334:到着
水洗いした後に色々と小言を言われながら身支度を整えた私達は、通路の状態を確認しながらゆっくりと移動を開始したのですが……毀棄都市と『隠者の塔』の間にある通路は少し崩れていたものの問題なく通る事が出来ましたし、崖上側の出入り口を塞いでいた蓋も地殻変動の影響なのか外れていて、開口部が大きく広がっていました。
(これもワールドクエストが開始された影響なのでしょうか?)
そして遠目には崖の近くの廃墟跡という感じの場所なので何かあるように見えますし、これだけではっきりと入り口がある事がわかれば誰かが先に見つけていても良いような気がするのですが……ミューカストレントの根っこを倒すまでは薄暗い通路の中に数百匹のジェリーローパーが犇めいているというなかなか厄介な場所でしたし、見つけた人はいるけどヌチャヌチャにされてしまっていただけなのかもしれないので気にするだけ無駄なのかもしれません。
「ねえ、この通路の事はネットにあげても良いのよね?」
そんな事を考えているとMAPと通路の状態を確認していたまふかさんが情報開示についての確認をとってきたのですが、蓋の偽装が無くなっている現状では遅かれ早かれ誰かに見つかってしまいますからね、誰かに先を越される前に第一発見者として名乗り出ておきたいという事なのだと思います。
「はい、問題ないかと」
「あ、あの…私も…それで」
元から人の行き来がしやすくなるようになれば良いと考えていた私には異論がないですし、第一発見者かどうかという事に拘りのないグレースさんも「同上」というようにコクコクと頷きました。
「そう、じゃあネットに書き込んでおくけど…」
「流石に動画をあげるのは後ね、編集しないと色々と不味いし」という言葉は小さく呟きながらまふかさんは画面を操作し始めるのですが、その間に私達は周囲の安全確認と情報収集をしておく事にしましょう。
『しっかし、何か変な感じだな…この辺りの木はあの根っこに栄養でも吸われていたのか?』
そうしてグレースさんと一緒に周囲を見て回っていたのですが、淫さんの言う通り『クヴェルクル山脈』の裾野に広がる『リュミエーギィニー』が発する光属性の力が陰っているような気がしますし、何本かに一本の割合で枯れて縮んでいる木がありました。
(そうかもしれませんね…奥の方はそれほど影響が無いみたいですが、手前側の『リュミエーギィニー』は所々枯れていますし、色も少しだけくすんでいるような気がしますし)
弱っている木々や枯れている木は外周部に集まっているようですし、これもミューカストレントの根っこが栄養を吸ったり何か悪さをしていた影響なのでしょうか?
「ユリエルさん」
そうしてもう少し詳しく調べようとしゃがみこんだところでグレースさんが空を飛ぶハーピー達を見つけたので近くの『リュミエーギィニー』の影に隠れたのですが、どうやら少し北に行った所で他のプレイヤー達とハーピー達との戦いが繰り広げられているようで……耳をすませばあちらこちらから怒声やら甲高い鳴き声やら特徴的な振動音やらが聞こえて来ますし、なかなかこちら側も騒々しいようですね。
「このままやり過ごしましょう」
同じ木の陰に隠れてきたグレースさんは杖をギュッと握って戦闘態勢を取ろうとしていたのですが、その動きを制止するように抱きしめながら耳元で囁くと身体をビクッとさせてからアワアワし始めて……もしかしてグレースさんはハーピー達を蹴散らしながら進むつもりだったのでしょうか?
「そ、それは構いませんが…その…?」
抱きしめられているグレースさんは照れが半分「戦わなくてもいいんですか?」という疑問が半分といった顔をしているのですが、そういえばグレースさんはこの辺りを通過しただけなのでハーピーの怖さを知らないのですよね。
「ハーピーと戦うとなったら遠距離攻撃が主体となりますからね、避けられる戦闘は避けていきますよ」
「わ、わかりました」
それに遠距離から永遠と超音波攻撃をしかけてくるハーピーが相手だと、誰が攻撃されているとか横取りがどうだとか色々とややこしくなりそうですからね、出来るだけ他のPTと戦っているハーピー達からは距離を取るようにしましょう。
そういう訳でまふかさんの書き込みが終わるまで手持ち無沙汰な私は『リュミエーギィニー』の下でグレースさんをギュッと抱きしめていたのですが、戦闘が気になるのか緊張感を滲ませたグレースさんはフワフワしていて温かくて、そのまま背中と腰に回していた手を胸かお尻へと動かして行きたくなるのですが……少し遠くに居たまふかさんが情報サイトか掲示板への書き込みを終えると、木の下で抱き合う私達を見ながらPT会話で話しかけてきました。
『何してんのよ?』
『お疲れ様です、ハーピーが居たので隠れているのですが…?』
『隠れているだけって…本当にそれだけよね?いや、だからって…あたしを抱きしめなくていいから』
流石に3人で隠れるとなると狭いというのに何故か同じ木の陰に入って来たまふかさんは口をとがらせていたので一緒に抱きしめておいたのですが……怒ったようなフリをしながらもそのまま大人しくギューッと抱きしめさせてくれます。
『おい』
(わかっていますよ)
緊張しながらもどこか期待しているような2人の表情には後ろ髪を引かれる思いなのですが、流石にこのままイチャイチャしているとポーションが足りなくなってしまいますからね、残念ですがまふかさんの尻尾をモフモフしたりグレースさんのお尻を撫でるだけにしておきましょう。
『そういう事でもないんだが…いや、もういい…お前には何を言っても無駄だろう』
そんな私に対して淫さんは色々と諦めたように黙り込んでしまったのですが、とにかくこのまま他のプレイヤーの戦闘が落ち着くまでのんびりする事にしましょう。
「あ、あの…」
そんな風にゆっくりしていると、抱きしめられているグレースさんがモジモジしながら身体を擦り付けてくるのですが、そんな姿が可愛くてお尻の割れ目をなぞりながら押し付けるように太腿で股間を刺激してあげると牡丹が「ぷー」と言って淫さんが『おい』と注意してきて、確かにそろそろ自重しないと不味いかもしれませんね。
(でも据え膳食わぬはなんとやらといいますし、魅力的な2人を前にして自重するというのも失礼ではないのでしょうか?)
