350:行動を開始します
レナギリーから前向きな意見が聞けたので人類との仲直りにも希望が持てたのですが、これらの情報をネットに上げるかどうかは少し悩みますね。というのも必要な物がわかっただけですし、下手に情報を上げて皆が皆バラバラに色々な事を試そうとしたら材料が足らなくなる可能性がありますし、熊派に気取られて『音晶石』の鉱床を占拠されたり壊されたら不味い事になるので情報を上げる場合は慎重に時期を計った方が良いのかもしれません。
それに情報を上げるにしてもこの流れが正規ルートという確信がなく……というよりどう考えても裏ルート的なものだと思いますし、王都の図書館ではボヤ騒ぎがあったりと……ただの愉快犯か何かしらの妨害イベントの可能性もあるのですが、積極果敢に他のプレイヤーを裏ルートに連れ込むのはどうかと思いますし、情報が拡散すれば拡散しただけ熊派の妨害が入るのは確実です。
方法についても『音晶石』のある場所に『アルバボッシュの枝』挿せばいいのか何かしらの手順が必要なのかわからないままで……まあわからなければ改めてレナギリーに聞いてみればいいのですが、協力して幼樹を復活させたら考え直してみるという条件ですからね、レナギリーが必要な物を教えてくれてレナギリーが育てる方法を教えてくれて私の力だけで幼樹を育てた場合は人類との協力があった事になるのかはわかりません。
なので何かしらの協力実績を作り、それでもわからなければレナギリーに聞いてみようと思うのですが……まずはアルディード女王あたりに協力を要請してみましょうか?
アルディード女王なら『倭東人』の事も知っていましたし、何かしらの情報をもっていると思うのですが……優先事項としてはまふかさんの治療をするための葉っぱを確保しなければいけませんし、それと一緒に『アルバボッシュの枝』を手に入れてからのアルディード女王の元へという順番で行きましょう。
因みに疑似男性器はちゃんと外れましたし、一連の行動はクエスト化したようで、『精霊の幼樹』という幼樹復活を目指せみたいなクエストが発生していました。
必要なアイテムは『A』品質以上の『精霊樹の枝』と『A』品質以上の『音晶石』が『0/13000』個と、これはもう鉱床を丸々発見しろみたいな条件のようですね。そして他にも植え方についての情報を集めようとなっているのですが、情報については何かしらの古文書を当たるかNPCに聞き込みをするかは自由のようですね。
(まあクエスト自体はのんびり進めるとして、今のうちにやっておかないといけない事は…)
考え込む私の顔を見上げるように覗き込んできているダークスパイダーの子供がいるのですが、この子はレナギリーからつけられた見張りみたいなもので……流石にずっと「ダークスパイダーの子供」なんて呼ぶのも悪いですし呼びづらいですからね、これから少しの間は一緒にいると思うので何かしらの個体識別名を付けた方がいいのかもしれません。
「名前が無いと不便だと思うのですが、何か希望はありますか?」
なので私はダークスパイダーの子供に聞いてみる事にしたのですが、首を傾げられました。
これは【意思疎通】で繋がっていないからなのか、私の言葉が良くわかっていないのか……まあ特に嫌がっているそぶりも無いので適当につけてしまいましょう。
(そうですね、HCP社がフランスの企業ですし…)
フランス語をベースにしましょうか?それでいてダークスパイダーの子供はデフォルメの強い黒くてフワフワした丸い毛玉のような姿をしていますし……。
「ノワール、なんていう名前はどうでしょう?」
そのままという名前なのですが、こういうのはわかりやすさが重要ですからね、なかなか良い名前のような気がします。
『安直すぎないか?』
ただ淫さんからは不評のようで……そういえば「淫装さん」を縮めて淫さんと呼んでいましたが、何かしらのちゃんとした名前を付けるべきでしょうか?
『我の事はどうでも……いや、お前のネーミングセンスは信用ならんからな、このままでいい』
(そうですか?)
