421:パワーアップと最悪の予想
魔力の混じった煤けた臭いと全身の痛み、目を焼くような熱のこもった閃光が爆発したかと思うと私達の一斉砲撃がビークリストゥに命中し……至近距離にいた私達はその爆風に巻き込まれるように吹き飛ばされてしまいました。
『やれやれ…思ったより爆発の範囲が広いな』
一瞬意識が飛びかけたのですが、淫さんがドレスを動かして受け身を……無理やり近くに残っていた蜘蛛の巣に無理やり引っかかるという方法で地面やら壁やらに叩きつけられるのを防いでくれたようですね。
(です…ね、これでダメージを与えられればいいのですが……それと、ありがとうございます)
私を庇うように広がっていたスカート翼がボロボロですし、体中が焼け焦げたようにヒリヒリしていて……きっと淫さんが爆炎を防御してくれていたのだと思います。
『気にするな…と、言いたいところだが』
これだけの攻撃ですし、ビークリストゥもダメージを受けていると信じたいのですが、舞い上がった砂煙の向こう側ではビークリストゥの魔力が弱々しく胎動していて……生き残っている事は確実なのでしょう。
(まだまだ健在のようですね)
私は淫さんから『HP回復ポーション』と『MP回復ポーション』を受け取り飲み干しながら防御用の【魔水晶】を展開しなおすのですが……爆発の影響で耳鳴りが酷いですし、【輪唱】を使った後なので本調子ではないのが痛いですね。
(少しくらいは痛手になってくれていると良いのですが)
これでビークリストゥがノーダメージであるのなら撤退するしかなくなるのですが……そんな事を考えながら周囲に視線を向けると重さの問題で吹き飛ばされていた牡丹がニュルさんに捕獲されていましたし、レナギリーはミューカストレントの猛攻を受けきってくれていて、爆心地から遠かったヨーコさんは傷ついた蜘蛛達に『ミックスポーション』を配っていました。
(ナタリアさんは…?)
そして爆発の影響でボロボロになっている陣地を見回しながら屋根の上に登っていたナタリアさんの姿を探すのですが……どうやらノワールがフォローに入ってくれたようですね。糸に絡め捕られて宙づりになっているナタリアさんが弓を構えていて……。
「ぐぅぁああああありゃぁああ!!った…くそぉぉおお!やってくれたなぁああ!!」
そんなタイミングで狂ったように叫ぶレイブンさんと魔力の波動で爆煙を吹き飛ばしたボロボロのビークリストゥが姿を現して……2人の体からは大きな結晶が剥がれ落ちていたのですが、どうやら自分達の体を無理やり結晶化させる事によって防御力をUPさせていたようですね。
(流石に無傷ではないようですが)
脆弱な足先などが曲がってはいけない方向に曲がっていますし、飛び方が不安定になっているビークリストゥの醜く太ったお腹が目に見えて小さくなっていて……レイブンさんも纏っていた結晶の鎧が剥がれ落ちていますし、その下から舞い上がるホログラムを見ている限りでは大ダメージを与えているのでしょう。
でもまだまだ戦意は十分で……出来たらこの攻撃でレイブンさんとビークリストゥを分離してからの各個撃破をしたかったのですが、体を結晶化させてお互いの体をくっつけていた影響で転がり落る事もなかったのだと思います。
「はっ!!だがよぉ…この程……ッ!!?」
そして「まだ負けてねぇ!」と吠えるレイブンさんなのですが、彼が怒りに忘れて剣を構えた瞬間、まるでこの時を待っていたというようにナタリアさんが弓を引き絞り……取って置きの一撃を放ちました。
「がっ!?」
その一撃は怒りに我を忘れていたレイブンさんの隙をついたようですし、防御を固めていたビークリストゥも反応が遅れ……万全の状態だったら棘ミサイルで迎撃したのかもしれませんし、単純な魔法の矢だったら簡単に防がれていたのかもしれませんが……その矢じりに使われているのはヨーコさんが作った『ペネストレイト』という特殊な侵徹徹甲榴弾です。