その辺りはなかなか難しい問題であるような気がするのですが、ハーピー達に襲われていた他のプレイヤー達が瓦解して蹂躙され始めたのであまりのんびりしている余裕はありません。
こうなったらもう助けに入るべきかと悩むところなのですが、近くに居た他のプレイヤーが援軍として集まってきているようなのでもう少し様子見をする事にしましょう。
「で、どうすんのよ?」
そんな戦況を眺めているとまふかさんが小声で訊いてきたのですが、どうやら心情的には格好良く乱入して襲われているプレイヤー達を助けたいと思っているものの、その戦い方は近接オンリーですからね、下手に飛び出して返り討ちにあったら目も当てられないので参戦するかどうか悩んでいるといった感じでした。
「そうですね、グレースさんは……いえ、私達が参加しても騒ぎになるだけだと思いますし、今回は先に進む方が良いかもしれませんね」
一瞬グレースさんはどうしたいのか気になったので確認してみようと思ったのですが、私達の判断にお任せしますと言った様子だったのでまずは自分の考えを述べる事にします。
「そう…わかったわ、じゃあ連中に見つからないうちに移動するわよ」
ハーピー達と他のプレイヤー達の戦いは『隠者の塔』を中心とした迎撃戦ですからね、内側から外側に向けて戦っているので徐々に戦場がこちら側に流れてきていますし……巻き込まれると厄介な事になりそうなので見つかる前に移動する事にしましょう。
「良いんですか?」
それでもまふかさんは戦いたそうにしていますし、隠れている間執拗に尻尾の付け根をトントンと叩いて揺さぶり続けていたので子宮が疼いて息が荒くなっているのですが、本当にそんな状態で移動しても良いのでしょうか?
「良いも悪いも…このままだとあんたが変な事しそうだから移動するのよ!こんな所で…その、やるなら人のいないところでしなさい!!」
「すみません、まふかさん達が可愛くて…つい?」
「何でそこで疑問形なのよッ!?」
まふかさんにはよくわからない理由で怒られてしまったのですが、とにかくこれ以上怒られないためにも大人しく移動した方が良いかもしれません。
「まあまあ、それより…行きましょうか」
「は、はい」
そうしてグリグリされ続けて蕩けた顔をしているグレースさんの手を引いたり顔を真っ赤にして怒っているまふかさんを宥めたりしながら『隠者の塔』を目指す事になったのですが、この辺りまで来ると他のプレイヤーともすれ違ったりするようになりました。
(少し視線が気になりますね)
中には肉欲目当てのじっとりした視線が胸やお尻に集中してきて背筋がゾワゾワしてしまうのですが、大半の人はあまり周囲に気を配っていないので素通りしていきます。
というのも『イースト港』では散発的に襲ってくるモンスターと戦いつつ船の魔力を込めたりアイテムを集めたりといった協力プレーが主体なのですが、『隠者の塔』では『**にいるモンスターを何引き倒せ!』だとか『防衛線を強化するために**を集めよ』みたいなクエストが発令されながらの陣取り合戦をしているので、この辺りに居る人達はきっと何かしらのクエストを受注していたり敵側の勢力圏内に攻め入ろうとしている人達ばかりなのでしょう。
目的がはっきりしているぶん他のプレイヤーに向ける視線は少ないですし、さっさと移動しようとしているので『リュミエーギィニー』に隠れるように移動すればあまり人に見つからないまま移動する事が出来ます。
(ぷー…?)
(それは…大丈夫だとは思いますが)
まあそれでも人がチラホラと見えてきた訳ですからね、一応私と牡丹に【神隠し】がちゃんとかかっているかを確認したのですが……このスキルには気休め程度の効果しかないですからね、あまり期待せずに基本はコソコソと動く事にしましょう。
(そこそこ人が集まっているようですし、空中以外は防衛できているようですね)
程なくして私達は『隠者の塔』の勢力圏に入ったのですが、流石に空から攻撃を仕掛けて来るハーピー達の侵入は許しているものの、この辺りに生息していたシールドビークや『ディフォーテイク大森林』から溢れて来る蟲達や植物系のモンスターは退治できているので防衛自体は出来ているようですね。
後はプレイヤー優勢までもっていき、キリアちゃんともう一度お話出来たら良いのですが……今のところキリアちゃんは前線に出てきていないみたいですし、熊派は熊派で『セントラルキャンプ』の制圧に忙しいようですからね、当面の間はソロでも達成可能なクエストをクリアしながら体制の立て直しを図りつつ熊派の隙を窺う事が目標となります。
そんな事を考えながら所々に変異が見られる『リュミエーギィニー』の林を抜けて『クヴェルクル山脈』を登りきると、目的地であった『隠者の塔』が見えてきました。
※ユリエルは自称エンジョイ勢であり、VRMMOだと訳の分からない変人と言う名の先駆者がいるものだと思って行動しています。