(ぷ~…)
牡丹餅由来の牡丹も何とも言えない複雑な顔をしているのですが……とにかくこれで命名は完了ですね。
ノワールも嬉しそうに右の第一脚を上げていたりと……そしてどうやら名前を付けた事で仮の契約が済んだのかステータス画面が開けるようになっていたのですが、そこには『【ノワール】ダークスパイダー LV:21/38』と表示されていて、主の名前はレナギリー、HPとMPと空腹度はわかるのですがスキル関係は不明という中途半端な状態で表示されていました。
確かこの一部不明のステータス画面というのは臨時ペット的な動物を連れている時の表示で、町のNPCからペットの世話を頼まれた時にこういう表示になるという事が攻略サイトに載っていたような気がします。
将来的に馬とか馬車とかを借りる時に適応される仕様なのでは?みたいな話が出ていたのですが、今のところ騎乗関連のシステムは未実装……いえまあ頑張れば牡丹の上に乗れるので騎乗は出来るのですが、そういう例外を除けば未実装ですね。
そんな風にノワールの事を調べながら私達はコッソリと『臨時キャンプ地』を見て回っていたのですが、苗床の間に運ばれたまふかさんは繭から無事に脱出したのか通信が入ります。
『まふかさん?』
入ったのですが、何故かフニャフニャと言っていてよく聞こえません。
『すみません、助けに行きたいのですが今は見張りが…脱出できそうですか?』
フレンド経由で通話をする私の横顔をノワールがジーっと見てきているのですが……レナギリー側の見張りだと思うとなかなか圧がありますね。
『それは…うん、でもその…さっき、ーーーって言ったのって…』
『すみません、良く聞こえないのでもう少し大きな声で言ってもらってもいいですか?』
『ッ!?なんでもないわよっ!!』
そして大きな声で話すようにお願いすると怒り出してしまったのですが……何故私が怒られているのでしょう?とにかくまふかさんは『あんたはいつもそうよね!』とかよくわからない怒り方をしながら『何よまったく』とか『いきなり告白してくるなんて』とかゴニョゴニョ言っていたのですが、本当に大丈夫なのでしょうか?
『それで、これからの事なのですが…脱出は出来そうですか?』
まふかさんがお怒りモードではあるのですが、今は脱出を優先しなければいけませんからね、話を強引に進めましょう。
『はぁー…もう少しムードを…いやでも……って、脱出よね、脱出!大丈夫だと思うけど………今すぐは難しそうね』
相変わらずブツブツと何か言いながらまふかさんは周囲の状況を確かめていたようなのですが、どうやら見張りの蜘蛛が居るので今すぐ脱出は難しいとの事です。他にも苗床の間が強制セーブポイントになっている事やログアウト可能になっている事を教えてくれたのですが、その辺りの仕様は『蜘蛛糸の森』と変わらないようですね。
『わかりました、無理そうなら私の方でも動いてみますね』
1人で脱出出来ないのなら助けに行かないといけないのですが、今の私にはノワールの監視がありますからね、脱出できるのならお任せしたいところではあります。
『大丈夫よ、あんたも動きづらいんでしょ?というよりここでログアウトできるみたいだし、あたしは一旦落ちるわ』
との事なのですが、詳しく聞いてみると『着床』という状態異常になっているのでお腹やら身体が重かったり下半身に力が入らないようで、まふかさんは誤魔化そうとしているのですがかなり気持ちよくなってしまっているようでした。
私もレナギリーの卵を植え付けられた時は苦しかったですし……まあ私の場合はリリム系列のスキルがあったので多少はマシだったのですが、一緒に植え付けられていたカナエさんは身動きが取れなくなっていましたからね、まふかさんもそれくらい気持ちよくなっているのかもしれません。
『大丈夫ですか?』
『大丈夫じゃないわよ、そもそもあんたが出しすぎなのよっ!?っていうか一回だけで良いでしょ一回だけでっ!何で二回も出してんのよッ!!』
そして心配して声をかけるとやっぱり怒られたのですが、『妊娠』状態で葉っぱを取りに行くのは……毀棄都市近くの川を渡って『イースト港』から船に乗って『アルバボッシュ』に移動するのは厳しいようで、ログインしていても状態異常が進むだけなので休憩も兼ねて一旦落ちようという事でした。
『という訳で、責任、とりなさいよね!』
孕ませた後に『責任』を取れと言われると別の意味に聞こえて少し恥ずかしいのですが、ようするにまふかさんがログアウトしている間に治療薬である『精霊樹の葉』を取って来てという事なのですが……回復薬自体は最初から取ってこようと思っていたので問題はないのですが、船の時間がギリギリなのですよね。
『勿論取るつもりですが…』
なのでどうしても歯切れが悪くなるのですが、この船というのは第一エリアと第二エリアを結ぶ魔導船の事で、魔力をチャージして海峡を強引に抜けるエリア間の移動手段の事です。
そしてこの船のチャージ状況はイベント掲示板の方に速報が載っているのですが、出発実績は昨日の夜中に1回、午前中に1回、お昼前に1回、お昼過ぎに1回と、そろそろ5回目の出発時間が迫ってきていました。
この便に乗り遅れると魔導船が第二エリアに戻って来るのは夕方以降になる予定で、それに乗って『アルバボッシュ』に向かうとなると帰ってくる来る頃には夜中という事になり、熊派が動いた後という事になってしまいます。
しかも熊派が動いた後は魔力チャージを続ける人も少なくなると思いますし、出航時間が伸びてイベントに乗り遅れるという懸念があったのですが……。
『ッーー…』
何故かまふかさんは私が即答で「責任を取る」と言った事でまたもやモゴモゴし始めてしまったのですが、本当にどうしたのでしょう?
