389:ビークリストゥ+レイブン戦
「…緑耀の刃となりて集え裂刃、【サイクロン】!!」
ビークリストゥの傍でヒィーハッハッと笑っていたレイブンさんが勿体ぶった動作で剣を構えようとしていたのですが、詠唱を続けていたシノさんが容赦なく風属性の中級呪文を叩きこんで……効果範囲は指定した地点から半径20メートル前後、シノさんに対する警戒を疎かにしていたレイブンさん達を取り囲むように荒れ狂う暴風と乱れ飛ぶ緑色の刃が効果範囲内に居るすべてのモノを切り刻んでいきます。
『やったか!?』
そして舞い上がる砂埃とうねる魔力の渦に視界が塞がれている間に盛大なフラグを立てる淫さんなのですが、その程度の魔法では傷つける事が出来ないというようにビークリストゥが魔力のこもった羽音を立てるだけで打ち消されてしまい……お返しだと言わんばかりに数百発の棘のようなミサイルが全方位に向けて発射されてしまいました。
(これが毒針替わり…ですか!?)
放射状に撃ち出される棘のミサイルは楔形をした拳大の鈍く光る結晶体であり、本体との間にはバチバチとした魔力の紐によって繋がれ近場の獲物に向けて有線誘導されていく仕様のようですね。
そして全方位に向けて撃つ都合上私達に向かって来ている棘の数は数十発で、下半身狙いの棘はスカート翼で弾いて上半身は体捌きと『魔嘯剣』で弾く心づもりで距離を取るのですが……左右のステップにも対応する高レベルな誘導のせいで物理的に捌き切る事が出来ません。
(しかも…速いっ!?)
飛翔速度は私達が全力で後退する速度を軽々と超えていて……凡そ3倍以上の速度で迫る数十発の棘に覚悟を決めるのですが……。
「ぷっ!」
無数の結晶が突き刺さる寸前、頭の上に飛び乗った牡丹がゴブリンジェネラルから奪い取った『愚者の大盾』を置き盾のように地面に叩きつけ、続いてゴッゴッガッとけたたましい音をあげながら棘の当たった所から石化が始まり……というより当たった所が結晶化しているのでしょうか?強度だけはあった巨大な盾はガラスが割れるような音を立ててあっさりと破壊されてしまい、残った棘ミサイルが貫通してきました。
(牡丹、ありがとうございます!)
その稼げた微かな時間を使って射程圏外まで全力で離脱するのですが、ビークリストゥの攻撃を受けた盾は見るも無残な姿に変わり果てており……レベル差もかなりあるので絶望的な状況なのかもしれません。
(射程距離が短いのが救いなのかもしれませんが)
棘ミサイルと本体の間には魔力の糸が通っている都合上射程距離は短くて……それでも有効射程は100メートル前後といったところでしょうか?ドーム状の戦闘フィールドの端の方まで追い込まれてしまった私達はビークリストゥとレイブンさんを警戒しながら『魔嘯剣』を構えなおします。
「チッ…うぜぇ、俺が興味があるのは天使の姉御だけだからよー…お前はお呼びじゃねーんだ、つーわけで…死ねよッ!!」
そして魔力の余波と舞い上がる砂煙に顔を顰めながら無傷のレイブンさんが出て来るのですが、横やりを入れてきたシノさんに対する怒りも露わにビークリストゥに新たな指示を出すとあちらこちにら突き刺さった棘が結晶化させた物体ごと持ち上げられていき……その中には『愚者の大盾』や地面に転がっていた大岩や水晶なども含まれているのですが、2メートル近い無数の石化した物体が持ち上げられていく様子は巨大なフレイル型のモーニングスターを構えられるような重圧感があり、そんな物を叩きつけられたらたまったものではありませんね。
(牡丹!)
(ぷっ!)
