406:暇を持て余していた人達
『イースト港』に居たフィッチさん達に武器の修理をお願いし、アイテムの補充を行っているとナタリアさんとヨーコさんという懐かしい人達と再開したのですが、そのまま立ち話と言うのも何なのでお茶をしながら近況報告をという事となり、私達は海の見える……といっても『イースト港』の商業区画は基本的に海に面した場所にあるので大体どこからでも海が見えるのですが、2人のおすすめだという景色の良いオープンカフェに入る事になりました。
「でねー折角第二エリアに渡って来たっていうのにヨーコが近場で狩りをしなさいって言うのよー…それだと実入りも良くないし、酷いと思わない?」
「だって、それは…ナタリーの事が心配だから……ほら、第二エリアって色々あるから」
そうして席につき、行儀悪くパタパタと足を動かしながら不服を表しているナタリアさんとそれを宥めているヨーコさん達が第二エリアに渡って来た理由を話をしてくれたのですが、何でも今まではW Mで売っているアイテムを加工して付加価値を付けてから販売をするという生産職ムーブをしていたものの、ワールドクエストが発令されて流通が止まってからは生産ビジネスが行き詰まってしまい、渋々ながら色々なアイテムが集まる第二エリアの方に拠点を移して来たのだそうです。
「だからヨーコは心配しすぎなんだって…そりゃあ大変な目にあうかもしれないけど、そういう危険があるからこその儲けなんだし…それに酷い目にあうって言っても所詮はゲームなのよ?後遺症が残ったり死んじゃったりする訳じゃないんだから」
「それは、わかっているんだけどー…それでもナタリーの事が心配なのよ」
根っからの狩り好きのナタリアさんと安全志向のヨーコさんの意見は平行線で……それでも心配されているという事に対して悪い気はしていないのかナタリアさんも満更じゃなさそうなすまし顔の頬を赤く染めていて……いったい私は何を見せられているのでしょう?
(何なんでしょうね、この甘々な空間は)
仲が良い事は良い事なのですが、あのスコルさんでさえ揶揄わずに地面に直置きされた平皿に入れられた牛乳をワフワフと嬉しそうに飲んでいて……私もそんな甘々な空気をミルクティーと一緒に喉の奥に流し込みながら注文をしていたシフォンケーキに手を付けます。
(美味しいですね)
舌触りの良いふわっふわの生地をそのまま食べても良いですし、添えられている甘めのクリームを付けて味変を楽しんでも良いという……あっさり目の食べ物でお腹に溜まりそうな物を頼んだのですが、これはこれで当たりの部類だったかもしれません。
「でもそろそろ本格的に金策をしないと不味いんでしょ?W Mが閉鎖しちゃってヨーコのアイテムも全然売れてないんだから、このままだと資金が焦げ付いて首が回らくなっちゃうよ?」
「販売については私の営業力不足だから…ナタリーが心配しなくてもいいのよ?」
そしてヨーコさんの為に頑張りたいナタリアさんと、自分の為に無理をして欲しくないヨーコさんは机を挟んで見つめ合っているのですが……因みにヨーコさんが注文したのはほろ苦いスポンジの中に甘さ控えめのチョコレートクリームをこれでもかと言うくらいに詰め込んだチョコレートケーキとブラックのコーヒーで、ナタリアさんははみ出さんばかりの瑞々しいグレープを楽しむあっさり目のミルクレープなのですが、飲んでいる物はヨーコさんに合わせているのかブラックコーヒーですね。
あまりブラックコーヒーが好みではないのかナタリアさんの眉が寄っていたりするのですが、「背伸びをしながらブラックコーヒーを飲むところも可愛いのよね~」とでも言うようにヨーコさんが蕩けた笑みを浮かべていて……私が食べているシフォンケーキよりも甘い空気を醸し出している2人に苦笑いを浮かべてしまいます。
(それにしても…皆さんブレイクヒーローズでは有名人のようですし、目立ってしまうのは仕方が無い事なのかもしれませんが)
何気なくミルクティーを飲みながら視線を周囲に走らせてみると結構注目されているようで……まあ古参勢という事で3人ともそこそこ知名度がありますし、男性比率の大きいゲームで女性が集まっていたらどうしても目立ってしまいますからね、ある程度注目されるのは仕方がない事なのかもしれません。
それにナタリアさんは活発そうな中にも柔らかな女性らしさを帯びた美人さんですし、気だるく儚げな雰囲気を纏ったTカップ爆乳のヨーコさんは初見の人でも二度見をしてしまうようなプロポーションを持っていて……ゲームの中だから体型を維持できていますが、リアルだと絶対この胸は垂れますよね。
