344:vs熊派遊撃部隊
毀棄都市周辺の霧の中、レナギリーを説得する為に『臨時キャンプ地』を目指していた私達は30センチくらいのヌメヌメしたミューカスカタピラーを大量に引き連れた怪しげな人影を発見しました。
(【弱点看破】を使えばもう少し詳細な情報が分かるのですが…)
鑑定系のスキルは使用した事が相手に伝わってしまいますし、相手が熊派だった場合は色々と面倒くさい事になってしまいます。なのでもう少し詳しく情報を探ろうと近づいて聞き耳を立てる事にしたのですが……歩きながら雑談している相手なので距離感のキープが難しいですね。
それでも霧と茂みを利用して近づくと、数百匹のミューカスカタピラーを連れた4人組だという事がわかってきたのですが……1人目は灰色の肌を持つ175センチくらいのお腹が飛び出たぽっちゃり体型の男性で、不自然な肌の色とどこか豚っぽい顔つきやその体型からしてオーク系統の人外種なのかもしれません。そしてこの人は武器というより何かしらのアーティファクトらしい60cmくらいの金属杖を持っていたのですが……その動きに合わせてミューカスカタピラーが動いているようですし、どうやらこの人が蟲を操っているようですね。
2人目は前開きのローブを着た槍使いの男性で、赤髪を染めるのに失敗したというようなカラフルなボサボサ髪だったのですが、彼は軽い性格なのか他の3人に話しかけては顰蹙を買っているのか大げさに戯けてみせていました。
3人目は金髪に軽鎧を着ている男性で、武器は剣……整いすぎているので逆に特徴がなくなってしまっている顔立ちをしているのですが、表情やら仕草はその見かけとはかけ離れた軽薄さを醸し出しているのでキャラメイクを頑張った人なのかもしれません。
そして4人目は灰色の毛並みを持つラフな服装をしたワーウルフの男性なのですが、この人は武器を持っておらず……素手で戦うのかマジックバッグの中に仕舞い込んでいるのかはわかりませんが、とにかくこの人だけは時折周囲を警戒するように見回していたりと注意深く行動しているようでした。
そんな4人組がゴブリンシャーマンの杖を咥えたミューカスカタピラーをゾロゾロと引き連れてレナギリー達が拠点としている『臨時キャンプ地』に向かって歩いており、状況証拠から考えると十中八九熊派だと思うのですが……たまたまこの辺りで活動している蟲使いという可能性が1%くらいはありますからね、今は少しでもキリアちゃんの事や熊派の情報が欲しいのでもう少し会話に耳を傾ける事にしましょう。
(もう少し…)
ギリギリまで近づくと途切れ途切れに会話の内容が聞こえて来たのですが、その大半はただの雑談でどうでもいい内容のようですね。
「それでカイトの旦那だけ有休使ってたって…爆笑っすね!」
そんな事をローブを着た槍使いの人が蟲を操る杖を持っている人に言っていたのですが……なんでもカイトさんはキリアちゃんが動いた次の日は激戦になると睨んで有休をとっていたらしいのですが、自分以外は普通に仕事やら学業でログインしておらず、その空回りしているやる気を揶揄われているようでした。
「言わないでください、わたしはその…やるからには本気でやりたいと思っているだけで」
そしてカイトさんと言えばキリアちゃんと我謝さんの会話の中にも名前が出てくるような熊派の重鎮だと思っていたのですが、その口ぶりからするとどこにでもいる気弱な男性と言う感じで……周囲もカイトさんが揶揄われているのを止めるそぶりを見せていなかったりと、皆から慕われているまとめ役という感じではないようですね。
まあ3人の口ぶりからするとカイトさんへの嘲りが見え隠れしていますし、もしかしたらPK集団の中に居る常識人枠という意味合いでの纏め役に抜擢された苦労人なだけなのかもしれません。
