415:誘導開始!
『ええ、何とか助け出す事が出来た人が『クヴェルクル山脈』の方に逃げて行ったという証言をしていたのでそちらを重点的に探していますが…残念ながらまだ見つかっていないようですね』
戦闘中でなくともPTメンバーと一緒に行動している可能性が高いカナエさんにはあまり連絡を入れない方が良いのですが、ビークリストゥの誘導を開始した後ではのんびりと会話をしている余裕があるとは思えませんし、今のうちにファントムジェリーの動向を聞いてみると『1人だけ助け出す事が出来たのですが、それ以外の人は別の場所に連れていかれたようですね』という事で、今は消えてしまったファントムジェリーと連れ去られた人達の捜索をしているのだそうです。
『そうですか…ありがとうございます、後はこれも耳に入れておいてもらいたいのですが…』
そして情報提供の代わりという訳ではないのですが、幼女スライムが毀棄都市方面で活動している可能性がある事を伝えると、カナエさんは『うーん』と唸りながら考え込んでしまいました。
『それは…わかりました、PTリーダーに伝えて善後策を考えてみます』
との事で、PTメンバーと一緒に行動しているのですぐに通信を終える事になったのですが……ファントムジェリーの所在についてはわからないままというのが少し不気味ですね。
(気にはなりますが…切り替えていきましょう)
不確定要素を残したままではあるのですが、まふかさんとグレースさんが『クリスタラヴァリー』の麓に到着したようですし、そろそろ私達も動き出す事にしましょう。
「ねえ、連絡が終わったみたいだけど……ここの蜘蛛達って、襲って…こないのよね?」
現在地はレナギリー達が待機している森の中、不安そうな声に視線を向けてみると気味悪そうに周囲を窺っているナタリアさんとヨーコさんが居て……。
「そう、ねー…襲って来ないって言われても少しだけ心配になる数なんだけど…」
私達を囲んでいるのはその見た目だけでも無理だと言う人がいるような巨大な大蜘蛛ですし、同胞と見られている私ならともかく何の保証も無い2人は敵対している数百匹にも及ぶ蜘蛛達に囲まれている訳で……いつ襲われるかと戦々恐々しているといった状態ですね。
「大丈夫ですよ、そもそも敵対クエストが始まるまでは仲良くやっていた相手ですし…そこまで怯えるような相手では」
慣れたら慣れたらで可愛らしいとは思うのですが……流石に数が数ですからね、不気味だと言われたら頷くしかないので怯えている事に関しては諦める事にしましょう。
とはいえ『両者の狭間』が始まる前はレナギリー達とも良好な関係を築けていましたし、そこまで不安に思うような相手ではと言うのに合わせて蜘蛛達が両前脚を上げて威嚇をするようなポーズを取っているのですが……これは歓迎の意を表しているのですよね?
「そういうのがあったのは知っているけど……ほら、私達って第二エリアにあんまり居なかったから……大丈夫、安心して…ヨーコだけは守るから」
「う、うん…でもナタリーも気を付けて…」
そうして不安そうにギュッと腕を掴んで来たヨーコさんに優しく微笑みかけるナタリアさんなのですが、第二エリアを少しだけ探索した事があるからなのか蜘蛛達とは敵対しているという意識の方が強いようで……その辺りは慣れてもらうしかないのでしょう。
「キタ、カ」
そして隙あらばイチャイチャしている2人を眺めていると、蜘蛛達の間から白いアラクネ……レナギリーが現れたのですが、どうやら役者が揃ったようですね。
「はい、この2人が協力者となります…そして、向こう側の準備も整ったようですね」
「デハ…」
「はい、このまま毀棄都市を落として…熊派に目にものを見せてあげましょう!」
そうレナギリー達やPTメンバーであるナタリアさんやヨーコさんに宣言し、別動隊として動いているまふかさんやグレースさんやスコルさんにも連絡を入れるのですが、私の作戦開始の合図に合わせて森の中に伏せていた1000体近い蜘蛛が一斉に動き出し……これだけの大群が私の号令で動き出す様はまさにゲームならではの体験という事もあり、不謹慎ながらも少しだけワクワクしてしまいます。
そして「目にもの見せてやる!!」というように各々前脚を振り上げて騒ぎ出す蜘蛛達の意気は軒昂で、そんな熱気にあてられたナタリアさんとヨーコさんがやや怯えた様子だったのが印象的だったのですが……とにかくレナギリー達がここに来るまでの間に多くの同胞を失い、現時点で戦闘に参加できるのはここに集まって居る1000体前後なのだそうです。
中には負傷し離脱した蜘蛛や新しく生まれた小蜘蛛が含まれていますし、勿論こことは別の場所で活動している蜘蛛達が居たりとレナギリーも実数は把握していないのですが、大雑把な内訳としては前衛となるフォレストスパイダーとダークスパイダーの混成部隊が300体、レナギリーを含む混成部隊が500体、バックアタック対策の後衛はアイアンハンターやデスサイズなどの足の遅い蜘蛛が200体ほど配置されているようですね。
「それじゃあ…先陣はユリエルちゃんに任せるから!」
「はい、最善を尽くします」
その中に混じる形で私達も配置されており、熊派に発見される必要がある私は先頭集団の中に居て、機動力の問題でヨーコさんは後衛に……そしてヨーコさんが後衛に居る以上その護衛につくナタリアさんも後衛にという配置です。
(皇国の興廃この一戦にあり…ではありませんが)
先頭集団の意思決定が私に委ねられる事になったのですが、私の攻撃指示がそのまま戦闘の趨勢を決めかねない重要なポジションというのは責任重大ですね。
