414:意外な提案と『クリスタラヴァリー』の様子
「おかえりなさ~い、その様子だとレナギリーとの交渉は上手くいったのかしらー?」
あえて明るく振る舞っているヨーコさんがテカテカとした笑顔で機嫌よく出迎えてくれましたし、茹で上がったようなナタリアさんと触手をウネウネとさせているニュルさんが揺れていたのですが……ノワールの姿が見えませんでした。
「はい、識別の都合上一度顔を合わせる必要があるのですが…事前にお2人の事を紹介しておけば問題ないとの事です」
どうやらノワールは周囲の偵察に出ているようで……とにかくレナギリーとの交渉結果をナタリアさんとヨーコさんに説明するのですが、あえてゆっくりと移動して来たという事もあり、気まずいタイミングで戻って来る事は防げたようですね。
「そ、それはよかった…のだけど……ユリエルちゃんって…?」
『搾精のリリム』の魅了を浴びて乱れてしまった後ですからね、「聞いていた筈なのになんで平然としているの?」とでも言いたげな様子でナタリアさんが私の顔色を窺ってくるのですが……仲の良い2人がイチャイチャするというのは自然の摂理といいますか、娘である私が呆れるくらいイチャイチャしている夫婦というのもこの世の中にはいますからね、きっと仲が良いというのはそういう事なのだと思います。
「ナタリー?」
そして不安そうに視線を下げたナタリアさんの手をヨーコさんが優しく握るのですが、2人はお互いの顔を見つめ合った後に小さく頷きあって……。
「も、もうバレていると思うし…ユリエルちゃんには言っておいた方が良いかなーってヨーコと話していたんだけど……その、私達が付き合っているって言ってもユリエルちゃんは驚いたりしないのかな?」
ナタリアさんはギュっとヨーコさんの手を握りながらそんな事を言うのですが……言われた私からするとさんざんイチャイチャしている姿を見せつけられた後ですからね「そうですよね」という感想しか湧いてきませんでした。
「おめでとうございます…で、良いのでしょうか?仲の良い事は良い事だと思いますし、特に可笑しな事では?」
同性カップルというのも最近ではよく目にしますし、特に可笑しな事ではありませんと私があまりにも淡々と肯定した事に対してナタリアさんとヨーコさん達の方が呆気に取られてしまったようなのですが、戦闘中ならともかく待機中にイチャイチャしていようが何をしていようがその人の自由だとは思います。
「そ、そう…」
そう伝えるとナタリアさんとヨーコさんはあからさまに安堵したように笑い……。
「ねっ、言った通りでしょ?ユリエルちゃんだったら大丈夫ーって……あー…でも、こういうのを告白するのって結構緊張するものなのねー」
「う、うん……たまに過激派が居る話題だから…っと、それで…そういう事に偏見のないユリエルちゃんにお願いしたい事があるんだけど……その、私…じゃなくて、私とヨーコをユリエルちゃんのクランに入れてもらえないかな?って」
この流れで何を言われるのかと身構えたのですが、お願いされたのはまさかのクラン参加申請で……詳しく事情を聞いてみると、渡河をする時や第二エリアのモンスターと戦ってみて2人で探索する事に対する限界を感じてしまったのだそうです。
「このままだと難しいし、ナタリーと一緒にどこか適当なクランに入らないといけないわねーっていう話はしていたんだけど…ほら~…ブレヒロだと色々あるでしょー?」
との事で、ブレイクヒーローズでは何時何処でエッチなモンスターに襲われるかわからないですし、入るのなら気心の知れた人達と組みたいとの事で……力量とかそういうものを考慮した結果、お眼鏡にかなったのが私のクランだという訳ですね。
「それは…2人の能力なら大歓迎ではありますが……プレイしている私が言うのも何ですが、イチャイチャするだけなら無理にゲームに繋がなくてもいいのではないですか?それこそパブリックスペースでもいいわけですし」
RPGという括りだと『Angel Quest OnlineⅡ』あたりが人気ですし、もっとまったりとした別のゲームに移籍した方が良いのではと提案してみたのですが……何故かナタリアさんが頬を赤らめてしまい、ヨーコさんが困り顔のまま頬に手を当てて首を傾げてみせました。
「それは、そうなのだけどー…」
というのも2人がゲームをしている理由がリアルで会うには距離があり、パブリックスペースや他のゲームだとブレイクヒーローズほど触れ合う事が出来ないからという事で……つまり2人がブレイクヒーローズをプレイしている理由がイチャイチャしたいからという事で、システム上ちゃんと触れ合う事が出来ない別のゲームだと色々と不都合があるのだそうです。