「そんな事言ってー、カイトの旦那はただ幼女好きなだけで…」
「おほんっ!いえ、そんな……と、とにかく今回は蜘蛛達を西に引き付けてからの奇襲が肝要で…なので皆さんそろそろ静かに…」
そして槍使いの人が何か言いかけたのを咳払いで止めてから、カイトさんは誤魔化すようにこれからやるべき事を3人に説明しているのですが……あまり真面目に聞いてもらえていないようですね。
因みにペラペラと喋っている熊派の作戦なのですが、熊派の拠点がある西側にレナギリー達を引き付けてる間に北側と南側から挟撃するという内容のようで、日中の接続率の悪さを補うために毀棄都市から蟲達を連れてきたのだそうです。
「はいはい、わかっていますよ…NPCが誘導している間に薄っすい防衛線を突破すればいいんでしょ?楽勝っすよ楽勝!しっかし、他の幹部連中は薄情な奴らっすよね~これなら俺らの方が活躍するんじゃないっすか?そうなったら俺らもその杖みたいな秘宝を貰えるんですよね?」
言いながらローブを着ている槍使いはニヤニヤとカイトさんの持っている小さな杖を見るのですが、見られた方は奪われるとでも思ったのかソッとその巨体で庇うように隠していたりと……熊派間での信頼の薄さを感じさせるようなやり取りですね。
「ええ、見事レナギリー達を殲滅出来たら解析済みのアイテムをくれるそうですよ」
どうやら『エルフェリア』から持ち出した秘宝をキリアちゃんか熊派の誰かが解析して戦力アップに使っているようなのですが、渡す基準は功績順という感じなのでしょうか?
「へーへーせいぜい頑張りますよー…つっても出来たら蜘蛛相手じゃなくて人間の相手がしたかったんっすけどねー」
「はは、殺さない程度にぶちのめせばやりたい放題だからな、熊派様様よ」
そして軽口をたたくローブを着た槍使いの人の言葉に腰をクイックイッと振って見せる金髪の男性にカイトさん以外の3人が笑うのですが、とにかくそんな最低な会話をする熊派の人達は『臨時キャンプ地』目指して進んでいきます。
「まあ折角面白おかしく暴れられるし、飽きたら飽きたらで作り直せばいいだけだからな、これほど楽しい事はねーよ…お前も女とやりてーって言っていたし、今度こそその貴重な童貞を捨てられるといいな」
「はぁっ!?どどどど童貞ちゃうわ!つーか何だよカイトの旦那まで笑っちゃってさー!」
「いえ…その、すみません」
そしてそんな下世話な会話に苦笑いを浮かべていたカイトさんはローブを着た槍使いの人に詰められてシュンとしてしまったのですが、そんな話を苦笑いするように聞いていたワーウルフの男性が軽く手を上げて3人を停止させました。
「止まれ」
「お、なんだ…もう連中のテリトリーか?」
言いながら金髪の男性は剣を抜いて霧の中を見通そうとするように辺りを見回すのですが、ワーウルフの男性は軽く首を振ります。
「違う、女の匂いだ」
「どこ?どこだ?」
その言葉にローブ姿の槍使いが口笛を吹きながらキョロキョロしだしたのですが、この時点で飛び出すかどうかは悩みどころですね。
『どうする?』
ザワリとドレスを蠢かせて警戒度を上げた淫さんが聞いて来るのですが、近くに居る事がバレただけなのか場所が特定されているのかで対処が変わってくるのでまずは様子見です。
(少し様子見を……)
人数的にはこちらの方が圧倒的に不利ですし、やり過ごせるのならやり過ごそうと待機を選ぼうとしたのですが……ワーウルフの男性が私達が隠れる茂みの方をチラリと見たので前言を撤回して行動に移す事にしました。
(牡丹!)
(ぷ!)
私はすぐさま牡丹に指示を出し、必要のない情報を見ないようにしながら念のため【弱点看破】を打つのですが……全員レッドネーム、間違いなく熊派ですね!
(違ったとしても討伐対象、攻撃しましょう!)
