362:斬り込み隊長
キリアちゃんの動向を聞き出そうと会話から入ったせいで先手を打たれてしまったのですが、地を這うような前傾姿勢での突撃してくるレイブンさんが剣を振るうと地面から凄い勢いで巨大な氷柱が生えて来ました。
「くっ…!?」
そうして氷に気を取られた瞬間にレイブンさんは踏み込んで来ていて、私は牽制用に『ベローズソード』を振りながら氷魔法の影響範囲から逃れようとするのですが……極限下まで下げられたレイブンさんの頭は地面スレスレで、這うような姿勢で高速で駆け寄られると攻撃手段が限られてしまいます。
地中から生えて来た氷柱は障害物にもなりますし、近づく者を凍てつかせる冷気を纏った斬撃はグリーンリザードというリザードマン系の進化種族とは思えないような広範囲に影響を及ぼしているのですが……爬虫類系のレイブンさんがこの冷気の中で動けなくなるという事はないのでしょうか?
(流石にそれはないと思いますが)
そんな間抜けな人なら戦うのも楽だったのですが、レイブンさんは滅茶苦茶に剣を振っているように見せかけて周囲のエルフ達やノワールを牽制していたりとそれなりに考えながら立ち回っているようで……というよりも野性的な勘でしょうか?レイブンさんは正当な戦闘技術を学んだというよりも喧嘩が強いタイプの人で、そんな人が人外化した事によって感覚器官と膂力が増加し、そこに熊派の補正が入って超強化されたといった感じなのでしょう。
(厄介ですね)
氷の斬撃と広範囲に冷気を飛ばすレイブンさんのせいでアルディード女王達が安全圏まで撤退できませんし、やや話が嚙み合わないのでキリアちゃんの事を聞き出せるかもわかりません……というよりここまで戦ってみた結果やネットの目撃情報から考えるとキリアちゃんがこの戦場にはいないような気がするのですが……レナギリーの抑えとして後方にいるのでしょうか?
(まるで自分がやられたら次が無いといった動きなのですが……デファルセントまで攻め込めば出て来るでしょうか?)
その方法を考えようにも当初の目的であるアルディード女王を討つ事を半ば放棄したレイブンさんに狙われ続けていて……今はこの人を倒す事に集中しましょう。
「ヒィーハァーッ!!逃げるなよ天使ちゃんよぉ…楽しもーぜ!!ははっ、滾って来るよなぁっ!!無理矢理抵抗する奴をやった時の快感ったらねーからなぁ!?」
というよりレイブンさんが見境なく広範囲に攻撃をしているのでエルフの兵士達が氷漬けにされていき、あちらこちらから悲鳴と怒声が聞こえてきていて……このままでは体制を立て直すも何もないので一旦距離を離した方がいいのかもしれませんね。
「それは…少し相手の事を考えなさすぎでは?」
なのでアルディード女王達から離れようとしてみたのですが、流石に回り込んで来たレイブンさんが氷柱に隠れるようにサイドステップを踏みながら近づいて来て、私はその動きに合わせて投げナイフを投擲します。
「んな奴はこのゲームをやるんじゃねーよ!やるかやられるか、そーいうもんだろう…がっ!!」
レイブンさんはその投げナイフを弾いて防ぎ、その一瞬の硬直を狙って『ベローズソード』で突くとその体がブレたのですが……そのまま攻撃など受けていないというように平然と踏み込んで来ました。
(回避系のスキルですか!?)