「そ、それだけじゃないのよ!?べ、別に、ヨーコとエッチがしたいからって理由だけでこのゲームをしている訳じゃないし!」
慌ててナタリアさんが否定するのですが、焦って誤魔化しているようにしか見えなくて……確かにブレイクヒーローズはセクシャルガードが緩い事に関して定評がありすぎますし、イチャイチャしたいだけならこれほど適したゲームもないのでしょう。
とはいえ、いくらイチャイチャする為にプレイしているゲームだとしてもずっと第一エリアに居続けるというのはそれはそれで厳しいものがあったようで、一緒に組んでも良いと思える人がいれば良いなーと考えている時にやって来たのが私だった……という訳ですね。
「駄目…かな?」
そして「お願い」というように手を合わせてやや上目遣いにナタリアさんが頼み込んでくるのですが……クランマスター権限でいきなりメンバーを増やすというのはトラブルの元だという事を学びましたからね、この件に関しては現在進めているイベントが終わってから一度クランメンバーと話し合ってみる事にしましょう。
「その、流石に私の一存では……一度クランメンバーと相談してみますので、加入するとしてもこのイベントの後…という事でもいいですか?」
「うん、大事なメンバー選びだし、その辺りはユリエルちゃんに任せるよ!」
闇雲にクランメンバーを増やしていけばいいというゲームでもありませんからね、慎重な姿勢を見せるクランマスターの方が良いと納得してくれて……。
「私もそれで構わないわー…でもー……そのクランメンバーってもしかしてまふまふ?それともグレースちゃん?スコルさんは…流石に入っていないのよねー?」
ただヨーコさんがニマニマと笑いながらそんな事を聞いてくるのですが、これはメンバーの確認をしたいというより「誰が好きなの?」という意味が込められているような気がして……どう答えるのが正解なのでしょう?
「まふかさんとグレースさんがメンバーで、スコルさんは違いますね…あと先に言っておきますが、別に2人とはそういう関係では……って、どうしました?」
私が「2人と付き合っている訳ではない」と言うと、何故か2人が驚いたような顔をしていたのですが……本当にどうしたのでしょう?
「そ、そうー…誰にも言わないから、お姉さんにはコッソリと教えてくれても良いのよー?で、本当のところはどこまでいっているの?」
「そうそう、ユリエルちゃんってすっごく可愛いし、抱き心地が良いし、手を出したくなるっていうのはわかるから」
何故か2人から詰められてしまうのですが……ナタリアさんが等身大の人形を抱きしめるように後ろから抱きつきヨシヨシと頭を撫でるとヨーコさんが物凄く冷めた笑顔で私の事を睨みつけてきて……。
「あの、そういうのは…」
「ヨーコさんの居ないところで」と言いかけたのですが、じゃあヨーコさんの居ないところならイチャイチャするのかと言われたら困ってしまうので言葉を飲み込んでおきました。
「そう、ねー…ユリエルちゃんって肌もぴちぴちで、おっぱいも全然垂れていなくて揉み心地も良いし…」
「あ、あの…ッ!?」
それからヨーコさんには八つ当たり気味におっぱいを揉まれて気持ちよくなってしまい……ワチャワチャしながらまるで釘を刺しておくというように2人の馴れ初めを聞かされる事になったのですが、出会いはブレイクヒーローズのオープンβ時代で、この時はただ単に仲の良い友達の内の1人という感覚だったそうです。
そして一緒にゲームをしている内にヨーコさんが「ナタリーのポジティブさを見ていると前向きな気持ちになれるのよねー」と思い、ナタリアさんも「ヨーコといると落ち着くなー」となって……そんな関係が変わったのは本当に最近で、ナタリアさんが二十歳になったタイミングで「じゃあ記念にお姉さんがディナーを奢ってあげるわー」とリアルで会う約束をして、実は酒乱だったヨーコさんが酔った勢いでナタリアさんを押し倒したのが付き合うきっかけとなったようですね。
「意外と嫌じゃなくて…」
「そうなのよ~もうこの子しかいないってピンときちゃってー」
なんでも2人の身体の相性が物凄く良すぎたという事で、お互いに「この人だ!」と思ってそのままお付き合いをする事となり……という流れを聞かされました。
「でもナタリーが頷いてくれるまではこんなおばさんでも良いのかしらって物凄くドキドキしたんだから~」
「だ、か、らー…ヨーコはすぐに年齢の事を口にするけど…ヨーコは全然年寄りじゃないし、どんなに年を取ってもヨーコはヨーコでとっても綺麗だよ?あっ、勿論リアルの方もね!」
「ナタリー…」
「ヨーコ…」
そうして見つめ合いながら手を握り合うヨーコさんとナタリアさんが2人だけの世界に入ってしまったのですが……私はいったい何を見せられているのでしょう?
