335:反攻の拠点
『クヴェルクル山脈』の山頂には新しく簡易な柵が張り巡らされており、塔を中心とした窪地に密集している『リュミエーギィニー』には布がかけられて簡易な天幕として利用されているようでした。
簡易テントもあちらこちらに建てられており、アイテムなどを売っている露店から飲食を提供するお店があったりとなかなか賑わっているようですね。
そんな場所を拠点としているプレイヤーの人数としてはだいたい1000人ちょっとくらいでしょうか?クエストを受注してどこかに行っている人も居るのでトータルの人数はもう少し増えそうなのですが、その人数に『エルフェリア』からの避難民も足されているので結構ゴチャゴチャと賑わっているような感じでした。
(これだけ人が居るのならあまり近づかない方が良いのかもしれませんが)
町がそのまま引っ越しして来たような規模ですし、私達に気づいた人がチラチラとこちらを見てきては顔を赤らめたりしていて……トラブルを回避する為にはある程度距離を離しておいた方が良いのかもしれません。
とはいえ活動拠点は決めなければいけませんし、柵が張り巡らされてセーフポイントが広がっている関係でログアウトも問題なくできますし、セーブ位置だけ移しておけば後は何とかなるでしょう。
「はぁーやっと到着したのね…」
「そうですね」
そしてしみじみと呟くまふかさんに同意しながら私は『隠者の塔』周辺の街並みを眺めていたのですが……どうやら『隠者の塔』にあった生産設備をそのまま利用しているのか塔の周辺には生産広場が作られており、その横にある豪華な天幕はエルフの女王が使用しているのでしょうか?
その豪華な天幕の横には騎士っぽい人達が机を出していて、その前に並んでいる人達がクエストの受注をしているようですね。露店やお店もその辺りに集中しているようですし、近くの広場ではキラキラとプレイヤーがリスポーンしてきていますし、きっとその辺りがセーブ広場になっているのだと思います。
「で、あんまり考えないようにしていたんだけど…あんたってそのまま町の中に入れるの?」
そうして「どうすんの?」というようにまふかさんが訊いてきたのですが、魔王軍と戦っている状態なのでエルフやドワーフと言った人間寄りの亜人以外の人外には厳しい状況ですし、そもそもここに居るNPCの大半は人外嫌いの『エルフェリア』の住人が大半ですからね、熊派の侵入を警戒しているので監視の目がある事も考慮するとなかなか難しい状況なのかもしれません。
「たぶん難しいかと…なので買い物は牡丹に任せる事にして、私は適当な所で時間を潰しておくつもりでしたが」
まふかさんの場合は狼耳と尻尾という動物系の亜人としてギリギリ許されるかどうかという見た目ですし、【狂嵐】の影響で全裸になるという事がなければギルドカードを提示すれば問題なく行動出来ると思います。そして人畜無害という意味では私も似たようなものなのかもしれませんが、周囲に及ぼす影響を考えると町の中には入らない方が良いでしょう。
(人化すれば問題なく入れるかもしれませんが)
下手に人化した後に人外だとバレると熊派のスパイだとかなんだとややこしい事になりそうですし、最近は『搾精のリリム』で居る事が多いので人化していると落ち着かないので下手な対策は打たないでおいた方が良いのかもしれません。
「ぷっ!」
「ええ、お願いします」
それに牡丹が「買い物やクエストの受注なら任せて!」と胸を張っていますし、お言葉に甘えてこまごまとした用事は牡丹に任せる事にしましょう。
『まあお前の場合は人化していない方がいいかもしれないからな』
そうして淫さんもそんな事を言うのですが、どういう事なのでしょう?