完全回避何て言うスキルは今のところ発見されていませんからね、レイブンさんの使ったスキルも何かしらの条件があったり万能ではなかったりすると思うのですが……敵に使われると厄介な事この上ないですね。
「ヒィーハハッ、その顔、その顔だよ!驚き見開かれた瞳がおっぱいと一緒に零れ落ちそうだぜ!!」
レイブンさんはその低姿勢のまま強引に距離を詰めて来たかと思うと体を捻りながら振り上げるような強引な一撃を放ってきて、私は左手に持っている『魔嘯剣』でその斬撃を防ぎます。
そのまま鍔迫り合いに持ち込まれてしまい、火花の代わりに氷の欠片が飛び散りレイブンさんはしてやったりと言うような笑みを浮かべるのですが、私の視界にも背後を取ったノワールの姿が見えていて……レイブンさんが魔法剣の力を全力で開放すると吹きかけられていたノワールの糸ごと凍らせる冷気と氷の膜が広がり、私の持っている『魔嘯剣』に吸収されていきます。
「流石天使ちゃん、いー剣持ってるなぁ…なあ、俺が勝ったらついでにその剣も奪って良いか?」
レイブンさんは背後から近づくノワールを尻尾で払い、数秒の鍔迫り合いから力任せに弾き合ってお互い距離を離すのですが……思いのほか『歪黒樹の棘』の影響が出ているのか火力が出ていない事にフラストレーションが溜まってしまいますね。
(精度が甘い気がしますし、レイブンさん達はパワーアップしていますし)
牡丹達に協力を要請すれば無理矢理押し切れるのかもしれませんが、下手に攻撃を開始すればカイトさんなどの横やりが入るかもしれないのでタイミングを計る必要はあるでしょう。
それにこれだけ連続で広範囲の氷魔法を連発できるのはレイブンさんが持っている剣が『Uniqu』ランクの一品物だからなのだと思いますし、剣以外の奥の手があるのかもしれないという事は常に頭の片隅に置いておいた方がいいのかもしれません。
「その勝負を受ける利点が私にはないと思いますが?」
それはお互い様のようでレイブンさんも一旦距離を取るのですが……会話をしているとレイブンさんの攻撃が止まるようですし、少しでも時間を稼ぐ為に会話に乗る事にしましょう。
「そうだなー…じゃあ天使ちゃんが勝ったらお嬢の情報と引き換えっていうのはどうだ?」
そして会話に乗って来たレイブンさんは呼吸を整えるように一度背を伸ばすとそんな事を提案してきたのですが……何だかんだと言いながら熊派の内情を話す気はないようです。
「私が勝ったらレイブンさんはリスポーンしますよね?」
「ははっ、かもなー…つー訳で、賢い天使ちゃんには朗報だ…連絡先を教えてくれたら好きな時に気持ちよくしてやる…ぜっ!!」
そして短時間でレイブンさんの休憩が終わったようで……この回復能力は異常ですね。スタミナやMPを回復させるスキルでも持っているのかもしれませんが、そんな自己治癒能力に支えられた人外種由来の暴力的な身体スペックを持つ相手というのはなかなか面倒ですね。
単純で使いやすいスキル構成と身体スペックの暴力で押し切るタイプであり、スキルが封印されている私からするとやや決め手が欠ける相手なのですが……それでも地の利はまだ私の方に有効に働きました。
「攻撃準備整いました!」
「よし、あそこにいるのはアスモダイオスに組する邪悪なる裏切り者達だ、ブレイカーとはいえ遠慮するなっ!!
「「「はっ!!」」」
アルディード女王はまだフラフラしているのですが、周囲のゴブリン達の掃討を終わらせたエルフの兵士達が氷柱の雪原の外に陣を構えて弓矢と魔法の準備に入ります。
「ちょ、ちょっと…囲まれましたよ…い、いつまで遊んでいるんですか!早く倒さないと!」
そして私達の戦いをオロオロと見ていたカイトさんも兵士達の動きを見て遅ればせながら杖を構えるのですが、私と女王陛下のどちらを狙えばいいかを悩んでいるようですね。
「チッ、こっちは滾って来ているつーのに邪魔くせー…あー…旦那~あんたの援護じゃ同士討ちが関の山だからな、こっちは何とかするからあっちの残りカス共を頼むわっ!」
そうしてレイブンさんから「あっち」と弓を構えて攻撃魔法を準備をしているエルフ達の方を剣で示すとカイトさんはコクコクと頷き、アルディード女王達に攻撃対象を絞りました。
「さ、させません!!」
そしてその間に盾を構えたグレースさんが割って入るのですが、出遅れた人達の戦闘も始まり乱戦の様相を呈してきましたね。
「ああもう!突破する為にほとんど使い切っているというのに…レイブン君が女王なんてすぐに倒せるって言うから!!」
「あ゙ぁ゙ッ!?知らねーよ!!こっちは旦那がチンタラしてたから面倒くせー事になってんだよ!!」
そして怒鳴り合っている2人なのですが、カイトさんが杖を構えると何処からともなく使い捨てのゴブリンシャーマンの杖を咥えたミューカスカタピラーが這い出て来たのですが、ここまで来る間に大半の芋虫達は使い潰したのかその数はあまり多くありません。
「ふひぃっ!?」
それでもその数は数十匹程度とそれなりで……唐突な火属性の魔法攻撃に対してグレースさんは慌てて木製の盾を体の後ろに隠すのですが、その状況で魔法が命中したら大変な事になると思うのですが、どうなのでしょう?
