33:ピット戦
暗闇の中に、ぼんやりとした輪郭が見えてきました。数は2体。黒い靄を纏った、頭の大きなスケルトンといった見た目ですね。鉱山夫の怨霊か何かという設定なのか、武器としてツルハシやスコップを手に持っていますね。
少しすれば、カラカラと得物を引きずるような音や、奇妙にこもった臭いが漂ってきました。どうやらスコルさんはそれらに反応して敵を発見したようですね。
「【看破】」
お互い隠れる場所もない真っすぐな場所でのエンカウントですからね、見逃してくれるという事もないでしょうし、先に【看破】を入れておきましょう。【看破】を入れると相手も足を止め、眼孔にはまる赤い光が、こちらを窺うように見返してきました。
モンスターの名前は『ピット』レベルは12ですね。HPのバーはそれほど長くありません。格上になりますが、数自体は2対2と同数ですし、相手の耐久度も低いので何とかなるでしょう。油断は禁物ですが、緊張しすぎてもいけないので、リラックスして迎撃しましょう。
距離はまだ10メートル程度。灯りは私達の後方で、次の灯りはかなり前方にありますね。丁度灯りと灯りの間という、あまり条件の良くない場所で会敵しました。視界的には後ろの灯りまで下がった方が戦いやすいのですが……私達が後退する前に、ピットは得物を持って急激に距離を詰めてきます。
「ま、迎撃しますか…ったふわらほげぇっ!!?」
スコルさんも一度下がる素振りを見せたのですが、下がると崩れた状態での戦闘になると判断したのか、迎撃に移ります。私との連携を考えた距離なのでしょう、ピットをある程度引きつけた所で飛び出したのですが……石に躓いて転倒していました。
坑道の中ですからね、でこぼこ道ですからね、レールも走っていますからね、灯りもない場所なので仕方がないのかもしれませんが、このタイミングでこけるのはちょっと止めて欲しいですね。
「くっ…」
【腰翼】を使いこちらも一気に距離を詰め、振りかぶられたツルハシを短剣で弾きます。
「くひぃっ!?」
スコルさんは横から割り込むように振り降ろされたスコップの一撃を何とか避けながら、転がってから立ち上がります。
「危なっ!?危なかったードキドキするー」
「ドキドキする前に戦ってくださいっ!」
流石に重量的に、短剣と振り降ろされたツルハシだと厳しいものがありますね。こちらが弾かれないように何とかバランスを取りながら、崩したピット……ピットAと分類しておきますが、その顔面に盾を持ったまま左ストレートを叩き込んでおきます。
SPも振っていませんでしたし、散々検証に使った木製のラウンドシールドがその一撃で相手の頭蓋骨ごと一緒に粉砕されました。空いた左手は投擲用のナイフを取り出しつつ、ピットBにスコルさんから気を逸らすための牽制一撃を入れておきます。
その一撃は確かに相手の左上腕辺りをかすめたのですが……滑りました。【斬撃耐性】でしょうか?スケルトン系列で【斬撃耐性】があるのか、悪霊系で似たような耐性が発動しているのか、かなり浅い一撃になってしまいます。そこへ、どこかヌメリとした音を立てながら、黒い靄を纏ったピットBがスコップを横に薙ぎ払ってきました。
「流石にさせねえよっと」
それをスコルさんが体当たり気味に阻止し、バランスを崩したところを、私は刃の方ではなく、柄の方で思いっきりピットBを殴りつけます。2度、3度。ぐしゃりと完全に頭蓋骨がへしゃげたところで、ピット達は動かなくなりました。
「うわーえげつなーい」
「…貴方もその片棒を担いでいるのですが……いえ、まあいいです」
どうやら残った死体は【解体】出来るようですね。動いていた時に纏っていた黒い靄のようなものがなくなり、薄暗い色をした骨だけになっています。その残った骨はどう考えても体を動かすのには足りなかったので、大部分をあの黒い靄が補っていたようですね。話で聞いていた通り、何かしらの生き物と言うよりもアンデットか悪霊の類なのでしょう。その系統のドロップ品は渋いというのが相場なのですが、出来るというのなら【解体】はしておきましょう。
【解体】のスキルでボンヤリと赤く光って見えるのは骨の部分で、どうやら『ピットの骨』という闇属性の素材が手に入るようですね。採掘する予定はないのですが、ツルハシやスコップは確定ドロップのようなので、ついでに貰っておきましょう。
