352:渡河開始
『毀棄都市ペルギィ』の東側を流れる大河は河口に向かうほど広くなっている構造で、橋が架かっていた場所の河幅は約1キロメートル、濃霧に覆われているのでその数字が正しいのかはよくわからないのですが、橋を架けた時の測量だとだいたいそれくらいの距離があったそうです。
水深は浅い所で一メートルで、深い所は五メートル以上という……よくもそんな場所に橋を架けれたものだと思うのですが、ミューカストレントが根を伸ばし始めた頃だったので徘徊しているモンスターの数もそれ程でもなかったようですし、斧系のスキルや剣系のスキルを持つ人が5メートルから6メートルの木材を切り出し繋いでいった場合の必要本数はだいたい200本前後、第二エリアに来れるようなレベル帯のプレイヤーが何百人も集まっていたから何とかなったという感じなのでしょう。
(もう一度作れと言われたらなかなか難しいと思いますが)
そんな苦労をしのばせる橋の残骸が浮いている第二エリア中央と東側を区切る大河を眺めながら『スタミナ回復ポーション』を飲んでいたのですが……一時的に避難していたモンスター達も戻って来たのか河の中には色々なモンスターが潜んでおり、ジェリーローパーが手ぐすね引くように触手をウネウネさせていますし、水死体の幽霊なのかドロドロに溶けたゴースト達が恨みがましい声を上げていますし、時折水面が不自然に動くのはアシッドジェリーがプカプカ浮き上がってきているのかもしれません。
(スライム同士仲良く…とはいかないようですね)
この西洋風のドロドロしたスライムの事はいまいち好きになれないのか牡丹は難しい顔をしていて……これでもう少し友好的な関係だったら種族スキルにある【仲間を呼ぶ】を覚えてみるのもありだったのかもしれませんが、今のところは同じスライム系統だからと言って何かあるという感じではないですね。
(まあ同士討ちを躊躇うよりかはいいですが)
そんな牡丹の好き嫌いは一旦横に置いておくとして、【羽ばたき】のスキルレベルがMAXになった辺りから頑張れば飛び続ける事も出来るのですが、長時間滞空するとなるとスタミナの消費が激しいので橋の残骸を足場にした方がスタミナの消費を抑えられると思います。
「行きます」
因みに先程から牡丹が睨みつけているアシッドジェリーは本来はこの辺りに居なかったモンスターなのですが、ミューカストレントの根っこが広がってから出現するようになったので生態が良くわかっておらず……今はのんびりとその習性の事を考えている時間が無いのでそろそろ先に進む事にしましょう。
『こちらは問題ない』
(ぷっ)
私が翼を広げると淫さんと牡丹は返事を返し、ノワールはギュッと尻尾を掴んできて……少し擽ったいですね。とにかく気合を入れ直した私達は【羽ばたき】で加速したまま幅跳びの要領で丸太の上を渡り始めるのですが、霧が濃いので先を見通す事が出来ませんし、ぼんやりと水面に浮かぶ残骸を目印に対岸に向かう形になるのでなかなか神経を使いますね。
「ッ!?くっ…」
しかも水に漬かった丸太は滑りますし、跳び乗ると思ったより揺て、その度に『蒼色のサンダル』がぐにゃりと潰れて指の間や足場に絡まります。
それは靴底が足裏に絡みついて来るような奇妙な感覚なのですが……そのグリップ力のおかげで滑り落ちるという事はないものの、丸太の中にはただ浮いているだけの固定されていない物があったり幻覚が混じっていたりと……消える丸太に関しては『魔嘯剣』で暴いていくのですが、こういう消えたり沈んだりする足場が混じっているというのは何か大昔のレトロゲームを彷彿とさせるようなギミックですね。
まあ幻覚が通じないとわかると小さな影が霧の中に消えていき実態だけが残るのですが、大半のモンスターは獲物がテリトリーに入って来たというように一斉に襲い掛かって来て、私達はその対処もしなければいけなくなります。
『来るぞ!』
ジェリーローパーから吐き出される大量の媚毒、川の中に引きずり込もうとするドロドロに溶けたようなゴースト達と水の中だと見えづらいアシッドジェリー、牡丹が媚毒を防ぎ、淫さんがスカート翼の制御を補助し、ノワールがギュっと尻尾に抱き着いて来るのでモゾリとするのですが……今はそれどころではないと頭の片隅に追いやりながら『ベローズソード』を振るい蹴散らし進んでいくと、川の中ほどまで進んだ所で牡丹が声を上げました。
(ぷっ!)