そして茂みから飛び出た私の動きに合わせて牡丹が投げナイフを投擲してから武器を構えるのですが、その飛んでいく投げナイフ目掛けて【ルドラの火】を込めた投げナイフで投げて……普通ならこんな曲芸じみた投擲が命中する筈が無いのですが、細かな調整は【マジックミサイル】で行い熊派の目の前で爆発を起こします。
「なっ!?」
【弱点看破】の結果、緑茶。という名前だった金髪の男性が何か取り出そうとしていたので遠距離攻撃に対する対策があったのかもしれませんが、自分達に届く前に爆発する投擲物に対処できる程練られていなかったようですね。
慌てて戦闘準備を整えようとする熊派の目の前で爆発が起こり、目くらましと蟲達の気勢を削ぎながら私達はスカート翼を広げて一気に接近するのですが、爆発地点から少し離れていたローブを着ている槍使い……プシィーキングダムという最低な名前の人が叫びました。
「くっは!?敵襲!?ってか、天使ちゃん!?マジっすか!?」
襲ってきたのが私だとわかるとプシィーキングダムさんは何故か喜色を浮かべて舌なめずりをしたのですが、体勢を立て直す前に『ベローズソード』で薙ぎ払い無力化しておき、次のターゲットはよろめている緑茶。さんか人外種特有のタフネスで耐え抜いたカイトさんとなるのですが……グレイという名前だったワーウルフの男性はどこに行ったのでしょう?
『横だ!』
スッと右側で気配が動いたかと思うと何かしらの隠密系スキルを使って回り込んでいたグレイさんが殴りかかってくるのですが、その一撃は淫さんが操作するスカート翼によって絡めとられて動きを止めます。
「っ!?ハハッ、こんな簡単に…?はぁッ!?がはぁっ!!?」
「ぷっ!!」
そしてグレイさんの視線がスカート翼を広げた事によって丸見えになっていた股間に集中していてなかなか恥ずかしかったのですが、そんな明確な隙を見逃す筈もない牡丹が鉄塊を脳天に叩きこみ、そのままゴム紐付き『魔嘯剣』で斬り払われていました。
これで残る熊派は2人、緑茶。さんは爆発との距離が近かったので炎に巻かれて叫び声を上げながらゴロゴロと転がっているようですし、注意すべきは大量の蟲を引き連れているカイトさんとなるのですが……。
「ああもう…いったい何が…?」
オロオロとしながら眼鏡をかけなおすような仕草をするカイトさんは、罠かと思うほどの無防備な姿を見せていました。
(何でこの人が熊派に所属しているのでしょう?)
どう考えても荒事に慣れていないような動きをしているカイトさんに対してそんな疑問が浮かんだのですが、間違いなくレッドネームですし、体勢を立て直した後に蟲を嗾けられたら面倒な事になるのでさっさと止めを刺しておく事にしましょう。
「ギャァアアアア、痛いぃぃいいい!!?ほぉおおおーーーうううッッ!!?」
そう判断して『ベローズソード』を振るうのですが、動きは素人じみているというのに驚異的なタフネスで耐えてきて……なかなかしぶとかったのですが、戦闘力は無きに等しかったのでそのまま『ベローズソード』の【剣舞】で斬り刻んでおきました。
『よかったのか?』
やや後味の悪い倒し方になってしまいましたし、熊派の中でも重要なポジションにいると思われるカイトさんを倒したところで淫さんが『秘宝の奪還や情報収集をしなくてもよかったのか?』と聞いてきたのですが、有給休暇を取って作戦に参加する程のやる気と忠誠心があるのなら素直に口を割るとは思いませんし、下手に時間を稼がれると熊派の増援などで面倒な事になっていたのかもしれません。
(ええ、素直に話してくれないと思いましたし、それに…)
そんな話を淫さんとしている内に何とか火を消した緑茶。さんがコソコソとハイポーションを飲もうとしていたのですが、【淫気】のワイヤーで瓶自体を弾き飛ばして回復を阻止しておきます。
「なっ!?ひで…えッ!?」
現時点でのハイポーションはなかなかの高級品ですからね、そのまま回復を許さず『ベローズソード』で首を刎ねておいたのですが、これで熊派の制圧は完了ですね。
(それに…ここからが本番ですし)
私は牡丹から『魔嘯剣』を受け取りながら防御用に【魔水晶】を生み出し、この騒ぎを聞きつけて近づいて来た蜘蛛達と相対するように武器を構えました。
※キリアちゃんと我謝さんの会話にも名前が出てくる → たぶん覚えている人は少ないと思いますが、毀棄都市最奥の会話にカイトさんの名前がちょろっとだけ出ていました。
※少しだけ修正しました(3/8)。




