361:熊派の増援
ゴブリンチャンプを倒した事によって敵の士気が崩れたのですが……それはあくまで攻め込んで来ていたゴブリン達が後退しただけの話ですからね、それ以外のモンスターが押し寄せて来ているのには変わりがないのであまりのんびりはしていられません。
『手伝う必要が無かったな』
(まあ…これくらいでしたら)
そして淫さんがどちらの意味で言ったのかはわからないのですが……もしかしたらどちらの意味も込めて言っているのかもしれませんが、パワーアップしていると言っても定期的にリポップするゴブリンチャンプとの戦いでしたからね、P Tで囲めばなんとかなる強さではあったのでしょう。
そして逃げ腰になったゴブリン達程度ならエルフの兵士達が撃退してくれているので私達の出る幕がなくて……やや拍子抜け感はあるものの最悪の事態にならなくて良かったという事にしておきます。
「グレースさんの方は大丈夫ですか?」
私は『魔嘯剣』を回収しながらヘッドスライディング気味に転がって行ったグレースさんに声をかけるのですが、【ヒール】を唱えて擦り傷を治していたグレースさんが驚いたようにピョンと背筋を伸ばしました。
「え、あ、は、はい!この通り」
ワタワタと手を振ってから「ムン!」と力こぶを作って見せるグレースさんなのですが……着ている物が分厚い膝丈パーカーですからね、よくわかりません。
「無事で何よりです」
ただ無事である事だけは伝わって来るので軽く頷いておいて……というより『歪黒樹の棘』の影響下で普通に魔法が使える事が驚きなのですが、アルディード女王も魔法を使っていたのでMPの消費を気にしなければ何とかなるという事なのでしょうか?
そんな事を考えていると近づいて来ていたアルディード女王が軽く屈むような膝折礼で謝意を伝えてくるのですが、傍目から見ていると凌辱された跡が生々しくてあまり直視できないくらいにはボロボロの姿ですね。
「危ないところを助けて頂きありがとうございます、貴女達のおかげで無事にゴブリン達を撃退する事が出来ました」
「当然の事をしただけです、それに……いえ、まずはこの難局を切り抜ける方が先かと」
助けた対価として『精霊樹の枝』についての情報や協力を引き出そうと思ったのですが、熊派やモンスターに攻め入られている状態でする話ではないのかもしれませんからね、この話は落ち着いてから改めて切り出す事にしましょう。
「そのようですね…今はこの難局を共に乗り越える事にしましょう」
アルディード女王も言いよどんだ私の事を見てから周囲の状況を確認して息を吐くのですが……ゴブリンチャンプを撃退したからといって攻めてきている熊派を押し返した訳ではありませんし、時折防衛線を抜けて来ているモンスター達とエルフの兵士達との間では今も戦闘が続いています。
「陛下、移動しませんと…ここもすぐに」
「ええ…歪黒樹の庭では全滅を待つだけですね、遺憾ですが後退する事にしましょう」
そして一旦後退して大勢を立て直すというのがアルディード女王達の判断なのだと思いますが、この場合は『歪黒樹の棘』の影響範囲から抜けるために北側の断崖絶壁まで後退するという事で……本当にそれで良いのでしょうか?
