418:熊派の危機(キリア視点)
『エルフェリア』でも一際巨大な大木に作られた……成長するのに合わせて徐々に形を変えていってもらうという迂遠すぎるエルフ達の馬鹿さ加減が滲み出ている工法で作られている女王の間で、キリアは苛立たしさを隠す事も出来ずにグルグルと歩き回っていた。
というのも思ったより集まった連中が使えなくて……うんん、キリアの力が封印されてしまったせいでまともな指示を出す事が出来なくて、二正面作戦に取り掛かってからは少人数での攻勢に対する限界を迎えてしまった。
(皆キリアの言う事を聞いてくれないし…こんなのどうしろっていうのよ!)
しかも最初の内はある程度キリアの言う事を聞いてくれていた連中もプレイヤーの抵抗が激しいとわかるとすぐに飽きてしまい……そんな中で真っ先に熊派から離反したのはキリアが目をかけてあげていたトカゲさんだった。
「悪りぃ、一度ヒィヒィ言わせねーと治まりが付かねえ奴がいてな…まっ、コイツは俺様が使ってやるから、お嬢には上手く言っといてくれや」
そう言いながら連絡要員として送り込んだ下っ端の首を刎ねてしまい……キリアとしては出来る限りの便宜を図っていたしユリエルを捕まえる為にビークリストゥの封印を解く鍵まで渡してあげたというのに、キリア達の元に戻って来る事もないまま『クリスタラヴァリー』を占領してしまった。
そしてトカゲさんが好き勝手に動くのならと皆が適当に動き始めてしまい……指示を出そうにも通信魔法が使えるのがブタさんと骸骨さんと他数名くらい、こうなるとキリアが直接的に出向かないといけないんだけど、何度でも復活するプレイヤーとは違い死んだら終わりのキリアがやられたらそこで終了でおいそれと前線に出ていく事が出来なくなっていた。
(なんで…)
勿論キリアもその辺りの魔物と一緒でリスポーンする可能性があるんだけど、可能性に自分の命をかけるほどキリアは愚かではなくて……それにキリアが動けなくなった瞬間、世界に喰い殺されるんじゃないかと不安になってしまう。
(キリアの願いは些細な事なのに!)
ギリギリまで生き延びる、1日でも長く生き残る事を目指して活動しているだけなのに……このまま負け続けるという事はキリアが死ぬという事で、熊派の敗報が届く度に真綿で首を絞めつけられていくような息苦しさに泣き出してしまいそうになる。
そんな恐怖を誰にも相談できないままだんだんと情緒が不安定になっていくのを自覚していたし、地団太を踏みたくなるのを我慢して熊派を率いていたんだけど……時々嫌らしい目線でブヒブヒ言ってくるブタさんはブタさんだし、義理堅い巨人さんはキリア以外の誰かも助けようと動いていて、それ以外の熊派は基本的に楽観主義か快楽主義者の集まりだし、今では烏合の衆である事が露呈してしまっている。
それでもキリアが「ここに攻撃を集中して!」と指示を出した場合はそれなりに動いてくれるんだけど、どうせゲームだからと適当な理由をつけて戦線を離脱する人が続出していて……それでも何とか戦線を支えられているのは巨人さんが奮戦して長耳の女王を押さえてくれているからで、レナギリーに対する押さえはブタさんに任せるしかないという人材の枯渇っぷり。
(大丈夫、まだ…なんとかなる)
このままレナギリーの動きとユリエルの動きを拘束している間に長耳の女王を倒す事が出来たら挽回は可能で……そうキリアが思い込みたいだけなのかもしれないけど、もう一方の脅威は仲間思いすぎるお馬鹿さんなので範囲攻撃を続けたら攻撃を通す事が出来るのよね。
その方法で傷つけ撃退する事も出来たし、後は傷が回復しないように定期的な嫌がらせをしていると破れかぶれの突撃を行おうとしているという情報が入って来たので滅亡寸前……だというのに、そこまで考えた時に浮かんでくるのは『音晶石』を探しているユリエルの事だった。
何で最後の最後でユリエルの事を考えてしまうのかはキリアにもよくわからないんだけど、ユリエルが探している『音晶石』は増幅の力で……ユリエルがキリア達に対して大規模な魔法を使おうとしているんじゃないかと思っている。だけどどんなにユリエルが凄いと言ってもたかが1プレイヤーで、戦況をひっくり返すような力が無い事はわかっていた。