「う~ん、【暗視】スキルに【斬撃耐性】は確定で、後は単純攻撃っと、動きはそれなりに速かったわよね?」
「ですね。打撃には少し弱い感じがしましたが……」
私達はピットの行動で気づいた点を挙げていき……相談の結果としては、このまま進むのは少し難しいかもしれないという事でした。
同数か3体程度までならなんとかなるかもしれませんが、打撃用の武器を用意しないと効率が悪そうです。
「おっさんもこの中で戦うのなら灯りが欲しいし、こりゃあ、引き返した方が無難かねー」
「…そうですね」
もとから様子見くらいの気持ちで来ていましたので、スコルさんの言う通り態勢を立て直すべきなのですが、少し焦れてしまいますね。
「引き返したからと言って死ぬ訳でもなし、まま、ここは引き下がりましょうや。先は長いよ、嬢ちゃん」
「はい」
スコルさんに説得される形で、私達は一度態勢を立て直すためにはぐれの里まで戻る事になりました。
「そんで、ボインちゃんはこれからどうすんの?」
坑道から出た辺りで、スコルさんはそう聞いてきました。これからというのは、清算を終えた後という事ですよね?
「そうですね、予定通り夕食を食べて、ちょっと用事を片付けようかと思います。その後繋ぐかはその時次第ですね」
夏休みの宿題もしないといけませんし、楽しみにしていたゲームの開始日だからと言って、1日中ゲームをするというのも学生の本分にもとるような気がします。
「そっかーじゃあおっさんとも一旦お別れだねー…ってぇ、ボインちゃんいなかったら灯りどうしたらいいの!?」
「……咥えるとか?」
「それじゃ戦えないでしょーが!!」
頭を抱えるスコルさんとそんなやり取りをしていると、周囲のプレイヤーの視線が痛いですね。生温かい目半分、興味深そうに見てくる人半分と言ったところでしょうか?
「他のPTに入れてもらうというのはどうでしょう?」
性格はちょっとアレですが、スコルさんのPSなら斥候としてどのPTでも重宝されると思います。
「うーん、それもいいのだけどねー…」
改めて坑道前の作業場にいる他のプレイヤー達を見回しながら、スコルさんは肩をすくめます。
「美人が、いない!!」
「それ、大声で言わない方が良いですよ?」
数は少ないとはいえ女性プレイヤーも居るので、その発言を聞きつけた何人かが、もの凄い形相でスコルさんを睨んできています。それに私も一緒に睨まれるので、あまりそういう事は大声で言わないで欲しいですね。
そもそもの話ですが、アバターに美人不美人なんてあるのでしょうか?皆さんちゃんと容姿を作られている方達ばかりだったので、私の目から見たらそれほどブサイクな人はいないような気がするのですが……スコルさんの好みでもあるのでしょうか?
「ま、そのあたりは何とかするとして、そうねーどうせ大した物は拾ってないし、清算はやっといてもらっていい?受け取りは次回会った時って事で、おっさんここから戻るのも面倒だしー」
片道30分なので、往復1時間の徒歩ですからね、確かに少し面倒かもしれません。
「その方が美少女とまた会えるじゃない?」
たぶんスコルさんは誰にでもこういう事を言っているのでしょうね、胡散臭いウィンク顔を見ていると、きっと言っているのだろうなと確信する事が出来ます。
「え、なんでおっさん睨まれてるの?」
「じゃあ後腐れなく半分に分けておきましょう」
骨は2体分ありますし、ツルハシかスコップのどちらが良いか選んでくれたら分けれますね。まだ使い方はわかりませんが、壊れたランプもスコルさんにあげてしまいましょう。
「おーい、おっさんのアイデアスルーされてるー?そんなにおっさんと会いたくないかーおっさん冷たくしすぎたらグレるぞー?」
「採掘を考えたらツルハシで、武器として考えた場合はスコップですが、スコルさんはどちらが良いですか?」
拾ったアイテムもほとんどありませんし、その場でさっと分けてしまいましょう。何か「ワフワフ」言っているスコルさんにスコップを押し付けて、私はPTを解散させて引き返す事になりました。
※誤字報告ありがとうございます(10/17)訂正しました。




