運営者Side(鈴木主任視点):ロックゴーレム戦の裏側
「あら~これは不味いわね」
正式版稼働初日の深夜。メンバー総出でシステム回りのアップデートやごたごたに対処している真っ最中。そんなくそ忙しいタイミングで、いきなり井上がのんきな声を上げたので、周囲がピリついた。中村は完全にダイブしてしまっているが、高橋は外部デバイスを使いながら複数のモニターの監視をおこなっていたので、視線が痛い。口うるさい彼女が口をはさんでこないのは、単純に忙しいからだろう。まったく、暇だと思っていたのは何時の話だろうな。気が付けばAIや本社が実装していたよくわからない機能の調整に追われる事となり、まともに家に帰る事も出来なくなった。今時ブラック企業なんて流行らないが、まあシステム職だとこんなものか。手が空くようになれば皆に1週間くらいの休暇をだすとしよう。
「…どうした?」
嫌な予感がしながら、夜食のハンバーガーを飲み込んでから井上のモニターに接続すると……細かな数値は除くが、どうやら井上はフィルフェ鉱山のデータを見ているようだった。
モニターにピックアップされているのはロックゴーレムに到達したプレイヤー達が戦っている姿で……おいおい、結構な人数だな。30人くらいか?戦闘に参加していない奴もいるが、女性プレイヤーに扇動されて断続的に攻撃を仕掛けているようだった。まあその威力は微々たるものでロックゴーレムにかすり傷すら負わせられていないが、確かにこの調子で攻撃されると何かあるかもしれないな。
「たしかに不味いが、このペースなら大丈夫じゃないか?減っている量も微々たるものだし、倒される事は無いだろう?」
プレイヤーのスタミナも無限ではないし、時間が時間だ、こいつらももう少しすれば諦めるだろう。攻撃が止めば自動回復のスキルもあるので何とかなるだろう。
こいつは細かな調整が終わるまで鉱石の流通を制限するギミックを守るボスで、プレイヤーを弱体化させる目的で配置されていた。出来れば1週間くらいかけて倒して欲しかったが、この調子なら数日もすれば倒されそうだな。まあ実装したボスが1日2日で倒されるなんてVRMMOじゃザラだし、数日もあればシステム周りの調整も終わるだろう。それから第1回目のイベントの調整に入ればいいとスケジュールを頭の中で組み替えていると、井上はいきなりとんでもない事を言い出した。
「それがね、この子、倒されそうなのよね」
「マジか?」
初日だぞ?レベルもスキルも武器も揃っていない現状で倒す方法は……そこまで考えて、俺はある事を思い出した。井上もそれを肯定するように坑道内の映像を映し出すと、そこには見覚えのあるピンク色の髪をした少女が映し出されていた。【ルドラの火】。まずい、確かにあれがあれば火力が足りるぞ……こいつが今ここで倒されたらどうなる?鉱石の流通が始まるな、王都の開放も早まるだろう。第1回イベントは王都開放前くらいのプレイヤーを想定しているのだぞ、それが崩れるとなると大幅な見直しが……。
猛烈に思考を巡らせ始めた俺に、井上はどこか悲しそうな表情を浮かべ、肩をすくめて見せた。他にも何かあるのか?
