409:ニュルさんを紹介してみました
私達はレナギリー達と合流する為に『イースト港』の西に広がる森の中を移動していたのですが……思っていたよりヨーコさんの歩みが遅かった事もあってなかなか距離を稼ぐ事が出来ませんでした。
「大丈夫ですか?スタミナポーションを飲みます?」
私は樹上から蔦を伸ばしてきていたマンイーターを『ベローズソード』で斬り払い、汗をダラダラと流しながら肩で息をしているヨーコさんに声をかけたのですが……。
「こ、これくらい…っ、はぁー…だ、大丈夫よ…それに…っ、アイテムは貴重だから」
俯き途切れ途切れに言葉を絞り出しているヨーコさんはどこからどう見ても駄目そうな気配がするのですが……何とか強がろうとしているヨーコさんを見ていたナタリアさんが「仕方がないなー」と肩を竦めながら『スタミナ回復ポーション』を手渡すと、少しだけ悩んだ後に「これ以上足手まといになる訳にはいかないから」というように口を付けました。
「ふー…ごめんなさいね~これでも学生の頃は徹夜でイベントに参加したりあっちこっちに移動していたんだけど……駄目ね~…動かないとすぐに体力が落ちて…」
妙に歳より臭い事を言うヨーコさんなのですが……その辺りの話題はデリケート過ぎる話題ですからね、曖昧に笑って流す事にしましょう。
「そうやってヨーコはすぐ年寄り臭い事を言う…まだまだ若いんだから、少しくらいは家から出ないと駄目よ?」
「若いっていってもナタリー程じゃあ…って、歳の話は良いのよ!」
だというのにナタリアさんはヨーコさんの実年齢を知っているのか軽く言い返していて……これはリアルの事を話をした事があるのかリアルで会った事があるのか……とにかくヨーコさんは曖昧な笑みを浮かべながらナタリアさんが渡したポーションの瓶を仕舞い込み、代わりのポーションをナタリアさんに渡していました。
「そ、それよりーこの辺りで狂暴な巨大スライムが暴れているって聞いていたんだけど~…ユリエルちゃんは知らないかしら?」
そうしてヨーコさんが誤魔化すように別の話題を振って来たのですが……。
「多分…大丈夫かと?」
これ以上犠牲者を出す訳にはいかないとカナエさん達が捕まっている人達を助け出す為に動き出しているようですし、ファントムジェリーを追い詰める為に掃討戦を仕掛けているのである程度は行動を制限してくれている筈です。
(そのおかげで私達も楽をさせてもらっていますし)
カナエさん達が頑張ってくれているおかげで『イースト港』から渡河地点までのモンスターが一時的に減っており……その辺りの事情を2人に説明しておくと「そういえばそんな話も」みたいな反応をされました。
「橋を架けるって言っていた人達の話よね?私はスライムとの相性が悪いから断ったけど」
ナタリアさんのメイン武器は弓ですからね、普通のスライムならともかく゛巨大”スライムの核をピンポイントで狙うとなると難易度が上がりますし、心配性なヨーコさんの手前無理をする事も出来なかったのでしょう。
「そうね~私も少しだけアイテムを融通したけど……あ、もちろんちゃんと代金は貰ったわよー?」
そして運動神経が壊滅的なヨーコさんはそもそも戦闘に参加しようとは思わなかったようで……そんな会話をしているとナタリアさんが『サルースの弓』を構え、茂みの奥でこちらを窺っていたブッシュゴブリンの頭に魔力の矢を突き立てていました。
「あんまり長居すると魔物も寄って来るし、そろそろ移動しよっか?」
「そうですね、もう少しで川が見えてきますし…ファントムジェリーについては出てきた時に改めてどうするかを考えればいいかと」
「そう…ねぇ~」
ヨーコさんはナタリアさんが矢を放った後でワタワタと魔石にも似た投擲アイテムを取り出していたのですが、潜んでいたブッシュゴブリンがあっさりと倒された事に対して息を吐きます。そしてにこやかに手を振るナタリアさんに相好を崩して見つめ合っていたのですが……相変わらず仲の良い2人ですね。
(さて、問題はここからですね)
いくら何でも戦力の増強や準備もせずにカナエさん達は動かないと思いますし、ある程度の勝算があるのならファントムジェリーも撃退されて川の傍には居ないと思うのですが、橋が無い以上残骸の上を跳んで渡るしかなくて……ナタリアさんなら距離の近い場所を跳び越えていけると思うのですが、ヨーコさんの運動神経では難しいですね。
(2人を担いで渡る必要があるのですが…)
(ぷっ!)
