408:打ち合わせと作戦の開始
『ねえ、気が付いたら人が増えていたんだけど?』
休憩のためにログアウトして、細々とした用事を終わらせてから再度ログインした時にはまふかさんとグレースさんも繋いでいたのですが……まず最初にぶつけられたのは若干不服そうな疑問でした。
『はい、手伝ってくれるという事でしたので…人手はどれだけあっても足りませんから』
別にまふかさんは怒っているという訳でも……私達3人だけで熊派との全面対決を勝ち抜くのは難しいという事はまふかさんも理解していますからね、素直にナタリアさんとヨーコさんとスコルさんが参加した経緯を話してみるのですが……おもいっきり溜め息を吐かれてしまいます。
『人手って、そりゃあ必要かもしれないけど…あんまり変な奴を入れるのは嫌よ?だというのに……何で犬っころまで混じっているのよ?』
『何で…といわれましても、スコルさんには索敵と回復アイテムの運搬をお願いしようかと』
『ワンワン!犬っころも頑張るワン!』
『ああもう!いちいち犬のマネをしなくてもいいのよ!!』
ヘッヘッヘッと犬っぽい呼吸を再現しているスコルさんに対して「鬱陶しい」と切り捨てるまふかさんなのですが……言い合いに発展する前におずおずとグレースさんが間に入ってくれました。
『あ、あの…で、でもスコルさんが居てくれた方が助かりますし…それに…その、回復アイテムを運んで…来てくれるのですよね?』
そうしてスコルさんの有用性をプッシュするグレースさんなのですが、どこか信用ならない胡散臭さがあるのがスコルさんですからね、賛否としてはやや否が多いような状態で……このままこの話をしていると空気が悪くなりそうなので話を進める事にしましょう。
『ではそういう事で、作戦開始時間まではもう少しありますが…全員集まったので改めて作戦のあらましを説明しておきますね』
『そうねー…私達は飛び入り参加だし、改めて教えてくれると助かるわー』
ここで言い争ってもしょうがないとヨーコさんも相槌を打ってくれたのですが……とにかくこれから私とナタリアさんとヨーコさんがレナギリー達と共に毀棄都市にいるミューカストレントに攻勢をかけ、まふかさん達には『クリスタラヴァリー』に陣取っているレイブンさん達が迎撃に動いたのを確認してから『精霊樹の枝』を『音晶石』の広場に突き刺して欲しい事を説明しました。
『植える場所についてはレナギリーにも許可を取っていますし、枝を突き刺したらイベントが始まると思いますので……まふかさん達にはそのま幼樹を防衛してもらう事になるのかもしれません』
当然枝を刺しても何も起きないという可能性もあるのですが……『蜘蛛糸の森』にあった『精霊の幼樹』の事を考えると『歪黒樹の棘』を弱体化させるイベントが始まる筈ですし、弱体化イベントが始まったら何とかしようとする熊派からの妨害を受ける可能性があり……本格的な侵攻を受ける前に毀棄都市を落としてレナギリー達の大移動を完遂させる事が出来たらベストですね。
『それはまあ、良いんだけど…どこがどうなったらそういう話になるのよ』
そして熊派の勢力圏に攻め入る事は知っていてもどこに攻め入るかは知らなかったまふかさんは呆れたように呟くのですが……『毀棄都市ペルギィ』が落ちれば『イースト港』にいるプレイヤー達が東西を自由に移動する事が出来るようになりますからね、十中八九熊派からの妨害がある筈です。そして熊派の妨害を受けるという事はキリアちゃん達に私達の事が伝わり仲間内での情報共有がおきるという事で……私に対して並々ならぬ関心を持っているレイブンさん、ひいてはレイブンさんが率いているビークリストゥが『クリスタラヴァリー』から離れる筈です。
『ねえねえ、ユリちー達が毀棄都市を攻める前にその…ビーなんちゃらっていうのが『クリスタラヴァリー』から離れていたらそのまま枝を刺してもいいのよね?』
そしてスコルさんが作戦の疑問点を確認してくるのですが……そうですね、その可能性もあるのですよね。
