370:情報収集と反撃準備
アルディード女王から『隠者の塔』を巡る戦いについてのお褒めの言葉を賜り、その流れで『精霊の幼樹』の育て方を聞く事が出来たのですが……前回育てた時はエルフが植物育成関連の基礎技術を担当し、人間が魔方陣の技術を提供し、ドワーフなどの亜人種族が集まり神殿を建てたり魔道具を作り上げたりとかなり大規模な工事を行ったそうです。
それが『蜘蛛糸の森』にあった建築物なのですが、あの独特な建築様式はレナギリーと共に歩もうと決意した『倭東人』の故郷の風景を模した物のようで、あちらこちらに布を垂らしているのはレナギリー達の習性と言うか風習のような物らしいですね。
「ただ、今はどうなっているか」
アルディード女王が言うにはそれらを一緒に作り上げたドワーフを含む亜人達も今は散り散りになってしまい、魔王の侵攻を受けている状況では『蜘蛛糸の森』まで出向く事が出来ず……もしかしたらレナギリーは『倭東人』との思い出の品である『精霊の幼樹』を復活させたいという思いとは他に、もう一度多種多様な種族が手を取り合い何かを作り上げる所を見てみたいという願いがあるのかもしれません。
(流石にそこまでする必要があるとは思えませんが)
もし今から色々な種族に声をかけて大規模建造物を建てないといけないとなるとごくごく一般的な1プレイヤーの私にはどうしようもない規模の話になりますので、最初から合同クエストみたいな形で出て来る筈です。なのでたぶんこれは最初から幾つかのルートが用意されていて、王都の図書館で魔方陣関連の情報を発見してイベントを進めるか、『エルフェリア』を奪還してドワーフの魔道具を奪い返すか、アルディード女王に協力を要請して了承を得るかという解決方のどれか一つでも達成出来たらイベントが進むように作られているのだと思います。
「ああ、心配なさらないでください…その当時はそれだけ多くの人の手を借りる必要があったというだけですから」
そして私の予想を肯定するようにアルディード女王が軽やかに笑うのですが、何でも女王陛下は都市建設時の当事者で……その辺りは流石長命種族の女王をしているだけはあるのですが、次またレナギリー達から協力を求められた時には快く応じられるように魔法の改良を行っていたそうです。
「それを聞いて安心しました、枝は持ち歩いているのですが…お預けした方がいいですか?」
何かしらの処置を施すのなら日を股く必要があるかと思ったのですが、頭の上の牡丹から『精霊樹の枝』を取り出すとアルディード女王は「懐かしい物を見ました」みたいに目を細めて首を振ります。
「いえ、アルバボッシュの枝をお持ちなのでしたらすぐにでも……これで問題ない筈です」
言いながら軽く魔法をかけてくれたのですが、条件さえ揃えば拍子抜けするくらいすんなりと進むところがゲームっぽいですね。
「ありがとうございます、これで後は鉱床を見つければ植える事が出来るのですが…」
薄っすらと光を帯びた枝を受け取ると私達を注視していた他のプレイヤー達から「おぉー」というよくわからないどよめきが広がり……衆人環視の前でキーアイテムを持っているのも不安なので収納しなおしておき、後は幼樹を育てるのに必要な場所を確保すればクエストクリアとなるのですが……。
「発掘についてはドワーフ達が請け負っていたのでわたくしもあまり詳しくは……レナギリーの住まう地に運べる距離ではあるので『クヴェルクル山脈』のどこか…というのはわかるのですが」
との事で、アルディード女王も肝心要の『音晶石』の鉱床が何処にあるかまではわからないようで、発掘に携わっていたドワーフ達も『ギャザニー地下水道』の埋め立て工事をする時までは協力関係にあったそうなのですが、魔王軍の襲来と共に各地に散って行ったので現在はどこにいるのかわからないそうです。
(これならスコルさん達にも聞いておくべきでしたね)
戦闘の連続でうっかりしていたというのもあるのですが、アルディード女王に聞けばいいと後回しにしている内に鉱床関連の話を聞きそびれてしまいました。
しかも間の悪い事にスコルさんはログインしていませんし……まあアルディード女王から聞きたい事は聞き終わりましたし、後は鉱床を見つけて挿し木をすれば良いところまでイベントを進められたという事に満足しておく事にしましょう。
「わかりました、そちらは私達の方でも探してみます」
因みにレナギリーとドワーフ達は鉱床から『音晶石』を掘り出して現在の『蜘蛛糸の森』のある場所まで運び込んで組み上げたらしいのですが、今回は運搬してくれる人が居ないので鉱床そのものに枝を突き刺す必要があって……アルディード女王が言うには魔法の反射増幅を利用するとかで、枝を刺した時に展開される巨大な魔方陣が入り切る円柱形の空間なんていう物を探さないといけないのですが、その辺りはイベント補正が良い感じにかかってくれている事を祈るしかありません。
(その辺りは要相談なのかもしれませんね)
現在の簡易拠点の方に植えるのか、『蜘蛛糸の森』を復活させるつもりなのかを聞かないといけませんし、一度レナギリーの下に戻る必要があるのでしょう。
「あの子達には色々と縁がありますし、わたくし達も出来るだけ協力を…といいたいのですが、現状ではどこまで貴女の力になれるのか……なので今は彼女達をよろしくお願いしますと言う事しか出来ません」
そうしてアルディード女王は改めて深々と頭を下げるのですが、一度は手を取り合い協力しあった仲だからなのか、今は敵対してしまっているレナギリー達の事が心配のようですね。