そんな変な心配をしながら改めて2人の様子を窺うのですが……動きやすいように纏められたナタリアさんの長めの金髪には蔓で編み込まれた装飾品がつけられており……たぶんヨーコさんの手作りなのだと思いますが、何かしらの付与効果がつけられた魔法石のついたヘアクリップにも似た物をつけていました。
そういう細々とした装飾品がヨーコさん製になっているのは良いのですが、一番気になるのが2人の左耳にはお揃いのイヤリングを付けている事で……石は翡翠でしょうか?どことなく2人の瞳の色を混ぜたような色合いですし、ただの装飾品というには意味深だと思って見ていると……そんな私の横顔をスコルさんが胡散臭そうな笑みを浮かべながら眺めていたのですが……とにかくナタリアさんの防具は赤銅色をした革のベストの下には切れ込みの激しいパンツが見えて……というより伸縮性の高いピッチリとしたインナーの上に革製のベストを着こんでいるという感じでしょうか?ハイソックスにアーミーブーツ、肘まで覆う弓用の手袋をしているのでメイン武器は弓のままだと思うのですが、今は開いている席に置いてあるタクティカルバッグの中に収納しているのか常時手に持って移動している訳ではないようですね。
代わりというようにナタリアさんの両脇にはナイフを3本ずつ収納可能なホルダーがあり、私が使っている投げナイフが金属片に近い薄っぺらい物だとすればナタリアさんが装備しているのはれっきとしたスローイングナイフと言うサイズの物で、魔力的な付与がなされているのが見て取れます。
(基本的には弓で攻撃して余裕のある時は接近戦、切り札的に付与が施されている投げナイフを使う…といった感じでしょうか?)
ナタリアさんは出会い頭の乱戦対策と一撃必殺用の切り札を用意しているという感じで……一方ヨーコさんの方は装備を整えないといけない前線メンバーという訳ではありませんからね、補助効果のある宝石をあしらったつばの広い三角帽に裾が地面につくほどのオフショルダーのドレスというあまり変わらない物を身に着けていました。
そして前回会った時は投擲アイテムをジャラジャラとベルトに括りつけていたのですが、比較的スッキリとした見た目になっており……代わりに手のひらを隠すような革製の手甲をつけていたのですが、革と革の間にゴルフボールくらいの穴が開いているのでそこから投擲アイテムを取り出すのかもしれません。
「とにかく私達の方はそういう感じなんだけど、ユリエルちゃんの方はどんな事をしていたの?そこに居る蜘蛛ってレナギリーの所の蜘蛛よね?なんでユリエルちゃんが連れているの?」
2人のイチャイチャがひと段落したのか、それともやっとの事で私と言う存在を思い出したのかはわかりませんが……とにかく話を振られて少しだけ考え込んでしまいます。
「そうですね…って!?スコルさん?」
どこまで話しましょう?と考えたのですが、いきなり太腿の上に湿ってゴワゴワしている体温の高いモノが乗って来たので驚いてしまい……私は太腿に顎を乗せたままフガフガと喋り始めたスコルさんを睨みつけてしまいました。
「いやーそれはおっさんも興味があるわー…って、牡丹ちゃん!?今はシリアスな話をしているのよ!?ちょっと待って、そっちは海よ…ユリちー助け!?っ…ほっぅ!?」
「ぷーっ!!」
そんな状態で喋られると髭とか体毛とかが当たって擽ったいのですが、過剰なスキンシップに怒った牡丹が無理やり引き剥がすようにズルズルとスコルさんを引きずっていき……どちらが話の腰を折っているのでしょうね。
「あはは…スコルさんは相変わらずみたいだけど……ユリエルちゃんも嫌だったら嫌って言わないと駄目よ?」
2人はそんなスコルさんを見て笑ってはいたのですが、いきなり女性の太腿に顎を乗せるなんていう暴挙に出た人に対して極寒の視線を向けていて……そんな冷たい視線に負けるスコルさんではありませんからね、相変わらず元気よく騒ぎながら牡丹に引きずられて行き、そのままバシャーン!と海の中に落とされていました。
「おっさんが海に落ちたぞ!?」「誰か棒持ってこい棒!」「くそ、お前ばっかり美女を侍らせやがって!」「積年の恨みだ!!」
そうして周囲の人達が騒ぎ出すのですが、日ごろの行いなのか助けようとする人よりも今のうちに叩きのめそうとする人の方が多いようで……多少やりすぎなのでは?と思わなくもないのですが、海に落とされたスコルさんは悠々と犬かきをしながら何食わぬ間抜け面で騒ぎを眺めていますし……まあ心配しなくても大丈夫そうですね。