私は霧の中にぼんやりと浮かぶ丸太を確認するために足元を見ていたというのもあるのですが、牡丹の声に促されるように視線を上げると100メートル前方の水面が盛り上がってきていて、ザワザワと波打つように丸太の残骸が大きく揺れます。
(あれは?)
疑問に思いながら丸太の上に登ってこようとするゴースト達を蹴散らすのですが、ぼんやりとした霧の中……出てきたのは薄暗い色をした高さ15メートルもある巨大なアシッドジェリーで……というより憑依されたアシッドジェリーでしょうか?ゴーストの中には人に憑くタイプもいるようですし、何かしらの特別な変異を果たしたと思われる巨大アシッドジェリーの中央付近には狂化ゴーストのような赤い瞳が爛々と輝いていました。
多分これが情報にあった謎の巨大モンスターの正体なのだと思いますが、【弱点看破】の結果、名前はファントムジェリーと言い、レベルは43、性感帯らしい物はゴチャゴチャしていてよくわかりません。よくわからないというのもよくわからないのですが、まるで複数の性癖を詰め込んだようにドロリとしている感じで……まあ詳しく知りたい訳でもないので名前とレベルがわかった時点でスキルを解除しておきます。
「OoooOOOOxx!!」
そして【弱点看破】を受けてファントムジェリーが恩讐のこもったような雄叫びを上げ襲い掛かって来たのですが、その雄叫びには何かしらの魔力が込められているのか周囲の空気が冷え込み、こちらの魔力的な効果が攪乱されてしまいました。
(こんな所で立ち止まっていられませんので!)
【魔翼】の効果が低下したので近くの丸太の上でバランスを取り、私は中央の赤い瞳目掛けて【ルドラの火】を込めた投げナイフ投擲するのですが……そのドロドロした薄暗い体は柔らかすぎたのか貫通してしまい、途中で何とか爆発して後ろ何割かが飛び散ったものの致命傷になっているような手応えがありません。
(削れてはいるのですが!?)
赤い瞳は出血したように滲んでいたのですが、瞬きをするように光が明滅したかと思うと何事もなく回復してしまい……この手のスライムには核があったりするのがお約束なのですが、薄暗い色の体内には水中の残骸を取り込んでいるのかツブツブした感じで、気泡か何かが浮かんでは消えていくのが見えるだけでどれが核なのかはわかりません。
とはいえ表面を少しばかり削っても仕方が無いですからね、飛び散るスライムの破片を『ベローズソード』や【淫気】で払い落しながら接近し、もう一度赤い瞳を狙って攻撃すると一瞬だけ光が弱くなるのですが……すぐに煌々とした赤色を取り戻したかと思うと襲い掛かって来て、もしかしたらインフェアリーの幻覚で場所や大きさを弄られているのかもしれないと思って牡丹に預けていたゴム紐付き『魔嘯剣』を振るうのですが……。
「な…」
ファントムジェリーの体内を通過する際にゴム紐部分が溶かされてしまい、引き千切られた『魔嘯剣』が霧の中に飛んでいき……ノワールがすかさず糸を吐き出し回収してくれました。
「ありがとうございます」
メイン武器の一つがどこかに飛んでいくところだったので少しドキドキしてしまったのですが、感謝の言葉を言い終わる間もなく倒れ込むように覆い被さって来た巨大スライムから逃れるように私達は後退し、体勢を整えます。
(これはもう…戦略的撤退をする方が良いかもしれませんね)
うねる水面にチャプチャプと跳ねる媚毒混じり水、私は近づいて来るファントムジェリーを見上げながら更に後退するのですが……目の前に居る敵を倒せないというのは悔しいのですが、私達の目的は『アルバボッシュ』でアイテムを回収する事ですからね、倒し辛い敵は無視した方が良いのかもしれません。
そういう訳でスタミナ消費を気にせず迂回飛行していこうと考えながらネット経由で魔導船の出航時間を確認するのですが、そういう焦りが致命的な隙を作ってしまったのか、ザワザワと水を掻き分けるように近づいて来たファントムジェリーによって水面が大きく揺れてバランスを崩してしまいます。
(えっ…?)
