404:『イースト港』と再会する変な人達
第二エリアの大半を覆い尽くしている巨木の森を抜けた先に広がっているのは断崖絶壁を削り取ったような白亜の港町で……第一エリアに在る『ウェスト港』がなだらかな斜面に沿う形で広がっているどこか柔らかい感じのする港町だとすれば、こちらは直線を多用した硬めの港町というのでしょうか?どこか工業製品を思わせる造形は第二エリアに物資を送るための小規模な船着き場を起源に持っているからなのかもしれません。
そしてそういう経歴があるからなのか、一般人が利用するような商業区画がもっとも標高の低い海岸線沿いに追いやられる形となっており……階段の昇り降りが多くやや使い勝手が悪いというのがここを拠点としているプレイヤー達の評価のようですね。
(それにしても、やっと『イースト港』に到着した訳ですが…たしか中央広場がセーブポイントで、桟橋付近にある灯台がポータル地点…でしたっけ?)
そんなネットの情報を思い出しながら目の前の景色を見下ろしつつ深呼吸をするのですが、今まで見上げるような巨木が生い茂る森の中を移動していましたからね、急に開けた視界と漂う磯の香には奇妙な解放感があり、やっと目的地に到着したのだという気持ちが湧いて来ました。
潮流の速い海峡もこの距離から見る限りでは平穏な海原にしか見えませんし、海を挟んだ向こう側に第一エリアが広がっているという光景はどこか長閑で不思議な景色なのですが……そんな独特な景観を持つ港町は厳戒態勢が敷かれており、窓という窓には補強が入って町の外には即席の柵と乱杭が広がっているという物々しさです。
(ワールドクエストの都合でポータルは使えませんが…開放出来る時にしておきましょうか)
何時熊派の侵攻があるかわからない状況ですからね、最初に開放をしていた方が良いのかもしれませんが……今は無事に到着できた事を同行者達と一緒に喜んでおく事にしましょう。
「『イースト港』が見えてきましたので、そろそろニュルさんを引っ込めますね」
この辺りまで来ると他のプレイヤーや『イースト港』を守る衛兵達の目もありますからね、触手をウネウネとさせたまま散策する訳にもいかないので姿を消しておいてもらおうと振り返ると……どこか甘ったるいような空気を纏っていたカナエさんとリッテルさんがハッとしたように顔をあげました。
「え、ええ…そうね、その方が良いと思います」
代表してカナエさんが返事をしてくれるのですが、2人はあれからソワソワとしながら視線を合わせないようにしていますし、その割には手が触れあうくらいには距離が近くて……その辺りの心情の変化について茶化すのはやめておきましょう。
「その…すみません、足手まといで……それに町の方も案内できたら良かったのですが」
そして少ししてから謝罪の言葉を口にするリッテルさんは武器と防具を喪失していますからね、現在はカナエさんの予備の服……膝丈のTシャツというとりあえず着ておけば恥ずかしくないというレベルの防具ともいえない物を着ているのですが、カナエさんの服をリッテルさんが着ているという事に何とも言えない倒錯感があり……その事を口にすると2人とも赤くなってしまうので口を噤んでおきます。
とにかくリッテルさんは今まで守られっぱなしだった事への謝罪と……つい先ほどPTメンバーから連絡が入り、一旦『イースト港』の酒場に集まる事になった事への釈明が入りました。
「PT行動中なので仕方がないですし、この辺りの敵だったら特に問題はありませんからお気になさらず……それよりもう体調は大丈夫なのですか?」
なんでも大河に橋を架けようチームの方も体勢を立て直しつつあるようで、ファントムジェリーに連れていかれたPTメンバーの扱いをどうするかという話し合いがあるのでカナエさんとリッテルさんもその会議に参加しなければいけないのだそうです。
「そ、それは…大丈夫です」