「わかりました、任せてください」
私も頭を下げてから一旦その場を離れるのですが……堂々と人前で話していたという事もあり、アルディード女王との会話は速攻でネットに上げられて拡散されていくのだと思います。
そして敵味方共に色々な思惑を抱きながら動き出す事になると思うのですが、皆で協力して頑張りましたと強弁できるだけの流れが出来るのならまあそれはそれで良しという事にしておきましょう。
(それでは早速…と言いたいのですが、まずはここから離れましょうか)
アルディード女王と話している間は空気を読んでくれていたプレイヤー達も会話が終わったとたんにこれ幸いと押し寄せて来たがっているようですし、ギガントさんからたらふく精気を吸い取ったと言っても昨日の戦いで殆ど消費してしまったのでその補充もしなければいけません。
それにクエストを進める事も大切なのですが、昨日の迎撃戦でレベルが上がって38レベルになりましたし、牡丹もレベルアップして13に、ひと段落したら2人と一緒に遊ぶという約束もしていましたし、昨日はバタバタしすぎていたので今日くらいはゆっくりしたいという気持ちもありますし、本格的に活動する前にポーションの制作をしておきたいというのもありました。
(するべき事が山積みなのですよね)
こうゴチャゴチャしてくると目的を見失いそうになるのですが、忘れてはいけない最終目標は『ディフォーテイク大森林』に引きこもって熊派を操っているキリアちゃんを引きずり出す事で、物量差を埋めるためにレナギリー達の手を借りるために『精霊の幼樹』を育てる必要があるという事です。
その和解に必要となるキーアイテムと方法は入手しているので、後は植える場所が必要となって来るのですが……これに関しては一度レナギリーと相談した方がいいですね。
(こうなると魔王の元に勇者を突撃さたがる王様の気持ちがわかりますね)
鉱床捜索とレナギリーに植える場所の確認、スキルの調整と牡丹達とゆっくり遊んでポーション作りとなかなか忙しくて、これならいっその事キリアちゃんの元に突撃して短絡的な解決方法を模索したくなるのですが……流石に待ち構えている熊派の下に単騎特攻なんてしたら返り討ちにあってしまいますからね、キリアちゃんの方針が私の無力化を狙っている以上負けたら大変な事になってしまうと思うので着実に一つずつこなしていくしかありません。
そんな事を考えながら一旦主戦場である南側に行くと見せかけて付きまとうプレイヤー達を振り切り北西へ……今現在の活動拠点となっている簡易防衛拠点は第二エリアの北端にありますからね、東側はハーピーの巣があり南側はモンスターが犇めき合っていて、唯一西側だけは少しだけマシな土地が広がっていました。
徘徊しているモンスターも『海嘯蝕洞』にいたアンギーフロッグと言う魚人や空飛ぶ魚の骨であるボーンフィッシュ……この辺りは海岸寄りの場所に居る定番のモンスターなのかもしれませんね。
気を付けないといけないのはキングタイガーという体高3メートルにもなる巨大なトラ型モンスターが居る事なのですが、遭遇率がもともとあまり高くないのと北端のプレイヤー密度が増した事によって端の方に追いやられたのか簡易防衛拠点の近くではあまり見かける事が無くなり……そういう比較的安全で人気のない場所までやって来た私は軽く息を吐き……。
『気を抜くな、まだつけられているぞ』
(わかっています)
(ぷー?)
どうやら最後の1人はなかなかしつこく追尾してきているようで……これ以上進むとキングタイガーの生息域に入ってしまいますからね、つけられたままというのもあまり気持ちが良いものでもないのでこの辺りで決着をつけておいた方がいいのかもしれません。
「それで、何時までついて来るつもりですか?」
言いながら振り返るのですが、隠密系のスキルを使ったままスカート翼の機動力にもついて来ていた追跡者は私の問いかけに対してあっさりと姿を現しました。
「待て…お前と争うつもりは無い」
そう言いつつ両手を肩の所まで上げて出てきたのはパーマのかかったアッシュブロンドの髪を持つ背の高い男性……ジョン・ドゥさんですね。
どうやら風系の魔法を使って加速していたようなのですが……黒系統のプロテクターのついたレーシングスーツに同系色のタクティカルジャケット、足元は軍用ブーツという動きやすそうな格好の上には剣帯のようなベルトを締めてマジックバッグや円柱形の筒のような物を付けており……武器らしい武器は手にしていないので「争うつもりは無い」と言う言葉に嘘はないのでしょう。
「それならコソコソとついて来るのはどうかと…逆に怪しいですよ?」
知り合い?の登場に少しだけ気を緩めるのですが、あまり接点のなかった単独行動の多いジョンさんからわざわざ接触してくるのはいったいどういう風の吹き回しなのでしょう?
「それは…すまない、出て来るタイミングを逃してしまって」
まあ私が追いかけて来ている人達を振り切ろうとしていたというのもありますし、そんな状態で堂々と出て来たら無視されるか面倒臭い事になると思ったのだと思います。
「それは良いのですが…?」
「それで?」と促すように首を傾げると、ジョンさんは特に感情のこもっていない目で見返しながら口を開きます。
「さっきの話なんだが…何故『音晶石』が必要なんだ?」
まあこのタイミングでわざわざ話しかけて来たのならその話ですよねという内容だったのですが、ジョンさんにレナギリーに関する情報を教える必要もないですし……はてさてどうしましょうと私は少しだけ考えこんでしまいました。




