417:カイトさんと正門の制圧
毀棄都市の街壁を乗り越えた所でカイトさんの一斉砲撃を受けてしまったのですが……蟲を集めている人が居るという話があったのでそのうち遭遇するとは思っていたのですが、こんな序盤に遭遇するというのは少しだけ意外でしたね。
(たまたまなのかそれとも待ち伏せをしていたのかですが)
毀棄都市の外に出ていた熊派を倒した時間と私達が乗り込んで来た時間を考えると連絡を受けてから駆け付けたという感じでもないですし、たまたま近くを通りかかった時に叫び声を聞きつけて迎撃する事になった……という事でしょうか?
(運が良いのか悪いのかがわかりませんね)
待ち伏せを受けたのは不運な事ではあるのですが、毀棄都市の最奥で待ち構えているミューカストレントと戦っているタイミングで熊派の横撃をくらう心配がなくなったと考えると運が良かったといえるのかもしれません。とにかく先程の攻撃で辺りの霧とゴースト達が一時的に吹き飛んでおり、私達は崩れかけた街壁の上からミューカスカタピラーを引き連れたカイトさんを見下ろす形になっていて……。
「レナギリーはこのまま根っこの対処をお願いします、蜘蛛達の半数は正門へ、カイトさんは私が対処します!」
私の火力だとミューカストレントの根っこを処理するのが大変ですし、後続しているヨーコさんとナタリアさんが立ち往生していると面倒くさい事になりますからね、レナギリーを守るための蜘蛛員を残して正門の制圧に向かってもらわなければいけません。
「ム…ワカッタ」
そう指示を出すと、大火力をぶつけて来た熊派の事を警戒しているレナギリーが「ダイジョウブダロウカ?」みたいな視線を向けて来たのですが……カイトさんが引き連れているミューカスカタピラーの数は50匹以上から100匹未満でしょうか?ウネウネと蠢いているので詳しい数はわからないのですが、『ゴブリンシャーマンの杖』を咥えている個体は半数程度、その大半が攻撃を終えているので次弾が装填される前であれば対処が可能ですね。
むしろカイトさんとの対決を通じて私という存在を熊派全体に伝えて欲しいくらいなのですが……そんな事を考えている内に驚き固まっていたカイトさんはワラワラと外壁をよじ登って来る蜘蛛達の姿を見て我に返ったようで、短杖を構えながら口元をモゴモゴと動かしているのは味方に連絡を入れているのかもしれません。
「大丈夫です、それよりレナギリーは根っこの対処を!」
そうこうしている内にミューカストレントの根っこは増え続けていますし、私は叫びながらカイトさん目掛けて【ルドラの火】を付与した投げナイフを投擲しました。
「ひっ、ひぃぃいい…大変です、天使ちゃ…ユリエルさんが毀棄都市に、ええ……!?し、知りませんよ!そっちにいるんじゃないんですか!?』
咄嗟に頭を庇いながら蹲ってしまったカイトさんを守るように立ち塞がったミューカスカタピラーに投げナイフが命中して小規模な爆発がおきるのですが……思っていたより爆発の範囲が狭いような気がするのですが、気のせいでしょうか?
「牡丹はゴーストの迎撃を!ノワールはニュルさんの指示に従って動いてください!」
(ぷっ!)
とにかく爆発の影響が残っている間に指示を出すと、頭の上からピョンと飛び降りた牡丹が『ベローズソード』を咥えながらゴースト達の迎撃に向かい、ニュルさんを乗っけたノワールが瓦礫と霧の中に紛れるように走り出しました。
それを見届けてからカイトさんの周りでウネウネしているミューカスカタピラー達に斬りかかるのですが、そんなタイミングで味方から続々と連絡が入って来て……。
『ユリちー大変よ~ビーなんちゃらが飛び立ってそっちに行ったわ!』
『でっかい蜂があんたん所に飛んで行ったけど、やられるんじゃないわよ!』
『ユ、ユリエルさ~ん、だ、大丈夫ですかー?』
たぶんレナギリーの力と『ゴブリンシャーマンの杖』の影響で霧が晴れた事が関係しているのだと思いますが、ここまで混線していると少々面倒臭いですね。
(というより何故個別に連絡を入れてきたのでしょう?)