それでも『蒼色のサンダル』の効果で滑り落ちる事はなかったのですが、いきなり足元をすくわれるような感覚に驚いてしまい、ある程度距離を取っているという油断も命取りになりました。
『下だ!』
『ぷーい!!』
そして周囲を警戒していた淫さんと牡丹の方が先に気づいたのですが、どうやら飛び散ったスライムの破片がウネウネと蠢いているようで、丸太の隙間から伸びて来たスライムが私の脚に絡まりついてきており……。
(遠隔操作っ!?というより…ッ)
その瞬間、今まで気泡か何かだと思っていたファントムジェリーの無数のツブツブが赤い光を放ち、まるでその一つ一つが核であるというように存在感を際立たせるのですが……もしかしたらファントムジェリーは一つの個体と言うより何匹ものスライムが集まった群生体だったのかもしれません。
それなら核の一つや二つ潰した程度では意味が無い事や、攻撃を受けても平然としていた事にも説明がつくのですが……削り切ろうにもまともに動き回れない場所でこんなのを出してくるのは運営の底意地の悪さが出ていますね!
「OoOOOOOO!!!」
とにかく機動力を奪われた私に向けて押し寄せて来たファントムジェリーからはビチビチと飛び散るスライムの破片が降り注いできて、私は急いで足に絡まりついてきているスライムを【淫気】で踏み潰し、距離を取ろうと翼を羽ばたかせるのですが……飛び散るスライムの欠片の一つ一つが意思を持ったように跳ねて飛びかかって来て、私の身体の中でもっとも飛び出た部分である100センチオーバーの胸にまとわりついてきました。
「なっ、ひぁ、あぁああっ!!?」
瞬間、無理やり快感を流し込まれたような電流が走ったかと思うと頭の中がパチパチして、変な声が出てしまいました。
(ま、待ってくださ…っ、今、変な快感を流し込みながらウネウネされたら…そんな状態で乳首吸うのはぁ…ぁあんっ!?)
そして胸を弄るだけでは飽き足らず、乳首に吸い付いて来るスライムやらグニグニと揉みしだいてくるスライムやら、垂れて来たスライムの魔の手はクリ〇リスにまで伸びて来て……そんな状態でファントムジェリーは私の足場をひっくり返すように水面下から襲い掛かって来て……。
「はひぃッ!?あああっあぁっああああ!!?」
後退しようとした瞬間、クリ〇リスを軽くなぞられただけで身体が跳ねてしまい、フラついた私はファントムジェリーが作り出した小規模な津波に飲み込まれて押し流されてしまいました。
※スライムには勝てませんでした。そして多分ユリエル目線では謎のまま終わると思いますが、アシッドジェリーは媚毒や汚水などに怨念が宿ったモンスターで、ミューカストレントの根っこが広がった影響を受けて誕生し、集まったりばらけたりしながら獲物を狙っていました。
ユリエルが遭遇したのはそんなアシッドジェリーの変異種で、狂化ゴーストクラスの怨念が宿った個体に複数の小さな個体が集まったものなので明確な核というものはありません。