あと疑似男性器による回復効果は結局わからずじまいで……というのも何度も何度も頑張ってしまった2人は蕩けるようにバテてしまい、普通に休憩を取ってから行動を再開する事になったからですね。
そしてその時の事を思い出したのか赤くなりながらコクコクと頷くリッテルさんの後ろではどこか納得いかなさそうな顔をしているカナエさんが「本当にあれで回復するんですか?」と言いたげだったのですが、行為自体に後悔や不服は無いようで……何気なく同じタイミングでお互いの顔を見てしまい、2人とも照れて赤くなってしまったりとどこか初々しいカップルのようでした。
「後、おと…フィッチも今なら繋いでいるみたいだし、ユリエルさんが行く事を連絡しておいたから……武器の修理…でしたっけ?やってくれるみたいですよ」
そんな空気をかき混ぜるようにカナエさんが口を開くのですが、何でも船大工の中には鍛冶スキル持ちの人が居るので格安で引き受けてくれるそうです。
「ありがとうございます、それにしてもカナエさんは……フィッチさんと親しいのですか?」
カナエさんが人の名前を呼び捨てにしているのは珍しいですし、リッテルさんがどことなくソワソワしているのを横目で確認しながら代わりに聞いてみたのですが……指摘されたカナエさんは本当に嫌そうな顔をしていて、実はあまり仲良くないのでしょうか?
「親しいと言えば親しいけど…まあ、リアルの知り合いで……2人は変な想像をしているかもしれないけど、別に特別親しいとかそういうのじゃないから!」
あまり詳しく説明したくなさそうだったので問い詰める事はしなかったのですが、勘違いされたくないと弁明するカナエさんの言葉にリッテルさんの表情がパァアアとわかりやすく輝き、その豹変ぶりにカナエさんも赤くなってしまって……。
「ごちそうさまです」
熱々の2人の邪魔をしてはいけませんからね、私達はこの辺りで離れる事にしましょう。
「ちょ、だからそういうのは!?」
何か言いたげなカナエさんと赤くなってしまったリッテルさん達とはここから別行動となり……『搾精のリリム』のままだと動きづらいですからね、しっかりと【擬態】して人間化しておく事にしました。
(どうでしょう?)
【擬態】レベルが低いので角だけ可笑しな状態ではあるのですが、ナタリアさんに作ってもらった猫耳帽子を被れば違和感もかなり軽減できる筈です。
『まあ…いんじゃないか?』
「ぷっ!」
との事で、淫さんと牡丹には比較的好評だったのですが、カサカサとついて来ているノワールだけは首を傾げながら周りを見ていて……まあいくら人間化していると言っても私はそこそこの有名人ではありますからね、あちらこちらから「おお、天使ちゃんだ」みたいなざわめきがおきていて……ノワールは「周りが騒いでいるのは良いのだろうか?」と不思議がっているようですね。
まあその辺りは有名税として諦めるしかないですし、まふかさんのように囲まれるレベルで大人気という訳でもありませんからね、多少騒がれながらも門番にギルドカードを提示してサッサと町の中に入ってしまいましょう。
『それで…最初にフィッチっていう奴の所にいくのか?』
(そうですね、連絡も入れてくれているようですし…あまりお待たせするのも悪いですから)
カナエさん達がせめてアポイントメントをとフィッチさんに連絡を入れてくれていますからね、待たせている以上あまり寄り道をせずに向かう事にしました。
とはいえポータル広場だけはすぐ近くを通るので解放だけしておき、セーブポイントは……毎回毀棄都市横の川を渡るのは面倒くさいですからね、臨時キャンプ地から変更しないでおきましょう。
(それにしても…どうしても目立ってしまいますね)
熊派との抗争中という事で人通りもそれなりにあり、ザワザワとした周囲の視線が気になるのですが……これは私の【擬態】レベルが低いというより羽の生えたスライムやダークスパイダーの子供を連れているという事が理由のようで、面倒臭い事件に巻き込まれる前に裏通りにでも入ろうかと考えていると……面倒臭い存在の筆頭ともいえる体高1.3メートルの黒い狼がトコトコと反対側から歩いて来るのが見えました。