少しだけ不思議に思ったのですが、先行偵察をしているスコルさんが第一報を入れ、まふかさんがチームリーダーとして連絡を入れてきて、最後にグレースさんが何となく不安で心配だから連絡を入れて来たといった感じなのでしょう。
『こちらは問題ありません、順調に作戦が進んでいるようですし…『精霊樹の枝』をお願いします』
チームワークにやや問題があるような気がするのですが……とにかくまふかさんとグレースさんにはクラン会話で連絡を入れておき、スコルさんにはフレンド経由で異口同音の返事を返しておくのですが……バラバラのPTだと『了解』と返すだけでも一苦労ですね。
そんな事を考えながら飛びかかって来ていた30センチ程度のヌメヌメした芋虫……ミューカスカタピラーを『魔嘯剣』で斬り払うのですが、こうしてのんびりと会話が出来るのはカイトさんが関係各所への連絡で忙しいから……といいますか、むしろ彼らを使役する為の杖を持っているカイトさんを守ろうと防御行動をとっているせいで芋虫達の動きが単調になっているというのが大きいのかもしれません。
「っと」
そうしてカイトさんの連絡が終わるまで意図的に戦闘を長引かせていると、レナギリーが倒しそびれたミューカストレントの根っこが頭上を掠めるように飛んできて……咄嗟にしゃがみ込んでその攻撃を回避したのですが、私の防備まで手が回らない程苦戦しているのかと思って確認をしてみると、何故かこちらをチラ見していたレナギリーに微笑まれてしまいました。
(避けて当然…という顔ですね)
レナギリーの魔眼で相手取れる数には限界がありますからね、余裕を持って回避できる攻撃を意図的に通したという事なのだと思いますが……そうして私なんかよりもよっぽど守らなければいけない子蜘蛛達を守っている姿はまさしく蜘蛛達の女王といえるような貫録を纏っているのですが、そういう立ち回りのせいで受けなくても良い傷を増やしていった結果が傷つきボロボロになった体なのかもしれません。
(熊派に後れを取った理由が謎でしたが…仲間を守るために立ち回った結果なのでしょうか?)
カイトさんを危険視するという事は仲間の代わりに何度かあの一斉砲撃を受け止めた事があるのかもしれませんが、そんな事を考えている間に通信を終えたカイトさんがやっとの事で顔を上げて……。
「ふっ…ッ、ひっ…も、もうこんなに……何で天使ちゃんがこんな所にいるんですかっ!!」
気が付けば付き従えていたミューカスカタピラーは全滅に近い被害を出しており、大量の死骸に囲まれていたカイトさんは腰を抜かさんばかりに驚き叫ぶのですが……さて、どうしましょう?