レイブンさんとビークリストゥの狙いがシノさんに移った瞬間、牡丹に【ルドラの火】と【魔力増強(微)】を付与し、私も【輪唱】を発動……眷属化している事によって魔力の上がっている牡丹が【魔力増強(微)】の効果を受けてMPが大幅に増加し、その魔力をすべて【ルドラの火】に変換してもらいます。
「お…?」
シノさんの方を向いていたレイブンさんが魔力の高まりを感じて振り返るのですが、対策を取られる前に左手には【輪唱】込みの投げナイフを持ち、右手には魔力的な親和性がある牡丹の投げナイフを構えて投擲動作に入りました。
距離は100メートル以上となかなか離れていますし落盤の影響で大きめの岩やら結晶やらがゴロゴロしていたりするのですが、相手は膨れたお腹を持つ6メートル近い巨大な蜂型のモンスターですからね、【マジックミサイル】込みの投擲であればまず外す事はありません。
(これ…で!!)
私と牡丹合作の最大火力は今なお残る砂煙やシノさんの魔法の残滓を突き破りながらビークリストゥに向かって飛んでいくのですが……ゴッドバァアアア!!と投げナイフと結晶がぶつかり合う衝撃音と続く大爆発、周りに浮いている無数のモーニングスターによってあっさりと弾かれ砕かれ粉砕されてしまいます。
貫通力や威力が上がっていると言っても横から叩かれたら意味が無いと言いますか、スキル込みの投擲物をあっさりと弾き返すほどの精密動作が出来るモーニングスターによって誘爆されてはまともに攻撃が通りません。
「ひひっ、そーだ、その顔だよ!流石の姉御でもどーしよーもねーみたいだな!ほらほらどうした!逃げ惑えよ!!」
まるで自分の手柄のように大笑いしているレイブンさんなのですが、流石にこの距離だとちょっかいをかける訳にもいきませんので言いたい放題ですね。
「それでは…お言葉に甘えさせてもらいます!」
それでも売り言葉に買い言葉というように言い返すと、私は残りの投げナイフと【淫気】のナイフに【跳躍】を付与して辺り一面にばら撒きます。
「どこを狙って…っと?はは、手品みてーだな」
レイブンさんは周囲に散って行った投げナイフの行方を目で追っていたのですが、投げたナイフが壁や地面に反射し四方八方から襲い掛かると剣を振って氷の盾で防ぎにかかります。
(時間稼ぎにしかなりませんね)
距離の延長のみを考えた投擲なので威力はありませんし、【輪唱】込みの投げナイフすら簡単に弾くビークリストゥが9割以上を迎撃していくのでダメージを与える事はできません。
それでも【マジックミサイル】の効果が許す限りレイブンさん達を狙い続ける事によって時間を稼ぎ、その間に私達は撤退する事にしましょう
『シノさん!』
『ぐっ…わ、わかっているけどさー…』
流石にレイドボス+熊派の幹部を2人と3匹では倒せないと撤退を進言するのですが、シノさんは不承不承といった様子で……戦力差はハッキリしているというのに躊躇っているのは移動力の問題で逃げ切れないと思っているのかもしれませんね。
それにブレイクヒーローズは所詮ゲームだと思っているのかもしれませんし、下手に逃げ回るよりもやられてリスポーンした方が早いと考えているのかもしれませんが……キリアちゃん達の目的は私達の足止めと拘束ですからね、下手をすれば結晶化させられた後に放置プレイを決め込むなんていう可能性もある訳で、全力で逃げなければマズイ事になります。
「ノワール!」
なのでシノさんに付けていたノワールに指示を出し、無理やり撤退する事にしましょう。
「おっ?おお、蜘蛛君…ちょっと待って、何をするのさー?」
元から撤退する事を前提に動いていたノワールはすぐさまシノさんを糸で絡め取ると、そのまま背中に担ぐように撤退を開始しました。
『我らも行くぞ!』
(ええ、牡丹も!)
(ぷ!)