ここでキリアにとって有利なのはトカゲさんが『クリスタラヴァリー』を占領している事で、ビークリストゥが『クリスタラヴァリー』に居座っている間はユリエルも大ぴらに行動できない。
それでも不安になってしまうのがユリエルの怖いところなんだけど、ユリエルとビークリストゥが敵対してくれるのはキリア達にとってプラスに働いていて……というのも同じ植物系という事でデファルセントと相性の良いミューカストレントが超絶強化されているのには色々とカラクリがあって、万が一の可能性だとしてもトカゲさんにアレが奪われたら面倒な事になるのがわかっている。
(その可能性だけは潰しておかないと)
デファルセントから送り込まれている力の源、強大なエネルギーのパイプライン……魔核。これがトカゲさんに奪われたらそれこそ何をしでかすかわからなくて……両者が睨み合うように居座ってくれているのはキリアにとって有利な状況だった。とにかく色々と予定外の事態には陥っているのだけど、戦力的にはプレイヤー側を押しているか拮抗している状態でここが踏ん張りどころで……。
(なのに何で骸骨さんが早めの夕ご飯がどうのとか言って落ちちゃうの!!)
ここ数日が正念場だというのに「母ちゃん怒らせたら怖いんや…ほんま、堪忍な」何て言いながら茶目っ気たっぷりにウィンクしながらログアウトしていった骸骨さんをどうしてくれようと地団太を踏みたくなるんだけど、れっきとしたレディーであるキリアがそんな振る舞いをしていたら駄目だと思いギリギリとスカートの裾を握りしめるだけにしてあげるんだけど、そんなタイミングでブタさんから通信魔法が飛んできた。
『あ、あの…どうやらプシィーさん達が撃退されたようなのですが…わ、わたしはどうしたらいいのでしょう?』
オドオドとPTメンバーがリスポーンしていった事を報告するブタさんの緊張感の無さに舌打ちをしたくなり……状況がわからないという事は別々の場所にいたのよね?何で護衛と護衛対象が別行動をとっているのかがわからないんだけど、どうやらペルギィで何かあったみたいね。
『どうしたもこうしたも…何があったの?』
『さあ?わたしにもわからないのですが…ど、どうしたのでしょう?』
仲間同士で連絡する事すらしない呑気なブタさんの愛想笑いにイライラしてしまうのだけど、仲間意識の低さも熊派の弱点で……これならリスポーンしてくる人達に聞いた方が早そうね。
『わかったわ、やられたって事はこっちにリスポーンして来ているのよね?キリアが直接聞いておくから、ブタさんは……そうね、護衛の3人はどの辺りでやられたの?』
ここでブタさんと言い争っていてもしょうがないし、ブタさんには3人がやられた場所の確認に向かってもらい……キリアは急いで『エルフェリア』の中央広場にあるリスポーン地点に向かう事にした。
「で、貴方達はブタさんの護衛すらまともに出来ないままおめおめと帰って来たの?」
「いやーそう言われても…ほんとマジで大変な事があったんっすよ!」
そしてやって来たリスポーン地点、半眼で睨むキリアの前にブタさんの護衛をお願いしていた3人組が居たんだけど……そんな3人組が驚くべき情報をキリアにもたらした。
(ユリエルとレナギリーが手を組むなんて!…ちょっと待って、ユリエルは『音晶石』を探していて…っと…レナギリー!?まさか…『精霊の幼樹』ッ!?)
レナギリー達に貢物を運んでいるプレイヤー達を邪魔していた時に居なかったから油断していたんだけど、抜け目ないユリエルの事だからいつの間にかレナギリー達と繋がっていたみたい。そしてそこまで考えが及んだ瞬間、『音晶石』で育つ『精霊の幼樹』の事を思い出したんだけど……万が一そんな物が復活したらキリア達が苦境に立たされてしまうし、最悪キリア達の敗北が決定づけられてしまう。
(なんで?そんな…なっ…どう、折角レナギリー達の所に生えている『精霊の幼樹』は処分したっていうのに!)