構造としては特殊なシャフトの先端に取り付ける事が出来る両刃のナイフであり、着弾時に埋め込まれている魔石の作用で弾芯が飛び出し貫通後に起爆するという……一種の炸裂式のパイルバンカーともいえる物がレイブンさんとビークリストゥを繋いでいた結晶を粉砕し、レイブンさんが転がり落ちるように落蜂しました。
因みにこれは後で聞いた話なのですが、皆が爆発系の攻撃をするのに自分だけが純粋な物理攻撃で……まあ私達の投擲も似たような物なのですが、青白い炎を纏っているので魔法攻撃だと思われていたようですね。後は『ペネストレイト』を発射するのが『サルースの弓』という魔法の矢を撃つための物だった事もあり、確実に当てる為に爆風が落ち着くまで攻撃を遅らせていたのだそうです。
「ユリエルちゃん達の攻撃で装甲が剥がれないかなーっていう打算もあったんだけどね」と笑っていたのですが……とにかくナタリアさんの機転のおかげで装甲が剥がれた所に貫通弾を叩きこむ事が出来ましたし、後は各個撃破するだけですね!
「レイブンさんは私が、ビークリストゥの方をお願いします!」
「ユリエルちゃん!?」
後ろからはナタリアさんの心配なのか声援なのかわからない声が上がり、その声を追い風にしながら『魔嘯剣』と『ベローズソード』を持ってレイブンさんに突撃を開始するのですが、ここで狙っているのはレイブンさんの首ではありません。
(むしろ逆…ですね)
レイブンさんとビークリストゥの関係が私と牡丹と同じ仕様であるのなら、使役しているテイムモンスター……ビークリストゥを倒せば死亡する筈です。
逆にレイブンさんを殺してもリスポーンするだけで……折角ここまで大ダメージを与えた訳ですからね、逃げられ回復される前に止めを刺しておかなければいけません。
だからこその単騎特攻。
狂気的な振る舞いをしているレイブンさんなのですが、少し冷静になれば撤退の判断を下してもおかしくない傷を負っていますし……それこそ自害すればリスポーンする事が出来てしまいますからね、そんな事を許していてはいつまでたってもビークリストゥを倒す事が出来ません。
(なので…私への執着心を利用させてもらいます!)
傷ついたビークリストゥを撃破してもらうまでの時間稼ぎ……蜘蛛達に協力してもらえばレイブンさんを雁字搦めに拘束する事も出来ると思いますし、動きを止めた後はポーションを使って自害を阻止し続ければいいだけです。
そういう算段があっての突撃だったのですが、スカート翼を修復している余裕が無かったので走り寄る事になって、大きな胸がブルンブルンと揺れまくっているせいで大した速度が出なくて……だからこそ、レイブンさんは撤退を選ぶ事が出来ませんでした。
ノタノタと突っ込んでくる私の姿を見てレイブンさんが笑うと、剣を杖代わりにしながらヨロヨロと立ち上がり……。
「キヒヒ…そーこなくちゃ…最後まで楽しもうぜぇ、なあ天使のア…ッ!?」
ただそんな私達の考えは、レイブンさんの体を棘ミサイルで貫いたビークリストゥによって破られてしまいます。
「ナっ…てめぇ……なに、を…?」
瞬時に結晶化していくレイブンさんが目を瞠り……一斉攻撃の後の空白、レナギリーですらミューカストレントの攻撃を受け止めていたので対応が遅れました。
「くっ…間に合って!」
即座に遠距離攻撃持ちのナタリアさんが2人を分離させようと矢を放つのですが、体勢の整っているビークリストゥは棘ミサイルを使って軽く払うように矢を弾いてしまい……結晶化していくレイブンさんの体を手繰り寄せたかと思うと、骸骨のような頭の顎がパキパキと開き……その上半身を噛み砕いてしまいます。
「なっ!?」