(倒すのは簡単なのですが)
その為にノワールとニュルさんを潜ませているのですが……熊派の内情を探るためにも会話を試みてみるというのも悪くないのかもしれません。
「それは…色々ありまして」
「わ、わたしはやられませんよ!キリアちゃんの為にもこの…こ、戦力を引き連れて合流を…ッ!?」
適当な会話で取っ掛かりを掴もうとしたのですが、直接的な戦闘では私に勝つ事が出来ないと判断したカイトさんは短杖を庇うように抱きかかえて逃げ出してしまい……まああちらこちらに連絡を入れ終わったカイトさんは援軍が駆けつけてくるまでの時間稼ぎが出来たら良い訳ですからね、逃げるが勝ちという事なのかもしれませんが……ここで逃げられたら面倒な事になりますし、連絡を入れてくれたカイトさんはもう用済みなので処分しておく事にしましょう。
(ニュルさん)
(KYURURU)
そういう訳で潜ませていたニュルさんに指示を出し……カイトさんがもう少し周囲に気を配っていたら気がついたのかもしれませんが、霧の中に逃げ込む事が出来るかどうかというタイミングでノワールとニュルさんの2人に死角から強襲を受けてその場にひっくり返りました。
「なっ、はっ、ぁ…こ、これは!?」
いきなり伸びて来た触手に足を取られて勢いよく転んだカイトさんが慌てて立ち上がろうとするのですが、ノワールの背に乗って高速移動をしているニュルさんの触手がカイトさんのぽっちゃり体型を絡めとっており……カイトさんの運動神経ではダークスパイダーの動きには対応できませんし、転倒して混乱している状況では絡みついてきている触手を振りほどく事も出来ません。
「ヌ、ぬひぃぃぃいいっ!!?」
そして何が起きているのかわからないまま、着ているプレートアーマーの隙間に潜り込んで来た触手によってエネルギーが吸収されてしまいます。
「おっ、おっほ、ほぉぉおおお!!?」
そうして恍惚の表情を浮かべながらビクンビクンしている姿には目を細めてしまったのですが、とにかく隙だらけのカイトさんが持っている短杖を『魔嘯剣』で斬り払って破壊し、返す一撃で首を刎ねておきました。
(今のところは順調ですね)
光の粒子となってリスポーンしていくカイトさんを見下ろしながら息を吐くのですが……ビークリストゥの誘導には成功し、毀棄都市に潜んでいた熊派も撃破済み……勿論別動隊や増援がある可能性はあるのですが、蟲を操る事が出来るカイトさんを序盤戦の内に無力化する事が出来たというのは大きいですね。
後は数を減らしているミューカスカタピラーが指揮官不在で混乱している内に止めを刺しておき、彼らが咥えていた『ゴブリンシャーマンの杖』はゴースト達と戦っている牡丹が回収しておいたのですが……。
『ユリエルちゃ~ん…あ、繋がった、んんっ、こっちは正門を押さえたよー!ただここから先に進もうとすると根っこが遮ってくるんだけどー…ユリエルちゃんの方はどうー?』
そんな残務処理をしている内に毀棄都市正面から攻め込んでいたナタリアさんとヨーコさん、そして街壁を乗り越え侵入していた蜘蛛達の挟撃によって正門を守っていた狂化ゴースト達が制圧されたようですね。
『わかりました、すぐレナギリーに向かってもらいますので…あとビークリストゥがこちらに向かっているようですし、少し早いですが籠城戦の準備を開始しましょう』
軽く魔力を流してみてわかったのですが、どうやら毀棄都市内部はミューカストレントの根っこが張り巡らされている関係で微かながらもドレイン効果が広がっているようで……そんな状態で持久戦に持ち込むのは悪手ではあるのですが、空を飛んでいるビークリストゥを平地で迎え撃つというのも無謀な行いですからね、だからといって適当な民家で籠城するというのも強度の問題で色々と不都合な点がありますし、折角正門というそこそこの強度がある場所を確保できたのでその地形を利用して迎え撃つ事にします。
『わかった、じゃあこっちも準備をしておくね!』
『で、出来るだけ早く来てね~根っこの方は私達だけだとちょっと心もとなくてー』
元気よく返事をするナタリアさんとは違い、若干息を切らしていたヨーコさんは心配そうに呟いていたのですが……。
『すぐに合流しますので…それまで何とか持ちこたえてください!』
レナギリー達と協力すれば正門付近の根っこも何とかなると思いますし、ビークリストゥの襲撃に備えてどれだけ準備が出来るかという点に毀棄都市攻略戦の趨勢がかかっているのかもしれませんが……とにかく今は後続正面組に合流する事にしましょう。
※Q:何でカイトさんだけ単独行動していたんですか?
A:カイトさんが他のメンバーから雑用を押し付けられていたからです。護衛の3人は辛気臭い(蟲とか幽霊とかがウジャウジャしている)都市の中に入らず外でタラタラしていました。