シノさんと同じ方向に逃げたら纏めて始末されてしまう可能性が高いですからね、私達は二手に分かれるように別々の横穴に入るのですが……さも当然というように私達を追ってくるレイブンさんの楽しそうな笑い声がこだまします。
「鬼ごっこかー?つーても逃がすわけねーだろうがよぉ!!」
せめてレイブンさんだけでも振り切れたらよかったのですが、ビークリストゥが棘を使って浮かべている結晶に乗って追いかけてきていて……なかなか執念深いですね。
(出来たらもっと狭い道に入り込みたいのですが)
ビークリストゥの放つ魔力に恐れをなしたモンスター達が大移動を開始しているのは良いのですが、中央広場から伸びている横穴の大きさは細い所でも10メートル前後とレイブンさん達が余裕で通って来れる大きさですし、封印が解けるのにあわせて魔力の流れが消えてしまっているので横穴はぼんやりと光る『サンハイト』が辺りを照らしているだけという状況で……あちらこちらで落盤がおきているので道が塞がっていたり亀裂が走って隣の横道と繋がっていたりと迷路化が進んでいるので往路を参考にする事も出来ません。
「ほらほらどうした!そろそろ観念したか!?」
それでも何とか逃げ切れているのはレイブンさん達が意図的に付かず離れずの距離を保っているからで、執拗に足元を狙いいたぶり楽しんでいるからでした。
(ぷーぃ、ぷー!)
(くっ…牡丹も戻って!)
とにかく先行してもらっている牡丹から「この先は塞がっている」と報告を受けて横道に入り、【招集】で戻って来る牡丹と合流してという逃避行を行いながら矢鱈目ったらに逃げ回っていると同じ所をグルグルと走り回っているような感じがしてくるのですが……。
「そんな乳や尻を振って俺を誘ってんのかよ…っと!」
「ッ!?」
逃げ回っていると痺れを切らしたレイブンさん達が一気に距離を詰めて来てしまい、棘のミサイルが右足を掠めた瞬間カクンと力が抜けるのですが……傷が出来た所が見る見るうちに淡黄色の水晶で覆われ動かなくなってしまいます。
そして全力で移動している途中でいきなり片足が動かなくなってしまった訳ですからね、転倒しそうになるのを何とか【魔翼】で支えながら適当に振り回されている氷柱や棘を避けるように壁の亀裂に転がり込むのですが……どうやら『結晶化』という石化に近い状態異常にかかってしまったようですね。
(運が良いのかいたぶられているだけなのかはわかりませんが)
軽度の石化なので全身が固まるという事は無いのですが、石化治しなんていうものもないので自然回復頼みになりますし、今にも罅割れて崩れ落ちそうな片足を引きずったままではまともに逃げ回る事も出来ません。
「牡丹はこのまま逃げてください!」
私と淫さんは死んでもリスポーン出来るので問題ないのですが、テイムモンスターである牡丹が死んでしまえばそこで終わりです。
まあ拘束して無力化したい熊派の思惑を考えると死ぬ前に最悪の事態に陥る可能性が高いのですが……牡丹まで一緒に巻き込まれる必要性がありませんからね、とにかく1人だけでも撤退してまふかさん達やシノさん達に合流して捲土重来を期してもらう事にしましょう。
「ぷっ!?ぷーい!!」
なので1人で逃げるように命令したのですが、牡丹は必死に首を振ると私の手を引っ張るように咥えてきて……そんなタイミングでジュルリジュルリという粘液じみた水音と何かがうねっているような音が聞こえてきて、私は眉を顰めてしまいます。
(次から次に…ですね)
どうやらこの壁の亀裂は別の横穴と繋がっていたようで、もと居た通路からは不気味な羽音を立てるビークリストゥとレイブンさんが距離を詰めてきていて、隣の通路からは黄色く変色した大量のジェリーローパーが仲間に入れて欲しそうにウネウネと触手を伸ばしてきていました。
※ビークリストゥ戦を前編後編に分けようと思ったのですが、後半はまともに戦っていないような気がするのでタイトルを訂正しました(6/12)。
※誤字報告ありがとうございます(3/21)訂正しました。




