345:レナギリーの捜索
レナギリー達にちょっかいをかけようとしていた熊派を蹴散らしたまではよかったのですが、戦闘音を聞きつけた蜘蛛の大群が群がって来て流れるように第二ラウンドが開始しました。
襲い掛かってくるのは蔦の生えた巨大なハエトリグモといった見た目のフォレストスパイダーや黒い毛の生えたダークスパイダー、八本脚のゴーレムのような姿を持つアイアンハンターや巨大な鋏をもち全身がヌラヌラした殻に覆われているデスサイズなどの『蜘蛛糸の森』を根城にしていた蜘蛛達が森の木々や茂みの間を縫うように押し寄せて来ているのですが、何度見ても気持ちのいい光景とは言い難いですね。
因みに襲い掛かって来ている蜘蛛の大きさはだいたい1メートルから2メートルくらいなのですが、その中には半分くらいの大きさしかない子蜘蛛達も混じっていて……子蜘蛛といっても大きさは体高50センチ以上ですからね、そんなものが跳びかかって来るのはなかなかホラーな光景でした。
(敗北するとレナギリーのもとに連れていかれるという展開が一番楽なのですが)
蜘蛛達は卵を植え付ける為にプレイヤーを攫っているようですし、レナギリーのもとへ連れていかれる可能性は0ではないのですが……卵を植え付けられるのも嫌ですし、敵対関係に入っている関係で殺意が高いのですよね。
『呑気に分析している余裕はないぞ、このままだと囲まれるぞっ!?』
そんな事を考えていると淫さんが苛立たし気に叫ぶのですが、私達はレナギリーと交渉するためにここまで来た訳ですし、蜘蛛達が襲い掛かってきたからといって片っ端から倒していく訳にもいきません。
(わかっていますが、今は襲ってくる蜘蛛を倒す訳にはいきませんし…)
襲い掛かってくる蜘蛛達の数は30匹くらいでしょうか?木々の隙間を縫って押し寄せて来ているので正確な数がわかりづらいのですが……『蜘蛛糸の森』で追いかけられた時よりも少数ですし、彼らは北方警戒ように残されていた後詰、もしくは西進する本体を追いかけていた後衛が異変に気づいてやって来たという感じなのでしょう。
とはいえ、少数と言ってもレベルで言うと30台以上が30匹ですからね、まともに戦うだけでもなかなか骨が折れると思います。
(仕方がありません、とにかくこの場からは撤退です!)
そんな事を考えている内に異様に素早い5匹のダークスパイダーが退路を塞ぐように両脇を駆け抜けて行くのですが……それを目で追っていると最後尾を走っていたダークスパイダーEがすれ違いざまに糸を吐き出して鞭のようにしなるネバネバした糸が死角から飛来し……。
(ぷーいっ!)
牡丹が鋼の盾で防いでくれました。そして盾に引っ付いた糸はすぐさま投げナイフでこそぎ落としていたのですが、確かにこれはのんびりしている場合ではありませんね。
(ありがとうございます…ここで立ち止まっていては包囲されるだけですし、まずはレナギリーを探しましょう)
なし崩し的に戦闘に突入してしまったのですが、何とかこの蜘蛛達を突破してレナギリーを探さなければいけません。
(後はレナギリーがどこにいるかですが……主力側に向かいます!)
蜘蛛達の主力と熊派の戦いがどういう風に推移しているのかはわかりませんが、カイトさん達が『臨時キャンプ地』に突入する為の時間稼ぎだけなら本腰を入れて激突するとも思えませんし、そのうち本隊が引き返してくるでしょう。
『それは構わないが…そこに居るという保証は?』
少し遅れて南側から襲い掛かって来たフォレストスパイダーやデスサイズの横を抜けると、退路を塞ごうとしたせいで逆に置いてけぼりをくらったダークスパイダー達も引き返してきて鬼ごっこが始まりました。
(ただの勘ですね)
淫さんが心配するようにレナギリーが『臨時キャンプ地』で采配を振るっているという可能性もあるにはあるのですが、そこまで疑っていたらどこにも動く事が出来ません。
『お前はまた…』
その辺りは賭けでしかないのですが、最初のスタンピードの時は前線に出てきていましたし、ネットの情報でも巡回しているみたいな話があるのでレナギリーは前線指揮官戦闘タイプで本隊と共に行動していると思います。
(それより、突破しますよ!)