「あらー?ユリちーがこっちに居るなんて珍しいわねー…どうったの?」
そしてどう考えても待ち伏せをしていたようなタイミングで現れたスコルさんがハッハッと舌を出しながらパタパタと尻尾を振って犬のふりをしながら声をかけて来たのですが……この無駄に犬々しい動きを手動で完全に再現しているのがまた凄いですね。
「『リヴェルフォート』だとアイテムが補充できませんからね、酷使した武器の修理もしようかと」
そんな犬らしさを全力で表現しようとしている事に呆れるべきか感心するべきなのか悩むところなのですが、そんなスコルさんの演技に騙されていたと思われる通行人が「いきなり犬が喋った!?」というようにビックリしていて……まあそんな事はどうでもいいですし、隠す理由も無いので『イースト港』にやって来た目的を説明する事にしましょう。
「ああ、だからフィッチーの所ね…鍛冶師もいるし……ねえー、奇遇な事におっさんもフィッチーの所に行くところだったのよねー…だから一緒についていってもいーいー?」
スコルさんは私の進行方向を確認すると目的地まで言い当てていましたし「スコルさんはどうしてここに?」と聞く前に答えられたのですが……ついて来る気満々であるスコルさんを説得しようとしたら多大な労力を消費させられそうですからね、変に駄々をこねられる前に了承する事にしました。
「それはいいのですが……って、何で離れるんですか?」
了承したら了承したらで一旦距離を取ろうとするスコルさんが足元と離れた場所を交互にウロウロしていて……どうしたのでしょう?
「何でだろう、何かユリちーと一緒に居られるとわかったら心臓がドキドキするのよね…これが恋?でも流石におっさんの歳でユリちーに手を出すのは犯罪だし、ああもう!おっさんはどうしたらいいのかしら!」
犬にしか見えないスコルさんがまるで乙女のような顔をしながらそんな冗談を言うのですが……恋以前におもいっきりセクハラをされ続けた記憶しかありませんし、今まさに定期的に擦り寄られるというセクハラを受けている最中なのですが……その辺りはどう考えているのかが謎ですね。
「その割には擦り寄ってきていますよね」
「ぷっ!」
恋だなんだと言う割には足元に擦り寄って来る脂ぎった毛皮のゾリゾリ感に目を細めてしまい、牡丹が眦を上げて飛びかかる姿勢を作り、ノワールも両前脚を振り上げるように威嚇のポーズを取っているのですが……それくらいで怯むスコルさんではありませんからね、ハッハッハッと笑って流されてしまいました。
「まあそれはそれよ、ユリちーの魅力に抗えない愚かなおっさんがここにいるのよ」
「という事を皆に言っているのですよね?」
何だかんだ言ってスコルさんは相手の怒りゲージに触れないように立ち回る八方美人タイプの人ですからね、その事を指摘するとスコルさんはいつも通りの胡散臭い笑顔を浮かべるだけなのですが……ここで変に振り切ろうとしても無駄ですからね、私は大きなため息を吐きながらもスコルさんの同行を認める事にしました。
そういう訳で、ポータルの開放という最低限の用事をこなしてからカナエさんに教えてもらった桟橋付近の倉庫に向かってみるのですが……そこは港町にある海辺に面した貸倉庫というような場所で、カーンカーンと金槌を打つ音が聞こえてきますし、幾つものパイプをつなぎ合わせたような金属の塊の前には何となく見覚えのある船大工さん達が居て……。
「これはこれは…盟友と天使のお嬢さん、船大工組合イースト支店にようこそ!それで今日はどのような船が必要なのですかな?」
整髪料でキッチリと七三に撫でつけたダークブラウンの髪を持つどこか古めかしいスーツを着た瘦せ型の男性……フィッチさんが相変わらずどこか演技くさい動作で両腕を広げ、満面の笑みを浮かべながら私達を出迎えてくれました。




