388:『クリスタラヴァリー』の魔物
まふかさんとグレースさんに近況を説明している途中で熊派のグリーンリザード……レイブンさんがひょっこりと地下空洞に現れてしまい、私達は会話を切り上げて戦闘準備を開始しました。
『ちょ、ちょっと待ってってば…ッ、いきなり解除されてもこんな状態なんだよ!?』
そしてデメリット効果を付与している場合ではないと【呪印】を解除したのですが、余韻が抜けきっていない身体を持て余しているシノさんはワタワタと装備類を身に着けようとしていて……手間取っている割には「いやー困ったなー」みたいな顔をしながら半笑いを浮かべているのはどうかと思いますね。
『まずいな…あいつ、何かするつもりだぞ』
そんなシノさんを確認していたら出遅れてしまったのですが、レイブンさんは広場の中央に安置されている巨大な檻に近づき……それは壁や地面から伸びた鎖が絡みついている8メートル四方の金属製の檻なのですが、中からは黒い靄のような物が漏れ出し続けているので何をしているのかはよくわかりません。
(ぷ?)
(そうですね、先手を打ちましょう)
それでも何とか目を凝らして確認していると、檻に近づくレイブンさんが懐から20センチくらいの鍵を取り出し檻の中の靄が嬉しそうにドクンと揺れたような感じがして……キリアちゃん達が何かしらの動きを見せるとは思っていたのですが、熊派の狙いはこの檻の封印?を解除する事なのでしょうか?
「させません!」
何をするのかはわかりませんが、このまま傍観しているのもおかしいので先手を打たせてもらいましょう。
「おっ?」
私は敢えて大声を出しながら『魔嘯剣』を構えながらゆっくり突っ込むと、レイブンさんは「なんだなんだ?」みたいな顔をしていたのですが……突撃して来るのが私だという事を認識すると満面の笑みを浮かべながら両手を広げました。
「おいおいマジかよ、こんな所まで嗅ぎつけて来るとはやるじゃねえか!」
まるで私が居てくれて良かったというような反応なのですが、こちらとしてはもう少し手ごろな熊派の人達が来てくれた方が嬉しかったですね。
「たまたま落ちて来た…だけですけどね!」
こんな所で遭遇するとは思っていなかったというのは私も同意見なのですが、とにかくまずは牽制用のナイフ代わりの【淫気】の塊を左手に作り、レイブンさんに見えるように軽く振って相手に印象付けた後……左右に散開させておいた『ベローズソード』を装備した牡丹と糸を吐くノワールの2人が挟み込むように強襲を仕掛けます。
「そんな事ねー…だろぉっとぉ!?相変わらずえげつねー手を使いやがる…が、この程度ッ!!」
キヒヒと笑うレイブンさんは私自身を囮にした左右からの挟撃を蜃気楼のようにブレる事によって無効化させると跳んで距離を取るのですが、その動きに合わせて【淫気】のナイフを曲射ぎみに投げつけ……手に持った血塗られた剣から生まれる氷によって弾かれてしまい、牽制にすらなっていませんね。
(相変わらず厄介なスキルと武器ですね!)
逃げに徹せられると厄介なスキルツリーをしているレイブンさんなのですが、唯一の救いは鍵に気を取られているのか攻撃は控えめで……つまり発生している氷の量が少ないという事なのですが、純粋な回避スキルと氷の盾を併用されるとなかなかその姿を捉える事ができません。
「しっかし、天使の姉御が来てくれて助かったぜ、そうでもなけりゃあイージーゲーム過ぎて盛り上がらないからな!つーかノコノコとやって来てくれるっていう事は俺達相思相愛か?惹かれ合う運命って奴か?」
キヒヒと笑うレイブンさんは楽しそうに笑うのですが、私がここに来た理由は本当に偶然で……まあその辺りは説明が難しいので流しておく事にしましょう。
「違うと思います…よ!」
「つれねーなー…まっ、そういうところも気に入っているんだけどな…つーわけで、俺らは俺らで楽しもーや!」
金属製の檻を盾にするように立ち回りながら氷の氷柱を使い周囲を牽制するレイブンさんなのですが、私はその正面に立つようにしながら左右後方を牡丹とノワールに任せて取り囲み行動を封じていきます。
「貴方達の目的はその檻にあるのですよね?」
「ん、ああ…お嬢が言うにはこいつはこの辺りに封印されている魔物らしくてな」
シノさんの準備が終わるまでの時間稼ぎと思って聞いてみたのですが、テンションが上がっているのかペラペラと話してくれて……もしかしたらソロ活動中で会話に飢えていたのかもしれませんし、ネタ晴らしをする事によって私達に絶望感を与えたいのかもしれませんが、とにかくレイブンさんが言うには大昔に暴れていた魔物が封印されている檻であり、その封印を解いて手勢に加えようという作戦のようですね。
『こういう場合、暴走した化け物に食われるというのがお決まりらしいが…』
(流石にそこまで間抜けな事にはならないと思いますよ?)
そもそもモンスターを従えている熊派が復活させようとしている訳ですからね、その辺りの対処は万全なのでしょう。というよりそもそもレイブンさんが食われたとしても熊派の拠点に戻るだけですし、レイブンさんの性格的に無駄死にさせられるという事を許容するとも思えませんからね、何かしらの方法が確立しているのでしょう。
(そして今までその作戦を実行しなかったのは何かしらのゲーム的な仕様の結果…といったところでしょうか?)