『いやなに…お前の場合は淫魔としての性質が強すぎるからな、下手に押さえ込もうとしたら暴走するかもしれん』
との事なのですが、何でも『搾精のリリム』だからこそのスキルを多く所持している私が人化した場合は色々と大変な事になるではという事でした。一例をあげると【テイミング】経由の【意思疎通】で繋がっている牡丹とは異なり、『搾精のリリム』経由の【淫装】で繋がっている淫さんとは接続が切れてしまい現在のようにお話が出来なくなりますし着用者をいたぶるだけの装備に変わってしまうので止めておいた方が良いとの事です。
『まあ予想でしかないが…どちらにしても碌でもない事になるのだろうな』
そんな事を呆れ顔の遠い目をしたまま語る淫さんなのですが、淫さんの場合は私達とお話が出来なくなってしまう事が一番のデメリットではないのでしょうか?
(アドバイスありがとうございます?)
『はっ、何を勘違いしているのかわからんが…お前に不利益を及ぼした場合後々面倒になりそうだからな』
そんなツンデレなのかどうなのかよくわからない照れをみせる淫さんなのですが、とにかく牡丹がアイテムの補充をしてくれている間に私は適当な場所で時間を潰しておく事になったのですが……。
「じゃ、じゃあ私もユリエルさんと一緒に」
恐る恐るというように右手を上げるグレースさんはそのまま私について来るようですし、そんな私達を見てまふかさんは息を吐きました。
「それってあたしに雑用を……ああ、そう、あんたもいるのね、あたしとこっちのスライムに雑用を押し付けようっての?」
「あたしに」と言いかけたところで牡丹が「ぷー」と言ったので訂正していたのですが、たしかに私達がのんびりしている間にまふかさんと牡丹が買い出しに行った場合はそういう事になるのでしょうか?
「そういう訳ではないのですが…では3人でのんびりしておきますか?」
休憩するのも良いかもしれませんしと言うとなんだか2人がモジモジしたのですが、今更なのですが警戒度が上がっている『隠者の塔』で牡丹が買い物する事が出来るのでしょうか?
色々と気になる事はあったのですが、まずは牡丹が単独でも大丈夫なのかを確認しましょうという事になった辺りで、たまたま通りかかったと思われる2人組に話しかけられました。
「そこに居るのはまふまふと…ユリエルか?久しぶりだな」
腰まで届くような金青色のポニーテールに精悍な顔つきをした女性は『ギャザニー地下水道』で一緒に戦ったリンネさんで、腕を組んで一緒に歩いている軽くウェーブがかかった金髪セミロングのお嬢様然とした女性は……確かリンネさんのクランメンバーであるテルマさんですね。
「あの時の…その節はありがとうございました」
「お久しぶりです」
「ん…ああ、地下水道の」
「あ、あの…はじめまして」
深々とお辞儀をするテルマさんに各々軽く挨拶を返してからグレースさんの紹介をしたりお互いの近況報告や情報交換をおこなっておいたのですが、リンネさん達はリンネさん達でクランメンバーの大量離脱があったり『ディフォーテイク大森林』を発見したりと色々とあったみたいですね。
その流れで大森林を攻略しようとしている内にワールドクエストが発令されて『隠者の塔』勢力に合流したという流れなのですが、あんな事がありながらもブレイクヒーローズを続けているという事はそれだけ精神力が強いのかなんなのか、ただ2人は手を繋いで指を絡ませていたりしますし、きっと協力しながら困難を越えてきたのだと思います。
「しかしまふまふ達がこちら側に来るとはな…てっきり『セントラルキャンプ』側で戦っていると思っていたが」
掲示板ではそういう事になっていましたからね、リンネさんからすると私達が『隠者の塔』に居る事が驚きなのでしょう。
因みにリンネさん達以外の知り合いというとシノさんとジョンさんが『隠者の塔』を中心に活動しているらしいのですが、2人ともソロ専なのでどこにいるかはよくわからないようですね。
「あ、あの…まふまふさんが攻略掲示板に書き込んでいた事って本当なんですか?」