誰にも相談できないまま頭の中がゴチャゴチャして涙が滲みそうになるのだけど、『精霊の幼樹』は精霊樹の力を秘めた分体で、アスモダイオス様の天敵と言える精霊樹の力を増幅する発信機にもなっている存在だった。そんな物が生えてきたらキリア達の力が一気に弱体化しちゃうし、一気に勢力図がひっくり返える可能性があって……。
(トカゲさんに情報を流してペルギィに……ううん、ユリエルの狙いはあくまで『クリスタラヴァリー』の筈だから……トカゲさんにはそのまま居座ってもらっておいた方が…?)
こうなったら護衛の3人が別行動をしていた事に目を瞑り……だってブタさんが護衛の人と一緒に動いていたら最初の奇襲でやられてしまっていた可能性すらあったのだから、だからこれも不幸中の幸いという事になるのかもしれないのだけど……そう思い込もうとしているとブタさんの呑気な声が聞こえて来た。
『あの~どうにも蟲達が落ち着かなくて……しきりに正門の方を気にしているのですが…その、どうしたものでしょう?』
繋がりっぱなしだった通信魔法越しにそんなあやふやな事を言ってくるブタさんなんだけど、ブタさんがまだペルギィに居るのならユリエルの方は何とかなるのかもしれない。
『迎撃準備をして…今すぐ!魔法はすぐに使えるように!』
『へ?あ、ああ…はひぃっ!?なっ!?蜘蛛達が……っと、やった、やりましたよ…って、あれは…天使ちゃん!?』
とにかく目の前の不安要素を排除しようとキリアが命令すると、その剣幕に怯えるようにブタさんが『ゴブリンシャーマンの杖』の準備に入るんだけど……その準備が終わるや否や戦闘が始まったみたね。
(何とか間に合ったみたいだけど)
ブタさんだとユリエルとレナギリーのタッグには勝てないし、先制攻撃でどこまで削れるかなんだけど……どうやらブタさんが攻撃した集団の中にユリエルが混じっていたみたいね。それ自体は僥倖なのだけど……。
(同じ手を使いすぎたのかしら?)
独り言のように喚いているブタさんの言葉を聞いている限りでは致命傷を与えたという感じでもないようだし、ユリエル……か、もしくはレナギリーが何かしらの対策手段を取ったのかもしれない。
(大丈夫、まだキリアは大丈夫)
自分に言い聞かせるようにそう心の中で唱えるのだけど、最悪ペルギィが落ちてもちょっとだけキリア達が不利になるだけ、ペルギィが落ちてもトカゲさんが『クリスタラヴァリー』を占領したままだったら何とかなる。
(うん、大丈夫…何かあっても『クリスタラヴァリー』にはビークリストゥがいるし、トカゲさんが好き勝手にさせるとも思えないから……ここで裏切り者に頼らないといけないのは業腹だけど、時間稼ぎをしている間に戦力を送り込めば)
骸骨さんが戻ってきたら巨人さんに連絡を入れてもらい……長耳の女王に止めがさせそうならそのまま攻勢を、ビークリストゥがやられそうなら『クリスタラヴァリー』への増援を、この二つが大丈夫そうならユリエル達を撃退する為に戦力を差し向ければいい。そう思っていたのに……どうやら運命と言うのはとことんキリアに絶望を味合わせるのが好きなようで、トカゲさんの動向を見張ってもらっていた人から考えうる限りで最悪の報告が入って来て……。
『くそっ、レイブンの野郎がどこかに行きやがった!ありゃあ毀棄都市の方角だぞ!』
どうやらブタさんが矢鱈目ったらに救援要請を出してしまったようで……何の備えも結果も残さないままいきなり重要拠点がガラ空きになってしまった事に対してキリアは頭を抱えて蹲りたくなるのを必死に我慢しなければいけなくなってしまった。
※少しだけ修正しました(8/8)。
※誤字報告ありがとうございます(3/28)訂正しました。




