380:熊派の日常(キリア視点)
※379話に【エンチャントダガー】の効果についての補足を入れました。
今後の戦況を左右する大一番、長耳達の宝物庫を解析する仕事もあったし、万が一レナギリーが攻めてきた時の抑えとしてキリアは後方に居たんだけど……その結果はプレイヤー側の奮戦もあってまさかの敗戦。正確には塔周辺の制圧は出来たんだけど、目的としていた長耳の女王を倒す事が出来ないという結果に終わってしまった。
(何で!?あんな所に遺跡跡なんて無かった筈なのに!!)
もう一度茨を伸ばそうにも時間がかかっちゃうし二番煎じは警戒されているしで手をこまねている内に人類の拠点となるべき結界を張られてしまい……まるで世界がキリアの事をいらない子だと言っているような状況に涙が出そうになるんだけど、地団太を踏んで子供みたいに喚いても現実は変わらない。
(ここで冷静さを失ったら負けよ、落ち着いて)
こんな結末になるのならキリアも前線に出ていた方がよかったんだけど、報告ではユリエルも来ていたようだし待機していた方が正解だったのかもしれない。だってキリアが前線に出ていると知ったら嬉々としてユリエルが襲い掛かって来そうだし……。
(本当に…もう、ユリエルったらいっつもキリアの邪魔をする!)
熱くなるのを意識しながらむくれてみたりするんだけど、ユリエルに対する怒りより条件としては同じ筈の熊派の連中がのうのうと負けて帰って来た方に腹が立つ。
(こうなったら大幅な作戦変更が必要ね、蜘蛛の方も何か企んでいるようで不気味だし…ここで長耳を落とせなかったのが本当に痛いわ)
長耳達を滅ぼして人類を大陸の端に追い詰めた後に孤立した蜘蛛の対処をする筈だったのに、気が付けば二正面作戦を強いられて身動きが取れなくなっていた。
こんな状態でもう一度力押しをするにはそれなりの準備が必要で……その趨勢に自分の命がかかっているというプレッシャーに押し潰されそうになりながらも散り散りになりそうな熊派を何とか纏めて立て直したんだけど、ゲーム感覚の無能達は当てにならないしやる気がないしでどうしようもなくて、女王を殺すという目的は未達成のまま引かざるを得なかった。
「結局撃退されちゃったのよね?」
そんな戦いから一晩明けた今日、改めて『エルフェリア』の大木に集まった熊派の主要メンバーと話し合いをする事になったんだけど、呼んでおいた筈の巨人さんはグワーハッハッと笑いながらモンスターを引き連れて出撃しちゃって……こういう足並みが揃っていないところが子供っぽくてイライラしてしまうんだけど、そんな事を言ってもしょうがないので大人なキリアはグッと飲み込んだ
(キリアは感情で動くようなお馬鹿さんじゃないし…そう、ユリエルみたいに感情だけで動くお猿さんとは違うの)
そう自分に言い聞かせて改めて呼び出した3人……ブタさんと骸骨さんとトカゲさんに話しかけるんだけど、三者三葉情けない顔をしながら言い訳をしていた。
「は、はい…申し訳ありません…本当に天使ちゃんとその仲間達が強くて強くて…」
足元に縋りつくようにブヒブヒいっているブタさんは相変わらず鬱陶しいんだけど、いつもならそんな情けないブタさんを嘲笑うトカゲさんが珍しくフォローを入れていた。
「そうそう、ありゃーどうしようもねーよ、さすが天使の姉御…むしろ『隠者の塔』を落とせただけでもラッキーって感じで…てか俺としてはあれだけ強めのモンスターを付けてもらってフツーに負けて来た我謝の旦那が信じられねーんだけど…つーかなんでここに居るわけ?一応これって幹部会議だろ?」
もう一歩のところまで長耳の女王を追い詰めたトカゲさんが何の成果もなく戻って来た骸骨さんを馬鹿にしたように笑うんだけど、喧嘩を売られた方は全身の骨をカタカタ鳴らしながらオーバーリアクションで驚いてみせた。
「こっちはこっちで大変やったんやで!?ベテラン勢を千切っては投げ千切っては投げ…っていうか最初からワイもれっきとした熊派の幹部やちゅーねん!!」
「は?お笑い担当が吠えてんじゃねーよ!!ブチ殺すぞッ!!?」
たぶん骸骨さんのオーバーリアクションなところが余計にトカゲさんの怒りを買っているんだと思うけど、犬猿の仲ともいえる2人が早々に喧嘩を始めてしまい……。
「まあまあ、お2人とも…」
「まあまあ…じゃねーよ!俺様が失敗したのもカイトの旦那がトロトロしていたせーじゃねーか!!偉そうに説教すんじゃねーよ!!」
「ひぃぃいい!?蹴らないでくださいよ!」
あっさりとブタさんに飛び火している光景には呆れかえるのだけど、これでも能力的にはまだマシな部類で……まあいいわ、とにかくこれ以上喧嘩をしていても仕方が無いのでキリアはパーンと手を叩き合わせて今にも取っ組み合いを始めそうだった3人を止めておいた。
「ストーップ!!喧嘩はやめなさい!負けてしまったものは仕方がないし、キリア達には喧嘩なんてしている時間が無い…のよね?」
キリアがギロリと睨みつけるとブタさんが申し訳なさそうに首をすくめるのだけど、トカゲさんは態度を変えずに不貞腐れた様子で、骸骨さんは……。
「ほんますんません、レイブンの野郎がうるさくて」
「てめぇの方が弱いくせにピーピーうるせーんだよ!!」
「だ、か、らー2人はちょっと黙ってなさーい!!」
神様に能力が封印されていなければこんな奴らひと捻りなんだけど、今はこんな奴らでも頼み込む必要があって……何でこんなお子様達を率いてユリエル達と戦わないといけないのかと泣きたくなるんだけど、とにかくすぐに喧嘩をしようとする2人を諫めて黙らせてから改めてブタさんの話を聞く姿勢を作った。
「は、はい…今日か明日中に決めないと我々の戦力ダウンかと…」
そうブタさんが話し始めるのだけど、ブタさんが言うには今日明日……キリアからすると2日から4日なんだけど、その間に決めないと“へいじつ”がやって来て熊派の戦力が大幅に下がってしまうらしい。
勿論それはプレイヤー側にも言える事なんだけど、その間は大規模な攻勢が難しくなり……キリア達はこのまま強襲するか持久策を取るかの選択を求められていた。
(どちらが良いのかしら?)
