341:『蒼色の根』
アイテムを受け取るために『隠者の塔』まで戻ってきたのですが、どのような方法でアルディード女王のいる天幕まで移動しようかと考えていると……町自体が上から見下ろせる構造になっていて道順がわかりやすい事と、【神隠し】と【隠陰】を付与した牡丹が事前に人の多い場所を確認してくれていたので普通に侵入できてしまい拍子抜けする事になりました。
(こんなザル警備で本当に大丈夫なのでしょうか?)
町の広さに対して歩哨の数が足りていませんし、それ程しっかりした柵がある訳でもないので侵入し放題なのですが……勿論ガチガチに警備されていたら私達が入れなくなりますし、他の町もまふかさんが全裸徘徊できるくらいの警備なので『隠者の塔』だけが特別ザル警備という訳ではないのですが、熊派との本格的な衝突が有り得る状況なのでこの警備の薄さが少し気になりますね。
(とはいえ私達に打てる手は何もないのですが)
見回りをしている兵士達に指示を出す権利もなければプレイヤー達を扇動して動かす手腕もないですし、熊派の襲撃は夕方からだという話が広まっているのですれ違うプレイヤー達も比較的呑気なままですし……会話に耳を傾けていると「不審者が」とか「熊派が」とか話しているようなので一応の警戒はされているのだと思い込む事にしましょう。
因みにアイテムの受け渡しに関しては私が一番乗りのようで、まふかさんは昨日あげた動画の反響で色々な人達から引っ張りだこのようですし、夕方までに撮り貯めていた映像の編集をしたいという事で忙しそうにログインとログアウトを繰り返していました。
『どんな物が貰えたのかは教えて頂戴、それによってあたしもどうするか考えるから』
との事でスケープゴート扱いされているのですが……まあ変なアイテムが貰える可能性もありますからね、動画にする以上そういう不安は潰しておきたいという事なのでしょう。
そしてリンネさんとテルマさんはクランの皆と一緒に考えてみるという事ですし、グレースさんは……どうしているのでしょう?比較的ブレイクヒーローズに繋いでいる人なのですが、今日はまだ繋いでいるところを見ていません。
まあリアルの用事がある日もあるでしょうという事で私が一番乗りする事になったのですが、碌でもないイベントかもしれないという不安がある反面、イベント一番乗りというのはやはり気持ちが良いものですね。
(後はどんなアイテムが貰えるかですが)
そんな事を考えながら雑多に建ち並ぶテントやら物資の入った木箱などの裏を通って女王陛下のいる天幕に向かうのですが……正確には天幕と小屋の中間くらいの建物がいくつか連なった家屋なのですが、流石にそれなりの腕前の立哨が守りについていて、即座に発見される事になりました。
「むっ、何者だ!」
そうして槍の穂先を突き付けられる事になったのですが、天幕の前で立哨していたエルフの兵士は2人で、彼らは各々の武器をこちらに向けながら私達の姿を見て目を見開くのですが……頭の上に触手の生えた風船のようなスライムを被り蠢くドレスを着ている魔族っぽい見た目の私の事をどう思っているのでしょう?
(どう考えても不審者ですよね)
ただあまりにも不審者然としすぎていたからなのか言葉を失っているようで、「何だこれは!?」みたいな驚愕の表情を浮かべながら咳ばらいをしたり顔を赤らめたりしていたのですが……NPC相手には魅了の力が効きやすいですからね、可笑しな事を言い出したりしでかす前に話を進める事にしましょう。
「アルディード女王から秘宝が貰えると聞いてやって来たのですが」
私は交換チケットとして渡されていた光る木片を見張りの兵士さん達に見せるのですが、最初は訝し気に視線を交わしていた兵士達にも話が通っていたのか「えへん!」と咳払いをしたりどこか落ち着かない様子で視線を左右に揺らしたりしながら武器を収めてくれました。
「それは…なるほど、これはとんだご無礼を…『亜黒樹』の根を持って来られたブレイカーでしたか…おい、女王陛下に客人が来た事を伝えて来てくれ!」
比較的精神対抗能力の高い見張りAが隣に立っている兵士にそう言うと、呆けていた見張りBが少し間をおいてやや詰まりながら天幕の中に入っていたのですが……残った見張りAは生暖かい視線を私に向けながら意味深な笑みを浮かべて股間を膨らませていたりと、これはこれで気まずいですね。
『相変わらずお前の能力は凄いな、少し押せば搾り取れるんじゃないか?』
食事だけでは空腹度を完全に回復させる事が出来ませんからね、ゲームだと割り切って淫さんの言う通りつまみ食いをしていくという事も出来たのですが……。
(出来るかもしれませんが…止めておきましょう)
『そうか』
そしてそんな事を言った淫さんも冗談だったのかあっさりと引いたのですが、本当に淫さんは私の事をどう思っているのでしょう?
