385:サンハイト地下空洞
大爆発を未然に防ぐ事が出来たところでようやく一息つく事が出来たのですが、何時までも色々な汁を出し切り汗だくになっているシノさんを抱きしめたままぶら下がっている訳にもいきませんし、出来れば横になってもらえるような安全な場所に移動したいのですが……。
『しかしまあ…』
そんな事をぼんやり考えていると淫さんから漠然とした意味合いの言葉をかけられたのですが、これは気絶してしまったシノさんへの配慮やら今なお戦っているまふかさんやらグレースさんに対する心配やら、後は精気を吸いすぎた私の体調的な問題やら下の様子への懸念などの複合的な問題についての言葉を一つに絞れなかったという感じなのでしょう。
(便りがないのは無事な証拠と言いますし…きっと大丈夫ですよ?)
スキル構成が魔法使いビルドになっているシノさんは何かしらのMP回復手段があるのか回復スピードが早いですし、PT欄のまふかさんやグレースさんのHP表示もまだまだ問題ないラインですし、私の体調もシノさんからたっぷり精気を頂けたので問題はありません。
『我が言いたいのはそういう事じゃないんだが……いや、もういい』
そして相変わらずよくわからない事をモゴモゴと言っている淫さんなのですが、今は目の前の問題を解決する必要がありますからね、切り替えていきましょう。
(それより……何でしょうね、この魔力の流れは?)
シノさんの荒れ狂うような魔力が途絶えた事で周囲の流れがよくわかるようになったのですが、変な魔力が下から流れ込んできているといいますか、壁に反射して対流しているような不思議な流れがあって……地下の方が『音晶石』の含有率が多く、魔力の流れが反射・増幅しているのでしょうか?
(何が待ち構えているにしても下に降りるしか道はありませんが)
上は塞がったままなので進めませんし、私達はノワールが作ってくれていた落下防止用のセフティーネットを【淫気】のナイフで切り裂いて下へ……地下空洞を覗き込んでみた感じでは付近にモンスターは居ないようですし、先行偵察をしているノワールからの警告も無いのでゆっくりと降りてみる事にしましょう。
(こういう時に連絡を取り合えないのが不便ですね)
これが自分でテイムしているモンスターと借り物の違いなのかもしれませんが……ステータス画面からHPが減っていない事を確認できるだけマシなのかもしれませんね。まあその辺りの問題は追々考える事にして……。
「っと」
淫さんにスカート翼のロックを外してもらい、シノさんを抱きかかえたまま【魔翼】の力と軽い羽ばたきで地面に着地するのですが……地下の様子はなかなか凄いですね。
構造としては無秩序に伸びた植物の根のような空洞が続いており、主根ともいえる直径10メートルから30メートル前後の空洞から十数メートル前後の無数の側根が伸びているような感じで、たぶんこれは地中に溜まっていた魔力を吸い取る過程で大地が削られ抉れて大きな地下空洞が出来たという感じなのでしょう。
そして自然の驚異ともいえる地下空洞の中に見えるのは地上とは比べ物にならないくらい巨大な水晶の数々で……人の背丈を越える『サンハイト』という水晶が辺り一面を埋め尽くしており、黄色と白色の光の帯が山の中心に流れて行くのに合わせてキラキラと輝いているという幻想的な風景が広がっていました。
「凄いですね」
そう自然と言葉を漏らしてしまうくらいの景色であり、膨大な魔力を内包する水晶洞窟には圧倒されてしまうのですが……いつまでも見惚れている場合ではありませんからね、気を引き締めて探索を進めていく事にしましょう。
(息苦しさは感じないという事は酸素があるという事ですし、どこかしらが地上と繋がっている筈なのですが……どうしましょう?)
こういう時は風の流れを辿るべきなのかもしれませんが、中央部へ流れていっている魔力のうねりが強すぎるので、空気の流れがよくわかりません。
(魔力に鋭敏すぎるのが種族的な欠点なのかもしれませんね)
とにかく気絶したままのシノさんを水平方向に伸びている水晶の上に寝かしてから、先行している筈のノワールを探そうと周囲を探索してみると……少し離れた横穴からノワールが顔を出して手招きをしていました。
「ノワール?」
そして指し示す先は斜め下に向けて伸びていっている横穴の一つだったのですが、ノワールに促されるまま穴の中を覗いてみると……中にはモンスターがみっちりと詰まっていますね。
(これは…ウネウネしていますね)
たぶん地中に溜まっている魔力溜まりにドロドロとしたアシッドジェリーが集まり、そのスライムのヌメヌメやら地下の湿度やらを求めてジェリーローパーが入り込んでいるのだと思いますが、このモンスターハウスに気づかないまま探索を続けていたら横合いからの奇襲を受けていたかもしれませんからね、ノワールは危険を知らせるつもりでここに案内してきたのでしょう。
「ありがとうございます」
軽くノワールの頭を撫でながら周囲の様子を観察してみるのですが、今覗き込んでいる横穴やらいくつかの横穴にはノワールの糸で『×』印がつけられていて……きっとその印がある場所にはモンスターが屯しているという事なのだと思います。
『どうする?』
とにかくビッシリウネウネしているモンスター達に気づかれないようにその場を離れたところで淫さんが訊いてきて、牡丹が行動指針を求めるように見つめて来るのですが……この地下空洞は彼らの住処なのか積極果敢に動き回っている個体はいないようですし、補給もなく脱出のあてもない状況では無視して進んだ方が無難なのかもしれません。
(襲ってきたら反撃するという事で、今は戦闘を避ける事にしましょう…それに…)
溜まっているモンスター達は『サンハイト』の影響を受けているのか黄色や白色味を増している変異種ですし、内包している魔力量から考えると原種よりパワーアップしているような気がしますからね、そんなのといちいち戦っていてはすぐにじり貧になってしまいます。
(一度まふかさん達にも現状を報告するべきなのかもしれませんが…)
止めておきましょう。というのも、私達が落ちて来た亀裂からは時々石の欠片が落ちてきていたりグレースさんの呟きが聞こえて来たりしていたのですが、少し前からグレースさんの呟きが聞こえなくなっており……きっと戦闘に集中する為にチャンネルを切り替えたのでしょう。
そんな状態で話しかけるのは邪魔になってしまいますし、そもそも「時間があるので探索しておきます」なんて戦っているまふかさんに言おうものなら確実に怒られてしまいますからね、今は怒られない範囲での探索を進めておきましょう。
『いいのか?』
(流石にモンスターが屯している傍で待機し続けるのは精神的に辛いものがありますからね…それにまふかさんなら許してくれると思いますし、大丈夫だと思いますよ?)