ゲームなので血が飛び散る事は無かったのですが、使役している人間を咀嚼し始めたビークリストゥが何をしているのかがわからず……最初はレイブンさんを殺して強制的なリスポーンでもするのかと思ったのですが……。
「アレ、ハ……トリコムキ…ダナ」
「それはどういう…パワーアップですか!?」
そして異変を感じ取って戻って来たレナギリーがそんな事を言うのですが、レイブンさんを取り込み少しだけ力を取り戻したビークリストゥが巨大化し始めて……大きさはレイブンさんの身長の半分を足した程度の7メートル弱でしょうか?骸骨の頭を持つレイブンさんの上半身から醜く膨れた腹部がぶら下がっているような形に変化し、レイブンさん両腕が追加される形で手足の数が8本に、背中にあった二対の羽も大きく鋭利に尖り、補助翼のような小さな羽が追加されて3対6枚の羽根に変化しました。
「ちょ、ちょっとーどういう…プレイヤーを取り込んだの?」
「ユリエルちゃん!」
瞬間、叩きつけられるような膨大な魔力に戦慄き撤退を訴えかけてきているヨーコさんとナタリアさんの視線に頷きかけて……すぐにその考えを却下しました。
「2人とも構えてください!このまま迎撃します!!」
たぶん私達の安全だけを考えるのなら撤退すべきですし、まふかさん達のイベントが進行するのを待つというのが正しい選択なのでしょう。
(でも、もし…現時点での最悪は…ミューカストレントがビークリストゥに食べられる事)
最初から敵対していた2体のボスモンスター、このままミューカストレントが食べられてしまったら……ビークリストゥは熊派から離反している状態ですからね、当然キリアちゃんの指揮下に無い訳で……そんなのが暴れ始めてしまったら大変どころの騒ぎではありません。
(それでも今なら…倒せる可能性が0ではありません!)
流石にパワーアップした瞬間に全回復するという訳でもないようで、ビークリストゥの体はダメージを受けた痕が残っており……勿論ミューカストレントを捕食しようとしたビークリストゥが返り討ちにあうという可能性もあるのですが、根っこを軽くペシペシといなしている姿を見る限りではどちらが強いのかは明白ですね。
(ある程度HPを減らした時におきるイベントなのかもしれませんが、弱体化がフレーバーテキストでは無いところが如何にもHCP社らしいですね)
『封印が解かれて間もない為、本調子ではない』という設定でしたが、まさか他者を捕食する事によって力を取り戻す事が出来るとは思いませんでした。
「これ以上回復されたら対処ができなくなります、なので…ここでビークリストゥを倒します!」
何処まで力を取り戻すのかが不明ですし、勝機があるとすれば傷ついている今しかなくて……自分自身を奮い立たせるための宣言に対してビークリストゥが「そうこなくては」というように顎をガチガチと鳴らし、羽を震わせプレッシャーを放つのですが……それだけで周囲の霧が吹き飛び蜘蛛の巣が散り散りとなり、【魔水晶】が軋みます。
小さく聞こえて来た悲鳴はヨーコさんのもので、ナタリアさんも弓を構えながら青い顔をしていて……。
「ギ、ギギ…ガ」
そんな私達を見下ろすビークリストゥが金属が軋むような声をあげるのですが、その視線は私だけに向けられているようで……レイブンさんの自我がどこまで残っているのかは不明なのですが、私への執着心が残っている事だけはわかりました。
(どう…したら?)
個の強さは圧倒的に向こうの方が上ですし、巣は爆発とビークリストゥの放つ魔力によってボロボロです。一番火力のある罠も使い切ってしまいましたし、このまま乱戦になったらこちらが轢き殺されてしまうのはわかっているのですが……。
「グ、ギ…ァアアアアアア!!!」
ミューカストレントの攻撃が続く中、私達はレイブンさんを取り込んだビークリストゥの叫び声の前に立ち竦む事しかできませんでした。
※少しだけ修正ました(8/14)。




