398:ファントムジェリーと小さなスライム達
(意外と言ってみるものですね)
武器の修理に使う魔石が心もとなかった事もあり、レナギリー達に余分な魔石が無いかと聞いてみたところ……『U C』から『N』ランクの雑多な魔石を毀棄都市攻略の前金がわりにポンと渡してくれました。
「ぷぅ~う?」
これだけあれば武器の修理程度なら問題ないですし、大量の魔石を前にして牡丹が物欲しそうに眺めていたのですが……その頭を軽く撫でておきます。
(余ったら食べても良いですが…まずは武器の修理をしてからですよ?)
レベルキャップを開放する為には牡丹にも魔石をあげないといけないのですが、今は武器の修理を優先しないといけないですからね、もう少しだけ我慢してもらいましょう。
(さて…)
そんなこんなで『精霊の幼樹』の植える位置の確認もしましたし、アイテムの補充をするために『イースト港』を目指す事になったのですが……毀棄都市の東側を流れる大河の渡河地点は相変わらず橋の残骸跡が残っているだけで、モンスターの妨害を排除しつつ飛び越えて行かなければなりません。
なので私達は薄靄の中から時折現れるゴースト達の手を躱し、川の中で犇めいているジェリーローパーが吐きかけて来る毒液を打ち払いながら渡って行くのですが……私が紐状に伸ばした【淫気】の鞭で毒液を打ち払い、牡丹が『ベローズソード』を振るい、ニュルさんが触手を伸ばして淫さんもフォローに回ってくれているので毒液を吐きかけられる程度ではどうという事はありませんでした。
(飛沫が飛び散るのが問題ですが…)
媚毒の混じった薄靄の中を移動していると絡みついてくるようにヌメリとしますし、飛び散った媚毒が辺りに漂い身体が火照ってくるような感じがするのですが……それでも嫌らしい空気は開けた空間に拡散して薄まっていきます。
(ノワールも無事で…あの……ニュルさん?)
そして背中に張り付いているノワールがずり落ちていないかを確認しながらゆっくりと息を吐き、足場に着地してから呼吸を整えていると何故かニュルさんが縋りつくように太腿に触手を絡みつかせてきていたのですが……毒液を打ち払っていた牡丹が「ぷっ!」と一喝すると渋々というように触手を引っ込めてしまい、牡丹がお兄ちゃんぶっているのが何か面白いですね。
(もうすぐで対岸なので皆さん頑張って…っと、あれは?)
そんな協力のもと問題なく中程までやって来ると対岸の様子がぼんやりと見えてきたのですが……どうやら他のプレイヤーがモンスターと戦っているようでした。
距離がある……というより徐々に日も暮れていく時間帯ですし、遠くに居る人は薄靄があってよく見えなかったのですが、動いている気配からすると数人規模のPTがいくつか……ある程度纏まった規模の集団が2メートル前後のモンスターと1メートル程度の無数の塊と戦っているようですね。
(橋を作ろうとしているのでしょうか?)
戦っている人達の傍には資材と思われる木材が転がっていますし、人数的にも『リヴェルフォート』の戦況を見ながら橋の再建を目指している『イースト港』勢だと思うのですが……遠目にも倒れている人の方が多く、時折聞こえて来る呻き声と喘ぎ声はプレイヤー側の劣勢を伝えてきています。
『このまま直進したら接触するが…どうする?』
橋を架けるという動きがあるのは知らなかったのですが、もしかしたら熊派に気づかれないようにコッソリと募集がおこなわれていたのかもしれません。
(そうですね、様子を……いえ、このまま迂回しましょう)
そして淫さんがこの後の行動を訊いてくるのですが……スライムという事もあり、足元がドロリと溶けて50センチくらいの塊の上に乗っている体高2メートルくらいのスライムと前回襲って来たファントムジェリーとの類似性を考えてしまったのですが、あれはもっと巨大で……【探知】を走らせてもシルエットしかわからない距離に居るので確証はないのですが、私達を襲ったのとは違う個体だと思うので無視する事にしましょう。
『いいのか?』
もし他の人が戦っていなければ戦ってみるのも悪くなかったのかもしれませんが、大規模戦闘中に横合いから乱入なんてしたら取り分とか色々なものが大変な事になってしまいますからね、ここは穏便に通り過ぎようとしたのですが……そんな事を考えながら改めて全体を眺めてみると、恐ろしい事に気が付いてしまいました。
(ええ、厄介ごとには…と、言いたかったのですが……これは不味いですね)
川の近くという事で戦っている人達は気がついていないようなのですが、2メートルほどのスライムは身体の大部分を地中に潜めている状態で……このままだと碌でもない事になりそうですし、警告くらいはと口を開きかけたところでスライムと戦っている人達に動きがありました。
「ーー!!」
PT会話だったからなのか、その声はよく聞こえなかったのですが……何か叫ぶように離れた場所に居た人がクロスボウを構えて……って、あれはカナエさんでしょうか?