(雉も鳴かずば撃たれまいではないですが)
わざわざちょっかいをかけなければ良いのにとは思うのですが……とにかく私達はそんな騒ぎに巻き込まれないようにスコルさん達を無視する事にして、ヨーコさんが思い出したというように話を進めます。
「たしか…ユリエルちゃんってハーピークィーンを倒していたのよね?」
「ええ、はい…1人で、という訳ではないですが」
「え、嘘?あれ倒したのってユリエルちゃんだったの!?ってかヨーコも知っていたら教えてくれてもよかったのにー」
「だってーナタリーも知っていると思ったから」
一応どのクランが倒したかと言う情報もネットには載っていた筈なのですが、アナウンスが入った時に繋いでいなかったナタリアさんはブレイカーズギルドの方で詳細を調べればいいやと思っていたのか撃破者まで確認していなかったようですね。
そして自分だけが知らなかった事に対して膨れっ面をするナタリアさんと宥めようとしているヨーコさんが居て、スコルさんはずぶ濡れになりながらも何とか海から這い上がって来ていたのですが……。
「まったく…もう!水も滴る良いおっさ…ぶえーくしょん!じゃないんだから」
こんな時にも冗談を言おうとするスコルさんには呆れてしまうのですが……鼻水を垂らしながらヘラリとした笑みを浮かべている人に何を言っても意味がなさそうなので気にしないでおきましょう。
「それよりユリちーの話だけど、頑張ったから一旦休憩…って訳じゃないのよね?すぐにどこかに行こうっていう準備の仕方だったし…ねね、面白い話なんでしょ?おっさんにも一口かませてちょーよ」
そうしてブルルルと身体を震わせて海水を飛ばしていたスコルさんがいらない事を言うのですが、その発言に暇を持て余していたナタリアさんが目を輝かせていて、ヨーコさんが惚れた弱味なのか「やれやれ」なんていう温かい眼差しで頬に手を当てながら小首を傾げていて、周囲の人達が「おお、新情報か!?」みたいに騒然となってしまうのですが……何か3人ともついてくる気満々なのですが、どうしましょう?
「激戦になりますよ?」
ある程度上手く立ち回るつもりではあるのですが、下手をすれば熊派との全面対決が待っていますし、ワールドクエスト中の大きな出来事という事でブレイクヒーローズの今後にも大きく影響が出る戦いが待っているのかもしれません。
「それは望むところ…って、そりゃー…正面切った戦いならユリエルちゃんやスコルさんより見劣りするかもしれないけど…こう見えて弓ではトップランカーなんだから、援護はお姉さん達に任せなさいって」
「そうそう、おっさんもユリちーの為なら火の中海の中ってもんよー…連れて行ってくれたらお役立ちしすぎて困っちゃうわよ?」
だというのに何か調子の良い事を言っている2人なのですが、慎重論を唱えてくれそうなヨーコさんを見ても「仕方がないわねー」みたいな顔をされてしまって……まあ『精霊樹の枝』を植える為にはビークリストゥを誘き寄せる必要がありますからね、ナタリアさん達の遠距離攻撃能力とスコルさんの機動力が大活躍してくれるのかもしれません。
「わかりました、では私が置かれている状況から説明しようと思うのですが……PT会話でもいいですか?」
流石に『精霊の幼樹』の話やレナギリーとの共闘関係などを人目のある場所で語るのはどうかと思いますからね、PT会話の方で伝える事にしましょう。
「それは良いのだけど…」
そうして「人に探索されつくした場所より新天地!ワールドクエストの最前線!」みたいに盛り上がる2人を見ながらヨーコさんは息を吐き……若干に不安そうにスコルさんの事を見ていました。
「ヨーコさんはやめておきますか?」
「いえー…このまま突っ走りそうなナタリーを放置っていうのも不味いし、心配だから…私も足を引っ張らない程度に手伝う事にするわー」
運動神経があまり良くない事を理解しているヨーコさんはアイテム面でのサポートをしてくれる事となり……頼もしい戦力を加えた後にレナギリー達と協力して動いている事、熊派に対抗する為に別動隊のまふかさんとグレースさんが『クリスタラヴァリー』に『精霊樹の枝』を植えようとしている事を説明しておきます。
『うーん、予想より大きな事になっているけど…それでこそ燃えるっていうものよね!』
その話を聞いたナタリアさんはワールドクエストの最前線に参加できる事に燃えていたのですが……とにかく作戦決行まではもう少し時間がありますからね、それまでは自由行動という名目で各々準備をする事になりました。