本隊に続こうと思っていたのかそれともただウロウロしているだけなのか、私達を追いかけてきている蜘蛛達以外の蜘蛛も居ますし、こんな所で立ち止まる訳にもいかないので頑張って追撃を振り切りましょう。
『だからといって、こいつらを突破するのはなかなか骨が折れる…ぞ!?』
投網のように糸を吹きかけて来るフォレストスパイダーや有速を生かして死角に回り込んでくるダークスパイダー、回避に専念するために足を止めるとアイアンハンターやデスサイズが攻撃を仕掛けて来るのですが、こちらから攻撃を仕掛けて数を減らす事も出来ないので四方八方から攻撃され続けて徐々に包囲網が狭められていきます。
到底私の反射神経だけでは回避しきる事ができない糸の雨なのですが、それでも何とか対処出来ているのは意識が繋がっている牡丹と淫さんが居るからで、牡丹は跳びかかって来ている蜘蛛達を盾で弾きながら死なない程度に【電撃】を浴びせて足止めをしてくれていますし、淫さんは淫さんでドレスを強制的に動かす事で回避不能の攻撃を無理やり避けさせてくれたりしていて、この2人の意識も繋がっているので回避に専念した時のマルチタスク能力は飛躍的に上がっていました。
まあ淫さんの強制回避はいきなり引っ張られるような感覚があるのでバランスを崩しかけるのですが、その辺りは私の考えや行動を読んだ上で無理の無い範囲で回避させてくれているようで……とにかくそんな2人のおかげで蜘蛛達の猛攻から逃げ回る事が出来ていたのですが、改めて便利だと思ったのはアルディード女王から貰った『蒼色のサンダル』ですね。
(これは思ったより使いやすいですね)
ぐにゃりとした履き心地にはまだ慣れないのですが、ソール部の蔦を変化させる事で木の表面の凹凸に引っ掛けたり絡めて固定したりできますし、【魔翼】も併用して使えば木の幹に対して垂直に立つ事も出来ます。
勿論スキルが無ければ体幹の問題で水平を維持する事が出来ないのですが、少しでも引っかかる取っ掛かりがあればスカート翼を羽ばたかせて立体的に動く事が出来ますし、ピョンピョン跳ねながら襲い掛かってくるフォレストスパイダーや死角に回り込もうとするダークスパイダーも後ろに目がついているような私達を捉えるのに苦労しているようですし、足の遅いアイアンハンターと近接戦特化のデスサイズは油断しなければ振り切る事ができました。
この調子なら問題なくレナギリーの元まで逃げ切る事が出来るかもしれませんが……流石に全力疾走を続けていると運動量も多く、息が切れてきます。
「はっ…」
調子に乗って木の上に出てしまうと糸に絡めとられてしまうリスクがあり、火照った身体がムズムズして頭の中が茹で上がって来るのですが、とにかく蜘蛛達の糸が防げるという利点だけはある枝の上でMAPを眺めながら『スタミナ回復ポーション』を飲んで一息入れると、群がって来ている蜘蛛達を見下ろしながら淫さんが毒づきました。
『まったく、ゾロゾロと…』
現在追撃してきている蜘蛛の数は80匹くらいでしょうか?最初はカサカサと茂みを揺らす程度だった蜘蛛達もいつの間にか地面が揺れているような錯覚を覚えるような数になっているのですが、牡丹と淫さんが別のタスクを担ってくれているので何とか逃げ回る事が出来ている状態です。
(このまま行けばレナギリーが率いる本隊ともぶつかるでしょうし、数はもう少し増えるかもしれませんね)
(ぷー…)
私の言葉に「やれやれ」というように溜め息を吐く牡丹なのですが、ひと撫でしてからもうひと頑張りする事にしましょう。
(それにしても…)
当然のように協力してくれている淫さんについて(【淫装】としてそれはどうなのでしょう?)なんていう疑問が浮かんでしまったのですが、その事を指摘すると天邪鬼を発揮されそうなのであまり深く考えないようにしました。
『………』
(…そういえば熊派の姿をみかけませんね)
そういうところが天邪鬼な淫さんらしいと言えばらしいですし、初対面のツンツン期が過ぎるとデレ期が訪れるという仕様なのかもしれませんが、本人が嫌そうな顔をしていた誤魔化す事にしましょう。
(カイトさん達はNPCが誘導していると言っていましたし、誘導はキリアちゃん配下のモンスターが担当しているのでしょうか?)
因みにここまでやって来る間に目撃したのは蜘蛛達によってグルグル巻きにされたフィールドモンスターくらいで、熊派の姿は影も形もありません。
もしかしたら南から『臨時キャンプ地』を強襲している熊派がいるのかもしれませんが、カイトさん達が敗退した事によって作戦の中止や立て直しがおこなわれている可能性もあったりして……現在はどういう動きになっているのでしょう?
『そうだ…我はいったい…何故、協力を?』
(淫さん)
そして【淫装】としての使命だとか宿命だとか難しい事を考えこみ始めてしまった淫さんなのですが、今は戦闘中なので後回しにして欲しいですね。
ともかく、もし本当にこの辺りで活動していたのがカイトさん達だけなら蜘蛛達だけを相手にすればいいという事になるのですが、隠れている熊派から不意打ちを受ける可能性もあるので油断だけはしないようにしましょう。
(ぷっ!)
そんな風に蜘蛛達に追いかけられながらも呑気に会話をしていた私達なのですが、魔力の揺らぎを感じた牡丹が鋭い警告音を発し、展開していた【魔水晶】も微かに震えるような反応を示します。
(来ましたか)
吹きかけられる無数の糸を迎撃するにはMP効率が悪かったので温存していたのですが、空間ごと私達を締め上げるように収束してきた強力な力場に対して【魔水晶】は魔力波を放ち……拮抗した力と【魔水晶】が同時に弾けたかと思うと衝撃波が私の身体を叩きます。
余波は『魔嘯剣』で吸収する事によってやり過ごしながら、2個目の【魔水晶】を展開しておくのですが……私達の進行方向からは言い知れぬプレッシャーとさざ波のような地響きが近づいてきました。
目の前に広がるのはまるで森が動いているような錯覚を覚える蜘蛛の群れ。
どうやら熊派によって釣り出されていたレナギリー達が後方の騒ぎを聞きつけて引き返してきたようなのですが、魔眼を防がれて驚く白く美しい少女の上半身を持つアラクネの姿も確認できましたし、レナギリーの説得をするためにやって来た私達からするとやっとここからが本番といったところですね。
※淫さんの性格に関する事なのですが、ブレイクヒーローズのAIは敵に厳しく味方には甘く判定するようにできています。この辺りは日本運営の頑張りがあったからというのもありますし、無駄な言葉遊びを楽しむタイプのゲームでもないので比較的プレイヤー側が有利になる仕様となっています。まあ【淫装】に関しては特定条件をクリアしなければ常時着用者を搾り取ろうとする悪魔の装備になっていたのですが、ユリエルの力量を見誤った淫さんとの関係性に関しては御覧の通りという感じではあります。
※ちょこちょこ修正しました(3/12)。