いかにも個人の采配が全体に影響を及ぼすというゲーム的な仕様ですし、1000体前後の蜘蛛達を率いてと言えばそれなりの数が揃っているような気がするのですが……私達が相手にするのは毀棄都市に蔓延している無限湧きに近いゴースト達であり『毀棄都市ペルギィ』を覆い尽くさんばかりに根を伸ばした高さ300メートル前後の巨大なミューカストレントに対して突撃する訳ですからね、無謀に近い戦力差に何ともいえない半笑いが漏れてしまいます。
『あまり気張るなよ…我らがやるべき事はあいつらの誘導だ、ここで無理をする必要はない』
「ぷっ!」
(そうですね、気軽に…いきましょう)
この状況では淫さんや牡丹の忠告を大人しく聞き入れておこうと頷くのですが、そのまま見上げるように毀棄都市を眺めると……視界の端にヒョコヒョコと幼女スライムが居るのに気が付きました。
(攻撃を…といきたいのですが)
私達が気づいたという事を気づいた幼女スライムはすぐさま茂みの中に隠れてしまい……小勢を蹴散らす為に1000体近い集団の進行方向を変えるというのも色々と問題がありますからね、気にはなりますが無視を決め込む事にしましょう。
「目標『毀棄都市ペルギィ』…全員、突撃してください!!」
攻め落とさないといけない『毀棄都市ペルギィ』は目と鼻の先、私は先陣を切る蜘蛛達に指示を出しながら【魔翼】を展開するのですが……流石に正門から一斉にとなると熊派の待ち伏せがあるかもしれませんし大群が仇となる可能性がありますからね、ここは蜘蛛達が楽々と壁を越えていけるという特性を生かして浸透戦術を採用させてもらいました。
(出来たらナタリアさんやヨーコさん達もついて来れたらよかったのですが)
この辺りは事前の打ち合わせ通りといいますか、案だけなら私達も蜘蛛達に騎乗して壁を乗り越えていく事も考えたのですが……私の場合は自力で飛んで行った方が小回りが利きますし、ナタリアさんも乗るだけなら問題が無かったのですが、騎乗したまま弓を射る事が出来ませんでした。ヨーコさんの場合は運動神経的にまともに乗る事すら出来なくて……そういう訳で後続する2人は私達が制圧した後に正門を通ってミューカストレントに接近する事になります。
その為速度差がそのままグループごとの進軍スピードとなっているのですが、私達が突撃を開始したタイミングで運悪く……というより私達からすると運が良かったというべきなのかもしれませんが、丁度毀棄都市から出て来ているP Tが居る事に気が付きました。
勿論こんなタイミングで出入りをしているPTがただの一般通過プレイヤーという訳ではなくて、先頭に立っているのはどこかで見た事のある灰色の毛並みを持つラフな格好をしたワーウルフの男性で、その後ろに居るのがローブを着ている赤髪の男性とどこか軽薄な雰囲気を漂わせている金髪の男性という熊派の面々ですね。
「って、オイオイオイ…やべえぞこりゃぁあ!?」
どうやら彼らはレナギリーを監視する目的で正門付近に配置されていたようで、蟲の回収などを行っている本命の間接的な援護を行っているのでしょう。
そう考えると出会うべくして出会ったともいえる彼らは森の中から溢れ出して来た蜘蛛の大群を見てそれぞれの武器を構えるのですが、この時点でこちらの戦力は私達を含めたダークスパイダーとフォレストスパイダーの混成部隊が300程度、このままただ突撃するだけで蹴散らす事が出来るのですが……まずは毀棄都市に私が居る事を知らしめる必要がありますからね、他の蜘蛛達には少しスピードを落としてもらって単騎突撃する事にしました。
「って、天使ちゃん!?なんっ…った!!?」
「ぷっ!!」
いきなり蜘蛛の大群の先頭から飛び出して来た私に対して驚く3人を牡丹と一緒に斬り払い……そのまま彼らはまともな反撃も出来ずに蜘蛛の糸に雁字搦めにされて止めを刺されていきます。
「作戦変更は無し、ただし熊派の活動が考えられるのでその点だけは注意をお願いします!」
周囲の蜘蛛達に命令を出す必要があるのかは謎なのですが、そう指示を飛ばしながら彼らがリスポーンしていくのを見送ったのですが……後は彼らが「ユリエル発見!」の報告をキリアちゃんにしてくれる事を祈るだけですね。
(これだけ派手に動けば何かしらの反応がある筈ですが)
レナギリーと一緒に行動をしているプレイヤーが居るというだけでも脅威度が跳ね上がりますし、十中八九キリアちゃん本人が動くかビークリストゥという最高戦力を動かさなければいけない事態で……意図的に通信を遮断しない限りレイブンさんにもこの情報が回る筈ですし、私の所在を知ったレイブンさんは必ずここにやって来るという確信があって……。
「OOOOOOOooooOoxxxxttt!!!」
そんな事を考えながら突撃を再開すると、まるで毀棄都市全体が目を覚ましたようなおどろおどろしい叫び声が辺りに響き渡り……バリバリと地面が割れてゴースト達が溢れ出して来たかと思うと無数のミューカストレントの根っこが湧き出してきました。
(流石にそう簡単に攻め落とさせてくれないようですね)
私は右手に持った『魔嘯剣』を握り直し、進路を塞ぐように伸びて来た横幅数メートルはあろうかというグズグズに溶けた根っこを見上げながら……蜘蛛達の先頭に立って立ち塞がるモンスターの群れに斬り込みました。
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※誤字報告ありがとうございます(3/27)訂正しました。