「それにもう一つ、この子、倒された時のドロップはどうするの?少なかったら不平不満が出るわよ」
「どうって……普通に落ちる分と【解体】で……って!?」
こいつの想定していた倒され方は、普通に鉱山の奥にやってきたPTに倒されるというものだ。このように数十人が扇動されて取り囲んで倒されるというのは想定していない。レイドボス化していないので、当然倒された時のドロップも通常だ。
「中村、今からシステム組めるか!?」
急ぎレイドボス化してアイテムを配るように調整しないと、取り合いが起きるぞ。というより先に何を配るか決めないとだな……その辺りは井上に任せて、とりあえずシステム回りを調整しないと。
俺は急いで完全にダイブしていた中村と連絡を取ると、中村のアバターが不機嫌そうに顔をしかめた。
『…今やっている作業を後回しにしていいのなら、やるよ』
確か頼んでいたのは掲示板周りと、HPと空腹ゲージについてのシステム回りか、それなら少しは後回しに出来るな。俺は一つ頷くと、GOサインを送る。
しぶしぶという様子ながら中村にプログラムを書き換えてもらいながら、他に何かないかと考える。
「それにしても本当にこの子達ノリがいいわよねー普通「行ってこーい」って言われて、「おー」って突撃する子、今時少ないわよ。お祭り気質な子が多いのね」
「いやいや、そんな呑気な事を言っている場合か?」
間に合うか?というより、ピンク髪……ユリエルだったか、彼女と一緒にやってきた男の攻撃力もエグイな、何者だ?俺は尋ねるように井上に視線を送ったが、肩をすくめられた。
「さあ?少なからず他のゲームでは見たことのないIDだけど……この子もやるわね。どこにこんな逸材眠っていたのかしら」
井上が知らないというのなら、あまりゲームをやらない奴なのだろう。何とか攻撃パターンが変わりプレイヤー達を全滅させられたようだが……これは明日にでも倒されるな。調整を急がないと色々と面倒な事になりそうだ。
「井上は討伐後の報酬を決めて中村に伝達。高橋は全体的な調整を、他の奴はそのまま今の仕事を進めていってくれ」
とにかく、目の前の問題を一つずつ片付けよう。
交互に仮眠をとりながら何とか調整を終えると、それと前後してロックゴーレムは倒されたようだった。何とか間に合ったな。想定より早いが、即席のシステムは上手く稼働してくれたようだ。ちゃんとアイテムも配られていて、俺はほっと胸をなでおろした。後はあの事に気づくかどうかだが……ちゃんと周囲を見ているな、これなら見つける事が出来るだろう。
それにしても、掲示板の書き込みだけでこれだけの人数が集まるとは、こいつらノリいいな。まあその方が応えがいがあるってものだが、作っている側としては、もう少しゆっくり丁寧に攻略してくれと思わなくもない。まあ、のど元過ぎたから言える事だが、有力なプレイヤーをイベント前にピックアップ出来たのはデカいな。これだけの情報があれば難易度調整も捗るだろう。とまあその辺りはいいのだが……問題は半裸になったユリエルだ。色々な所からクレームが来ないかどうかも心配だが、それより問題なのは、俺の予想よりかなり早く【ルドラの火】の問題点が出て来た事だ。どういう事だ?本社としては嬉しい限りだろうが、システム的には……調整した数値がおかしかったのか?
「防具周りの値はどうなっている?」
「そうねぇ…ちょっと待って。あらやだ、服が脆くなっているわね。どうも破れやすくなっているみたいよ」
「は?」
あれだけβ時代に調整したのだぞ?それがズレた?
俺は室内を見回して、丁度休憩から戻ってきた高橋と目が合ったので手招きすると、思いっきりしかめっ面を作られた。
「なんですか?」
不機嫌を隠そうともしない高橋に防具のデータの件を伝え、調べるように指示を出す。
「……そうですね。少々お待ちください」
データを閲覧するだけなので外部デバイスに繋いで検索した結果、どうやら正式版に移る時にデータが書き換えられているようだった。変更後の仕様は『はためきやすく、破れやすい』つまりスカートが捲れやすくなって服が破れやすく……っておい!誰だこれを変更した奴!!頑張れば手で破けるレベル?知るか馬鹿!戻せ!!どうせこんな事をするのは本社かその手下のAIだろう、くそ、面倒な事しやがって。
「直せそうか?」
破れやすい機能なんて日本版の『ブレイクヒーローズ』には必要ない。どこでもかんでもやる事を考えている本国仕様とは違うのだぞ。というより怒られるわ!
「……無理ですね、本社側からロックがかけられています。直す場合は主任が本社と掛け合って貰うしかありません。頑張ってください」
「お、お、お、お、お……」
このくそ忙しい時に本社との折衝、しかもロックされているという事は高確率で却下される案件が出て来た。だがやらない事にはこの件で何かあった場合は日本支社が悪者だ。メンバーを守るためには本社と交渉はしたけどというスタンスを最低でも残しておかないと不味いだろう。
「主任……」
どこか同情するような顔で井上が肩を叩いてくる。
「ファイッ!」
こいつ殴っていいか?そう思いながら、俺は両手で顔を覆って天を仰いだ。
※頑張る鈴木主任でした。応援メッセージ、高評価が貰えるとやる気が上がります。今回はオマケ回みたいなものですので、本日中にもう1話UPします。