「撃てっ!撃てぇっ!!」
そしてエルフの兵士達の一斉掃射とカイトさんの攻撃が始まり、私とレイブンさんはその攻撃に巻き込まれないように一旦距離を取るのですが……雪原のオブジェクトとして地面から突き出していた氷柱が数十発の火球によって砕けて白く煙り、一時的に相手の姿を隠します。
こうして奇妙な膠着状態が発生したのですが、熊派の欠点はこういう時に連携して攻め立てて来ないところですね。というのもどうやら熊派の人達はパワーアップする代わりに何かしらの制限がかかっているのかフレンド会話系統のシステムが使えないようで、常時通常会話で意思疎通をしていたり毀棄都市ではわざわざ連絡役を立てて情報交換をしていたりと不自然な点が多々見られて……その辺りの連携力の無さを突かせてもらう事にしましょう。
『グレースさん、フレンド会話に切り替えてください…その後で良いので現状報告をお願いしてもいいですか?』
声を出したら熊派にもこちらの作戦がバレてしまいますからね、グレースさんにはフレンド会話に切り替えてもらい……攻撃魔法が放たれる直前に氷の柱の陰に隠れていたので大丈夫だと思うのですが、グレースさんは比較的爆心地の近くに居ましたからね、戦闘続行可能かどうかで私達の取り得る作戦が大きく変わって来るのですが……。
『え、えっと…は、はい!私は大丈夫です!!女王様がシールドを張ってくれたみたいで』
どうやらアルディード女王が残っている力を振り絞ってカイトさんの魔法攻撃を防いでくれたようですね、そうなるとエルフの兵士達も無事なのでしょう。
『わかりました、それでは相手の弱点を突いて熊派を倒していこうと思うのですが……グレースさんって私の位置を何となく把握していますよね?今も捉えていますか?』
スコルさん程ではないですがグレースさんも時々私の事を先に見つけている時がありますからね、何かしらの方法で私の事を捉えているのだと思います。
『え、あっ…は、はい!何となくわかります!』
そしてあっさりと同意されたらされたらで凄いと思う反面少しだけ怖いのですが……本当に2人共どうやって位置を把握しているのでしょう?そんな素朴な疑問が浮かんだのですが、今はその把握能力を活かしてもらう事にしましょう。
『では今から…』
そうしてグレースさんに作戦を伝えたのですが、煙が薄れてくるとバタバタとした足音や出鱈目に放たれる弓矢の風切り音が聞こえて来て、無理矢理溶かされた氷の破片と熱風によって生暖かくも冷たいという奇妙な湿気が晴れると同時に激突が再開するのですが、位置取りを気にしながら今度は私からレイブンさんに斬り込みました。
※熊派は単純なPKプレイヤーと違いモンスター扱いとなります、そのため色々なパワーアップや地形効果によるデメリットを無効化したりと数々のメリットを得る事が出来るのですが、プレイヤーとして使える筈だった一部の機能が使えなくもなっています。
とくに会話系のシステムはそういうスキルを取得しなければ使えなくなっているので全体的な意思疎通に問題が出てきているのですが、この辺りはモンスター同士が遠距離で通話しだしたら大変な事になるからというバランス調整でもありますし、プレイヤー側は連携力や友情パワー、モンスター側は個の力みたいな立場の違いや性能差みたいなものを表しています。
まあスキルを取得すれば問題なく遠距離通話が出来るのですが、そういう連携用のスキルをわざわざ取得しようという人がアウトロー集団である熊派に入る事が稀なので通話系のスキルを持っている人は少数です。
因みに我謝さんがキリアちゃんと共に毀棄都市に残って居たのはユリエルの推理通り護衛と言うよりも連絡要員という理由が大きいですし、実は指示を出したりする立ち位置にいるカイトさんも通話系のスキルを取得しているのですが、こちらは大多数の熊派から「話しかけられるのが鬱陶しい」という理由で通信を切られており、泣く泣く現場に赴き通常会話で対応しているという裏話があります。
※因みにグレースさんがユリエルの位置を把握しているのは「愛の力」が関係しているらしいのですが、その事をユリエルに伝える事はないと思います。