そんな私の疑問に同調したという訳ではないと思うのですが、そんな会話をしているアルディード女王達を見ながらグレースさんも何か言いたげにソワソワしていて……言いたい事があるのなら女王陛下達が動く前に伝えた方が良いかもしれませんね。
「グレースさん、何か言いたい事があるのならはっきりと伝えた方が良いと思いますよ?」
「ひょおい!?」
話しかけると辺りをキョロキョロと見まわしながらソロリと挙手するように中途半端に右手を上げようとしていたグレースさんにビックリされてしまったのですが、そこからヘニャヘニャと蕩けて情けない声をあげられました。
「ユリエルさぁん…」
そして「何で私が何か言おうとしていたっていう事がわかったんですか?」みたいな熱い視線を向けられるのですが、グレースさんの場合は表情に出やすいのでわかりやすいのですよね。
ただその事を伝えると照れながらもよくわからない行動をしそうだったので「それくらいならわかります」という意味を込めて頷くだけに留めておくと、グレースさんはやっぱりモジモジし始めて……そんな不思議な会話をしている私達に対して近くに居たエルフの兵士が何事かと話しかけてきました。
「その…何か?君達には協力してもらったからな、我らも手伝える事があれば手伝うが…」
言いながらエルフの兵士が首を傾げるのですが、グレースさんは話しかけてきた兵士と私の顔を見比べてから何度も何度も何かを言いかけて、深呼吸を数回して、そして気合を入れるようにグッと両手を握ります。
「あ、あの!あ、アレを!倒さないといけないと思うのですがッ!!!」
そしていきなりお腹から大声を出したグレースさんが巨大な『歪黒樹の棘』を指さし叫ぶのですが……周囲の人達がビックリして立ち止まり、驚いたエルフの人達を見てグレースさんもビックリして固まり、何とも言えない変な空気が辺りに流れてしまいました。
「えっと…大本を倒さないとジリ貧になるだけですよ…と、言いたいのだと思います」
とりあえず私がフォローを入れておくとグレースさんが力強くブンブンと頭を振って肯定してくれるのですが、エルフの兵士達の反応は悪いですね。
というのもアルディード女王は気が抜けたのか侍女達に支えられて運ばれて行っているような状態ですし、エルフの親衛隊も被害が甚大、ハーピー達や襲い来るモンスターを迎撃する為に散開している一般の兵士達も次々と倒れていっているという状況で反攻作戦を繰り広げるというのはなかなか難しいのでしょう。
だからといってこのまま下がり続けたらただのジリ貧ですからね、アルディード女王の安全が確保できた今ならグレースさんの言う通り部分的な逆侵攻を仕掛けてもいいような気がするのですが……。
「おーおーそりゃー困るなー…ってかカイトの旦那がちんたらしているせいで面倒くせー事になってるじゃねえか、折角あのエルフの女王とやれると思ってたのによー」
そんなタイミングで気の抜けた声が聞こえて来たかと思うと緑色のリザードマンがニヤニヤと笑いながら現れて、ハイオークのカイトさんのお尻を蹴っていたのですが……とうとう熊派が追いついて来たようですね。
「いや、それは…はい……ああ!貴女は!!」
「おっ、カイトの旦那の知り合いか?ってかこりゃあ…カイトの旦那ってロリ好きじゃなかったのか?胸はどちらかと言うと俺好みの大きさなんだが」
「別にわたしはロリ好きではありません!って、違いますよ!あの人が妨害してくれたおかげでわたしはさんざんな目にあったんですから!!」
そう大きな声を出しているカイトさんなのですが……どうやら彼は『臨時キャンプ地』の攻略に失敗した後に色々あってこちら側に回されて来たようです。
「ユリエルさん…えっと、たぶんあの人達は熊派だと」
そしてどこかで遭遇したのかグレースさんが身構えながら小さく呟くのですが、この状況で熊派の幹部と一緒に行動している人外が居たとしたら言われるまでもなく熊派なのでしょう。
『みたいですね…グレースさんはアルディード女王の護衛に』
「…わかりました」
フレンド通話でコッソリ伝えるとグレースさんは一瞬「一緒に戦います!」と言いたげな視線を向けてきたのですが、凌辱後に無理やり魔法を放っていたアルディード女王はもうほとんど精神力だけで立っているという状態ですからね、足元がおぼつかないようですしどちらかが防衛に回った方がいいのかもしれません。
