
スコルさんの方が面識があり耐性があったからか、そんな彼女にも普通に反応していますね。
「い、いいえ、その……」
その視線は私の体に向けられています。凝視されているというか、目が泳いでいるというか、視線が安定しない人ですね。ただ私の格好が恰好なので、あまりジロジロと見られると恥ずかしいのですが……。
「な、な、おしましょうか?いえ、いいんだったらいいんですけど、その…」
手をもじもじと組んだりパタパタと振ったりキョロキョロと辺りを見回したり、本当に落ち着きがない人ですね。「治しましょうか?」で、いいのですよね?私の怪我は擦り傷程度でほっておいても問題ないような気がしますが、治してくれるというのなら、治してもらいましょう。
「お願いしていいですか?」
「は、はひっ!」
とまあ頼みはしたのですが、大丈夫でしょうか?視線の合わない顔を見ていると不安になってきました。その辺りの事を聞こうとスコルさんに視線を向けると、ニヤニヤ笑っていますね、まあ、良いでしょう。
「で、では、行きます。天におわします神々の……」
呪文詠唱に入った所で、私はスコルさんに聞こうとしていた事を聞いておく事にします。
「スコルさんはβ時代に鉱石採りに来ていたのですよね?『鉄鉱石』ってどの辺りで採れるかわかりませんか?」
【採掘】スキルを取れば詳しくわかるらしいのですが、今のところ取る予定がないのですよね。
「ん、そりゃあ知ってるけど……ああ、もしかしておやっさんから何か頼まれてたの?持ってかないと五月蠅いもんねーまあ任せてちょーだいな、治療が終わったらぱぱっと案内しちゃうから」
ちゃんとしている時のスコルさんは勘が鋭いのですよね。私が『鉄鉱石』と言うだけで、大体の事情を把握したようです。
「お願いします」
採掘自体はスキルがなくても出来ますし、その辺りに道具や機材が大量に落ちているので何とかなるでしょう。後は人知れずとか、人に見られないようにと言う条件が付きますが、頑張りましょう。
「おう、どうしたんだこんな所で。ピットはまだ出てくるから危ねえぞ…って、何だ、治療中か」
スコルさんと会話しながらそんな算段をつけていると、十兵衛さんが向こうからやってきました。
「ええ」
桜花ちゃんはシグルドさんとアヴェンタさんとの決闘を見届けているようで、今は十兵衛さん一人ですね。
ロックゴーレムを倒して満足して帰っていったプレイヤーもいますし、倒されて強制的にリスポーンされた人もいますし、ロックゴーレムの剥ぎ取りを行っているプレイヤーもいます。総じて言える事は、緊張の糸が完全に切れてしまっている事ですね。彼はそんなプレイヤー達がピットに襲われないように周囲を見て回っているのだそうです。
「それは、お疲れ様です」
「ま、面倒見るのはいつもの事さ」
十兵衛さんは苦笑いを浮かべながら、「仕方がない」と言うように肩をすくめてみせます。
「…祝福の一端をお見せください。ヒール!」
と、そんな会話をしている内に治癒魔法が発動しました。活舌がちょっと心配だったのですが、ちゃんと発動したようですね。淡い光が私の周囲を取り巻いたかと思うと、擦り傷が治りました。気持ち体が軽いような気もしますから、何かバフ効果が乗っているのかもしれません。
回復魔法を唱えている姿を見ると、彼女はヒーラーそのものと言う感じなのですが、私が感心して見返していると、緊張したように視線を揺らすと、お辞儀をするように背筋を曲げて残念な笑顔を浮かべました。まあ色んな人が居るのだなという事にしておきましょう。
「ありがとうございます。少ないですがお礼に……」
ブレイクヒーローズでの辻ヒールの相場はどれくらいでしょう?そう考えながらギルドカードを出したのですが、彼女はブンブンと首と手を振って拒否します。
「そそそんな、めめっそうもございません。スキルの練習みたいな、ものですし、その、大丈夫です」
「では…折角ですし、これを」
私の持っている物の中でプレゼントとして丁度いいのは携帯食料くらいですし、某有名ブロック栄養食をプレゼントしておきましょう。「フッヘ!」と、喜んでくれているのかどうなのかよくわからない反応をされましたが、好意的に受け止められたという事にしておきます。
「えーずっるーい、おっさんこんなに尽くしているのに何もくれないのぉ?」
私とヒーラーさんがそんなやり取りをしているのを見て、スコルさんがクネクネしながら足元にすり寄ってこようとしていたのですが、軽く蹴る素振りをみせて牽制しておきます。
「よしよし、犬っころ、大丈夫だぞーお前のご主人様はおっかないなー」
「ご主人様ではありません」
そんな悍ましい事言わないでください。スコルさんは十兵衛さんの冗談に乗っかって「へっへっへっ」と舌を出して犬の振りをしていますし、十兵衛さんはそんな様子を見て笑っていますし、もう、とにかく、本当にやめてください。