封印を解く事が出来たのなら解いている筈ですし、何かしらの条件が揃う必要があったのかもしれませんが……流石にその辺りの事情まで語られる事はありませんでした。
「天使の姉御は小せーのを2匹連れているみたいだからよー、俺も1匹くらい連れて来てもいいだろ?」
そして人の手を借りるとなったら嫌がりそうなレイブンさんなのですが、封印されているモンスターというのはステージギミックや召喚獣感覚のようで、手伝わせるという事に対する嫌悪感はないようですね。
なので躊躇う事なく銀色の鍵を檻に突き刺すレイブンさんなのですが、妨害に動こうとした私達の前に氷の霧を発生させるように目くらましをかけながら鍵を捻り、『クリスタラヴァリー』に安置されていた魔物の封印を解除してしまいます。
瞬間、辺りに流れていた魔力の流れが止まると地響きを立てるようにドーム状の天井から水晶の欠片や巨大な岩がバラバラと降ってくるのですが……そんな落石に当たらないように回避運動をとりながらレイブンさんから距離を取ると、一度牡丹とノワールと合流しておきましょう。
『シノさん!』
そして一緒に行動しているシノさんの安否を確認しようと私達が通って来た通路……全ての横穴から光が消えて幾つかの通路が落盤で塞がれてしまっているのですが、ベテランゲーマーらしく落盤程度は回避も余裕といった感じですね。
流石にトットットッと軽やかなステップを踏みながら小声で詠唱を続けているので喋る事は出来ないのですが、落下してくる岩や水晶を避けながら視線で「大丈夫」と伝えてきていて……私は改めてレイブンさんと檻のあった辺りを確認するのですが……まるでボス戦用のバトルフィールドがせり出してくるように岩肌が剥がれたかと思うと現れたのは白くツリリとした鉱石で……もしかしてこの辺り一帯は『音晶石』の鉱床で出来ているのでしょうか?
(封印されているボスを倒したら取り放題といった感じなのかもしれませんが…)
奇しくも『精霊樹の枝』を刺すべき場所を発見してしまったのですが、これで目標達成という訳にもいきません。
というのもこの辺りはレイブンさんを倒す必要が無いというのがややこしさに拍車をかけているのですが、レナギリーへの説明がまだですし、最悪の場合は生えてきた幼樹を速攻で切り落とされるという可能性もありますし、一度植えてしまうと幼樹の防衛まで考えないといけないので撤退する事が出来なくなってしまいます。
(賭けに出るとしても最後の最後ですね)
天井が崩れた後は亀裂のような隙間から青空が覗き、封印の力を増幅する為に使われていた『音晶石』が剥き出しになった400~500メートルのドーム状の空間には『サンハイト』がキラキラと舞っていて、その欠片を吹き飛ばすような羽音が響き渡ったかと思うと砂煙が吹き飛ばされてソレが現れました。
『ああくそ…面倒臭い事になって来たな!』
(ぷぅ~…)
毒づく淫さんと息を吐く牡丹なのですが、現れたのはやや前傾気味にホバリングしている巨大な腹部を持つ体長6メートル前後の巨大な蜂型モンスターで、結晶化した骸骨のような頭部に骨のような細い胸部、鍵爪のような6本足がカシャカシャと蠢いていて、そして体の3分の2を占める酷く膨れた腹部には地属性の魔力が溜まっているのか黄色く輝き脈動しているのですが、内包している魔力の波動がグラグラと空間を揺らしているので気持ちが悪くなってしまいます。
しかもあちこち結晶化しているようなパーツが腹部の明滅に合わせて不気味に光り輝き、体長を越える2対の巨大な羽が不快な羽音を奏でていて……とにかくこの状態で戦闘が避けられるとは思えないので【弱点看破】を打ってみると名前はビークリストゥというようで、レベルは62!下手をすればエリアボスより強いかもしれないレイドボスが熊派の切り札だったのですが……。
(このレベルで弱体化中…ですか)
【弱点看破】の説明文には『封印が解けて間もないので弱っている』と記載されているのでこれでも本来の力を発揮できていないようで……ブレイクヒーローズはスキルゲーでもありますからね、見掛け倒しという可能性に期待するしかありません。
「牡丹と淫さんはこのまま援護、ノワールは…後退、シノさんのフォローを!いざとなったら撤退してください」
そしてこの結晶蜂との種族的な因縁でもあるのかレナギリー達にとっての天敵なのかノワールが怯えるように震えていたので後退を指示しておくと……一瞬悩むような間をおいて軽く頷き後退していきます。
まあ借りモノを酷使する訳にもいきませんし、私達も敵わないと思ったら機動力を活かして逃げるつもりですからね、足の遅いシノさんのフォローに回っておいてもらいましょう。
「キヒヒ、じゃあ第二ラウンドといこうや…なあ、天使の姉御!!」
そしてビークリストゥの傍らで剣を構えるレイブンさんは楽しそうに笑い、何とか準備らしきものを終えた私達は強大すぎる敵を迎撃する事になりました。