「へーそりゃー因縁の相手だなー…良いんじゃね?そういう奴をやるっていうのは滾るだろ?勝ったらやれるんだぜ~頑張りがいがあるってもんだ」
そしてニタニタと笑うリザードマンは尻尾を一度揺らして腰を振ってみせるのですが、カイトさんは「いや、それは」とか言いつつもおもいっきり私の胸とか身体を見て来て……男性と言うのはどうしてこうなのでしょうね。
2人の会話が碌でもないものだったので目を細めてしまうのですが、ヌメヌメした濃い緑色の皮膚を持つリザードマンは……名前はレイブンさんと言い、種族はグリーンリザードでレベルは31。武器は赤い液体が滴る片刃の片手剣なのですが……最初は血か何かが滴っているのかと思ったのですがどうやら違うようですね。
何かしらの魔法剣なのかもしれないと警戒しながら全身を見てみると防具は継ぎ接ぎだらけの皮鎧と破けたジーンズで、後は小型のポシェットのような物を腰に巻き付けているのですが……大きさから考えるとマジックバッグの類なのでしょう。
どれもこれも大きさがあっていないのはプレイヤーから奪った物だからなのかも知れませんが、この人はそんな物を堂々と身に着けている碌でもない男性という評価で問題ないようですね。
そこまで確認したタイミングで相手の目がギョロリと動き、嫌らしい視線がネットリと絡みついて来るような不快感が走るのですが……相手も私達に対して鑑定系のスキルを使ったようですね、その情報を見ながらレイブンさんは何故か可笑しそうに笑い出しました。
「おっほ、こりゃあマジか…ここでお嬢の言っていた奴と会うなんて運が悪りー…いやー逆に良いのか?」
「どういう意味ですか?というより言っていた人と言うと……天使ちゃんですか!?」
「天使ちゃん?旦那ぁ…とうとう頭が湧いたのか?疲れているのなら先に帰ってもいいぜ?ぶっちゃけ居ても邪魔だし…あっ、その代わりにその杖は置いてけよな?」
「渡しませんよ!?ってそうじゃなくて…違いますよ、そういうあだ名みたいなものがあるんですって!!」
警戒感をあらわにする私達の前でよくわからない会話をしている2人組なのですが、どうやらキリアちゃんからはよほど警戒されているのかわざわざ個別に対応策が授けられているようですね。
「そのお嬢というのがキリアちゃんの事だと思うのですが……彼女もここに来ているのですか?」
それなら正直こんな人達を相手にしている時間はないのですが……アルディード女王達も現れた熊派に対して武器を構えていますし、このままキリアちゃんを捜すためにどこかに行くという訳にもいかないのでしょう。
「一発やらせてくれたら教えてやっても…っと、おー怖い怖い、あーもーこんなのを殺さずに拘束しろなんてお嬢も無茶言うぜ…なあ旦那!」
「わたしに話を振らないでくださいよ…おほんっ、そんな事よりターゲットが居たのなら話は早いですね、拘束する事にしましょうそうしましょう」
「へーへーわかりやしたよ…チッ、女王の方はどうするってんだよ…まったくお嬢の命令ってなると張り切りやがって、頑張るつっても俺様が頑張るだけなんだろうがよー…はぁあああぁぁ……こんなにも頑張っている俺様にはちーとばかしのご褒美があってもいいんじゃねーかな?」
口で言うほど嫌々という訳でも無いレイブンさんは軽く息を吐きながら肩を落とすのですが、手に持っていた剣をゆっくりと構えながらニタリと口を開きながら顔を上げました。
すると冷気が渦巻きレイブンさんを中心に空気が凍っていくのですが……剣から滴る液体が氷を生み出しているのは彼のスキルと言うよう武器の力なのでしょう。
「つー訳で死ななきゃ何してもいいよな?楽しませてくれよなぁ…天使ちゃんよぉッ!!」
そして剣から滴る液体が氷を生み出し周囲が騒然となる中、体勢を低くしたレイブンさんが吠えながら猛然と斬り込んできました。
※魔法の封印効果はややこしくなっているのですが、ユリエルの場合は燃費の悪い【ルドラの火】か魔力消費が少なすぎる遠隔操作系に魔力を使っているので『歪黒樹の棘』の影響をモロに受けているので使い勝手が悪くなっています。それと比べるとグレースさんやアルディード女王はMP消費や成功率や効果を犠牲にして無理やり発動させている感じです。
※少しだけ修正しました(4/16)。