『怒られるぞ?』と言う淫さんなのですが、まふかさんは一時的に怒る事はあっても根に持つような捻くれた怒り方はしないですからね、最終的には許してくれると思います。
(後は…どちらに進むかですが…)
横道を考慮しなければ大まかに進める方向は『クリスタラヴァリー』の中央部を目指すか外縁部を目指すかの二択となり、脱出のセオリー的には外縁部に向かうべきなのですが、ゲーム的には中央部に進む方が美味しくて……標高を考えない直線距離であれば中心部はすぐそこのような気がしますし、当初の漠然とした目的通り中央部を目指すべきでしょうか?
(まあ何にしても、こんな状態のシノさんを放置はできませんが)
魔力溜まりやその周辺に集まって来ている変異種も問題なのですが、今一番気にしなければいけないのは意識を失ったままのシノさんの事ですね。
(流石に放置して行く訳にもいきませんし、シノさんが目覚めるまでアイテムの整理でもしておきましょうか?)
担いで移動するのも何かあった時に問題となって来るような気がしますし、魔力の溜まり方から考えるともうすぐ目を覚ましそうですからね、それまで牡丹と淫さんの中にあるアイテムの仕分けをしながら準備をしておく事にしましょう。
(まずは牡丹の中に入っていた太腿のポーチを回収して…)
左太もものポーチにポーション各種を1本ずつ、投げナイフを5本、麻痺治しと毒消しが1つずつ入っている事を確認しておきます。
そして『スタミナ回復ポーション』を2本、『HP回復ポーション』を4本、『MP回復ポーション』を7本、『麻痺治し』を3個、『毒消し』を5個、投げナイフを3本、そういう戦闘アイテム系の物を牡丹の方に渡しておき……残りの雑貨類を淫さんに収納しておきましょう。
(わかっていた事ですが、ポーションが半分を切っていますし、投げナイフに至っては残り8本だけと心もとないですね)
まあ第二エリアの後半にもなると素直に投げナイフが命中する敵も少なくなっていますし、牽制用なら【淫気】のナイフで事足りるのですが……魔法を固めている都合上射程が短くなる事が問題なのですよね。
(でもナイフという事は…?)
試しに【淫気】のナイフに【エンチャントダガー】を付与してみると……問題なく付与できました。
(これは色々な事が出来そうですが……流石に検証は後回しですね)
とにかく細々とした雑貨類を動かしていたのですが、その間に牡丹が「ぷっへ」と白っぽいドロドロをベチャリと吐き出してしまい……これは牡丹が飲み込んでいたシノさんの疑似精液ですね。
「ぷ~…」
くしゃみをするように吐き出した影響なのか鼻水みたいに垂らしてもいるのですが、これに関しては……どうしましょう?
(地味に錬金アイテムなんですね)
改めてマジマジと触るのはどうかと思うのですが、私が取得している【弱点看破】はアイテムの効果を調べるというよりも敵の能力を把握する為のスキルですからね、手に持って説明欄を出した方が詳しい情報を得る事が出来ます。
その結果この疑似精液は粘度の高い魔力水の一種だという事がわかり……吐き出した量が尋常ではないですし必要になった時にはまた搾り取ればいいだけですからね、半分くらいは捨てていく事にしました。そして重量問題以上に問題なのが……。
(この疑似精液の中にアイテムが入っていたのですよね)
牡丹が分割収納してくれていましたし、一緒に収納していたアイテムに汚れはないのですが……何となく複雑な気持ちになってしまいますね。だからといって一つ一つ丁寧に水洗いするというのもMPが勿体ないですし、これはもう牡丹が良い感じに分けておいてくれたと信じるしかありません。
とにかくアイテムが汚れないよう気を配ってくれていた牡丹を褒めるように頭を撫でておくのですが、そんな事をしている内に自力で動けるくらいまでMPとスタミナを回復させたシノさんが身じろぎをして……彼女が目を覚ましたら現状を説明して探索を再開する事にしましょう。
※誤字報告ありがとうございます(3/21)訂正しました。