まずプレイヤーをどれだけ殺しても意味が無いのでキリア達の勝ち筋は重要人物を倒して拠点を制圧していく事なんだけど、その場合のターゲットとなるのは長耳の女王か蜘蛛達の大ボスのどちらかとなり、戦力的な厄介さと明確的に敵対しているのは長耳側となる。
体制の整っていない今なら無理矢理強行すれば何とか攻めきれるかもしれないんだけど、現状では失敗する確率の方が高いし逆侵攻を受けて一気に攻め滅ぼされるリスクもあった。
じゃあ逆に防御を固めて次の土日まで攻勢を控えれば安全かというとそうでも無くて、10日も時間を空けたら長耳達も体制を立て直すだろうし、蜘蛛達もどういう風に動くのかがわからない。下手をすれば態勢を整えた二大勢力が同時に攻めて来る可能性もある訳で……そんな事を考えていると3人が「お?」というように止まって何か画面を操作し始めた。
「どうしたの?」
あたしには認識できないという事はプレイヤーに関する何かだと思うんだけど、ブタさんが言うにはワールドアナウンスというのが入ったらしい。
「どうやら『クリスタラヴァリー』の情報が開示されたみたいですね、シノという人物が発見したという報告があったのですが…」
「ハーピーの巣が?」
あそこはもうとっくにプレイヤー達が攻め入っていた筈なんだけど、今頃その情報が?と首を傾げていると、時間をかけて詳細に情報を洗ってみるとどうやらこれにもユリエルが関与しているらしい。
(幼樹を…ね)
目的まではわからなかったのだけど、ユリエルが『音晶石』の鉱脈を探しているみたいで……急に生えて来た古代遺跡の問題もあるし事前情報が当てにならない状態でユリエルを自由にさせているのも不都合があるのだけど、あそこに生息しているハーピー達の攻撃が範囲攻撃という事もあって大群での行動には不向きな場所なのよね。
(そうなると能力のある少数を送り込むべきなんだけど…)
目の前に居る三馬鹿を見ながらため息を吐いていると、骸骨さんが使役している死霊の内の1人がそろりと耳打ちをしてきて……どうやらこんなにも忙しくて手が足りない時に『エルフェリア』に近づく不届き者が居るらしい。
「あの…どうしましょう?」
その情報を共有したブタさんが代表して聞いて来るんだけど、今は『エルフェリア』の宝物庫にあったアーティファクトを解析している途中なのであまり近づいて来てほしくないのよね。
「迎撃よ、侵入者は追い返すだけでいいわ…ユリエルの方は…」
折角蜘蛛の拠点にあった幼樹は消しておいたというのに、こんなタイミングで『精霊の幼樹』が復活なんてしたら面倒な事になるのは目に見えている。なので誰を向かわせようかと考えていると、チロチロと舌を出しながらトカゲさんが笑った。
「じゃあ俺が天使の姉御の方に向かうわ、借りも返さねーといけないし……つーても『隠者の塔』を攻めた時のご褒美をまだ貰ってねーんだよなーこんなんじゃ力が出ねーよなー?」
そう私怨と欲望バリバリの発言をするトカゲさんなんだけど、単騎性能は悪くないし的の大きな巨人さんを向かわせるより適任だと思ったので頷いておく。
「わかったわ、じゃあ…そうね、ハーピーの巣に行くのならこの鍵を渡しておくわ」
シノというプレイヤーの動きも気になるのだけど、最悪こっちは放置でもいいと思う。邪魔だったら対処するくらいの頭の良さはトカゲさんにも期待して良いと思うし、その辺りは鍵の説明と共に好きにしても良いと言っておいた。
「へへ、流石お嬢、話がわかるねー…カイトの旦那もこれくらいの融通がきいたらいいんだけどなー」
キリアから装飾過多な銀色の鍵を受け取ったトカゲさんはニヤニヤと笑い、それに対してブタさんが不安そうな顔をしたんだけど……別にこれはトカゲさんがキリア達を裏切るのに使えるという物でもないので問題はない。
「レイブン君、わかっていると思いますが直々の頼み事なのですから誠心誠意…」
「わかってるって、いちいち言わなくてもよー…ま、ゴミ掃除はカイトの旦那と我謝の旦那にまかせて俺は天使ちゃんと遊んでくるわ……で、この玩具は俺の好きなように使って良いんだよな?」
「ええ、問題ないわ…ユリエルに目にもの見せて来て頂戴」
忠誠心も仲間意識もない愉快犯的なトカゲさんを向かわせるという判断が正しかったのかはこの時点ではわからないのだけど、キリアの運命を弄ぼうとする邪悪な神様なんかに負けはしないと心の中で誓いながら、キリアは改めてこの理不尽な世界に対して闘志を燃やすのだった。
※笑顔の絶えない世界を目指して。
※誤字報告ありがとうございます(3/21)訂正しました。