(ステータス異常の影響で情緒が不安定になっているのかもしれませんね)
あまり深く突っ込まない方が良いと思いまふかさんが落ち着くまで待つ事にしたのですが……因みにこの魔導船に乗船するためには特に資格は必要ないようで、第一エリアに居る新人でもワールドクエストに参加できるようになっています。そのせいで色々と被害者が出ているようなのですが、参加するかは自己責任という事なのかもしれません。
『それじゃあ急いで葉っぱを取ってこようと思いますが、他に必要な物はありますか?』
レナギリーにタイツを破かれていましたからね、何かしらの補充が必要かと思って聞いてみたのですが……。
『ーーー』
『まふかさん?』
『…大丈夫よ、後はこっちで何とかするわ』
との事で、本当に大丈夫なのか不安になってくるのですが、銀細工の腕輪には替えのタイツを入れていたようで……まあブレイクヒーローズで着替えを持っていないというのはなかなかのチャレンジャーという事になってしまいますからね、まふかさんの場合はそのまま糸にくるまれたので身に着けているアイテムを取り上げられてもいませんし、アイテムや装備に関しては何とかなったのでしょう。
『わかり……そういえば、補充で思い出したのですが、まふかさんはアルディード女王からどんな物を貰ったのですか?』
そういえばというように話題を振ってみたのですが、まふかさんは面白くなさそうな空気を漂わせながら少しの間黙り込んでしまいました。
『…何でこんなタイミングで聞いて来るのかよくわからないけど、あんたのせいで貰う余裕がなかったのよ!それで勇み足で助けに行こうとして捕まったなんて…ああもう、格好悪いっ!うー……じゃない……あーじゃあ船が戻って来たくらいに戻って来るから、任せたわよ!!』
『わかりました、任せてください』
そうして情緒不安定なまふかさんはさんざん捲し立てた後にログアウトしていったのですが……これ以上無駄話をしていると本当に間に合わなくなってしまいますし、私はギリギリ間に合うかどうかという魔導船の出発時間と睨めっこしてから「よし」と気合を入れ直しました。
※ユリエルに権限がないので不明となっていますが、ノワールのスキルは一応【体捌き】【跳躍】【韋駄天】【加速】【蜘蛛の糸】【操糸】【粘度調整】【立体機動】【登攀】【爪】【隠陰】【隠密】【触覚強化】【暗視(中)】【魔力視】【集合意識】【以心伝心】【毒耐性】辺りのスキルを持っている事になっています。因みにこれらのスキル構成は個体によって若干変わりますので、ダークスパイダーが全員このスキル構成だという訳ではありません。
※上級ブレイカーの証が無くても第二エリアに移動できるようにしたのは始めたての人でもワールドクエストに参加できるようにと言う運営の優しさなのですが、そのせいでいきなり高レベル帯に突っ込んでいく初心者達と言う地獄絵図が広がっていたりと、ピーキーな仕様になっているHCP社の洗礼を早々に浴びる事になりました。
※船の出向回数についての補足ですが、348話(ep.365)では2~3回となっているのですが、そちらは第一エリアに向かう船の本数となり、こちらでは移動する回数となっております。やや数が合わないような気がするのですが、間隔が短くなっているのはプレイヤー側も魔力チャージに慣れてスピードが上がったからだったりします。
※少しだけ修正しました(3/22)。