それから2人の暴露話なのか惚気なのかわからない話を延々と聞かされる事になるのですが、途中で周囲の偵察に出ていたノワールが帰って来て……これ幸いと私は甘い空気を漂わせている2人から離れる事にしました。
「少し聞きたい事があるのですが」
そして「何だろう?」みたいに首を傾げるノワールにファントムジェリーとどんな話をしていたのかを聞いてみる事にしたのですが……よくわかりませんね。
といっても別に何か隠し事をされているという意味ではなくて、何となく「我々と敵対する気はあるのか?」みたいな事を言ったという事は伝わって来るのですが、流石に身振り手振りだと意思疎通にも限界があって……これでレナギリーが近くに居てくれたらノワールの言っている事を翻訳してくれたのかもしれませんが、居ないものは居ないと諦める事にしておきましょう。
「もう、ユリエルちゃん…真面目に聞いているのー?」
そしてまだまだ2人のイチャイチャエピソードを話したそうにしていたヨーコさん達なのですが、ノワールがこの近くで活動しているモンスター……逃げられたものの幼女スライムを見かけたようですし、あまり長居しているのも危ないのかもしれません。
「聞いていますが…そろそろ移動した方が良いようですね、もう少しレナギリー達の方に寄っておけば他のモンスターも近づいて来れないと思いますし」
因みにこの辺りはレナギリーの勢力圏という事で見回りの蜘蛛達がやって来るようで、その時はノワールが同胞達の説得をしていて……そういう見回りがあるからなのか川から這い上がって来ていたジェリーローパーや他のモンスターも寄り付かなかったようなのですが、流石にずっと同じ場所に留まっているとあちらこちらからモンスターが近づいて来ようとしているようでした。
なのでそろそろ移動した方が良いのでは?なんて事をノワールと話していたタイミングでスコルさんからの連絡が入ったのですが……2人の惚気話を聞かされ続けていた後では胡散臭いスコルさんの声でも心地よく聞こえてしまうのが何か嫌ですね。
『ユリちーと離れて三千里、こうしてユリちーの声を聴く事ができるというだけでも心が洗われ疲れが吹き飛ぶっていうものよね~』
そして若干こちらの心情を言い当てているようなスコルさんの言葉に目を細めてしまうのですが……どうやらスコルさんはまふかさんやグレースさんから離れて先行偵察をしているようで、一足先に『クリスタラヴァリー』に向かったのだそうです。
『今は冗談を言っている場合ではないと思うのですが…首尾はどうですか?』
『もう、ユリちーのせっかちさん、おっさんはもう少しお喋りを楽しみたいのにー…って、ウソウソ、冗談よ、冗談…いや~アレはきついわー…おっさんちょっくら見て来ようっていう感じだったんだけど、どうやって勝てばいいのーっていう感じで尻尾を巻いて逃げ出しちゃったわ』
との事で、スコルさんが言うにはレイブンさんとビークリストゥが『クリスタラヴァリー』に居座っているようで、追撃してこなかったので何とか命からがら逃げ出せたようですね。
『それはまあ…『精霊の幼樹』に期待するしか』
ビークリストゥとまともに戦えるとは思っていませんからね、イベントアイテムの効果に期待するしかありません。
『やっぱりそうなるのよね~…う~ん、それだとおっさん達の責任が重大すぎるんだけど…緊張しすぎてオシッコ出ちゃいそう』
この作戦はどれだけ素早くまふかさん達が『精霊樹の枝』を植えられるかにかかっていますからね、緊張しているのならもう少し真面目な態度で事に当たって欲しいのですが……。
『漏らさないでくださいね?』
『わかってるわよ~…でね、漏らさずに頑張ったおっさんへのご褒美として後でなでなでとかは…?』
『ありません』
『そんな!?じゃあおっさんは何を楽しみに頑張ればいいの!?』
そんないつも通りの冗談を受け流したりレナギリー達の仲間判定の仕様を伝えたり、後はまふかさん達が所定の位置につくまでの間にヨーコさんとナタリアさんの惚気話を聞いてから……私達はビークリストゥ達を『クリスタラヴァリー』から引き離すための作戦を決行する事になりました。
※ユリエルの言っていた『パブリックスペース』とは所謂メタユニバースの一つであり、公共機関主導の仮想空間の事を指しています。フルダイブで繋げば無料のコミュニケーション広場としても使えますし、電脳世界では道路や広場に該当する場所となっています。
※ブレイクヒーローズは偶数日更新の為、次話の投稿は8月2日からとなります。
※誤字報告ありがとうございます(3/27)訂正しました。