『はい、その場合は幼樹のイベントが起きてから毀棄都市を攻めますので…レナギリーの説得は任せてください』
いくら自由行動が許されているといってもずっと同じ場所にいる保証はないですし、キリアちゃんの命令でどこかの戦線に移動しているという可能性もあるのですが……何となくなのですが、レイブンさん達が唯々諾々と命令に従っている姿が思い浮かびませんし、その場から動いていないような気がします。
(動いてくれている方が楽なのですが)
それなら熊派の拠点に攻め込む必要もなくなり……まふかさんとグレースさんが『クリスタラヴァリー』に潜入するだけで作戦コンプリートとなります。
『じゃあまふグレにポーションを渡したらその辺りを調べてみようかしら…相手の動き次第ではおっさん達も好き勝手に動いていいのよね?』
機動力と隠密能力と索敵能力が異様に高いスコルさんですからね、調べてくれたら大助かりですね。
『って、変な略し方をするんじゃないわよ犬っころ!』
ただスコルさんとまふかさんの仲が悪い事がやや気がかりで、グレースさんが困惑している事が通話越しにも伝わってくるのですが……その辺りは何となく上手くいったらいいなと思い込む事にしましょう。
とにかくレイブンさん達が動いておらず、私達が『毀棄都市ペルギィ』を攻めてもその場に留まっていた場合は……ある意味熊派の最高戦力が『クリスタラヴァリー』に留まっている状態になりますからね、それはそれで落ち着いて毀棄都市を攻め落とせばいいだけですね。
『2人とも、喧嘩はそれくらいで…その辺りの判断はスコルさん達にお任せします』
相手の動きに合わせて毀棄都市側に来てくれてもいいですし、『隠者の塔』と『リヴェルフォート』の戦いに乱入しても良いですし、その辺りの判断はスコルさん達にお任せする事にしましょう。
『それにしても…聞けば聞くほど行き当たりばったりの作戦ね』
筈とか可能性とかの曖昧な話ばかりですからね、まふかさんが呆れたように息を吐くのですが……。
『相手が居る事ですし、ある程度行き当たりばったりになるのは仕方がないかと』
大まかな作戦はそんな感じで、後はどのようにこちらの戦力を割り振るかという事なのですが……狭い地下空洞で戦う事になるクリスタラヴァリーチームは接近戦のまふかさんと治療・防御魔法のグレースさんと索敵・遊撃のスコルさん、居座っているレイブンさんとビークリストゥを誘い出す毀棄都市攻略チームは餌となる私と遠距離攻撃のナタリアさんとアイテムサポートのヨーコさんの3対3で分かれる事にしました。
そして別の場所で行動しているメンバーが同じPTに入っているとアイテムやら経験値の分配がややこしくなってしまいますからね、PTは2つに分ける事にして……PT間の連絡はクランかフレンド経由で行う事にしましょう。
『そっか、ユリエルちゃんってクラン作っているのよね…ユリエルユニオン、だっけ?』
『そうよ…といってもまだまだ小さなクランだけど』
そんな話をしている時にワールドアナウンスを聞いていなかったナタリアさんがクランについて言及して、何故かまふかさんが鼻高々というように肯定をしていたのですが……。
『ねえねえ、ユリちー…』
『却下します』
『おっさんまだ何も言ってないわよ!?』
スコルさんが何か言いかけたのですが……作戦前にスコルさんのクラン加入を認めたら色々とややこしい事になりそうですからね、まふかさんとスコルさんが喧嘩を始めても大変なので却下しておきましょう。
『ではスコルさんがそちらに到着したらPTを分ける事にして、私達もそろそろ移動を開始しようと思いますが…スコルさんは今どの辺りにいますか?』
救援物資を届けないとまふかさんとグレースさんが動けないですからね、先行しているスコルさんに現在地を聞いてみたのですが……。
『おっさんの切実な願いは無視!?もう、ユリちーのいけず~…こうなったらまふグレと組んず解れずムフフってユリちーをギャフンと言わせてあげるんだから!』
『何をするつもりなのよ何を!?変な事をしたらぶん殴るわよ!!』