「今女王陛下に確認を取っているのでしばし…問題ないようだな、それでは通られよ」
そして許可自体はすぐに取れたのですが……まあ天幕自体がそれ程大きな物ではないですからね、エルフの兵士達は声を潜めている訳でも無いので魔法か何かで遮音されていなければ私達の会話は筒抜けなのでしょう。
「失礼します」
一応断りの言葉を述べながら立哨の兵士達に促されるように天幕の中に入るのですが……構造的には遊牧民が使っているような豪華なテントという感じでしょうか?中央には二本の柱が立っており、テントの内側には木組みの枠組みが見えました。
家具は見苦しくないように配置されており、一室の広さはだいたい10畳くらい、キッチンやら物置に使われている隣のテントとは場所が分けられていたりと色々と利便性が図られているようですね。
「ようこそいらっしゃいました、頑張ってくれているブレイカーの皆様には是非ともごゆるりと…言いたいのですが、このような情勢では難しいですね。なので早速ではございますが『亜黒樹』の力を削いでいただいた貴女に褒美を取らせようと思うのですが…考えて来てくれましたか?」
そして侍女を左右に侍らせたアルディード女王が迎え入れてくれて早々に用件を切り出して来たのですが、相変わらず清楚な雰囲気とは裏腹に巨乳を曝け出している魅惑的なドレスを着ているので少し目のやり場に困ります。
(不思議と花の匂いもしますし…何かしらの魔法的な効果があるのでしょうか?)
同性としても一度は触ってみたいと思うような張も形も良い胸をしているのですが……変な事をしてエルフ達と敵対しても大変なので自重する事にしましょう。
因みにブレイクヒーローズではNPCにも好感度がありアルディード女王はプレイヤーからも人気のあるキャラクターなのですが、その人気の秘訣はこの凛とした存在感と包容力のある大きなおっぱいが原因なのかもしれませんね。
そんな事を考えながら立哨の兵士達の様子から魅了の効果が少し心配だったのですが、高貴なオーラともいえるもので中和されているようで……流石エルフの女王と言いますか、余裕のある微笑みを崩さないアルディード女王とは普通に会話ができるようでした。
「ありがとうございます、それでは…」
そして私はさり気なく横目で物置となっている隣室を確認するのですが、ここで貰える物は『エルフェリア』から持ち出した秘宝の中から希望に沿った物が貰えるという設定のようですし、ブレイクヒーローズらしくガラクタも多いのだと思います。なので突拍子もない物を頼めば奇妙なアイテムが渡される可能性が高そうですし、いざとなったら破棄できるような物を頼むのがベストかもしれません。
(どうしましょうか?)
とはいえ武器は『魔嘯剣』と『ベローズソード』がありますし、【淫気】を利用すれば耐久度を気にせず攻撃が出来るので今のところ新しい武器を貰う必要がありません。むしろ武器を貰うくらいなら盾か鞭を貰って牡丹の防御力や火力を強化するべきなのかもしれませんが……渡されるアイテムはあくまで私のスキルを参照するので牡丹に適合するのかわからないので博打になるのですよね。だからと言って頭装備は牡丹が居ますし、身体は『翠皇竜のドレス』が居るので……ここは無難に足装備にしましょうか?
「では…耐久性の高い全地形に対応したサンダルはありますか?」
これならあっても無くても大して変わりませんし、あったらあったらで便利そうだと思って願い出てみる事にしたのですが……アルディード女王は鷹揚に頷いてみせると侍女の一人に指示を出します。
「わかりました…では『蒼色の根』を」
そうして隣室から持ってきてくれた物は20センチ前後の暗い青緑色をした蔓の塊なのですが、そんな用途不明の塊を二つ渡されました。
「あの…これは?」
魔力を纏っている事はわかるのですが、これのどこがサンダルなのでしょう?そう首を傾げていると狼狽える姿が面白かったのかアルディード女王がクスクスと笑いながら使い方を教えてくれました。
「失礼しました、『亜黒樹』を退けた幼樹を宿す勇者でも狼狽える事があるのですね……その『蒼色の根』は望む形を願うと姿を変えてくれる秘宝なのですが、サンダルの場合はその二つの玉を地面に置いて素足で踏んでみてください」
との事で、私は言われたまま蔦の塊を素足で踏んでみたのですが……魔力光が広がり蔦がほどけると、瑞々しい青緑色をした植物が脛の辺りまで絡みついてきたかと思うとお洒落な草鞋といった感じのサンダルに変化します。
『ほお、これは…』
そして淫さんがどこか感心したというように言葉を漏らすのですが、確かにこれは複雑に編み込まれた鼻緒がしっりと足全体に絡まりついているのに足首の動きが阻害されずに動きやすいサンダルなのですが……。
(このサンダル…動いていませんか?というより思いっきり絡みついたままなのですが…どうやって脱ぐのでしょう?)
「どうですか?」というようにニコニコと笑顔を浮かべているアルディード女王には悪いのですが、第一印象としては蔦が足に絡みついてウネウネと蠢いているのでくすぐったくて不快ですし、ついついエルフの秘宝と言う物に対して目を細めてしまう結果になってしまいました。
※少し修正しました(3/5)。