相変わらずのアーミールックにクロスボウ、カナエさんは赤茶色の七三を振り乱しながら必死に狙いを定めており、その気配に気づいたスライムが振り返ろうとしていたのですが……何か行動を起こす前に引き金を引きしぼり、スライムの上に乗っていた人型部分の頭部が弾け飛びました。
その瞬間、カナエさんの近くに居た人がスライムの核を潰すために斬り込もうとしたのですが……すべては仕掛けられた罠だったようですね。
「ひっ、な…何ですか!?」
いきなり地面から染み出すように滲み出て来たスライムに足を取られた女性はやや垂れ目気味の綺麗な空色をした瞳を見開き……位置関係からカナエさんとPTを組んでいたのだと思いますが、クリーム色をした柔らかそうなデコ出しミディアムレイヤーカットの女性は反射的に1.5メートルくらいの薙刀を振るい湧いて出て来たスライム達を打ち払おうとするのですが、一振り一振りが大振りで、それほど運動神経が良いわけでもないのかあっさりと追い詰められていました。
「つかまえたー」
驚いた事に出て来た幼女っぽい姿をした小さなスライム達は喋る事が出来るようで、どこか舌足らずな声を上げながらヨチヨチと防戦一方の女性にしがみついていくのですが……絡みつくスライム達を振り払おうにもここまで近づかれるとどうしようもないですし、ニュルニュルとしたスライムは多少斬りつけられた程度では振りほどく事ができません。
そして彼女が身に纏っている……いわゆるファンタジーな全身鎧なのですが、何かしらの魔法素材で作られている大げさな意匠が入った肩当や手甲、女性らしい膨らみを持たせた胸当はぶ厚めなのに何故かお腹は丸出しだったりガッシリした腰当を付けているのに太腿には何もなかったりと、一応鎧の下にインナーの類は着ているようなのですが、膝から下は脛当に鉄靴だけと隙間だらけの防具にスライム達が手を伸ばしてシュウシュウと装備を溶かしていきます。
「ほんとー…この辺りは次から次に来てくれるから楽ちんなのよね~」
そして潜ませていたスライム達を地上に吐き出した巨大スライムは何事も無かったように頭部を復活させると子供達の働きにご満悦といった笑みを浮かべながらその巨体を地上に現すのですが、その姿を見た人から上がる悲鳴や怒声、浮足だって逃亡を図ろうとする人もいるのですが……湧き出して来た小さなスライム達が退路を遮っているので撤退もままなりませんし、外周部に居た人達が味方を見捨てて逃げていくのが精一杯といった有様ですね。
戦場を見回してもどこも似たり寄ったりの劣勢で、このまま放置していたらカナエさん達はスライム達に蹂躙されるだけなのですが……このまま見捨てて通り過ぎるというのも後味が悪いですからね、マナー違反には目を瞑って知り合いだけでも救出しておきましょう。
(皆さん、行きますよ!)
私は心の中で牡丹達に一言かけてから、離れた位置でクロスボウを構えていたカナエさんに纏わりつこうとしている小スライム……ファントムジェリーの小型版と言いますか、数十センチのゼリー状の塊から幼女の上半身が生えているスライムなのですが、そんな幼女達が無邪気に両手をニギニギしながらカナエさんに近づいて行っているのを蹴散らしながら駆け寄ります。
そしてカナエさんと視線が合うと「何でユリエルさんがここに!?」みたいな驚いたような顔をされたのですが……その驚愕の表情を別の意味でとらえてしまった人がいるようですね。
「こ、ここはわたしが…引き受けます!か…カナエさんは…に、逃げてください!!」
私はこのままカナエさんを担いで離脱するつもりだったのですが、カナエさんとPTを組んでいると思わしき先程の女性が幼女達にしがみつかれたまま引き返して来てしまい、まるで身を挺して仲間だけは守るというような決意を漲らせたまま私目掛けて薙刀を振り下ろしてきました。
『なあ、もしかしてなんだが…敵だと思われてないか?』
ガキン!と【淫気】のナイフで受け止めている間に淫さんが呆れたように息を吐くのですが、今の私はおもいっきり淫魔っぽい姿をしていますし、種類は違いますがスライムの牡丹もいますし、ニュルニュルと触手を蠢かしているニュルさんも引き連れていたりと紛らわしいPT編成ではありますね!
「ッ!?私もプレ…ニュルさん!?」
遅ればせながら私もプレイヤーだという事を伝えたかったのですが、私が攻撃を受けたという事を認識したニュルさんが「KYUUIII!!」と叫び声を上げながら目の前の女性プレイヤーに襲い掛かってしまいます。
「な、何この触手は!?はな、離してくださいッ!!?」
「リッテルさん、この人は敵ではッ!?」
「ニュルさんも落ち着いてください!ステイ!その人は敵ではありませんから!?」
何かもう滅茶苦茶で、カナエさんも次弾を装填しつつ味方の女性に声をかけてくれているのですが、場の混乱が収まる前に幼女スライムを引き連れてきたファントムジェリーが近づいて来て……。
「あら~貴女はあの時の~…前回は逃げられたけど、今回は逃がさないわよぉ~」
「ガオー」というように両手を高々と上げたファントムジェリーが這い寄って来たかと思うと、私達を睥睨しながらニッコリと微笑みました。
※少しだけ修正しました(6/30)。