『え、えーっと…』
そうしてスコルさん達は大丈夫なのだろうかという会話をしているのですが……まあ何だかんだ言ってお互いの足を引っ張る事まではしないと思っておく事にしましょう。
『スコルさん?』
『ちーえー…おっさんは現在毀棄都市の西側を通過中ですよー…ポーション以外も運んでいるから乞うご期待ってねー』
改めて聞き直すと拗ねたフリだったというように現在地を教えてくれて……この短時間でそこまで進んでいるのは流石の機動力ですし、どうやら渡したポーション以外にも救援物資を色々と買い込んでいたようなのですが……。
『どうせ変な物なんでしょ?荷物になるだけよ』
『き、きっと…そ、そんな事はないかと?あ、ありがとうございます!』
プレゼントに関しては正反対の反応をしている2人の会話を聞きながら私達は肩を竦めてみせたのですが……向こうも準備や移動を開始するようなのでこちらもそろそろ動く事にしましょう。
『では私達もそろそろ移動しますね』
『ええ、犬っころと合流したら連絡を入れるわ』
いくらモンスターの質が低いといっても『イースト港』周辺は雑談しながら歩けるような場所ではないですからね、打ち合わせがひと段落してから移動に専念する事にしましょう。
「では私達も行きましょうか」
「え、ええ…そう、ねぇ~……移動中は足手まといになると思うけどー…アイテム面でのバックアップは任せてー」
私達の現在地は『イースト港』の簡易防御柵を越えた辺りですからね、渡河を考えると少しだけ急ぐ必要があるのですが……運動神経が壊滅的なヨーコさんは歩き出す前から気鬱だというように大きすぎる胸をゆさゆさと揺らしていたりと、まだまだ平地だというのに歩きづらそうにしていました。
「ヨーコは歩く事に集中していたらいいから大丈夫だって、出て来る魔物は私とユリエルちゃんで倒すし…牡丹ちゃん達も手伝ってくれるのよね?」
「ぷっ!」
「そう、ねー…じゃあお言葉に甘えて、ナタリー達に任せる事にするわー」
そうしてナタリアさんの励ましや牡丹とノワールも「任せて!」というように力強く頷いているのを見て少しだけ持ち直したヨーコさんは顔を上げて……そういえばなのですが、ナタリアさんとヨーコさんにニュルさんの事を説明しておかないとややこしい事になるのかもしれませんね。
(出さないという訳にもいかないのですが、いきなり出したらビックリしてしまうかもしれませんし)
収納し続けているとニュルさんが干からびてしまう事がわかりましたからね、どこかのタイミングで出しておかないといけないのですが……ジェリーローパーを眷属にしているというのはなかなか恥ずかしい事のような気がしてきてしまいます。
『………』
『だからといって…いきなり触手の塊が出てきたら普通驚くぞ?』
そんな事を考えていると収納中のニュルさんから不服そうな気配が伝わってきますし、淫さんもその気配に同意しているのですが……。
(そうですね…ニュルさんを出していないと淫さんも満足に動けないですし、こうしてお喋り出来ないのは寂しいですよね?)
『別に…そういう訳ではないのだが』
(んっ…淫さん?)
ニュルさんが空気中の魔力を集めていなければ消費を抑えようと淫さんが黙り込んでしまいますからね、1人だけ仲間外れというのは寂しいかと思っていると……乳首を舐めとるように弾かれてしまいました。
油断していた事もあってカクンと力が抜けかけてしまったのですが……こんな時に変な事をしないで欲しいですね。
『うるさい、お前は油断しすぎだ…そんな事では命がいくつあっても足りんぞ?』
『ちゃんと警戒しておけ』と忠告じみた事を言う淫さんなのですが、どう考えてもその言葉は照れ隠しにしか思えなくて……。
(そうですね、淫さんも周囲の警戒をお願いします)
やれやれというように息を吐くと『翠皇竜のドレス』がモゾモゾと動いてしまうのですが……とにかく今はそんな淫さんのじゃれつきを我慢しながらレナギリー達との合流を目指す事にしましょう。