そしてテルマさんは情報サイトを逐一確認するタイプの人なのでしょう、つい先ほどまふかさんが書き込んだ事について聞きたそうにしていました。
「ずいぶん耳が早いのね…そうよ、ボスもいたけどあたし達の前にはちょちょいのちょいってね、あれくらいなら楽勝よ」
とか景気の良い事を言っているまふかさんに苦笑いを浮かべそうになってしまったのですが、確かにまふかさんの戦闘スタイルとは相性がよかったですからね、被害も一番少なかったので笑って聞き流す事にします。
「興味深い話だな」
そうしてリンネさんもその時の事を根掘り葉掘り訊いてきたのですが、ポータルが使えない状況なので事実上『隠者の塔』勢力は孤立無援ですからね、他の場所に移動が出来るとなると戦力の集中や移動ができるのでプレイヤー側の動きも色々と変わって来るとは思います。
「といってもまふかさんが書き込んだ通りですが」
すでに攻略サイトや掲示板に書き込んだ後なので特に隠すような事でもないですからね、通路の情報をリンネさん達に話す代わりに『隠者の塔』ではどんなクエストがあるのかという事を聞いたりしていたのですが、アイテムの収集や製造の話を聞いた流れでふと疑問に思った事をリンネさん達に聞いてみる事にしました。
「倒したミューカストレントの一部を持ってきたのですが…これも何かに使えないでしょうか?」
流石に全部を持って来る事は出来ませんでしたし、適当に放置しているとまた生えてきそうな生命力があったので先端の一部と【解体】で重要部位だと出てきた中心部だけ回収して残りは消して来たのですが……私達はほとんど生産をしないので拾ったアイテムはそのままW Mに流していますからね、それと比べたらリンネさんのクランには生産職の人も居るので何かしら良い感じに加工できないかと思い聞いてみたのですが……。
「これがその…そうだな、ちょっと待っていてくれ」
牡丹がウネウネと蠢くメートル単位の木材を取り出すとその大きさにリンネさんとテルマさんは若干引いていたのですが、それでもリンネさんはクランメンバーに……たぶんルシアーノさん辺りに確認を取ってくれているのだと思いますが、流石にいまだに動き続けている触手っぽい何かというのは周囲もザワついて警戒されてしまいますね。
「あの…少し触っても良いですか?」
「はい、どうぞ…まだ動いているので注意してください」
反対にテルマさんは木材を興味深そうに見ていたので渡してみたのですが、きっと【鑑定】系のスキルを使っているのでしょう、目の色が変わり考え込んでしまいます。
「毒持ちの素材で…まだ生きている?自己再生をしているのかな?」
ブツブツと呟きながら分析をしているテルマさんやリンネさんの連絡が終わるまで待機する事になったのですが、2人の確認や調べ物が終わる前にザワつく人垣を掻き分けるように見回りの兵士がやって来ました。
「おい!そこのブレイカーども!そう、怪しげな木材を持つお前達だ!少し聞きたい事がある!!」
そうして居丈高に声を荒げながらやって来たエルフの兵士達と共に一目で高貴な人物であるという事がわかるオーラを放った美しいエルフの女性がやって来たのですが……ネットの情報によるとこの女性が『エルフェリア』の女王であるアルディード女王ですね。
(なぜこんな所に?)
ミューカストレントの一部を町中で取り出したのが問題だったとしても逮捕拘禁用の兵士を向かわせればいいだけですからね、重要人物の登場に周囲の野次馬が騒めいていますし、牡丹に買い物を任せている間にのんびりイチャイチャするという案は残念ながら却下される事になってしまいそうなのですが……とにかく私達に聞きたい事があるというのなら、まずはその話を聞く事から始める事にしましょう。
※ユリエルは自称人畜無害です。そしてリンネさん達からすると知名度はまふかさんが頭一つ抜けていますので、ユリエルのPTというよりまふかさんのPTだと思われています。その為纏めて呼ぶ場合は「まふまふ達」となります。