流石に2人を抱えてとなると機動力がガタ落ちなのですが、飛んでくる毒液程度なら牡丹達だけでも何とかできると自信満々で……防御は任せてしまう事にしましょう。
「それにしても…ユリエルちゃんっていつの間に体力がついたのかしら?全然バテていないけど、何かコツみたいなものがあるの?」
そんな事を考えていると「やれやれどっこいしょ」と背筋を伸ばしていたヨーコさんが口を開いたのですが……「これが若さなのかしら」という後半部分は聞かなかった事にしましょう。とにかく私の場合は種族補正による筋力上昇や細かな高低差を気にしなくてもいい飛行能力と自然回復力を上げる【バイオアブソープ】などのスキルのおかげですからね、それらが無ければ私もヨーコさんのようにバテていたと思いますし、地力でないところを褒められると若干いたたまれない気持ちになってしまいますね。
「種族とスキルのおかげですし、特別な何か…という事は」
私もリアルだと胸がぷるんぷるんと揺れる運動音痴に部類されていますからね、ここでイキっても情けないだけなので事実を直視する事にしましょう。
「やっぱり種族補正が凄いのねー…私も人外種だったら動けるようになっていたのかしら?」
周りの視線が無くなった辺りで【擬態】を解除し『搾精のリリム』本来の姿に戻っていたのですが、改めてまじまじと私の事を見ていたヨーコさんはそんな事を言い……。
「人外種は人外種で大変ですが…便利な事も多いですね」
その辺りはハイリスクハイリターンといいますか、デメリットがもう少しマシなものだったら人に勧める事も出来るのですが……ブレイクヒーローズの人外種はあまりにも癖が強すぎるのでおすすめ出来るようなものではありません。
「そういう人外種の癖の強さに関して…という訳ではないのですが、牡丹達以外にも紹介しておかないといけない子がいるのですが」
流石に渡河する時はニュルさんにも手伝ってもらわないといけないという事で、そろそろナタリアさんとヨーコさんにもニュルさんの事を紹介しておこうと種族的な話から眷属的な話に持っていく事にしました。
「驚かないでくださいね?」
一応念を押しておくのですが、2人は顔を見合わせた後……頷きます。
「ええ、それはわかった…けど?って、ええ…」
「これはまた…凄いのが出て来たね」
橙色をした1メートル近いヌルテカボディーと砂色と薄い灰色を混ぜたような10本の触手を持つニュルさんを【招集】するとヨーコさんは「何事かしら?」みたいな顔をしてから目を丸くして、ナタリアさんは興味津々といった様子で目を輝かせていて……「何故触手を仲間にしているのか?」という疑問はあるものの、心配していた嫌悪感はそれほどでもないようですね。
「この子がジェリーローパーの…ニュルさんです」
「KYURURUU」
そして「やっと出て来れた」というようなニュルさんが触手をウネウネさせながら挨拶をしていたのですが、2人は伸ばされた触手を戸惑うように軽く摘まむような握手をしていて……。
『大丈夫だったようだな』
(そうですね)
この辺りは中身の居るプレイヤーとN P Cの違いかもしれませんし、2人もなんだかんだと言いながらもブレイクヒーローズをプレイしていますからね、多少の事には動じない精神が育まれているのかもしれません。
(安全なオ〇ニーグッズを見るような目で見ているのが気になりますが)
うねる触手の感触を確かめながらナタリアさんが「ふーん、へー」というような半笑いのまま私の方をチラチラと見てきているのですが……そんな生暖かい目で見られていると落ち着きませんし、急に恥ずかしくなってきますね。
「こんなに近くで見た事は無かったけど…『ミキュシバ森林』に居るローパーの上位種よね?うわー…ヌメヌメしてるー…触手ってこんな感触なんだ」
「もう、ナタリーったら…いくらユリエルちゃんのテイムモンスターでも…って、え、ちょっ…キャッ!?」
そうしてニュルさんは相変わらずニュルニュルと絡みつくのが好きなようで、早速2人の身体に触手を伸ばしていたのですが……本当に誰に似たのかはわかりませんが、触手に撫でられてキャッキャとじゃれ合っている3人を見ていると無性にムラッときてしまい……軽く深呼吸をして心を落ち着かせておきましょう。
「それにしても…ユリエルちゃんってこういうエッチな魔物も仲間にしているのねー…お姉さんとしてはどうやってテイミングをしたのかが気になるところだけど」
ニマニマと笑っているナタリアさんがテイム条件を満たすために何があったのかと聞いて来るのですが……。
「別にそういう目的では…仲間にしたのも成り行きですので」
エッチな目的で眷属にしていると思われているかと思うと無性に恥ずかしくなりますし、生暖かい目で見られると顔が火照って下腹部がキュッとしてしまうのですが……あまり強く否定しても嘘っぽくなってしまいますからね、さも当然というような顔をして流す事にしましょう。
『お前が変態であるというのは今更な気がするが』
(淫さん)
(ぷっ!)
そして淫さんが酷い事を言い、牡丹は私の肩を持ってくれるのですが……とにかく今はこの変な空気を払拭する為に軽く息を吐き、それから改めて口を開きます。
「皆さん、そろそろ渡河地点ですし…いつファントムジェリーが襲ってくるかわからない場所ですからね、気を引き締め直した方が良いのではないですか?」
「そう、ねぇー…流石にふざけすぎたわ、ごめんなさいね~」
「はーい、それじゃあ……んっと?まあ…行きますよー……あ、索敵は任せて、ヨーコとユリエルちゃんはゆっくりとついてきたらいいから」
私は頬の熱さを自覚しつつ窘めてみるのですが、同じく顔を赤らめていたヨーコさんはニュルさんに触れられた場所を気にしながら申し訳なさそうに謝罪を口にして、ブルリと武者震いのように身体を震わせていたヨーコさんは一瞬首を傾げたのですが……とにかく私達は周囲を警戒しながら第一目標である渡河地点を目指す事になりました。
※誤字報告ありがとうございます(3/27)訂正しました。




